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第4章
タイムリミット4
城之内先生の言葉を聞いたら胸を刃物で突き刺されたみたいに痛くなった。
神様がいて、ぼくの隼人と仲よくなりたいという夢を叶えてくれても、いつまでも一緒にいられるとは限らない。犬と知られて別れの日が早まったら隼人の中からぼくは消え、ぼくは永遠に隼人と会えなくなっちゃうんだ。
そのとき――ぼくは、ぼくでいられる自信がない。
「そう……ですか。そう、ですよね。動物に変身する人間なんてアニメや漫画の世界じゃあるまいし……受け入れてくれる人間なんて、そうそういるわけがない」
なぜか視界が狭くなり、夜でもないのに目の前がどんどん暗くなっていく。
大御所でラジオのMCや舞台役者もしている大先輩に、運よく回転寿司に連れて行ってもらったことがある。人生で初めて回らないお寿司を食べさせてもらったとき、生わさびの爽やかな香りとほのかな甘み、そして鼻や目にまで影響力のある、はっとした辛さに驚かされた。
そのときみたいに鼻の奥がツンとして、目の奥が熱くなる。
「辛いものを食べたときは熱いお湯やお茶を飲むほうが、冷たい水を飲むよりも辛みを忘れられるよ」と大御所の先輩から教えてもらった。
だけど、この部屋には飲み物なんてない。
それに辛いものを食べたわけじゃないんだ。ここに温かい飲み物があったとしても、意味なんてない。
「渉くん、きみのお母さんも、お父さんも、きみに人間でいてほしいと強く願っている。それは渡辺先生やオレも一緒だ」
そう言われても何も答えられなかった。
「渉くんのお母さんは、お腹を痛めて命懸けで人間の子どもを生んだんだ。犬の子どもを生んだわけじゃない」
子どもの頃、家族のアルバムを見せてもらいながら「ほら、この赤ちゃんが渉だよ。昔は、こんなに、ちっちゃかったんだから」とお母さんが、懐かしそうに目を細めて話すのを隣で聞いていた。
保健体育の授業で赤ちゃんについてを習った後で、お母さんからぼくがお腹にいたときの写真を見せてもらった。
だから自分が犬として、この世に生まれてきたわけじゃないって、ちゃんとわかってる。
「……知ってますよ、先生。ぼくは、れっきとした人間です」と答えたい。でも声を出したりしたら、こぼれないように我慢している涙が、ボロボロと白い布団の上に落ちそうで結局、何も言えなかった。
「きみは犬として生まれてきたわけでも、ましてや犬の化物として、この世に生を受けたわけじゃない。ヒューマン・トランスフォーマーとして、少しでもきみの負担がなくなる道を選ぶんだ。犬としての欲求を満たし、人間としての尊厳を思い出させてくれる。きみのことを理解し、大切にしてくれるマスターやパートナーを一日も早く見つけることが大切なんだよ」
城之内先生が話し終えると、お母さんと看護師さんが部屋にやってきた。
お母さんは、ヒューマン・トランスフォーマーの人間が、マスターやパートナーを見つけるための書類一式を手にしている。
ぼうっとしていれば、お母さんがこっちにやってきて、ぼくのことをギュッと抱きしめた。
「渉、あなたと相性のいいマスターやパートナーが必ず見つかるわ。だから、もう……犬になってもいい。人間に戻れなくても構わないなんて、思わないで……」
隼人と、ぼくとでは生きる世界が違う。
ぼくは声優を、隼人は獣医を目指す。
バイトをしながら声優のオーディションを受け続けるぼくと、動物を見るお医者さんになる勉強を東京でする隼人。
人間なのにポメラニアンになるぼくは、男の隼人が好き。
隼人は、いずれ人間の女の人と結婚するかもしれない。それか、人間の男の人と恋愛関係になるかも……。たとえ結婚や恋愛をしなくても獣医として、動物たちや動物を飼っている人、同じ獣医である同僚や先輩・後輩、教授なんかと関わるはず。
今だって、まともに会話もできない。接点がほとんどない関係なんだから、大人になれば関わり合いを持つことなんて、きっとなくなってしまう。
もしも彼が、今、ポメラニアンになるぼくのことを知ったらどう思うだろう。
気持ち悪い、不気味? 面白い、すごい?
