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第5章
「好き」だけじゃ難しいこと3
「なんだよ、信濃。おまえもこっちで仕事だったのか」
聞き覚えのある声がする。
全身が石になったみたいに固まった。隣にいる聡太さんが不審な顔をして「渉」と声を掛けてくる。ぼくは何も言えないまま汗のにじむ両手を握った。
「へえ、今大人気の城島聡太先輩と一緒なんだ」
足音が近づいてくるのが聞こえる。
今すぐ聡太さんの手を引いて、この場を逃げたいと思ってしまうのは、よくないことだろうか……?
「ああ、知ってる。ニコイチでいる姿をよく見るからな」
「じゃあ城島先輩は信濃と付き合ってるんですかー?」
そうして彼らは周りにいる人たちの目も気にしないで、ギャハハハとバカ笑いを始める。
「はあ?」と聡太さんが呆れた声を出す。ダラダラといやな汗をかきながら目をギュッとつぶった。
「あっ、違うか。信濃が城島さんを誘惑して、浮気するところだったんだ!」
聞き捨てならない言葉が小池さんの口から飛び出る。
ぼくは、いやだなと思いながら壊れたロボットのように後ろを振り返った。
「やめてください、小池さん。聡太さんには愛する奥さんがいるんですから、根も葉もない噂を信じて信じて口にするのは、あまりにも失礼ですよ」
毅然とした態度をとるようにしながら、冷たい目でぼくを凝視する小池さんの目を、じっと見据えた。
「……ほんと、おまえ生意気だわ。リテイクなくなったのは褒めてやる。けどな、アニメで名前のある役をもらえたからって調子に乗るのもいい加減にしろよ」
「乗ってません。ぼくは、ぼくの最善を尽くしているだけです」
小池さんの後ろにいる他社の声優さんたちが、ぼくのことを睨んでくる。
「年上から可愛がられるからって、しっぽ振ってさ、男のくせしてぶりっこしてんのマジ、ウザいんですけど」
「し、しっぽを振ってるって!? ま、まさか――きみたちにも見えてたの!」
ぼくは思わず自分のお尻を見ようとして、その場をぐるぐると回ってしまった。
小池さんが無言でこちらを見ている。彼の後ろにいたふたりがドン引きしながら「うっわ、何こいつ? 急にその場で回り始めるとか、ないわ」「なんだよ、幽霊かトイレットペーパーでもつけてきたのかよ……」と話しているのが聞こえるけど、それどころじゃない。
ポメラニアンの尻尾を振ってるなんて部分的に変態してたってこと!? ぼく、普通のときも部分的に犬になってたの? どうしよう……_!
子どもの頃ならパカパカ携帯が使われてたから、「フワフワのストラップを携帯につけてる」って言いわけできた。でも今はスマホの時代! ストラップつけてる人なんてめったにいないよ……。
「おい、よせ! 渉」と聡太さんに腕を掴まれ、止められる。
「そ、聡太さん。ぼくのお、おしりから……し、し、し、しっぽが……」
犬であることを一般人に知られたと絶望する。どうしたらいいのかわからなくてオロオロするしかない。
「違うから落ち着け!」
顔を青ざめさせた聡太さんが思いきりぼくの両肩を掴んだ。
「犬がしっぽを振るみたいに、愛想を振りまいてて、男らしくないって言われたんだよ!」と小声で言われ、合点する。
「な、なんだ。そういう意味……。よかったー、ホッとしました」
胸を撫で下ろしていれば小池さんが大きく舌打ちをする。
「相変わらず天然ボケの変なやつ。おまえ、お笑い芸人にでも転身すれば? そっちのほうが絶対、似合ってるよ」
「いいえ、なりません。芸能界は芸能界でも、ぼくは声優という役者として、やっていきたいんですから」
真剣に自分の夢のことを話したら鼻で笑われてしまった。
「声優なんて飽和状態の仕事だ。それなのに、おまえみたいなやつがポンポン出てくるから声優の仕事が地に落ちるし、質が悪くなる」
「それは聞き捨てなりません。みんな、お仕事をもらうために頑張って……」
「頑張れば仕事がもらえる世界じゃないんだよ。それは信濃、おまえが一番わかってるだろ?」
小池さんに図星を突かれて何も言えなくなってしまった。言い返すことができなくて悔しい思いをしていれば、さらに小池さんがぼくのことを追いつめる。
「おまえが褒められたのは駆け出しの声優だからだ。実力がすごいからじゃない。事実、おまえは、あの『戦場の英雄』が終わってからガヤやモブの仕事ばっかりだ。レギュラー番組も同時期に終わって、今、おまえを支えているのはツテやマネージャーに進められた舞台や芝居の端役ばかり」
「っ……!」
「ほかの新人よりもチヤホヤされて可愛がられているからって、甘ちゃんにもほどがある。勘違いしてるんだよ、おまえ。そんなんだったら、早くこの世界から足を洗え。――さっさと辞めちゃえよ」
拳をギュッと握りしめていれば聡太さんが前に出る。
「先輩方や大御所の方でもラジオのパーソナリティをやったり、テレビのナレーションにCM、舞台に出るなんてことも、よくある話だ。俳優から声優に転身する人もいれば、声優から俳優の役をもらったり、テレビ番組に出演することだってある。渉に突っかかる理由としては、ずいぶんおそまつだな、鉄二」
聞き覚えのある声がする。
全身が石になったみたいに固まった。隣にいる聡太さんが不審な顔をして「渉」と声を掛けてくる。ぼくは何も言えないまま汗のにじむ両手を握った。
「へえ、今大人気の城島聡太先輩と一緒なんだ」
足音が近づいてくるのが聞こえる。
今すぐ聡太さんの手を引いて、この場を逃げたいと思ってしまうのは、よくないことだろうか……?
