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第4章
タイムリミット3
すると城内先生は困ったように眉を下げ、頼りない笑みを浮かべた。
「ミノタウロスって聞いたことがあるかな?」
なんのことだろうと頭の中でクエスチョンマークを浮かべながら、僕は世界史の過去問解説の授業で先生が鼻息を話していた、よもやま話を思い出す。
「えっと、半分牛で、半分人間の怪物ですよね……? 古代ギリシャのクレタ島にある迷宮に住みつく化物で人間を食べちゃう怖い魔物」
「そうだよ。最近は、その迷宮らしき建物が見つかったって歴食なんかの間でも話題になってる」
「世界史の先生も言ってました。入ったら二度と抜け出せない迷宮で、でもテセウスっていう英雄がアリアドネの糸を使って、抜け出したんだって。それが何か関係あるんですか?」
「まあ、ね」と先生は歯切れ悪く返事をしてから、ぼくの目をじっと見つめた。「……獣医や医師、学者を目指す人の中には、ヒューマン・トランスフォーマーの人間を物語に出てくる“怪物”と考える人もいるんだ」
その言葉を聞いて、ぼくは思わずひゅっと息を呑んだ。
「“怪物”を生かしてはおけないと考え、警察や自衛隊、軍の兵隊に電話をかけようとする人、“怪物”を見世物にしようと考えマスコミに情報を売ろうとする人、そして己の私利私欲と好奇心を満たすため実験動物にしようとする人が、この二十一世紀の令和にもいることは忘れてないよね」
「じゃあ先生は――隼人がもし、ぼくの気持ちを受け入れて恋人になったとしても、ぼくを“怪物”だと思うって、そう言ってるんですか……?」
嘘だと言ってほしかった。でも――「隼人くんが悪い子ではないと思うよ。それでも、犬になるきみを恋人として受け入れてくれるかどうかまでは、正直言ってオレにもわからない」
「だったら言わなきゃいいだけです! 隼人のやつには、ぼくがポメラニアンになる人間だって悟られないようにします。このことは墓場まで持っていくつもりです。だから先生が言うようなことには……」
「渉くん、そうしたらきみは大切な人に死ぬまで嘘をつき続けることになるんだよ。そんな悲しいことをしていいの? 大好きな人を欺き続けるような人生を送るんだよ。今はまだ学生だからいいけど、社会に出て働く社会人になったら、ストレスはもっと増える。いやなやつや意地の悪いやつと関わって、大好きな人に本当のことを言えない後ろめたさを感じているうちにポメラニアンになったら、どうするの?」
「それは、その――……」
だから先生はマスターやパートナーの話をしたんだなと腑に落ちる。
僕が隼人と付き合えても、もしうまくいかなったときは二度と人間でいることに絶望して、ただの犬になってしまうから……。
ヒューマン・トランスフォーマーには、自分を人間に戻してくれるパートナーかマスターが必要になる。
ヒューマン・トランスフォーマー同士でパートナーになれば、お互い人間として生まれながら動物に変態する苦労がわかっている者同士。お互いを裏切ることがないし、どちらか一方が動物に変わっても、お父さんとお母さんみたいにすぐ対応できる。
パートナーは動物の番みたいに仲よくなることが多いから、男女だったら結婚することが多いし、同性でも恋人になったりする。
その一方でマスターと主従関係を結ぶヒューマン・トランスフォーマーもいる。マスターは守護者と同じ、普通の人間だ。でも守護者のようにヒューマン・トランスフォーマーの生態に詳しかったり、医療知識や薬学、心理学に通じている人間じゃなくてもなれる。
動物と人間を心から愛し、大切にする人。その条件を満たせば誰もがマスターになれる。
ヒューマン・トランスフォーマーの主人を代々輩出している家もあれば、偶然が重なってヒューマン・トランスフォーマーを知り、マスターの道を選ぶ人もいる。ヒューマン・トランスフォーマーにとっては家族や守護者と同等、またはそれ以上に信頼できる人間だ。マスターとなる人間とヒューマン・トランスフォーマーは、まるで運命の赤い糸で結ばれているみたいに息が合うという。
隼人はヒューマン・トランスフォーマーじゃないし、代々マスターをやっている家の子でもない。
もし僕がポメラニアンになる人間だと知って助けてくれるのならマスター候補になる。でも、そうじゃなかったときは、ぼくとの記憶はすべて消されてしまう。
そしてぼくやお母さん、お父さんも隼人がいる場所から移動しなきゃいけない。生まれ育ったこの川越から、どこか遠くの知らない場所へ、引っ越さなきゃいけなくなるんだ。
「きみは隼人くんのそばにいれなくなっても平気なのかい?」
「それは……」
「ねえ、渉くん。幸せなときに大切なものを失うと、それは永遠の喪失になりうる場合があるんだ」
「永遠の喪失?」
「そうだよ」と城之内先生が悲しそうな笑みを浮かべた。「今、犬猿の仲の状態で振られるよりも、恋人として仲よくなってデートをしたり、ハグをして幸せを感じているときにヒューマン・トランスフォーマーであることを知られてしまい、別れを告げられたときのほうが、きっと苦しい思いをする。そうして隼人くんに二度と会えない状態になる。そのとき、きみはきみでいられる?」
「ミノタウロスって聞いたことがあるかな?」
なんのことだろうと頭の中でクエスチョンマークを浮かべながら、僕は世界史の過去問解説の授業で先生が鼻息を話していた、よもやま話を思い出す。
「えっと、半分牛で、半分人間の怪物ですよね……? 古代ギリシャのクレタ島にある迷宮に住みつく化物で人間を食べちゃう怖い魔物」
「そうだよ。最近は、その迷宮らしき建物が見つかったって歴食なんかの間でも話題になってる」
「世界史の先生も言ってました。入ったら二度と抜け出せない迷宮で、でもテセウスっていう英雄がアリアドネの糸を使って、抜け出したんだって。それが何か関係あるんですか?」
「まあ、ね」と先生は歯切れ悪く返事をしてから、ぼくの目をじっと見つめた。「……獣医や医師、学者を目指す人の中には、ヒューマン・トランスフォーマーの人間を物語に出てくる“怪物”と考える人もいるんだ」
その言葉を聞いて、ぼくは思わずひゅっと息を呑んだ。
「“怪物”を生かしてはおけないと考え、警察や自衛隊、軍の兵隊に電話をかけようとする人、“怪物”を見世物にしようと考えマスコミに情報を売ろうとする人、そして己の私利私欲と好奇心を満たすため実験動物にしようとする人が、この二十一世紀の令和にもいることは忘れてないよね」
「じゃあ先生は――隼人がもし、ぼくの気持ちを受け入れて恋人になったとしても、ぼくを“怪物”だと思うって、そう言ってるんですか……?」
嘘だと言ってほしかった。でも――「隼人くんが悪い子ではないと思うよ。それでも、犬になるきみを恋人として受け入れてくれるかどうかまでは、正直言ってオレにもわからない」
「だったら言わなきゃいいだけです! 隼人のやつには、ぼくがポメラニアンになる人間だって悟られないようにします。このことは墓場まで持っていくつもりです。だから先生が言うようなことには……」
「渉くん、そうしたらきみは大切な人に死ぬまで嘘をつき続けることになるんだよ。そんな悲しいことをしていいの? 大好きな人を欺き続けるような人生を送るんだよ。今はまだ学生だからいいけど、社会に出て働く社会人になったら、ストレスはもっと増える。いやなやつや意地の悪いやつと関わって、大好きな人に本当のことを言えない後ろめたさを感じているうちにポメラニアンになったら、どうするの?」
「それは、その――……」
だから先生はマスターやパートナーの話をしたんだなと腑に落ちる。
僕が隼人と付き合えても、もしうまくいかなったときは二度と人間でいることに絶望して、ただの犬になってしまうから……。
ヒューマン・トランスフォーマーには、自分を人間に戻してくれるパートナーかマスターが必要になる。
ヒューマン・トランスフォーマー同士でパートナーになれば、お互い人間として生まれながら動物に変態する苦労がわかっている者同士。お互いを裏切ることがないし、どちらか一方が動物に変わっても、お父さんとお母さんみたいにすぐ対応できる。
パートナーは動物の番みたいに仲よくなることが多いから、男女だったら結婚することが多いし、同性でも恋人になったりする。
その一方でマスターと主従関係を結ぶヒューマン・トランスフォーマーもいる。マスターは守護者と同じ、普通の人間だ。でも守護者のようにヒューマン・トランスフォーマーの生態に詳しかったり、医療知識や薬学、心理学に通じている人間じゃなくてもなれる。
動物と人間を心から愛し、大切にする人。その条件を満たせば誰もがマスターになれる。
ヒューマン・トランスフォーマーの主人を代々輩出している家もあれば、偶然が重なってヒューマン・トランスフォーマーを知り、マスターの道を選ぶ人もいる。ヒューマン・トランスフォーマーにとっては家族や守護者と同等、またはそれ以上に信頼できる人間だ。マスターとなる人間とヒューマン・トランスフォーマーは、まるで運命の赤い糸で結ばれているみたいに息が合うという。
隼人はヒューマン・トランスフォーマーじゃないし、代々マスターをやっている家の子でもない。
もし僕がポメラニアンになる人間だと知って助けてくれるのならマスター候補になる。でも、そうじゃなかったときは、ぼくとの記憶はすべて消されてしまう。
そしてぼくやお母さん、お父さんも隼人がいる場所から移動しなきゃいけない。生まれ育ったこの川越から、どこか遠くの知らない場所へ、引っ越さなきゃいけなくなるんだ。
「きみは隼人くんのそばにいれなくなっても平気なのかい?」
「それは……」
「ねえ、渉くん。幸せなときに大切なものを失うと、それは永遠の喪失になりうる場合があるんだ」
「永遠の喪失?」
「そうだよ」と城之内先生が悲しそうな笑みを浮かべた。「今、犬猿の仲の状態で振られるよりも、恋人として仲よくなってデートをしたり、ハグをして幸せを感じているときにヒューマン・トランスフォーマーであることを知られてしまい、別れを告げられたときのほうが、きっと苦しい思いをする。そうして隼人くんに二度と会えない状態になる。そのとき、きみはきみでいられる?」
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