デルタコープス

玄道

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 □□□
 ひとつの辺は産まれ来た道
 ふたつめの辺は現し世を行く道
 みっつめの辺は屍の道

 三本の道を経て、人は完成する

 聖遺骸デルタコープス

 其は、世界の真理を象った人の姿
 □□□
 ──『デルタの聖心みこころ』教典中の聖句


 序
 

 意識が戻ると、俺──卯月亮うづき りょうは下着姿で拘束され、猿轡まで噛まされていた。

 目の前に人が立っている。後ろから工業用ライトで照らされ、顔が見えない。

「目覚めましたか?」
 
 ──誰だ?

  知らない男の声。

「三角形というのは、神聖な図形なんです」

 ──は? 何だいきなり!!

「もぐ、がうぶっ! ぶも!!」

 俺は、逆光を背に語る男を睨み付ける。

 ──いいからこの鎖解けっての、この糞野郎!

「聞きなさい。三角形と言うのは、全ての構造の最小単位なんです。平面上なら、多角形は全て三角形で分割できる。宗教的な意味合いとしては、三位一体とかピラミッド、日本なら富士山……そして『デルタの聖心』のホーリーシンボル」

 ──デルタのみこころ?

 ──何かの宗教かよ!?

「ぶごっ!! ぶむぅ!!」

「三角形……デルタこそ完璧な秩序の象徴。あなたもそうなるのです。聖なる屍──デルタコープス三角形の死体に」

 声が冷たい。

 合成音声……否、もっとだ。肉声なのに、まるで人間味がない。

「ひとつめの辺は産まれ来た道」

 突然、声色が変わる。

 記憶の中にある、その声は──理紗りさ

 近くにいるのか?

 男は、鎖で磔にされた俺の腕に、電動ノコギリを向ける。

 ──待て待て待て待てって糞!! 何なんだよ訳わかんねえよ!! おい!! 理紗!?

 凶器が、俺を切り刻むべく始動する。

「────────っ!!」

 唸りを上げ、高速回転する鋼が右股関節に食い込む。

 俺は、獣の絶叫を吐き出す。

「ふた………………」

 理紗が、何かを唱えている中、男が俺を解体する。

「ぐぶゎあああああああああ!!」

 祈り? いやいや呪いじゃねえか、これ。

 俺の意識は、右足と別れた瞬間、消失した。
 
  一

 二〇二四年 九月四日 午後二時 K駅前


「うん、今駅……大丈夫。いくら何でも……うん。じゃ、また」

 父との通話を切る。

 私──大橋利奈おおはし りなは、昔住んでいた九州の地方都市、K市に来ている。

 姉を訪ねるためだ。

 駅前を抜ける人々の吐息が熱を帯びていた。夏の終わりを拒むように、アスファルトが光に焼かれている。  

 私は、羽織っていたベージュのジャケットを脱いだ。

 黒のショートヘアが、汗ばんで少し湿る。

 ──急に連絡断つなんて……何なの? 理沙姉さん

 駅に近いワンルームマンション、その三階に一つ上の姉──大橋理紗は住んでいる……筈だ。

 先月、写真家である姉が、突如音信不通になり、スマホすら通じない事に耐えかね、病床の父は、"元"大学講師の私を遣いに出した。姉の知人である卯月亮とも、同時期に連絡が絶えた。父は駆け落ちを疑っている。出版関係者も、何も知らないという。

