15 / 24
本編
15話
しおりを挟む
ステファニーとスコットを乗せた馬車はごとごととゆっくり進んでいた。馬車に乗り込んでから、ステファニーは一言も発していない。
車内の重い空気に耐えかねたのか、スコットがおずおずと口を開いた。
「…今回の件、お怒りですか?」
「…どの件ですか」
ステファニーはスコットのなにもかもが気に入らず、じろりと睨みつけた。
「修道女であったことをばらしてしまった件です」
「…あれはわざとですね?」
スコットは悪戯がばれた時のように笑った。
「すみません。修道女だったと言ったら、伯爵はこの褒賞のやり直しをすんなり了承されると思ったのです」
「…何がしたいのですか」
「どうしてもあなたを妻にしたくて。幼いころからの初恋なのです」
もじもじと告白してくるスコットにどうしても耐えられず、ステファニーは目を逸らした。
「褒賞のやり直しというのは本当に新しい陛下がお考えになったことなのですか」
「そうですよ。陛下は領地の拡大を提案されました。ただ私からは、伯爵と姫さまの婚姻が強引になされ、ご両者とも乗り気でなかったことをお伝えしたのです。そうしたら降嫁の取り消しの検討も項目に加えられました」
乗り気でなかったのは当然だろう。何もかも勝手に進められたのだから。しかしそれでも受け入れて、お互い良い関係を築いてきたのに。
「余計なお世話です」
「新しい国王になって王都は大きく変わりました。私の屋敷もきっと気に入って頂けるはずです」
ステファニーはうんざりしてアンナから渡された軽食を食べ始めた。スコットからねだられたが、絶対に分けてやるものかと思い、拒否した。食べ終わった後はスコットを無視して目をつむった。
王都までは長旅だ。体力を温存しておかないといけない。
♦︎
王都までは伯爵領から一週間かかる。道中、ほとんどステファニーは口を開かず、スコットが一人で喋っていた。今回はそれなりの旅賃を準備してくれたようで、豪華な食事を食べることができた。しかし何を食べても美味しくない。
ステファニーはぼんやりと、伯爵領の皆のことを考えていた。慰問した修道院で依頼されたこともそのままにしてきてしまったし、鶏を問題なく誰か世話してくれるだろうか心配だ。
なにより、オーウェンはどう思っているだろうか。寝る前におしゃべりしないとすんなり寝付けないのに、ちゃんと眠れているだろうか。
スコットはステファニーを妻にしたいと言っていたが、道中は紳士的な態度で接してきた。スコットは背も高く、顔の整った騎士だ。
初めて会ったときは男性の美醜に疎くてよく分からなかったが、還俗した現在のステファニーが見ても、確かに美しい男性だと思う。
しかし、どうしても好きになれないし気持ちが悪い。侯爵家の夜会で会った、あの役者の男と同じ雰囲気がするのだ。軽薄で胡散臭い。
こんな男に嫁ぐなんてまっぴらごめんだ。
伯爵領を出て4日が経ち、馬車はある大きな街に差し掛かった。スコットが馬車から外を見た。
「もうすぐこのあたりの中心部の街に着きます。姫さまのいらした修道院が近いですね」
ステファニーは修道院にいた頃、この街に来たことがあった。皆で作った刺繍を売りに来たり、大きな買い物をするときにはこの街まで出てくる必要があったのだ。
「…スコット様は修道女が妻になることについて嫌ではないのですか」
ステファニーが口を開くと、スコットはステファニーが自分との結婚に前向きになっていると思い、身を乗り出して嬉々として話し始めた。
「普通はね、嫌だと思いますよ。修道女なんて日陰者ですし、あそこは監獄みたいなものだから。伯爵も真実を知って嫌だと感じたと思います。でも私はね、姫さまが好きですから。修道女だったとしても気にしません」
スコットは、いかにも自分の器が大きいんだというように話している。
「…本当にそうお思いなのですか」
「え?」
スコットに嫌気がさしたステファニーは、強く睨みつけた。
