25 / 42
第6章
家族や兄弟みたいな存在2
ぼくらの間に沈黙が降りた。
いつも、ぎゃーぎゃー口ゲンカをしてるから、こんなふうにお互い何も言わない状況は、まずない。
すごく気まずいし、変な感じがしてモヤモヤする。
隼人は、なんだか思い詰めた顔をして口をつぐんでいた。
また、ぼく、何かやらかしちゃったのかな? と不安で胸が一杯になって息もできないくらいに苦しくなる。
「毎日毎日、勉強勉強で、そんな彼女を作る暇なんてねえよ。それに俺が好きなのは動物だぜ?」と、おどけた調子で言う。「獣医になって病気で苦しんでる犬や猫、カナリアや文鳥なんかを助ける。そのために大学行きを目指してるんだから、恋人なんて二の次、三の次だ」
いつもの隼人に戻ってくれた。
それだけで、ぼくの中のポメラニアンはヘケヘケ笑顔になって尻尾を左右に振る。それに引きずられるようにして、ぼくも笑顔になった。
「そうだよね! 獣医になるのが、きみの夢だもんね!」
「ああ、そうだよ。ほら、帰ろうぜ?」
「うん!」
好きな人と同じ時間を過ごせて言葉を交わせる。大好きな笑った顔を見られる。
それだけで、いやなことなんて全部、どこかに吹っ飛んじゃうんだ。
心臓が高鳴り、頬が熱くなるのを感じながら、ぼくは緩む口元を隠すようにバイクに跨る隼人の背中に抱きついた。
バイクが発進し、エンジン音がする。
駅前では無言でいるのが苦痛でしょうがなかった。
でも今は違う。風を切っていくのを肌で感じているこの時間が永遠に続けばいいのに、って思ってるんだ。
楽しい時間や、うれしい時間が、あっという間に終わっちゃうのは、なぜだろう?
すぐに家の前に着いてしまった。名残惜しくて、ぼうっとしていれば「疲れてるんだろ? さっさと風呂入って布団の中で寝ちまえよ」と声を掛けられる。こころなしか声色がやさしいと感じてしまうのは、バイクに乗って気分が高揚しているからだろうか?
「うん……ありがと、隼人」
ぼくは、眠くてうとうとしているフリをしながら、ストレートに思っていることを告げる。
すると隼人は目をしばたき、鼻の頭を指で擦った。
それから手袋を取って、ぼくの額に手をあてた。バイクを運転していたからか少し、ひんやりしていて気持ちいい。
ぼくは目の前にある隼人の陶器みたいな肌,形のいい鼻、きれいに整えられた眉毛と涼し気な目元を観察する。
かっこいいな……そう思っていれば、熱いお湯に浸かってるみたいに頬や身体がどんどん熱くなる。
「めちゃくちゃ熱いじゃん!? 今すぐ部屋入って寝ろ! なんなら無理せず明日、休め!」と隼人が卒倒する。額に置いてあった手が離れてしまうのが、さみしい。
「もう元気だから平気だよ。隼人ってば心配し過ぎ」
「いーや、絶対におかしい! いつものおまえなら、もっと俺に対してブーブー文句たれて、口やかましいポメラニアンみたいにキャンキャン鳴くだろ!?」
ポメラニアンという単語が出て一瞬、息をするのを忘れた。
途中で、ただの比喩だと気づく。だって隼人は、ぼくがポメラニアンになることなんて知るよしもないんだから。
「きみって本当に失礼なやつだな! ぼくは、きみが迎えに来てくれて、すごくうれしかったから、お礼を言っただけなのに」
「俺に送り迎えしてもらいたいわけ? 便利だから?」
「違うよ。……きみの側にいられるから」
変なことを言ったわけでもないのに隼人は目を丸くした。
「顔を合わせると、いつもケンカばかりになっちゃうのが本当は、いやなんだ。ぼくも高坂さんたちみたいに、きみと普通に話したいのに、ついムキになっちゃって売り言葉に買い言葉になっちゃう。でもバイクに乗ってるときは、そうじゃないだろ? 何もしゃべらなくても、きみの側にいられてケンカをせずに済む」
「渉……」
なんでだろ、どうして今夜はこんなふうに普通の友だちみたいに話せるんだろ?