「ああ、知ってる。ニコイチでいる姿をよく見るからな」
「じゃあ城島先輩は信濃と付き合ってるんですかー?」
そうして彼らは周りにいる人たちの目も気にしないで、ギャハハハとバカ笑いを始める。
「はあ?」と聡太さんが呆れた声を出す。ダラダラといやな汗をかきながら目をギュッとつぶった。
「あっ、違うか。信濃が城島さんを誘惑して、浮気するところだったんだ!」
聞き捨てならない言葉が小池さんの口から飛び出る。
ぼくは、いやだなと思いながら壊れたロボットのように後ろを振り返った。
「やめてください、小池さん。聡太さんには愛する奥さんがいるんですから、根も葉もない噂を信じて信じて口にするのは、あまりにも失礼ですよ」
毅然とした態度をとるようにしながら、冷たい目でぼくを凝視する小池さんの目を、じっと見据えた。
「……ほんと、おまえ生意気だわ。リテイクなくなったのは褒めてやる。けどな、アニメで名前のある役をもらえたからって調子に乗るのもいい加減にしろよ」
「乗ってません。ぼくは、ぼくの最善を尽くしているだけです」
小池さんの後ろにいる他社の声優さんたちが、ぼくのことを睨んでくる。
「年上から可愛がられるからって、しっぽ振ってさ、男のくせしてぶりっこしてんのマジ、ウザいんですけど」
「し、しっぽを振ってるって!? ま、まさか――きみたちにも見えてたの!」
ぼくは思わず自分のお尻を見ようとして、その場をぐるぐると回ってしまった。
小池さんが無言でこちらを見ている。彼の後ろにいたふたりがドン引きしながら「うっわ、何こいつ? 急にその場で回り始めるとか、ないわ」「なんだよ、幽霊かトイレットペーパーでもつけてきたのかよ……」と話しているのが聞こえるけど、それどころじゃない。
ポメラニアンの尻尾を振ってるなんて部分的に変態してたってこと!? ぼく、普通のときも部分的に犬になってたの? どうしよう……_!
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「おい、よせ! 渉」と聡太さんに腕を掴まれ、止められる。
「そ、聡太さん。ぼくのお、おしりから……し、し、し、しっぽが……」
犬であることを一般人に知られたと絶望する。どうしたらいいのかわからなくてオロオロするしかない。
「違うから落ち着け!」
顔を青ざめさせた聡太さんが思いきりぼくの両肩を掴んだ。
「犬がしっぽを振るみたいに、愛想を振りまいてて、男らしくないって言われたんだよ!」と小声で言われ、合点する。
「な、なんだ。そういう意味……。よかったー、ホッとしました」
胸を撫で下ろしていれば小池さんが大きく舌打ちをする。
「相変わらず天然ボケの変なやつ。おまえ、お笑い芸人にでも転身すれば? そっちのほうが絶対、似合ってるよ」
「いいえ、なりません。芸能界は芸能界でも、ぼくは声優という役者として、やっていきたいんですから」
真剣に自分の夢のことを話したら鼻で笑われてしまった。
「声優なんて飽和状態の仕事だ。それなのに、おまえみたいなやつがポンポン出てくるから声優の仕事が地に落ちるし、質が悪くなる」
「それは聞き捨てなりません。みんな、お仕事をもらうために頑張って……」
「頑張れば仕事がもらえる世界じゃないんだよ。それは信濃、おまえが一番わかってるだろ?」
小池さんに図星を突かれて何も言えなくなってしまった。言い返すことができなくて悔しい思いをしていれば、さらに小池さんがぼくのことを追いつめる。
「おまえが褒められたのは駆け出しの声優だからだ。実力がすごいからじゃない。事実、おまえは、あの『戦場の英雄』が終わってからガヤやモブの仕事ばっかりだ。レギュラー番組も同時期に終わって、今、おまえを支えているのはツテやマネージャーに進められた舞台や芝居の端役ばかり」
「っ……!」
「ほかの新人よりもチヤホヤされて可愛がられているからって、甘ちゃんにもほどがある。勘違いしてるんだよ、おまえ。そんなんだったら、早くこの世界から足を洗え。――さっさと辞めちゃえよ」
拳をギュッと握りしめていれば聡太さんが前に出る。
「先輩方や大御所の方でもラジオのパーソナリティをやったり、テレビのナレーションにCM、舞台に出るなんてことも、よくある話だ。俳優から声優に転身する人もいれば、声優から俳優の役をもらったり、テレビ番組に出演することだってある。渉に突っかかる理由としては、ずいぶんおそまつだな、鉄二」
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