「修道院は監獄ではないし、私たちは日陰者ではありません。それにオーウェン様は私が修道女であったことを知っても、軽蔑したりはなさならないはずです」
それまでだんまりだったのに、急に怒り出したステファニーを、スコットはぽかんと見つめる。
「いいことを教えてあげます。前国王は、私が『さっさとくたばれ』と呪いをかけたから追放になったのですよ。私は修道女ですからね。スコット様も聞いていたでしょう?あの、謁見の間で」
スコットはその時のことを思い出したのか、口をぽかんと開けたまま顔色を変えた。
「ついでにスコット様のことも呪って差し上げます。あなたはもう絶対に出世できませんし、好きな女を妻にすることはできません。いいですか、絶対にです。私は修道女ですからね」
あたかも修道女が魔女であるかのように告げてしまったが、もうどうでもいい。出来る限り嫌な印象を植え付けてやりたい。
「それが嫌ならこれからは人の気持ちを考えて生きることです。私はあなたの妻にはなりません」
呆然としているスコットを放っておき、馬車の窓を開けて大声を出した。
「馬車を止めて!」
驚いた従者は何事かと馬車を止めた。ステファニーは馬車から降り、荷物鞄をガタガタと下ろした。
「姫さま、陛下のご意向に反するおつもりですか」
「そんなこと、知ったことではありません。もう関わらないでください。私がどこに行くかは自分で決めます」
ステファニーは従者が止めるのを無視し、その場を去った。スコットは追いかけてこなかった。
荷物鞄が重かったので、街に入るとどっと疲れが出た。ステファニーは飲み物を購入して公園の一角で休憩した。それから修道院にいた頃にたまに行っていた菓子屋で焼き菓子を購入し、辻馬車を拾った。
辻馬車に座ると、ステファニーはようやく一息ついた。
とりあえずスコットの屋敷に連れて行かれるという最悪の状況は回避した。しかしもうバートン伯爵領には帰れない。新国王に従った形にしなければならないからだ。
あとはまた修道院に入れてもらえるといいのだが。一度還俗した後に再度修道女になるというのが可能かどうかが分からない。無理だったら、少しだけ休ませてもらって、街に働きに出よう。幸い針仕事なら得意だ。
見慣れた街並みに安心したら急に眠くなってしまい、ステファニーはまぶたを閉じた。
♦︎
ステファニーが修道院に着いた頃にはもう辺りは暗くなり始めていた。日が暮れる前に着いて良かった。
懐かしい修道院の門を開いて敷地に入ると、敷地内の庭の方が何だか騒がしい。子どもたちが遊んでいる声がする。
ステファニーは建物の前に一度荷物を置くと、そのまま庭に回ってみた。
すると子どもたちが誰かを追いかけてはしゃいでいる。暗くなってきていてよく見えないが、男のように見えるーー
オーウェンだった。
ステファニーが驚愕して固まっていると、走っていた子どもたちがステファニーに気付いた。
「ステファニーだ!」
「本当に帰ってきた!」
子どもたちが一目散に走ってきて抱きついてきたため、ステファニーはそれを受け止めた。
「ステファニー!遅いぞ!」
オーウェンも息を切らして歩いてきた。
「ああ、もう疲れた」
オーウェンは汗びっしょりでその場にしゃがみ込んだ。しゃがんだオーウェンの背中に子どもたちが飛び乗り、ぐえっと声が漏れる。
「…なぜここに?」
恐る恐る尋ねたステファニーにオーウェンはあっさり答えた。
「ここに戻ってくるだろうと思って。荷物これだけ?中に入ろう」
オーウェンは荷物鞄を持ち上げると、子どもたちを引き連れて建物の中に入っていった。ステファニーもそれに続くと、中から院長や同僚の修道女が出てきて一斉に抱きしめられた。
「ステファニーおかえり!」
「…ただいま」
そうだ、と思い出して街で買った焼き菓子を渡すと、きゃあきゃあと取り合いが始まった。懐かしい、いつもの風景だ。
オーウェンは応接室に入ったため、それに続いてステファニーも入った。
「男子禁制でこの応接室より奥は入っちゃダメって言われたからさ、昨日から近くに宿とって来てたんだよ」
