文字の大きさ
大
中
小
23 / 42
第5章
「好き」だけじゃ難しいこと4
聡太さんが子どもを叱るような口調で話しかけると小池さんは黙り込んでしまった。
「おまえが大物俳優の小池竜馬先輩の息子で、『親の七光』なんて言わせないくらいに実力があるのも、主役をいくつももらって着実にキャリアを伸ばしているのも純粋にすごいと思う。だからって駆け出しながらも自分にできることを精一杯やっている渉を悪く言うのは、なんか違うだろ。おまえは渉の親兄弟でも、恋人でも、友だちでもないんだから」
「はっきり言って迷惑なんですよ」と小池さんは、ぼくのことをすごい目つきで睨んできた。それこそ憎悪を感じられるような目つきだ。
「芸能界がキラキラしている場所だと思って、頭がお花畑で能天気なやつがやってくる。そうすれば悪いやつらに食いつぶされるのは道理です。今の芸能界に問題があるのは確かです。だけど知恵も、処世術もなく、頭も、心も弱いやつらが悪いんですよ。騙されるから搾取される」
「渉は一応まだ子どもだぞ。第一、そうやって人を悪い道に引きずり込もうとするやつらが悪いんだろ。被害者の死体蹴りでもしようって言うのか?」
すると小池さんはバカにしたように聡太さんのことを鼻で笑う。「正義漢ぶるのも、まともな大人の意見を出すのも、よしてくださいよ。僕はただ本気で声優を極めて生き残ってやろうっていう気概も、演技に対するギラギラした情熱も感じないそいつのことが、ウザくてしょうがないだけです。行くぞ、おまえら」
「へーい」「そんじゃ、またねー。信濃くん」と小池さんと小池さんの知人たちは去っていった。
「なんだよ鉄二のやつ。ガキみたいに怒って……」
「あの……その……」
「ん、どうした? 急にもじもじして。トイレにでも行きたいのか?」
聡太さんに本当のことを言おうか、言うまいか頭を悩ませる。
言わないほうがいいかな? と思いつつも噂がひとり歩きしてるのは事実。真っ向から否定しなかったぼくにも責任はあるよな、と聡太さんに打ち明けるほうを選んだ。
「じつを言いますと、アニメの制作プロデューサーから『食事に行かないか?』って誘われたんです」
「へえ、そりゃよかったじゃん!」
「てっきり先輩たちとか、ほかのスタッフさんもいると思って、マネージャーさんも忙しそうだったから指定された場所へひとりで行ったんです」
「ん?」と聡太さんが表情を固まらせる。
「こう宴会とかができる場所とか、ファミレスとかのチェーン店じゃなくて、高級そうなレストランだったんです。イタリアンレストランの個室で、パスタとかピザ、シーザーサラダやティラミスを奢ってもらって、BLゲームのほうをやらないか? って訊かれたんですよね」
新人の男性声優は十八を超えると性行為の描写された十五禁や、十八禁コンテンツの仕事なんかも声が掛かったりする。
女性声優ならギャルゲー(ギャルゲーム)やGL、男性声優なら乙ゲー(乙女ゲーム)やBLなんて具合に。そこで有名になって名前が売れたり、作品のファンから認知されて人気声優になる人もいる
「あ、ああ、いいんじゃねえの、それで?」
「その男同士の恋愛とかに偏見はないんですけど……甘くてふわふわする恋愛とか、切なくて泣ける話じゃなくて……すごくハードな大人ものって言われて」
雲行きが怪しくなってきた。聡太さんの表情が、すっごい険しくなってきて怖いよ……。
「で、断ったのか?」
「『仕事を選んでる場合じゃないよ』とか『このままじゃ売れない声優で終わるよ』って言われたんです。それで……食べてる最中にも腰とか肩を抱かれたり、口についてた食べカスをとるのに唇を触られたりとか……」
こめかみに青筋を立て、目を千葉らせた聡太さんが僕の肩を力一杯に掴んだ。
「どこのどいつだ? 高校生にパワハラとセクハラするような輩は……そいつの名前と番号、所属しているところを言え! 今すぐクレームの電話を入れてやる。マネージャーと社長にも相談案件だ……!」
ひえっ! となった僕は自分の性器が縮みあがるのを感じながら聡太さんに洗いざらいすべてを話した。
*
電車を下りて少し冷たい夜風にあたる。
「ふう、お腹いっぱいだあ……」とポッコリ盛り上がっているお腹を叩く。聡太さんの奥さんのお料理、どれもおいしかったなと思い出し笑いをする。