でも、ひとつだけ決まっていることがある。それは明日、空から槍が降ったとてしても覆せない事実。
ぼくは――「犬に変身する人間」だ。
神様がいて、ぼくの隼人と仲よくなりたいという夢を叶えてくれても、いつまでも一緒にいられるとは限らない。犬と知られて別れの日が早まったら隼人の中からぼくは消え、ぼくは永遠に隼人と会えなくなっちゃうんだ。
そのとき――ぼくは、ぼくでいられる自信がない。
「そう……ですか。そう、ですよね。動物に変身する人間なんてアニメや漫画の世界じゃあるまいし……受け入れてくれる人間なんて、そうそういるわけがない」
なぜか視界が狭くなり、夜でもないのに目の前がどんどん暗くなっていく。
大御所でラジオのMCや舞台役者もしている大先輩に、運よく回転寿司に連れて行ってもらったことがある。人生で初めて回らないお寿司を食べさせてもらったとき、生わさびの爽やかな香りとほのかな甘み、そして鼻や目にまで影響力のある、はっとした辛さに驚かされた。
そのときみたいに鼻の奥がツンとして、目の奥が熱くなる。
「辛いものを食べたときは熱いお湯やお茶を飲むほうが、冷たい水を飲むよりも辛みを忘れられるよ」と大御所の先輩から教えてもらった。
だけど、この部屋には飲み物なんてない。
それに辛いものを食べたわけじゃないんだ。ここに温かい飲み物があったとしても、意味なんてない。
「渉くん、きみのお母さんも、お父さんも、きみに人間でいてほしいと強く願っている。それは渡辺先生やオレも一緒だ」
そう言われても何も答えられなかった。
「渉くんのお母さんは、お腹を痛めて命懸けで人間の子どもを生んだんだ。犬の子どもを生んだわけじゃない」
子どもの頃、家族のアルバムを見せてもらいながら「ほら、この赤ちゃんが渉だよ。昔は、こんなに、ちっちゃかったんだから」とお母さんが、懐かしそうに目を細めて話すのを隣で聞いていた。
保健体育の授業で赤ちゃんについてを習った後で、お母さんからぼくがお腹にいたときの写真を見せてもらった。
だから自分が犬として、この世に生まれてきたわけじゃないって、ちゃんとわかってる。
「……知ってますよ、先生。ぼくは、れっきとした人間です」と答えたい。でも声を出したりしたら、こぼれないように我慢している涙が、ボロボロと白い布団の上に落ちそうで結局、何も言えなかった。
「きみは犬として生まれてきたわけでも、ましてや犬の化物として、この世に生を受けたわけじゃない。ヒューマン・トランスフォーマーとして、少しでもきみの負担がなくなる道を選ぶんだ。犬としての欲求を満たし、人間としての尊厳を思い出させてくれる。きみのことを理解し、大切にしてくれるマスターやパートナーを一日も早く見つけることが大切なんだよ」
城之内先生が話し終えると、お母さんと看護師さんが部屋にやってきた。
お母さんは、ヒューマン・トランスフォーマーの人間が、マスターやパートナーを見つけるための書類一式を手にしている。
ぼうっとしていれば、お母さんがこっちにやってきて、ぼくのことをギュッと抱きしめた。
「渉、あなたと相性のいいマスターやパートナーが必ず見つかるわ。だから、もう……犬になってもいい。人間に戻れなくても構わないなんて、思わないで……」
隼人と、ぼくとでは生きる世界が違う。
ぼくは声優を、隼人は獣医を目指す。
バイトをしながら声優のオーディションを受け続けるぼくと、動物を見るお医者さんになる勉強を東京でする隼人。
人間なのにポメラニアンになるぼくは、男の隼人が好き。
隼人は、いずれ人間の女の人と結婚するかもしれない。それか、人間の男の人と恋愛関係になるかも……。たとえ結婚や恋愛をしなくても獣医として、動物たちや動物を飼っている人、同じ獣医である同僚や先輩・後輩、教授なんかと関わるはず。
今だって、まともに会話もできない。接点がほとんどない関係なんだから、大人になれば関わり合いを持つことなんて、きっとなくなってしまう。
もしも彼が、今、ポメラニアンになるぼくのことを知ったらどう思うだろう。
気持ち悪い、不気味? 面白い、すごい?
でも、ひとつだけ決まっていることがある。それは明日、空から槍が降ったとてしても覆せない事実。
ぼくは――「犬に変身する人間」だ。
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