すると同僚の修道女が「お茶よー」と入ってきて、二人分のお茶を置いて出て行った。応接室には二人だけになった。
なぜこんなに自然なのだろう。皆、ステファニーが帰ってくることをあらかじめ知っていたようだ。
「…なぜここにいるのですか?私が来るのがなぜわかったのですか。この場所はどうやって?なぜ私より早く着いているのですか?」
「ステファニーは混乱すると質問攻めにするよな」
動揺しているステファニーを見て、オーウェンはくすくすと笑った。
「ステファニーは絶対にあの騎士のところには行かないだろうなと思って」
「…それは」
「侯爵家の夜会で役者に声をかけられてたろ、あの時の役者に対する目と同じ目で騎士を見ていた」
スコットに対しての嫌悪が顔に出ていただろうか。オーウェンは暑い暑いと言いながら汗を拭き、お茶を飲んでいる。なぜこんなに平然としているのだ。
「…オーウェン様はこの修道院のことはご存知なかったはずです」
「騎士のところに行かないなら、必ず元の修道院に戻るだろうなと思ったんだ。それで修道院を探した」
「なぜここだと?」
「前に、魚捕るのが好きだって言ってたろ。亀を捕ることも出来ていた。それから子どもたちにギターを弾いていたり、刺繍を教えたりしていた」
ステファニーは頷いた。確かにそんな話をした気もする。
「だから河川の近くで保護施設としての役割も持つ女子修道院だ。それでステファニーが出発するより先に屋敷を出て、条件に合致する修道院を探したんだ。条件に合うところがそんなになくて、ここで聞いたらステファニーは少し前までいたって言うから、待ってた」
よくそんなこと覚えていたな、とステファニーは感心するとともに、なかなか執念深いオーウェンの一面を見た。
「…それで、私が出発するときにはいらっしゃらなかったんですね」
「先回りしないと捕まえられないと思って。良かった」
オーウェンは迎えに来てくれたと考えていいのだろうか。ステファニーは俯いた。
「ステファニー」
少しだけ顔を上げるとオーウェンと目が合う。結婚式の時に気付いた、深い緑色の瞳だ。
「ステファニーがおしゃべりしてくれないと夜寝れないし、狭いところも怖いし、歌ってくれないと雷も怖くて困る。なにより一緒にいて欲しいから、うちに帰ってきてくれ」
ステファニーはまた目を逸らして俯いた。
「…でも、陛下のご意向に背くかたちになりますよ。領地の拡大は反故になるかも」
「もう今の仕事で手一杯だからいいよ。必要ない」
「…私は修道女だったんですよ。いいんですか」
「元修道女を妻にしてはいけないって誰が決めたんだ?妻が元修道女でも、別に問題ない」
オーウェンはステファニーがずっと言っていたことと同じように言った。
「というか、変なお姫様が来たなあと思ってたから、元修道女だと知って納得した」
やっぱり、オーウェンはステファニーが修道女であったことを知っても嫌だと思わないでくれた。いまは自分の判断で、ステファニーを妻にと望んでくれている。
「…私も一緒にいたいです。帰りたいです」
「良かった」
オーウェンはほっとした様子で微笑むと、ステファニーの手をぎゅっと握った。
車内の重い空気に耐えかねたのか、スコットがおずおずと口を開いた。
「…今回の件、お怒りですか?」
「…どの件ですか」
ステファニーはスコットのなにもかもが気に入らず、じろりと睨みつけた。
「修道女であったことをばらしてしまった件です」
「…あれはわざとですね?」
スコットは悪戯がばれた時のように笑った。
「すみません。修道女だったと言ったら、伯爵はこの褒賞のやり直しをすんなり了承されると思ったのです」
「…何がしたいのですか」
「どうしてもあなたを妻にしたくて。幼いころからの初恋なのです」
もじもじと告白してくるスコットにどうしても耐えられず、ステファニーは目を逸らした。
「褒賞のやり直しというのは本当に新しい陛下がお考えになったことなのですか」
