百合姫の恋煩い

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1、リリア

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 ステンドグラスから入る光により、礼拝堂は明るい。
 ここにいるのは王族とその護衛、司祭と教会関係者の十数名だ。司祭の祈りは中盤に差し掛かり、いくらか声の張りが落ちてきている。

 リリアは少しだけ頭を上げ、王太子である兄の斜め後ろに控える彼を盗み見た。
 艶のある黒い髪、騎士服を纏った大きな背、腰にはサーベルを下げている。ここからは見えないが、彼の瞳が黒いことも知っている。
 肩の装飾に光が反射してキラキラしているのを見て眩しくなり、リリアはまた目を伏せた。
 
 ♢

 リリアはプラチナブランドの髪とマリンブルーの瞳、透き通るような白い肌を持った第三王女で、その外見と名前から百合姫と呼ばれていた。
 姫たちはその瞳と同じ色の魔法石をあしらった指輪をつける風習があることは一般にも知られており、リリアも幼い頃から百合の紋様を施した青い魔法石の指輪を身につけている。

 三人の兄と二人の姉はいずれも既婚。国内の情勢は安定しており政略的に嫁ぐ必要もなく、兄姉たちはみな恋愛結婚だった。
 末姫のリリアは皆から可愛がられており、いずれ好きな相手と結ばれるといいね、と特に結婚を心配されていない。

 しかしリリアは、自分は好きな相手と結婚出来ないだろうと考えていた。
 なぜならリリアの好きな相手は「氷の騎士」ロバートだからだ。

 ロバートはラドクリフ伯爵家の次男で近衛騎士団副長。
 非常に端正な顔立ちをしているため女性人気は高いものの、寡黙で表情が変わることがなく、業務外の会話は極端に少ない。そのため「氷の騎士」と呼ばれていた。


 リリアとロバートは幼馴染みで、幼い頃、彼は文官の父と共に頻繁に王宮に来てリリアと交流を持っていた。
 ロバートは自然の豊かな領地で育ったため草木や花に詳しく、王宮の庭園でリリアと植物や虫を観察したり、時には庭師に頼んで新しい花を植えてもらうこともあった。
 二人の話題は、自分の家族のことや読んだ本、取り組んでいる勉強や将来の夢。リリアにとってロバートは一人の人間として自分を見てくれる貴重な友人だった。


 その幼いある日。
 公式の場での立ち振る舞いについて教育係から強く注意を受けたリリアは、落ち込んでロバートに愚痴をこぼしたことがある。

「どうしてもお姉様たちのように上手に出来ないの。気をつけているのだけれど何度も注意されてしまう。こんなことで立派に公務を果たすことが出来るのかしら……」

 ロバートは花に水をやる手を止めてリリアを見つめ、にやりと笑った。

「姫様、頑張ってくださいね。俺、人混みが好きじゃないので、将来夜会でご一緒することがあったら完璧なエスコートで俺を会場から連れ出してください」
「私があなたを連れ出すの? ふつう逆じゃない?」

 その言葉に面食らったリリアは、自分が騎士になったロバートを連れ去る様子を想像して、ぷっと吹き出した。


 また、あるとき庭園の池で亀を観察していたら、熱中して足を滑らせ二人で池に落ちたことがあった。大事にはならなかったものの、二人は世話係の女官から大目玉を食らってしまった。
 リリアがしょんぼりしているのに対して、ロバートは嬉しそうにニコニコと笑った。

「池に落ちた瞬間、亀がすごい勢いで泳いで逃げていったんですよ! あんなに速く泳げるなんて知らなかったなあ!」

 リリアはロバートと話していると悩みが溶けていき、心が軽くなるのを感じた。彼はいつもにこにこと花を愛で、軽口を叩き、大変マイペースな少年だったのだ。

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