もう隼人のことを好きだと思う気持ちを心の奥底に封印しなくちゃいけないって、わかってるからかな。
ポメラニアンになるぼくのことを受け入れてくれるマスターやパートナーと出会って、ぼくの中にいるポメラニアンを満足させてあげる。
ぼくは人間として生まれてきたんだから犬になって隼人に愛されることを考えちゃいけない。
「きみと会えて――きみが迎えに来てくれて、すごくうれしかった。たとえ、お母さんに頼まれて、いやいや来たんだとしても隼人の顔を見たら、ホッとしたんだ」
「なんだよ、それ?」
訝しげな顔をして隼人が眉をひそめる。
「朝のこと結構堪えたし、ちょっと仕事でもいやなことがあったんだ。つらいなって思ったけど、きみと話したらなんだか、すっごく小さなことで悩んでたなって思って元気出た。――じゃあね、隼人、おやすみ!」
玄関へ向かっていると、隼人から「渉」と呼びとめられる。
「どうかしたの?」
「俺に彼女のことを聞いてきたけど、おまえこそ、どうなんだよ……」
「どうって?」
頬が熱くなるのをうつむいてごまかしながら、家の鍵をさがす。いつもはカバンの前ポケットに入れているのに、こういうときに限って見あたらない。
「おまえこそ、好きなやつとか、恋人とか、いるのかよ?」
いつも、ぎゃーぎゃー口ゲンカをしてるから、こんなふうにお互い何も言わない状況は、まずない。
すごく気まずいし、変な感じがしてモヤモヤする。
隼人は、なんだか思い詰めた顔をして口をつぐんでいた。
また、ぼく、何かやらかしちゃったのかな? と不安で胸が一杯になって息もできないくらいに苦しくなる。
「毎日毎日、勉強勉強で、そんな彼女を作る暇なんてねえよ。それに俺が好きなのは動物だぜ?」と、おどけた調子で言う。「獣医になって病気で苦しんでる犬や猫、カナリアや文鳥なんかを助ける。そのために大学行きを目指してるんだから、恋人なんて二の次、三の次だ」
いつもの隼人に戻ってくれた。
それだけで、ぼくの中のポメラニアンはヘケヘケ笑顔になって尻尾を左右に振る。それに引きずられるようにして、ぼくも笑顔になった。
「そうだよね! 獣医になるのが、きみの夢だもんね!」
「ああ、そうだよ。ほら、帰ろうぜ?」
「うん!」
好きな人と同じ時間を過ごせて言葉を交わせる。大好きな笑った顔を見られる。
それだけで、いやなことなんて全部、どこかに吹っ飛んじゃうんだ。
心臓が高鳴り、頬が熱くなるのを感じながら、ぼくは緩む口元を隠すようにバイクに跨る隼人の背中に抱きついた。
バイクが発進し、エンジン音がする。
駅前では無言でいるのが苦痛でしょうがなかった。
でも今は違う。風を切っていくのを肌で感じているこの時間が永遠に続けばいいのに、って思ってるんだ。
楽しい時間や、うれしい時間が、あっという間に終わっちゃうのは、なぜだろう?
すぐに家の前に着いてしまった。名残惜しくて、ぼうっとしていれば「疲れてるんだろ? さっさと風呂入って布団の中で寝ちまえよ」と声を掛けられる。こころなしか声色がやさしいと感じてしまうのは、バイクに乗って気分が高揚しているからだろうか?