 私個人は、姉が愛の逃避行など、あり得ないと思っているが。

 ──理紗が、生きた他人と何日も同居するなんて。

 私も、もう三十四になるのに浮いた話がない。経歴を考えれば当然だ。

 一応、近くに出来ていたケーキ屋で、モンブランを買う。東京の土産が、人形焼きだけというのも、四年ぶりに顔を合わす妹としては、味気ない。

 店を出る。

『メゾン・アークK駅前』。ここだ。

 オートロックを、合鍵で解除する。

 三〇八号室。

 解錠し、声をかける。

「理紗姉ちゃん? おるね?」

 標準語に慣れてしまい、方言を使うのに勇気が必要だった。

 静寂が返ってくる。

「姉……さん?」

 驚いた。部屋に家具が……何もない。

 冷蔵庫、洗濯機……レンジも、何も。カメラさえも。

 カーテンの隙間からの光すら、そこにはなかった。  

「姉さん!? 理紗!? ねぇ!」

 何処にでも行ってしまう、身軽な人だとは知っているが、今は何故か、気楽に考えられない。

 死んでるんじゃないか。

 姉の遺体を想像し、悪寒がした。

 カーテンを開けると、床に放置されている、ラップトップに気付く。電源ケーブルはコンセントに繋がれていた。

 もう、姉の痕跡はこれしかない。

 電源を入れる。

 旧式のウィンドウズが立ち上がった。

 パスワードには、心当たりがある。

 ──"Do what must be done.為すべきを為せ"

 "Dowhatmustbedone"と打ち込むと、ホーム画面に切り替わった。

 フォルダを漁っていく。まずは画像からだ。

『Photo』の中に、三つのフォルダがある。

『main』には、三角形のものばかりだ。"三角形"に対する、執念を感じた。

 理沙は、こんな人だったか。

 ◆◆◆◆

 私たちが、幼い子供だった頃の話だ。

 幼少期から、大橋理紗は一人だった。

 友人がいないわけではない。誰といても、姉は見えない壁で覆われてしまう。

 中学、高校と進んでも、何も変わりはしなかった。ただ、妹の目から見ても、外見だけは美しい少女だった。

 そうこうする内、写真部だった姉は、風景や静物写真専門の写真家になり、実家を出た。


 ◆◆◆◆

 姉の記憶を反芻しながら、フォルダを移る。

『Private』。ごめん、姉さん。

 やはり風景。

 阿蘇の野焼き、古い城跡に……これは、アクアラインから見た、川崎の工業地帯だ。 

 いつ来たのよ。近くに来たなら……やめよう、相手は理紗だ。

 案の定、人物写真はない。家族のものも、自分のものも。

 "写真"という単語が、またも私の記憶を呼び起こす。

 ◆◆◆◆

 八年前だったか。

 家族写真の撮影を、理紗に依頼したときの事だ。

『やめて。私、人間なんて絶対に撮らないから』

 電話口で、それだけ言って一方的に通話は切れた。

 理紗の声は、凍りついていた。

 ◆◆◆◆

 厭な記憶を思い出してしまい、唾液が苦味を帯びる。

 そして、『jimmy』の中に"それ"はあった。

 フォルダ名と乖離が過ぎる、異様な画像群に、それでも冷静でいられるのは、昔の職のせいだろう。

「死体……なの?」

 それだけを絞り出す。

 そこにあるのは、"人"だった"モノ"──体幹部を底辺に、手足を使って構成された歪な三角形。

 画面上の画像フォルダには、同じ有り様の犠牲者が並んでいた。

 数は五つ。

 うち一つのファイル名は『deltacorpse_2023.05.19.jpeg』。

 末尾の数字──恐らく日付──と被写体が異なる画像ファイルが保存されていた。最新の日付は、今年の八月二十日だった。

 ──たった一年で……。否、合成でしょ?

 報道写真には興味を示さない人だ、まして死体や事件現場の記録など、理紗が撮る筈がない。少なくとも、私の記憶の中の理紗は。

 "人"ではないから? "モノ"に堕ちた存在だから、撮る気になったの?

 私は、スマホを取り出す。

 通報しなきゃ、そうすべき……待とう。

 これが押収されたら、今度こそ、理紗への糸が切れる。

 私は、他のフォルダや、検索履歴、妙なソフトがないか、一通り確かめる。

 他に保存されているものは、何もなかった。履歴すら残っていない。

 まるで、新品のPCに画像ファイルだけを保存したかのように。

 スマホで二つのフォルダ、全ての画像を撮影する。

 保存すると私は、今度こそ通報した。

 ──理紗じゃない。きっとそうだ、そうに違いない。
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