あの後、聡太さんがマネージャーや社長に連絡してくれた。結局、マネージャーや社長と後日話し合いをする形になり、仕事は断らせていただくことになったのだ。
「お仕事、ひとつ減っちゃったなあ」
乗り気でなかったのは確かだ。
身体をベタベタ触られるのも、「親切で言ってるんだ」と悲しくなる言葉を掛けられたのもつらかったから。
そうこうしているうちに僕がプロデューサーと恋仲だとか、愛人だとか、枕をやってるなんて噂が流れて、ほかの人に陰口を叩かれるようになったのだ。
誤解を解かないでいたぼくにも責任があるのは事実だ。
聡太さんや奥さんからも口を酸っぱくして注意するように言われてしまった。
「駄目だなー、ぼく。何をやってるんだろう」とつぶやきながら人の少ない歩道橋の階段を下りる。
小池さんに言われても、しょうがないことをした。
好きだけじゃ、この世界はやっていけない。
だからって、おいしいところだけをとっていくようなことはしたくないと思ってる。それでも誘惑は尽きないし、意図せず巻き込まれることもある。
そういうときに、きっぱりとノーを言えないで愛想笑いを浮かべて、曖昧な受け答えをして白黒はっきりさせない。
「だからって、あんなふうに言われるのは傷つくなあ……」
小池さんとは所属事務所が違うけど、アニメやゲームの声優をやって、動画配信サイトの公式生放送なんかにも出ていて憧れてた。そんな人にあんなことを言われるなんて落ち込む。
「なんで、こんなにいろんなことが、うまくいかないんだろう」
足を止め、空を見上げる。キラキラと光り輝く無数の星。
星座の図鑑なんかに名前が載っているもの以外にも名前や名称、記号があるそうだ。
だけど専門家以外では、よっぽどの星好きでないとその名を知らない。
ぼくは――誰かの心に残るような――名前を、演技を、声を覚えてもらい、呼んでもらえる声優になれるのだろうか?
「おまえが大物俳優の小池竜馬先輩の息子で、『親の七光』なんて言わせないくらいに実力があるのも、主役をいくつももらって着実にキャリアを伸ばしているのも純粋にすごいと思う。だからって駆け出しながらも自分にできることを精一杯やっている渉を悪く言うのは、なんか違うだろ。おまえは渉の親兄弟でも、恋人でも、友だちでもないんだから」
「はっきり言って迷惑なんですよ」と小池さんは、ぼくのことをすごい目つきで睨んできた。それこそ憎悪を感じられるような目つきだ。
「芸能界がキラキラしている場所だと思って、頭がお花畑で能天気なやつがやってくる。そうすれば悪いやつらに食いつぶされるのは道理です。今の芸能界に問題があるのは確かです。だけど知恵も、処世術もなく、頭も、心も弱いやつらが悪いんですよ。騙されるから搾取される」
「渉は一応まだ子どもだぞ。第一、そうやって人を悪い道に引きずり込もうとするやつらが悪いんだろ。被害者の死体蹴りでもしようって言うのか?」
すると小池さんはバカにしたように聡太さんのことを鼻で笑う。「正義漢ぶるのも、まともな大人の意見を出すのも、よしてくださいよ。僕はただ本気で声優を極めて生き残ってやろうっていう気概も、演技に対するギラギラした情熱も感じないそいつのことが、ウザくてしょうがないだけです。行くぞ、おまえら」
「へーい」「そんじゃ、またねー。信濃くん」と小池さんと小池さんの知人たちは去っていった。
「なんだよ鉄二のやつ。ガキみたいに怒って……」
「あの……その……」
「ん、どうした? 急にもじもじして。トイレにでも行きたいのか?」
聡太さんに本当のことを言おうか、言うまいか頭を悩ませる。
言わないほうがいいかな? と思いつつも噂がひとり歩きしてるのは事実。真っ向から否定しなかったぼくにも責任はあるよな、と聡太さんに打ち明けるほうを選んだ。
「じつを言いますと、アニメの制作プロデューサーから『食事に行かないか?』って誘われたんです」
「へえ、そりゃよかったじゃん!」
「てっきり先輩たちとか、ほかのスタッフさんもいると思って、マネージャーさんも忙しそうだったから指定された場所へひとりで行ったんです」
「ん?」と聡太さんが表情を固まらせる。
「こう宴会とかができる場所とか、ファミレスとかのチェーン店じゃなくて、高級そうなレストランだったんです。イタリアンレストランの個室で、パスタとかピザ、シーザーサラダやティラミスを奢ってもらって、BLゲームのほうをやらないか? って訊かれたんですよね」
