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第4章
タイムリミット1
「はい、これで終わりね」
右腕から点滴の針を抜いてもらい、看護師さんに正方形の形をした小さな絆創膏を貼ってもらった。
横たわっていた簡易ベッドから起き上がる。犬から人間に戻ったばかりで全裸だ。
犬のときは皮膚から生えた毛皮をまとっていただけの状態でも、ぜんぜん恥ずかしくなかった。むしろ開放感があって生まれたままの姿でいることは当たり前。自然なことだと思って堂々としていられる。
だけど……犬から人間に戻った後は裸でいるとスースーして気分が落ち着かない。何より下着すら身につけてない状態でいることが恥ずかしくて堪らなくなるのだ!
五十代の小柄な看護師さん(確か、お母さんよりも十歳年上の人)は、ヒューマン・トランスフォーマーの人間が動物から人間に戻る姿を日夜見ているからか、はたまたぼくと同じ年頃の息子が三人もいるからか、ぼくが一糸まとわぬ姿でいても顔色ひとつ変えないでいる。
犬だったときに上にかけてもらった白い布団をたぐり寄せ、ベッドの上で三角座りをする。
「それじゃあ、渉くん。このまま五分くらい腕をしっかり押さえててね」
「はい、わかりました。あの看護師さん」
「何?」
「もう下着を着たり、制服に着替えても大丈夫ですか」
「うーん、そうねえ。時間が経って血が止まったら大丈夫よ」
よかったと胸を撫で下ろし、ため息をつく。
ベッドの近くにある机の上には丸いデジタル時計があった。時刻は午後二時過ぎ。これなら声優の仕事にも間に合う。
犬用に調節された鶏肉のおじやをお昼ご飯に食べさせてもらったから、このまま直行できる。
「この後、先生からお話があるの。ここで待っててもらえる?」
「了解です」
「それじゃあ、お疲れ様」
「ありがとうございました!」
そうして看護師さんは薄ピンク色のカーテンを引いて、ドアを開け閉めして、ほかの患者さんのところへ行ってしまった。
ひとり、人気のない個室で何をするでもなく部屋の中をぼうっと眺める。
ぼくが点滴を打たれるとき、隣にいてくれたお母さんの姿はない。僕が点滴を受けて寝ている間に、どこかへ行ってしまったみたいだ。
トイレかな? それともつきっきりだったから遅いお昼を食べに、病院内の食堂へ行ったのかな? と考える。朝にお父さんが変態しただけでも大変なのに、次は息子である僕だもんね。
おまけにここ最近の僕は、お父さんやお母さんにいっぱい甘えさせてもらっても人間に戻れない。
目いっぱい家族に愛されてる。かわいがってもらってるって犬の体で実感してる。
でも……隼人の顔が頭の中でちらついて、あいつがぼくに掛けてきた意地悪な言葉やトゲのある発言が勝手に脳内で自動再生される。思い出しくないのに気づいたら隼人のことばっかり考えてるんだ。そうすると気分も落ち込んで、しゅんとなってしまう。
お母さんにバレたら、絶対、怒られちゃうけど――ときどき、人間に戻らなくていいや、このまま犬でいたほうが幸せかもなんて思うときがある。
だって犬の姿になって、お散歩でもしていれば、隼人と会ったとき、きっと――かわいがってもらえる。もしかしたらいっぱい頭や体を撫でてもらえるかもしれない。運がよければ一緒に広場や公園を走ってボール遊びやフリスビーをしてくれるかもって思っちゃうんだ。
隼人は、人間のぼくに対して、どこまでも冷たい。でも、ほかの人や動物には笑顔を見せる。
いつからだろう? 隼人の笑顔を見れなくなったのは……。
ぼくは隼人の笑顔が見たい。笑いかけて、優しく声を掛けてほしいと願ってる。
男同士で両思いになれるなんて思ってないし、望んでない。
ほかのみんなと同じように喋りたいと思ってる。友だちとして、幼馴染として隼人とケンカをしないで、普通に会話をしたい。
望むことはそれだけ。だけど夢は一向に叶わない。
さっきまで針が入っていた腕だけじゃなく、胸の奥までジクジクと痛みを感じる。白いシーツをかぶった膝に頭を押しつけていればドアをノックする音が聞こえる。
「渉くん、入ってもいいかな?」
「はい、どうぞ。城之内先生」
返事をすると「失礼します」と先生が部屋の中に入ってくる。
中年のイケおじである城之内先生は男のぼくから見ても、かっこいい容姿をしているおじさんだ。看護師さんやヒューマン・トランスフォーマーの女の人たちからも「ダンディーなおじ様」としてモテモテ。なのにモテることを鼻にかけたり、女の人をむやみやたらと口説いてデートに誘ったり、同性にモテることを自慢したりしない。さっぱりとした性格をしていて、いつも患者さんに寄り添った診察をする。何より歳の離れた奥さんや幼稚園に通う娘さんのことを心から大事にしているところが、すごく男らしい。
「よかった、今回も薬を打ってからすぐに人間へ戻れたみたいだね」
ベッドの前に立った城之内先生が安心したような笑みを浮かべる。
「はい、助かりました。いつも、ご迷惑をお掛けします」
ハハハと白い歯を見せて先生は、まなじりを下げて笑った。
右腕から点滴の針を抜いてもらい、看護師さんに正方形の形をした小さな絆創膏を貼ってもらった。
横たわっていた簡易ベッドから起き上がる。犬から人間に戻ったばかりで全裸だ。
犬のときは皮膚から生えた毛皮をまとっていただけの状態でも、ぜんぜん恥ずかしくなかった。むしろ開放感があって生まれたままの姿でいることは当たり前。自然なことだと思って堂々としていられる。
だけど……犬から人間に戻った後は裸でいるとスースーして気分が落ち着かない。何より下着すら身につけてない状態でいることが恥ずかしくて堪らなくなるのだ!
