「お先に地獄へどうぞ」と言った悪役令嬢ですが、道連れにされそうなのですけれど

藤咲エミ

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 黒檀林を抜ける風は冬の匂いを孕み、ヴァラフォード伯爵家の石造館へ連なる並木を低く鳴らした。夜明け前──炎都の黒煙ではなく、霜と星の光だけが庭を照らす静謐な刻。館の西翼、大円卓会議室には諸勢力の旗が集う。黒檀の長机を円に並べ、中央には香台が据えられていた。夜香木と黒檀を挽いた香が金糸の煙を立ち上らせ、その煙が天井の星灯へ融けてゆく。

 伯爵デリック・ヴァラフォードが最初に席へ立つ。深紅のマントの下、胸には止血帯――家財を投げ打ち兵を募る覚悟を象徴する紅。彼は老いた手で円卓中央へ財務印章と軍籍帳を置いた。「黒檀荘園は庫を空にし、この戦へ全てを賭ける」 荘園兵の黒盾が並び、家令は家宝の銀鎖槍を持ち込む。財と兵、まず一つが結束した。

 続いて聖侍団代表リュシアーナ。白衣の袖に薔薇十字を刺し、十数名の浄化侍を従える。彼女は香台前に膝をつき賛歌の一節を捧げた。「命を守る誓いを、血よりも熱く」 香煙が金から銀へ変わり、机上の布に縫い取った新三誓〈責任・守護・真実〉が柔らかに輝く。

 第三に近衛騎士団離反隊を率いるガブリエル。銀甲冑の胸で三誓紋を指で叩き、「秩序は剣より誓いで立つ」と宣言。後ろにルキウスが現れ、袖口の包帯を解いて胸の契約血印を露わにする。「帝国に背いた剣はここで赦され、帝国を立て直す盾となる」 騎士たちが一斉に剣を抜き、刀身を卓へ重ねた。

 平民代表は灰羽市場の情報屋ノクス。灰銀髪を揺らし揶揄を混ぜて笑う。「商いの締めは帳簿と血判。王冠の影を焙り出す代償に、俺は自由都市構想の一席を戴く」 誰も異を唱えない。商人、職人、学徒が後方で静かに腕を組む。帝都の下層を支える力が席へ付いた。

 そしてカミラ。深紅の外套を翻し、写本と契約原本を腕に抱く。机上の布へ大誓符を広げ、寿命刻みの血を細い刃で一滴落とす。血は金糸の文字をなぞり、香煙が瞬く間に虹色へ変わった。「真実へ嘘の鎖を掛けた者を、責任という名で地獄へ押し返す――これがわたくしの誓い」 言葉は静か、だが硝子を割るほど鋭い。

 円卓の全員が立ち上がり、各自の血で布の〈責任・守護・真実〉へ指印を押す。聖侍は指先へ聖油を塗り、騎士は剣先で皮膚を割き、商人は漆黒の印章を押印。香煙が三度脈動し、誓いは完了した。外で夜明け鳥が一声啼き、窓に黎明の青が滲む。

 デリック伯爵が軍籍帳を開き、地図を示す。「北門を黒檀兵、東門を聖侍、南工業廠を騎士団、中央区を市民義勇。西外壁の空路を灰羽の気球船で遮断する」 ルキウスが頷き、戦術符を加筆。「宰相は枢密院裏廊を死守する。突入口は地下水道一択。俺が血印で結界を開く」

 最後にカミラが写本を掲げる。「裁定公議は大広場で開きます。台帳原版が冠の影を暴くとき――帝国は恐怖の契約を破り、新しい誓いを書き込む」 静けさの中、円卓の旗が一斉に翻る。黒檀林へ出る廊下で行軍旗が膨らみ、夜明け前の風に靡いた。青と銀と紅の三色が重なり、黒檀香が背後で燃え尽きる。

 結束は誓約へ、誓約は高揚へ。だが高揚の奥には誰も口にしない覚悟が潜む。カミラは血をぬぐい、指の震えを外套に隠した。寿命はさらに削れた――それでも瞳は凜として冥示の灯を宿し、静かな決意だけが胸で呼吸をした。
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