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しおりを挟む深夜三刻、枢密院北棟の尖塔に黒旗が翻った。冥界毒を染み込ませた布が夜風に煽られ、星月さえ鈍色へゆがむ。塔頂に立つ宰相ロベルタス=ヴァレンティヌスのシルエットは、黒旗よりもさらに黒い影を背負っていた。左手に握る水晶管は、皇帝臨席時以外は開封を禁じられた〈王冠封命書〉。だが封蝋は影紋で強引に切られ、ロベルタスの私印が新たに上書きされている。
「冥界毒散布は遅すぎた。今こそ王冠の影が王冠そのものとなる時だ」
その囁きと同時、枢密院暗号網へ黒鎖信号が流れた。各門哨で待機していた〈黒鎖部隊〉が起動。冥界香を含んだ鎖弾を連射し皇宮ゲートの光結界を破砕、白金扉をわずか十七秒で制圧した。広間の近衛は鎖毒で昏倒し、皇帝レオグリフは黄金謁見の間に幽閉。玉座を覆う紅幕に黒い影紋が走り、王権は停まった。
夜明け前、枢密院放送塔からロベルタスの声が帝都へ降り注ぐ。
「戒厳軍暫定統治を布告する。皇帝には静養が必要と判断された。すべての魂鎖検査は明朝から再開、違反者は浄化の儀へ」
恐怖が再沸騰し、市民の魂鎖は灰色へ逆流しかけた――だが、その直後に第二の放送が被せられる。魔導広域波を上書きする高出力。
帝都大広場、倒壊した検査塔跡に臨時の投射幕が掲げられ、第一皇子クラウス=フェルディナントが姿を現した。片手に掲げる水晶筒が光を折り、投射幕へ千行の改竄ログを映す。
「民よ見よ! これが王冠の影――宰相ロベルタスが千度刻んだ嘘の契約だ!」
水晶頁の行末に重なる私印が拡大されるたび、広場の群衆から怒号と悲鳴が交錯し、やがて静まりかえる。
クラウスは拳を胸に当て宣言した。
「枢密院は堕ちた。『黒鎖』の毒を振るう者に冠は持たせない。ここに臨時政府〈光誓評議〉を発足し、黒幕を裁く公議を開く!」
言葉に呼応し、黒檀伯爵家の白旗、ルーメン大聖堂の銀旗、夜香木商組合の紫旗が広場へ集結。民が掲げる誓鎖は灰から淡銀へ転じ、鎮圧兵の列にも揺らぎが走る。黒鎖部隊は射線を維持するが、周囲を包む魂波に微弱な共鳴が起こり、彼ら自身の鎖が震えた。
高圧の夜は急転した。王冠に落ちた影が視覚化され、民衆は新たな光を掲げる準備を始める。恐怖は鼓舞へ、鼓舞は蜂起へ。広場の中央でクラウスが水晶頁を高く掲げた瞬間、冥示の瞳を宿した悪役令嬢が石橋の上に現れ、赤い外套を翻す。闇と光が交差し、戦いの舞台は最後の幕へ向けて動き始めた。
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