「うん……ありがと、隼人」
ぼくは、眠くてうとうとしているフリをしながら、ストレートに思っていることを告げる。
すると隼人は目をしばたき、鼻の頭を指で擦った。
それから手袋を取って、ぼくの額に手をあてた。バイクを運転していたからか少し、ひんやりしていて気持ちいい。
ぼくは目の前にある隼人の陶器みたいな肌,形のいい鼻、きれいに整えられた眉毛と涼し気な目元を観察する。
かっこいいな……そう思っていれば、熱いお湯に浸かってるみたいに頬や身体がどんどん熱くなる。
「めちゃくちゃ熱いじゃん!? 今すぐ部屋入って寝ろ! なんなら無理せず明日、休め!」と隼人が卒倒する。額に置いてあった手が離れてしまうのが、さみしい。
「もう元気だから平気だよ。隼人ってば心配し過ぎ」
「いーや、絶対におかしい! いつものおまえなら、もっと俺に対してブーブー文句たれて、口やかましいポメラニアンみたいにキャンキャン鳴くだろ!?」
ポメラニアンという単語が出て一瞬、息をするのを忘れた。
途中で、ただの比喩だと気づく。だって隼人は、ぼくがポメラニアンになることなんて知るよしもないんだから。
「きみって本当に失礼なやつだな! ぼくは、きみが迎えに来てくれて、すごくうれしかったから、お礼を言っただけなのに」
「俺に送り迎えしてもらいたいわけ? 便利だから?」
「違うよ。……きみの側にいられるから」
変なことを言ったわけでもないのに隼人は目を丸くした。
「顔を合わせると、いつもケンカばかりになっちゃうのが本当は、いやなんだ。ぼくも高坂さんたちみたいに、きみと普通に話したいのに、ついムキになっちゃって売り言葉に買い言葉になっちゃう。でもバイクに乗ってるときは、そうじゃないだろ? 何もしゃべらなくても、きみの側にいられてケンカをせずに済む」
「渉……」
なんでだろ、どうして今夜はこんなふうに普通の友だちみたいに話せるんだろ?
もう隼人のことを好きだと思う気持ちを心の奥底に封印しなくちゃいけないって、わかってるからかな。
ポメラニアンになるぼくのことを受け入れてくれるマスターやパートナーと出会って、ぼくの中にいるポメラニアンを満足させてあげる。
ぼくは人間として生まれてきたんだから犬になって隼人に愛されることを考えちゃいけない。
「きみと会えて――きみが迎えに来てくれて、すごくうれしかった。たとえ、お母さんに頼まれて、いやいや来たんだとしても隼人の顔を見たら、ホッとしたんだ」
「なんだよ、それ?」
訝しげな顔をして隼人が眉をひそめる。
「朝のこと結構堪えたし、ちょっと仕事でもいやなことがあったんだ。つらいなって思ったけど、きみと話したらなんだか、すっごく小さなことで悩んでたなって思って元気出た。――じゃあね、隼人、おやすみ!」
玄関へ向かっていると、隼人から「渉」と呼びとめられる。
「どうかしたの?」
「俺に彼女のことを聞いてきたけど、おまえこそ、どうなんだよ……」
「どうって?」
頬が熱くなるのをうつむいてごまかしながら、家の鍵をさがす。いつもはカバンの前ポケットに入れているのに、こういうときに限って見あたらない。
「おまえこそ、好きなやつとか、恋人とか、いるのかよ?」
あなたにおすすめの小説
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
殿堂入りした愛なのに
たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける)
今日からはれて高等部に進学する。
入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。
一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。
両片思いの一途すぎる話。BLです。
伝導率30%の体温
温 詩夏
BL
良太は優しくて真面目な、普通の会社員。
一人で生きると決めていたけれど、同期だった修真に恋をした。
好きだと気づくまでに時間がかかって、
好きだと分かってからも心が追いつくのには時間がかかる。
そんな、初めての恋の温度に静かに触れていく物語です。
*
読んでくれる方にこの子の背中をそっと見守ってもらえたら嬉しいです。
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
みどりとあおとあお
うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。
ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。
モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。
そんな碧の物語です。
短編。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。