「そうですよ。陛下は領地の拡大を提案されました。ただ私からは、伯爵と姫さまの婚姻が強引になされ、ご両者とも乗り気でなかったことをお伝えしたのです。そうしたら降嫁の取り消しの検討も項目に加えられました」
乗り気でなかったのは当然だろう。何もかも勝手に進められたのだから。しかしそれでも受け入れて、お互い良い関係を築いてきたのに。
「余計なお世話です」
「新しい国王になって王都は大きく変わりました。私の屋敷もきっと気に入って頂けるはずです」
ステファニーはうんざりしてアンナから渡された軽食を食べ始めた。スコットからねだられたが、絶対に分けてやるものかと思い、拒否した。食べ終わった後はスコットを無視して目をつむった。
王都までは長旅だ。体力を温存しておかないといけない。
♦︎
王都までは伯爵領から一週間かかる。道中、ほとんどステファニーは口を開かず、スコットが一人で喋っていた。今回はそれなりの旅賃を準備してくれたようで、豪華な食事を食べることができた。しかし何を食べても美味しくない。
ステファニーはぼんやりと、伯爵領の皆のことを考えていた。慰問した修道院で依頼されたこともそのままにしてきてしまったし、鶏を問題なく誰か世話してくれるだろうか心配だ。
なにより、オーウェンはどう思っているだろうか。寝る前におしゃべりしないとすんなり寝付けないのに、ちゃんと眠れているだろうか。
スコットはステファニーを妻にしたいと言っていたが、道中は紳士的な態度で接してきた。スコットは背も高く、顔の整った騎士だ。
初めて会ったときは男性の美醜に疎くてよく分からなかったが、還俗した現在のステファニーが見ても、確かに美しい男性だと思う。
しかし、どうしても好きになれないし気持ちが悪い。侯爵家の夜会で会った、あの役者の男と同じ雰囲気がするのだ。軽薄で胡散臭い。
こんな男に嫁ぐなんてまっぴらごめんだ。
伯爵領を出て4日が経ち、馬車はある大きな街に差し掛かった。スコットが馬車から外を見た。
「もうすぐこのあたりの中心部の街に着きます。姫さまのいらした修道院が近いですね」
ステファニーは修道院にいた頃、この街に来たことがあった。皆で作った刺繍を売りに来たり、大きな買い物をするときにはこの街まで出てくる必要があったのだ。
「…スコット様は修道女が妻になることについて嫌ではないのですか」
ステファニーが口を開くと、スコットはステファニーが自分との結婚に前向きになっていると思い、身を乗り出して嬉々として話し始めた。
「普通はね、嫌だと思いますよ。修道女なんて日陰者ですし、あそこは監獄みたいなものだから。伯爵も真実を知って嫌だと感じたと思います。でも私はね、姫さまが好きですから。修道女だったとしても気にしません」
スコットは、いかにも自分の器が大きいんだというように話している。
「…本当にそうお思いなのですか」
「え?」
スコットに嫌気がさしたステファニーは、強く睨みつけた。
「修道院は監獄ではないし、私たちは日陰者ではありません。それにオーウェン様は私が修道女であったことを知っても、軽蔑したりはなさならないはずです」
それまでだんまりだったのに、急に怒り出したステファニーを、スコットはぽかんと見つめる。
「いいことを教えてあげます。前国王は、私が『さっさとくたばれ』と呪いをかけたから追放になったのですよ。私は修道女ですからね。スコット様も聞いていたでしょう?あの、謁見の間で」
スコットはその時のことを思い出したのか、口をぽかんと開けたまま顔色を変えた。
「ついでにスコット様のことも呪って差し上げます。あなたはもう絶対に出世できませんし、好きな女を妻にすることはできません。いいですか、絶対にです。私は修道女ですからね」
あたかも修道女が魔女であるかのように告げてしまったが、もうどうでもいい。出来る限り嫌な印象を植え付けてやりたい。
「それが嫌ならこれからは人の気持ちを考えて生きることです。私はあなたの妻にはなりません」
呆然としているスコットを放っておき、馬車の窓を開けて大声を出した。