新人の男性声優は十八を超えると性行為の描写された十五禁や、十八禁コンテンツの仕事なんかも声が掛かったりする。
女性声優ならギャルゲー(ギャルゲーム)やGL、男性声優なら乙ゲー(乙女ゲーム)やBLなんて具合に。そこで有名になって名前が売れたり、作品のファンから認知されて人気声優になる人もいる
「あ、ああ、いいんじゃねえの、それで?」
「その男同士の恋愛とかに偏見はないんですけど……甘くてふわふわする恋愛とか、切なくて泣ける話じゃなくて……すごくハードな大人ものって言われて」
雲行きが怪しくなってきた。聡太さんの表情が、すっごい険しくなってきて怖いよ……。
「で、断ったのか?」
「『仕事を選んでる場合じゃないよ』とか『このままじゃ売れない声優で終わるよ』って言われたんです。それで……食べてる最中にも腰とか肩を抱かれたり、口についてた食べカスをとるのに唇を触られたりとか……」
こめかみに青筋を立て、目を千葉らせた聡太さんが僕の肩を力一杯に掴んだ。
「どこのどいつだ? 高校生にパワハラとセクハラするような輩は……そいつの名前と番号、所属しているところを言え! 今すぐクレームの電話を入れてやる。マネージャーと社長にも相談案件だ……!」
ひえっ! となった僕は自分の性器が縮みあがるのを感じながら聡太さんに洗いざらいすべてを話した。
*
電車を下りて少し冷たい夜風にあたる。
「ふう、お腹いっぱいだあ……」とポッコリ盛り上がっているお腹を叩く。聡太さんの奥さんのお料理、どれもおいしかったなと思い出し笑いをする。
あの後、聡太さんがマネージャーや社長に連絡してくれた。結局、マネージャーや社長と後日話し合いをする形になり、仕事は断らせていただくことになったのだ。
「お仕事、ひとつ減っちゃったなあ」
乗り気でなかったのは確かだ。
身体をベタベタ触られるのも、「親切で言ってるんだ」と悲しくなる言葉を掛けられたのもつらかったから。
そうこうしているうちに僕がプロデューサーと恋仲だとか、愛人だとか、枕をやってるなんて噂が流れて、ほかの人に陰口を叩かれるようになったのだ。
誤解を解かないでいたぼくにも責任があるのは事実だ。
聡太さんや奥さんからも口を酸っぱくして注意するように言われてしまった。
「駄目だなー、ぼく。何をやってるんだろう」とつぶやきながら人の少ない歩道橋の階段を下りる。
小池さんに言われても、しょうがないことをした。
好きだけじゃ、この世界はやっていけない。
だからって、おいしいところだけをとっていくようなことはしたくないと思ってる。それでも誘惑は尽きないし、意図せず巻き込まれることもある。
そういうときに、きっぱりとノーを言えないで愛想笑いを浮かべて、曖昧な受け答えをして白黒はっきりさせない。
「だからって、あんなふうに言われるのは傷つくなあ……」
小池さんとは所属事務所が違うけど、アニメやゲームの声優をやって、動画配信サイトの公式生放送なんかにも出ていて憧れてた。そんな人にあんなことを言われるなんて落ち込む。
「なんで、こんなにいろんなことが、うまくいかないんだろう」
足を止め、空を見上げる。キラキラと光り輝く無数の星。
星座の図鑑なんかに名前が載っているもの以外にも名前や名称、記号があるそうだ。
だけど専門家以外では、よっぽどの星好きでないとその名を知らない。
ぼくは――誰かの心に残るような――名前を、演技を、声を覚えてもらい、呼んでもらえる声優になれるのだろうか?
感想 0
あなたにおすすめの小説
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
Vtuberをしていたら、美形生徒会長が僕のガチ恋ファンだった
七瀬おむVtuberをしていたら、クラスの美形生徒会長が自分のガチ恋オタクだった話。
≪ガチ恋執着オタクな美形生徒会長×Vtuberとして活動する地味平凡≫
美形×平凡/執着・溺愛攻め/ハッピーエンド/高校生
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウBL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
完結しました。
たまに番外編更新予定です。