五十代の小柄な看護師さん(確か、お母さんよりも十歳年上の人)は、ヒューマン・トランスフォーマーの人間が動物から人間に戻る姿を日夜見ているからか、はたまたぼくと同じ年頃の息子が三人もいるからか、ぼくが一糸まとわぬ姿でいても顔色ひとつ変えないでいる。
犬だったときに上にかけてもらった白い布団をたぐり寄せ、ベッドの上で三角座りをする。
「それじゃあ、渉くん。このまま五分くらい腕をしっかり押さえててね」
「はい、わかりました。あの看護師さん」
「何?」
「もう下着を着たり、制服に着替えても大丈夫ですか」
「うーん、そうねえ。時間が経って血が止まったら大丈夫よ」
よかったと胸を撫で下ろし、ため息をつく。
ベッドの近くにある机の上には丸いデジタル時計があった。時刻は午後二時過ぎ。これなら声優の仕事にも間に合う。
犬用に調節された鶏肉のおじやをお昼ご飯に食べさせてもらったから、このまま直行できる。
「この後、先生からお話があるの。ここで待っててもらえる?」
「了解です」
「それじゃあ、お疲れ様」
「ありがとうございました!」
そうして看護師さんは薄ピンク色のカーテンを引いて、ドアを開け閉めして、ほかの患者さんのところへ行ってしまった。
ひとり、人気のない個室で何をするでもなく部屋の中をぼうっと眺める。
ぼくが点滴を打たれるとき、隣にいてくれたお母さんの姿はない。僕が点滴を受けて寝ている間に、どこかへ行ってしまったみたいだ。
トイレかな? それともつきっきりだったから遅いお昼を食べに、病院内の食堂へ行ったのかな? と考える。朝にお父さんが変態しただけでも大変なのに、次は息子である僕だもんね。
おまけにここ最近の僕は、お父さんやお母さんにいっぱい甘えさせてもらっても人間に戻れない。
目いっぱい家族に愛されてる。かわいがってもらってるって犬の体で実感してる。
でも……隼人の顔が頭の中でちらついて、あいつがぼくに掛けてきた意地悪な言葉やトゲのある発言が勝手に脳内で自動再生される。思い出しくないのに気づいたら隼人のことばっかり考えてるんだ。そうすると気分も落ち込んで、しゅんとなってしまう。
お母さんにバレたら、絶対、怒られちゃうけど――ときどき、人間に戻らなくていいや、このまま犬でいたほうが幸せかもなんて思うときがある。
だって犬の姿になって、お散歩でもしていれば、隼人と会ったとき、きっと――かわいがってもらえる。もしかしたらいっぱい頭や体を撫でてもらえるかもしれない。運がよければ一緒に広場や公園を走ってボール遊びやフリスビーをしてくれるかもって思っちゃうんだ。
隼人は、人間のぼくに対して、どこまでも冷たい。でも、ほかの人や動物には笑顔を見せる。
いつからだろう? 隼人の笑顔を見れなくなったのは……。
ぼくは隼人の笑顔が見たい。笑いかけて、優しく声を掛けてほしいと願ってる。
男同士で両思いになれるなんて思ってないし、望んでない。
ほかのみんなと同じように喋りたいと思ってる。友だちとして、幼馴染として隼人とケンカをしないで、普通に会話をしたい。
望むことはそれだけ。だけど夢は一向に叶わない。
さっきまで針が入っていた腕だけじゃなく、胸の奥までジクジクと痛みを感じる。白いシーツをかぶった膝に頭を押しつけていればドアをノックする音が聞こえる。
「渉くん、入ってもいいかな?」
「はい、どうぞ。城之内先生」
返事をすると「失礼します」と先生が部屋の中に入ってくる。
中年のイケおじである城之内先生は男のぼくから見ても、かっこいい容姿をしているおじさんだ。看護師さんやヒューマン・トランスフォーマーの女の人たちからも「ダンディーなおじ様」としてモテモテ。なのにモテることを鼻にかけたり、女の人をむやみやたらと口説いてデートに誘ったり、同性にモテることを自慢したりしない。さっぱりとした性格をしていて、いつも患者さんに寄り添った診察をする。何より歳の離れた奥さんや幼稚園に通う娘さんのことを心から大事にしているところが、すごく男らしい。
「よかった、今回も薬を打ってからすぐに人間へ戻れたみたいだね」
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「はい、助かりました。いつも、ご迷惑をお掛けします」
ハハハと白い歯を見せて先生は、まなじりを下げて笑った。
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