「馬車を止めて!」
驚いた従者は何事かと馬車を止めた。ステファニーは馬車から降り、荷物鞄をガタガタと下ろした。
「姫さま、陛下のご意向に反するおつもりですか」
「そんなこと、知ったことではありません。もう関わらないでください。私がどこに行くかは自分で決めます」
ステファニーは従者が止めるのを無視し、その場を去った。スコットは追いかけてこなかった。
荷物鞄が重かったので、街に入るとどっと疲れが出た。ステファニーは飲み物を購入して公園の一角で休憩した。それから修道院にいた頃にたまに行っていた菓子屋で焼き菓子を購入し、辻馬車を拾った。
辻馬車に座ると、ステファニーはようやく一息ついた。
とりあえずスコットの屋敷に連れて行かれるという最悪の状況は回避した。しかしもうバートン伯爵領には帰れない。新国王に従った形にしなければならないからだ。
あとはまた修道院に入れてもらえるといいのだが。一度還俗した後に再度修道女になるというのが可能かどうかが分からない。無理だったら、少しだけ休ませてもらって、街に働きに出よう。幸い針仕事なら得意だ。
見慣れた街並みに安心したら急に眠くなってしまい、ステファニーはまぶたを閉じた。
♦︎
ステファニーが修道院に着いた頃にはもう辺りは暗くなり始めていた。日が暮れる前に着いて良かった。
懐かしい修道院の門を開いて敷地に入ると、敷地内の庭の方が何だか騒がしい。子どもたちが遊んでいる声がする。
ステファニーは建物の前に一度荷物を置くと、そのまま庭に回ってみた。
すると子どもたちが誰かを追いかけてはしゃいでいる。暗くなってきていてよく見えないが、男のように見えるーー
オーウェンだった。
ステファニーが驚愕して固まっていると、走っていた子どもたちがステファニーに気付いた。
「ステファニーだ!」
「本当に帰ってきた!」
子どもたちが一目散に走ってきて抱きついてきたため、ステファニーはそれを受け止めた。
「ステファニー!遅いぞ!」
オーウェンも息を切らして歩いてきた。
「ああ、もう疲れた」
オーウェンは汗びっしょりでその場にしゃがみ込んだ。しゃがんだオーウェンの背中に子どもたちが飛び乗り、ぐえっと声が漏れる。
「…なぜここに?」
恐る恐る尋ねたステファニーにオーウェンはあっさり答えた。
「ここに戻ってくるだろうと思って。荷物これだけ?中に入ろう」
オーウェンは荷物鞄を持ち上げると、子どもたちを引き連れて建物の中に入っていった。ステファニーもそれに続くと、中から院長や同僚の修道女が出てきて一斉に抱きしめられた。
「ステファニーおかえり!」
「…ただいま」
そうだ、と思い出して街で買った焼き菓子を渡すと、きゃあきゃあと取り合いが始まった。懐かしい、いつもの風景だ。
オーウェンは応接室に入ったため、それに続いてステファニーも入った。
「男子禁制でこの応接室より奥は入っちゃダメって言われたからさ、昨日から近くに宿とって来てたんだよ」
すると同僚の修道女が「お茶よー」と入ってきて、二人分のお茶を置いて出て行った。応接室には二人だけになった。
なぜこんなに自然なのだろう。皆、ステファニーが帰ってくることをあらかじめ知っていたようだ。
「…なぜここにいるのですか?私が来るのがなぜわかったのですか。この場所はどうやって?なぜ私より早く着いているのですか?」
「ステファニーは混乱すると質問攻めにするよな」
動揺しているステファニーを見て、オーウェンはくすくすと笑った。
「ステファニーは絶対にあの騎士のところには行かないだろうなと思って」
「…それは」
「侯爵家の夜会で役者に声をかけられてたろ、あの時の役者に対する目と同じ目で騎士を見ていた」
スコットに対しての嫌悪が顔に出ていただろうか。オーウェンは暑い暑いと言いながら汗を拭き、お茶を飲んでいる。なぜこんなに平然としているのだ。
「…オーウェン様はこの修道院のことはご存知なかったはずです」
「騎士のところに行かないなら、必ず元の修道院に戻るだろうなと思ったんだ。それで修道院を探した」
