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本編
4話
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その日の夜、オーウェンが寝室に入ると、すでにベッドにはステファニーがいた。
いつものように今日あった出来事を話し始めたステファニーだが、オーウェンはお披露目の件をどうするかで頭がいっぱいだった。
「オーウェン様は今日は何をしていましたか?」
ステファニーがオーウェンにも一日の出来事を問うのはいつものことだ。普段は適当に仕事してた、で済ませるのだが、今夜は考えていたことが口から溢れてしまった。
「…お披露目をしなければいけないのをどうしたものか考えていて…」
「え?」
口にして、はっと気付いた。ぼんやりして余計なことを話してしまった。
「お披露目って何ですか?」
オーウェンは諦めて、ダンから告げられた内容を話した。
「ああ、なるほど。着飾って馬車で教会に行き、皆さんにご挨拶するんですね」
「いや、馬車はちょっと…、どうするか考えている」
「オーウェン様は馬車に乗れないんですね?」
オーウェンは驚いてステファニーを見つめた。なぜ分かったのだろう。
「お迎えに来てくださった時、私だけ馬車だったじゃないですか。普通、二人とも馬車じゃないかなと思ったんです」
そうだ、あの時も馬車を回避して馬で行った。
オーウェンは諦めて告白した。
「…恥ずかしい話だが、馬車には乗れない」
「馬車だけダメなんですか?」
「いや、狭いところや閉鎖された場所が苦手なんだ」
苦手なんてものじゃない。パニックになって呼吸ができなくなる。鉱山の崩落事故以来ずっとだ。
「どのくらい狭いところだとダメなんですか?庭の温室は?」
「あんなのは大丈夫に決まっているだろう。広いし、透明で外が見えるし」
「地下のワイン蔵は?」
オーウェンは地下のワイン蔵に降りるところを想像した。身震いがした。
「絶対無理だ」
「広間は?式を挙げた」
「広間は…大丈夫だ」
「でも、式の時、手が震えていらしたわ」
そうだ、あの時は人が多くて苦しくなってきたんだった。
「何もなければ大丈夫だ。あの時は人が多くて…、苦しかったから入口の扉は開けておいてもらっていた」
ステファニーはうーん、と首を捻った。
「執務室は?」
執務室は大丈夫だが、改めてそう問われると無理な気がしてきた。執務室の窓は小さく、開けることはできるが人が出入りできない。扉を開けっぱなしにしていたとしても不安になる気がした。
「…大丈夫だったが、改めて言われるとなんだか無理になるような気がしてきた」
「この部屋は?」
オーウェンは部屋を見回した。当然、扉は閉まっているし、窓は大きいが開いていない。
急激に苦しくなってくる気がした。オーウェンはぐしゃぐしゃと髪をかきむしり頭を抱えた。
「うわああ、やめてくれ、なにもかも無理になるような気がしてくる!」
オーウェンが混乱しているというのに、ステファニーは笑い出した。
「あははは!扉と窓を開けたらいかがですか?」
「しかし、寒いかもしれない」
「上に服を着込むから平気ですよ。布団に潜ってしまえば暖かいし」
オーウェンはベッドから勢いよく降りると、扉を全開にし、窓をバタバタと開けた。涼しい風が通り抜ける。
呼吸が楽になった気がして、ベッドに戻った。
「分かりました。何かあったときに外に出られないような空間がお嫌なんですね。温室は閉鎖的ですけど外も見えるしすぐに出られる。部屋も、窓や扉が開いていれば大丈夫」
言われてみればそうかもしれない。広間は人が多いと、何だか逃げられないような気がしたのだ。
「そうかもしれないが、いまのあなたの話のせいで執務室で仕事ができないかもしれない」
「温室かどこか、外に書類を持って行って仕事をなさったら?」
「は?そんなことできるわけないだろう」
ステファニーの突拍子もない提案に、オーウェンは思わず変な声が出た。
「外で仕事しちゃいけないって、誰が決めたんですか?外で仕事したって問題ありませんよ」
初夜の時と同じ言葉が出てきて、オーウェンは驚いてステファニーを見つめた。
「それから、馬車は上半分を取っ払ってしまったらいいわ。外から見えやすいし、お披露目にもちょうどいいと思いません?」
「ええ?」
オーウェンは上半分のない馬車を想像した。滑稽じゃないだろうか?
「…襲撃を受けやすくならないだろうか?」
「外からは見えやすくなりますけど、こちらからも見つけやすいですよ。それに、周りを優秀な騎士様たちで守って貰えばいいですよ」
そう言われると、それ以外にないくらいの名案のように思えてきた。上半分がない馬車なら乗れる気がする。
「…考えてみる」
「ぜひそうしてください」
それからステファニーはまたどうでもいい話をし始めた。オーウェンはお披露目の件がなんとかなるかもしれないという安堵から急激に眠くなってきた。
風が部屋を通り抜けるので、二人は布団に潜り込んで寝た。
次の日の朝、執務室に入ると、やはり何だか不安になるような気がした。くそ、昨夜のステファニーの話のせいだ。
部屋の扉の前で立ち尽くしているとダンがやってきた。
「オーウェン様、いかがされました?ご気分でも?」
「…ダン、今日の仕事を外でしてもいいか?」
「え?」
オーウェンの言っていることがよくわからなかったダンは聞き返した。
「自分でもおかしいことを言っていると分かっているんだが、その、温室でもどこでもいいから、簡単な机と椅子を外に用意してそこで仕事をしたい」
ダンは若干の哀れみの色を浮かべた目でオーウェンを見つめると、承知しました、と準備を始めようとした。
「それから、お披露目の馬車の件だが、馬車の上半分を取っ払ってもらえないだろうか」
「ええ?」
「質素な、一番安い馬車でいい。乗っている人間が見えるように上を切ってしまってもらえないか、大工に相談してみてほしい」
いよいよ頭がおかしくなったのかと思われているのかもしれないが、ダンは「聞いてみます」と、これも了承してくれた。
ダンから話を聞いた侍女たちは、温室の中はかなり暑くなるからと、庭の芝生の端っこに小さな机と椅子、それにパラソルを設置してくれた。
オーウェンは自分の心身の不調をダンにしか伝えていないが、皆どうも気付いているようだ。情けないが、なにも言わず配慮してくれているのはとてもありがたいことだ。
書類を持ち出し、庭で仕事を始めたオーウェンに、何も知らず通りかかった従業員はぎょっとしたが、特に口を出さなかった。
オーウェンの方はというと、意外にも外が気持ちよく、仕事をするのにも問題ないなと気分が良かった。その日、来客を応接室で出迎える以外は庭で過ごした。
ステファニーは庭で仕事をしているオーウェンを見て、お茶の時間に勝手に椅子を持ってきて向かいに座り、勝手におやつを食べて、喋って、去って行った。
一日、庭での仕事を終えて、ダンがオーウェンに尋ねた。
「オーウェン様、少し雲行きが怪しいですが、明日もし雨になったらいかがいたしますか?」
「そうしたら応接室で仕事をしてもいいだろうか?しばらく執務室から離れたいんだ」
「承知しました」
執務室で仕事をできなくなったのは痛手だが、意外と他の場所でも仕事をできることに気付いてオーウェンは安心した。
♢
ダンに話してから二週間ほどして、馬車ができたと連絡を受けた。オーウェンが届いた馬車を見に外に出ると、確かに上半分がない状態になっていた。
しかし切り取られた断面は綺麗に整えられて手をかけられるようになっており、繊細な彫刻で装飾が施されていて、まるで初めからそのように設計されたかのように自然だ。
大工は扉の開け方や座席について説明を述べた。
「こんなことをしたのは初めてでしたが、でも出来るだけ華やかに見えるように工夫しました」
オーウェンはあまりに素晴らしい出来に感激し、大工の手を取った。
「本当にありがとう。なんと素晴らしい仕事ぶりだろう。頼んで良かった」
大工はオーウェンのあまりの感動ぶりに困惑したものの、出来を褒められて顔を赤くした。
オーウェンは久しぶりに心が弾んでいた。この馬車があればどこでも行ける。早速ダンに、教会への婚姻宣誓書の提出に行く日程を調整するよう告げた。
その日の夜、寝室でオーウェンは興奮気味にステファニーに馬車のことを話した。相変わらず、窓も扉も開いている。
「とにかく素晴らしい出来なんだ。早くあなたにも見せたいものだ。あれであれば馬車でいける」
「それは本当に良かったですね!それでは、お披露目もするのですね?」
「そうだな。悪いが準備を頼む」
オーウェンは、どんなドレスを着て行こうかしら、と笑うステファニーを見つめた。彼女には困惑することも多いが、今回の馬車の件は間違いなくステファニーのおかげだ。
「…ステファニー、ありがとう。あなたのアイデアのおかげで領民にお披露目ができそうだ」
「どういたしまして。お礼して下さるなら欲しいものがあるのですが」
礼を述べた途端に見返りを要求してくる厚かましさに、オーウェンは力が抜けた。
「…なんだ、高額なものは買えないぞ」
「鶏を飼いたいのです」
「…まあ…、ほかに迷惑がかからないなら好きにするといい」
実際のところ、ステファニーは与えられたものだけで満足しているように見えた。服も宝石もねだられたことはないし、同席すべき来客がなければ普段は非常に簡素な服を着ている。
「ありがとうございます!鶏卵が取れるようになったらお知らせしますね」
「いや、いい」
鶏が欲しいだなんて、おかしな姫だ。
♢
教会へ行く当日は快晴だった。今の時期は雨が少ないが、もしも雨が降ったらどうしようかと思っていたので、オーウェンはほっとした。
支度をして玄関に向かうと、自室からステファニーが出てきた。
ウェディングドレスではないが、淡い水色でドレープの長い華やかなドレスを着ている。髪を結い上げてキラキラ輝く飾りを全体に散らしていた。
そういえば人混みの広間にパニック寸前で、式の時に彼女がどんなウェディングドレスを着ていたかよく見ていなかった。全然覚えていない。
「綺麗だな」
「ありがとうございます。オーウェン様も素敵ですよ」
オーウェンはステファニーの手を取って玄関を出た。外にはあの馬車が停められており、馬車を引く馬も飾り付けられている。
「まあ!これが新しい馬車ですね。なんて素敵なのかしら!」
ステファニーは馬車に駆け寄り、美しい装飾を撫でている。オーウェンがステファニーを促すと、ステファニーは慎重に馬車に乗った。侍女たちがステファニーの長いドレスを丁寧にまとめている。
それからオーウェンが馬車に乗り込んだ。大丈夫だ。気分は変わらないし全然問題ない。久々に馬車に乗れて、オーウェンはとても嬉しく感じた。
周りを馬に乗った騎士たちが囲んでいる。従者が馬に合図して馬車が動き出すと、ステファニーは、きょろきょろと周りを見回し始めた。
沿道にはすでに大勢の人が集まって手を振っている。オーウェンが手を振り返すと、ステファニーもそれを見て手を振った。すると大きな歓声が上がり、驚いたステファニーは笑ってオーウェンを見た。
教会に到着し、オーウェンが先に降りた。ステファニーが侍女たちに手伝われながら馬車を降りる。ステファニーの手を取り、オーウェンは教会に入った。
普段は人の多い教会は苦手で、父と兄の葬儀以来、来ていなかった。しかし今日は自分たちと神父だけだ。入口の扉も開いており、問題ない。
ステファニーとともにオーウェンは婚姻宣誓書にサインをした。式の時に家に来てくれた神父がにこやかに頷いてそれを受け取った。
二人で大広場を一望できるテラスへ回り外へ出ると、たくさんの人が集まっており、拍手と歓声で迎えられた。ステファニーは驚いているようだったが、おずおずと手を振っている。
多くの人が自分の結婚を祝福してくれている。父と兄を失った悲しみは皆まだ癒えないし、自分は崩落事故のトラウマから立ち直れていないけれども、今日来られて本当に良かったと、オーウェンは心から安堵した。
いつものように今日あった出来事を話し始めたステファニーだが、オーウェンはお披露目の件をどうするかで頭がいっぱいだった。
「オーウェン様は今日は何をしていましたか?」
ステファニーがオーウェンにも一日の出来事を問うのはいつものことだ。普段は適当に仕事してた、で済ませるのだが、今夜は考えていたことが口から溢れてしまった。
「…お披露目をしなければいけないのをどうしたものか考えていて…」
「え?」
口にして、はっと気付いた。ぼんやりして余計なことを話してしまった。
「お披露目って何ですか?」
オーウェンは諦めて、ダンから告げられた内容を話した。
「ああ、なるほど。着飾って馬車で教会に行き、皆さんにご挨拶するんですね」
「いや、馬車はちょっと…、どうするか考えている」
「オーウェン様は馬車に乗れないんですね?」
オーウェンは驚いてステファニーを見つめた。なぜ分かったのだろう。
「お迎えに来てくださった時、私だけ馬車だったじゃないですか。普通、二人とも馬車じゃないかなと思ったんです」
そうだ、あの時も馬車を回避して馬で行った。
オーウェンは諦めて告白した。
「…恥ずかしい話だが、馬車には乗れない」
「馬車だけダメなんですか?」
「いや、狭いところや閉鎖された場所が苦手なんだ」
苦手なんてものじゃない。パニックになって呼吸ができなくなる。鉱山の崩落事故以来ずっとだ。
「どのくらい狭いところだとダメなんですか?庭の温室は?」
「あんなのは大丈夫に決まっているだろう。広いし、透明で外が見えるし」
「地下のワイン蔵は?」
オーウェンは地下のワイン蔵に降りるところを想像した。身震いがした。
「絶対無理だ」
「広間は?式を挙げた」
「広間は…大丈夫だ」
「でも、式の時、手が震えていらしたわ」
そうだ、あの時は人が多くて苦しくなってきたんだった。
「何もなければ大丈夫だ。あの時は人が多くて…、苦しかったから入口の扉は開けておいてもらっていた」
ステファニーはうーん、と首を捻った。
「執務室は?」
執務室は大丈夫だが、改めてそう問われると無理な気がしてきた。執務室の窓は小さく、開けることはできるが人が出入りできない。扉を開けっぱなしにしていたとしても不安になる気がした。
「…大丈夫だったが、改めて言われるとなんだか無理になるような気がしてきた」
「この部屋は?」
オーウェンは部屋を見回した。当然、扉は閉まっているし、窓は大きいが開いていない。
急激に苦しくなってくる気がした。オーウェンはぐしゃぐしゃと髪をかきむしり頭を抱えた。
「うわああ、やめてくれ、なにもかも無理になるような気がしてくる!」
オーウェンが混乱しているというのに、ステファニーは笑い出した。
「あははは!扉と窓を開けたらいかがですか?」
「しかし、寒いかもしれない」
「上に服を着込むから平気ですよ。布団に潜ってしまえば暖かいし」
オーウェンはベッドから勢いよく降りると、扉を全開にし、窓をバタバタと開けた。涼しい風が通り抜ける。
呼吸が楽になった気がして、ベッドに戻った。
「分かりました。何かあったときに外に出られないような空間がお嫌なんですね。温室は閉鎖的ですけど外も見えるしすぐに出られる。部屋も、窓や扉が開いていれば大丈夫」
言われてみればそうかもしれない。広間は人が多いと、何だか逃げられないような気がしたのだ。
「そうかもしれないが、いまのあなたの話のせいで執務室で仕事ができないかもしれない」
「温室かどこか、外に書類を持って行って仕事をなさったら?」
「は?そんなことできるわけないだろう」
ステファニーの突拍子もない提案に、オーウェンは思わず変な声が出た。
「外で仕事しちゃいけないって、誰が決めたんですか?外で仕事したって問題ありませんよ」
初夜の時と同じ言葉が出てきて、オーウェンは驚いてステファニーを見つめた。
「それから、馬車は上半分を取っ払ってしまったらいいわ。外から見えやすいし、お披露目にもちょうどいいと思いません?」
「ええ?」
オーウェンは上半分のない馬車を想像した。滑稽じゃないだろうか?
「…襲撃を受けやすくならないだろうか?」
「外からは見えやすくなりますけど、こちらからも見つけやすいですよ。それに、周りを優秀な騎士様たちで守って貰えばいいですよ」
そう言われると、それ以外にないくらいの名案のように思えてきた。上半分がない馬車なら乗れる気がする。
「…考えてみる」
「ぜひそうしてください」
それからステファニーはまたどうでもいい話をし始めた。オーウェンはお披露目の件がなんとかなるかもしれないという安堵から急激に眠くなってきた。
風が部屋を通り抜けるので、二人は布団に潜り込んで寝た。
次の日の朝、執務室に入ると、やはり何だか不安になるような気がした。くそ、昨夜のステファニーの話のせいだ。
部屋の扉の前で立ち尽くしているとダンがやってきた。
「オーウェン様、いかがされました?ご気分でも?」
「…ダン、今日の仕事を外でしてもいいか?」
「え?」
オーウェンの言っていることがよくわからなかったダンは聞き返した。
「自分でもおかしいことを言っていると分かっているんだが、その、温室でもどこでもいいから、簡単な机と椅子を外に用意してそこで仕事をしたい」
ダンは若干の哀れみの色を浮かべた目でオーウェンを見つめると、承知しました、と準備を始めようとした。
「それから、お披露目の馬車の件だが、馬車の上半分を取っ払ってもらえないだろうか」
「ええ?」
「質素な、一番安い馬車でいい。乗っている人間が見えるように上を切ってしまってもらえないか、大工に相談してみてほしい」
いよいよ頭がおかしくなったのかと思われているのかもしれないが、ダンは「聞いてみます」と、これも了承してくれた。
ダンから話を聞いた侍女たちは、温室の中はかなり暑くなるからと、庭の芝生の端っこに小さな机と椅子、それにパラソルを設置してくれた。
オーウェンは自分の心身の不調をダンにしか伝えていないが、皆どうも気付いているようだ。情けないが、なにも言わず配慮してくれているのはとてもありがたいことだ。
書類を持ち出し、庭で仕事を始めたオーウェンに、何も知らず通りかかった従業員はぎょっとしたが、特に口を出さなかった。
オーウェンの方はというと、意外にも外が気持ちよく、仕事をするのにも問題ないなと気分が良かった。その日、来客を応接室で出迎える以外は庭で過ごした。
ステファニーは庭で仕事をしているオーウェンを見て、お茶の時間に勝手に椅子を持ってきて向かいに座り、勝手におやつを食べて、喋って、去って行った。
一日、庭での仕事を終えて、ダンがオーウェンに尋ねた。
「オーウェン様、少し雲行きが怪しいですが、明日もし雨になったらいかがいたしますか?」
「そうしたら応接室で仕事をしてもいいだろうか?しばらく執務室から離れたいんだ」
「承知しました」
執務室で仕事をできなくなったのは痛手だが、意外と他の場所でも仕事をできることに気付いてオーウェンは安心した。
♢
ダンに話してから二週間ほどして、馬車ができたと連絡を受けた。オーウェンが届いた馬車を見に外に出ると、確かに上半分がない状態になっていた。
しかし切り取られた断面は綺麗に整えられて手をかけられるようになっており、繊細な彫刻で装飾が施されていて、まるで初めからそのように設計されたかのように自然だ。
大工は扉の開け方や座席について説明を述べた。
「こんなことをしたのは初めてでしたが、でも出来るだけ華やかに見えるように工夫しました」
オーウェンはあまりに素晴らしい出来に感激し、大工の手を取った。
「本当にありがとう。なんと素晴らしい仕事ぶりだろう。頼んで良かった」
大工はオーウェンのあまりの感動ぶりに困惑したものの、出来を褒められて顔を赤くした。
オーウェンは久しぶりに心が弾んでいた。この馬車があればどこでも行ける。早速ダンに、教会への婚姻宣誓書の提出に行く日程を調整するよう告げた。
その日の夜、寝室でオーウェンは興奮気味にステファニーに馬車のことを話した。相変わらず、窓も扉も開いている。
「とにかく素晴らしい出来なんだ。早くあなたにも見せたいものだ。あれであれば馬車でいける」
「それは本当に良かったですね!それでは、お披露目もするのですね?」
「そうだな。悪いが準備を頼む」
オーウェンは、どんなドレスを着て行こうかしら、と笑うステファニーを見つめた。彼女には困惑することも多いが、今回の馬車の件は間違いなくステファニーのおかげだ。
「…ステファニー、ありがとう。あなたのアイデアのおかげで領民にお披露目ができそうだ」
「どういたしまして。お礼して下さるなら欲しいものがあるのですが」
礼を述べた途端に見返りを要求してくる厚かましさに、オーウェンは力が抜けた。
「…なんだ、高額なものは買えないぞ」
「鶏を飼いたいのです」
「…まあ…、ほかに迷惑がかからないなら好きにするといい」
実際のところ、ステファニーは与えられたものだけで満足しているように見えた。服も宝石もねだられたことはないし、同席すべき来客がなければ普段は非常に簡素な服を着ている。
「ありがとうございます!鶏卵が取れるようになったらお知らせしますね」
「いや、いい」
鶏が欲しいだなんて、おかしな姫だ。
♢
教会へ行く当日は快晴だった。今の時期は雨が少ないが、もしも雨が降ったらどうしようかと思っていたので、オーウェンはほっとした。
支度をして玄関に向かうと、自室からステファニーが出てきた。
ウェディングドレスではないが、淡い水色でドレープの長い華やかなドレスを着ている。髪を結い上げてキラキラ輝く飾りを全体に散らしていた。
そういえば人混みの広間にパニック寸前で、式の時に彼女がどんなウェディングドレスを着ていたかよく見ていなかった。全然覚えていない。
「綺麗だな」
「ありがとうございます。オーウェン様も素敵ですよ」
オーウェンはステファニーの手を取って玄関を出た。外にはあの馬車が停められており、馬車を引く馬も飾り付けられている。
「まあ!これが新しい馬車ですね。なんて素敵なのかしら!」
ステファニーは馬車に駆け寄り、美しい装飾を撫でている。オーウェンがステファニーを促すと、ステファニーは慎重に馬車に乗った。侍女たちがステファニーの長いドレスを丁寧にまとめている。
それからオーウェンが馬車に乗り込んだ。大丈夫だ。気分は変わらないし全然問題ない。久々に馬車に乗れて、オーウェンはとても嬉しく感じた。
周りを馬に乗った騎士たちが囲んでいる。従者が馬に合図して馬車が動き出すと、ステファニーは、きょろきょろと周りを見回し始めた。
沿道にはすでに大勢の人が集まって手を振っている。オーウェンが手を振り返すと、ステファニーもそれを見て手を振った。すると大きな歓声が上がり、驚いたステファニーは笑ってオーウェンを見た。
教会に到着し、オーウェンが先に降りた。ステファニーが侍女たちに手伝われながら馬車を降りる。ステファニーの手を取り、オーウェンは教会に入った。
普段は人の多い教会は苦手で、父と兄の葬儀以来、来ていなかった。しかし今日は自分たちと神父だけだ。入口の扉も開いており、問題ない。
ステファニーとともにオーウェンは婚姻宣誓書にサインをした。式の時に家に来てくれた神父がにこやかに頷いてそれを受け取った。
二人で大広場を一望できるテラスへ回り外へ出ると、たくさんの人が集まっており、拍手と歓声で迎えられた。ステファニーは驚いているようだったが、おずおずと手を振っている。
多くの人が自分の結婚を祝福してくれている。父と兄を失った悲しみは皆まだ癒えないし、自分は崩落事故のトラウマから立ち直れていないけれども、今日来られて本当に良かったと、オーウェンは心から安堵した。
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