「なぜここだと?」
「前に、魚捕るのが好きだって言ってたろ。亀を捕ることも出来ていた。それから子どもたちにギターを弾いていたり、刺繍を教えたりしていた」
ステファニーは頷いた。確かにそんな話をした気もする。
「だから河川の近くで保護施設としての役割も持つ女子修道院だ。それでステファニーが出発するより先に屋敷を出て、条件に合致する修道院を探したんだ。条件に合うところがそんなになくて、ここで聞いたらステファニーは少し前までいたって言うから、待ってた」
よくそんなこと覚えていたな、とステファニーは感心するとともに、なかなか執念深いオーウェンの一面を見た。
「…それで、私が出発するときにはいらっしゃらなかったんですね」
「先回りしないと捕まえられないと思って。良かった」
オーウェンは迎えに来てくれたと考えていいのだろうか。ステファニーは俯いた。
「ステファニー」
少しだけ顔を上げるとオーウェンと目が合う。結婚式の時に気付いた、深い緑色の瞳だ。
「ステファニーがおしゃべりしてくれないと夜寝れないし、狭いところも怖いし、歌ってくれないと雷も怖くて困る。なにより一緒にいて欲しいから、うちに帰ってきてくれ」
ステファニーはまた目を逸らして俯いた。
「…でも、陛下のご意向に背くかたちになりますよ。領地の拡大は反故になるかも」
「もう今の仕事で手一杯だからいいよ。必要ない」
「…私は修道女だったんですよ。いいんですか」
「元修道女を妻にしてはいけないって誰が決めたんだ?妻が元修道女でも、別に問題ない」
オーウェンはステファニーがずっと言っていたことと同じように言った。
「というか、変なお姫様が来たなあと思ってたから、元修道女だと知って納得した」
やっぱり、オーウェンはステファニーが修道女であったことを知っても嫌だと思わないでくれた。いまは自分の判断で、ステファニーを妻にと望んでくれている。
「…私も一緒にいたいです。帰りたいです」
「良かった」
オーウェンはほっとした様子で微笑むと、ステファニーの手をぎゅっと握った。
11
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
キズモノ令嬢絶賛発情中♡~乙女ゲームのモブ、ヒロイン・悪役令嬢を押しのけ主役になりあがる
青の雀
恋愛
侯爵令嬢ミッシェル・アインシュタインには、れっきとした婚約者がいるにもかかわらず、ある日、突然、婚約破棄されてしまう
そのショックで、発熱の上、寝込んでしまったのだが、その間に夢の中でこの世界は前世遊んでいた乙女ゲームの世界だときづいてしまう
ただ、残念ながら、乙女ゲームのヒロインでもなく、悪役令嬢でもないセリフもなければ、端役でもない記憶の片隅にもとどめ置かれない完全なるモブとして転生したことに気づいてしまう
婚約者だった相手は、ヒロインに恋をし、それも攻略対象者でもないのに、勝手にヒロインに恋をして、そのためにミッシェルが邪魔になり、捨てたのだ
悲しみのあまり、ミッシェルは神に祈る「どうか、神様、モブでも女の幸せを下さい」
ミッシェルのカラダが一瞬、光に包まれ、以来、いつでもどこでも発情しっぱなしになり攻略対象者はミッシェルのフェロモンにイチコロになるという話になる予定
番外編は、前世記憶持ちの悪役令嬢とコラボしました
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
姉の婚約者の公爵令息は、この関係を終わらせない
七転び八起き
恋愛
伯爵令嬢のユミリアと、姉の婚約者の公爵令息カリウスの禁断のラブロマンス。
主人公のユミリアは、友人のソフィアと行った秘密の夜会で、姉の婚約者のカウリスと再会する。
カウリスの秘密を知ったユミリアは、だんだんと彼に日常を侵食され始める。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる