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第1章
台風のよる、魔女高らかに。(前編)
台風はすぐそこまで来ていた。
モチコとミライアを乗せたホウキが、台風へと向かっていく。
雲を避けるために左右に大きく揺れながらも、スピードは緩めることなく飛び続けた。
いよいよ雨が降りはじめたが、雨避けの魔法のおかげで、服も身体も全く濡れることは無い。
ただ、バチバチと雨粒が身体に当たる感覚だけは残っていて、打ちつける雨の激しさを感じる。
さらに、そんな雨の音をかき消してしまうほど、荒々しい風の音がそこらじゅうに轟いていた。
「風の、音が、すごい……!」
声を大きくして言うモチコに、ミライアが返す。
「台風の叫び声だ。もうかなり近いよ!」
叫び声、という表現はぴったりだと思った。
まさに魔物が叫んでいるような、低くて、大きくて、恐ろしい風の音。
雨避けの魔法は、ある程度の風も防いでくれる。
この魔法が無ければ、強風のなかで目を開けてはいられないだろう。
そもそも、ホウキから落ちずに乗っていられるかどうかすら怪しい。
今も実際に吹いている風の強さのうち、半分以上は魔法が弱めてくれている実感があった。
とはいえ、魔法でも防ぎ切れない風は身体に吹きつけてくる。
先ほどから聞こえる恐ろしい風の音も、魔法で防いではくれないようだった。
目の前に現れた大きな雨雲を避けるため、ホウキが右へ傾く。
さらにその先にあった別の雨雲を避けようと、今度は左へと傾く。
最初は左右に揺られて、右往左往していただけのモチコだったが、だんだんコツを掴んできた。
ホウキの動きに合わせて、モチコも自分の身体をタイミング良く左右へ傾ける。
すると、ホウキは今までよりも、滑らかな曲線を描いて飛ぶようになった。
「いいね。君、空を飛ぶセンスあるよ」
そうミライアに言われたモチコの心は、複雑だった。
空を飛びたいという夢を抱きながらも、魔法の才能がなくて挫折した自分。
全てを諦めかけたところに突然この魔女が現れて、一緒に空を飛び、しまいにはセンスがあるだなんて褒められた。
変な日に、変な魔女と出会ったものだ。
そんな複雑な気持ちのなかで、少しだけ、モチコの心は弾んでいた。
飛ぶセンスを褒められたから、という訳では無い。
この変な魔女――ミライアから褒めてもらえたことが、なぜか嬉しかった。
モチコはそのことに気がついて、照れ隠しで答える。
「まさかミライアさんが、こんなむちゃくちゃな飛び方をするとは、思ってなかったです」
実際、ミライアの飛び方はかなり特殊だ。
とにかく信じられないほどに速い。
方向転換する時も、ほとんどスピードを緩めない。
かといって乱暴という訳でもなく、風の流れを見ながら大胆に美しい曲線を描いて飛ぶ。
ミライアの飛んだあとには、まるで稲妻が夜空を翔け抜けたように、黄金色の軌跡が輝いていた。
まさに“疾風迅雷の魔女”という二つ名の通りだ。
魔法使いの中で、二つ名を持っている者はごくわずかにしか存在しない。
特定の魔法について、特別に優れていると人々に認められた場合にのみ、二つ名が与えられる。
モチコは今夜のフライトを通して、ミライアが特別な才能を持った魔女であることを実感していた。
それから、ホウキはいくつもの雲のあいだをくぐり抜けていった。
最後に大きな雨雲を避ける。
そして、ついにふたりはたどり着いた。
――台風だ。
「うわっ!! 大きい……!」
思わず叫んだモチコの瞳には、そびえ立つ巨大な塔のような雲が映る。
雲の塔は遥か上空まで続いているようだが、高すぎて一番上までは見えない。
ただ、上のほうには雲が広がっているようで、全体的には何となくキノコのような形をしているようだ。
今回の台風はシグナル4。
中くらいのレベルの台風だと聞いていたが、それでもこんなに大きいのか。
「あと少しだけ、近づく!」
ミライアの声がして、ホウキがやや下を向いた。
暗くてはっきりとは分からないが、海面らしきものが見える。
ホウキは雲でできた塔の根元に向かっているようだ。
吹きつける雨粒がバチバチと全身に当たって痛い。
猛烈な風に思わず目を細めるが、もう風がどちらから吹いているのかも分からなかった。
轟々とした恐ろしい音が四方八方から襲ってきて、ビリビリと身体を震わせてくる。
視界いっぱいに広がる巨大な台風と、正面で対峙する。
こんなものに人間が勝てる訳がない! という思考が、本能的にモチコの頭の中を埋め尽くした。
「撃つよ!」
声がして、モチコはミライアの方を見た。
ミライアは右手をまっすぐ前へ伸ばし、その手にはスクロールが握られている。
それは台風の方向へ向けられていた。
スクロールの文字が青白い光を放った、その直後。
ばすん、という音がして、スクロールから青い光の矢が放たれる。
青い光は高速で夜の闇を切り裂いた後、台風の根元あたりの海面へ消えていった。
「わっ!? まぶしい!」
(後編へ続く)
モチコとミライアを乗せたホウキが、台風へと向かっていく。
雲を避けるために左右に大きく揺れながらも、スピードは緩めることなく飛び続けた。
いよいよ雨が降りはじめたが、雨避けの魔法のおかげで、服も身体も全く濡れることは無い。
ただ、バチバチと雨粒が身体に当たる感覚だけは残っていて、打ちつける雨の激しさを感じる。
さらに、そんな雨の音をかき消してしまうほど、荒々しい風の音がそこらじゅうに轟いていた。
「風の、音が、すごい……!」
声を大きくして言うモチコに、ミライアが返す。
「台風の叫び声だ。もうかなり近いよ!」
叫び声、という表現はぴったりだと思った。
まさに魔物が叫んでいるような、低くて、大きくて、恐ろしい風の音。
雨避けの魔法は、ある程度の風も防いでくれる。
この魔法が無ければ、強風のなかで目を開けてはいられないだろう。
そもそも、ホウキから落ちずに乗っていられるかどうかすら怪しい。
今も実際に吹いている風の強さのうち、半分以上は魔法が弱めてくれている実感があった。
とはいえ、魔法でも防ぎ切れない風は身体に吹きつけてくる。
先ほどから聞こえる恐ろしい風の音も、魔法で防いではくれないようだった。
目の前に現れた大きな雨雲を避けるため、ホウキが右へ傾く。
さらにその先にあった別の雨雲を避けようと、今度は左へと傾く。
最初は左右に揺られて、右往左往していただけのモチコだったが、だんだんコツを掴んできた。
ホウキの動きに合わせて、モチコも自分の身体をタイミング良く左右へ傾ける。
すると、ホウキは今までよりも、滑らかな曲線を描いて飛ぶようになった。
「いいね。君、空を飛ぶセンスあるよ」
そうミライアに言われたモチコの心は、複雑だった。
空を飛びたいという夢を抱きながらも、魔法の才能がなくて挫折した自分。
全てを諦めかけたところに突然この魔女が現れて、一緒に空を飛び、しまいにはセンスがあるだなんて褒められた。
変な日に、変な魔女と出会ったものだ。
そんな複雑な気持ちのなかで、少しだけ、モチコの心は弾んでいた。
飛ぶセンスを褒められたから、という訳では無い。
この変な魔女――ミライアから褒めてもらえたことが、なぜか嬉しかった。
モチコはそのことに気がついて、照れ隠しで答える。
「まさかミライアさんが、こんなむちゃくちゃな飛び方をするとは、思ってなかったです」
実際、ミライアの飛び方はかなり特殊だ。
とにかく信じられないほどに速い。
方向転換する時も、ほとんどスピードを緩めない。
かといって乱暴という訳でもなく、風の流れを見ながら大胆に美しい曲線を描いて飛ぶ。
ミライアの飛んだあとには、まるで稲妻が夜空を翔け抜けたように、黄金色の軌跡が輝いていた。
まさに“疾風迅雷の魔女”という二つ名の通りだ。
魔法使いの中で、二つ名を持っている者はごくわずかにしか存在しない。
特定の魔法について、特別に優れていると人々に認められた場合にのみ、二つ名が与えられる。
モチコは今夜のフライトを通して、ミライアが特別な才能を持った魔女であることを実感していた。
それから、ホウキはいくつもの雲のあいだをくぐり抜けていった。
最後に大きな雨雲を避ける。
そして、ついにふたりはたどり着いた。
――台風だ。
「うわっ!! 大きい……!」
思わず叫んだモチコの瞳には、そびえ立つ巨大な塔のような雲が映る。
雲の塔は遥か上空まで続いているようだが、高すぎて一番上までは見えない。
ただ、上のほうには雲が広がっているようで、全体的には何となくキノコのような形をしているようだ。
今回の台風はシグナル4。
中くらいのレベルの台風だと聞いていたが、それでもこんなに大きいのか。
「あと少しだけ、近づく!」
ミライアの声がして、ホウキがやや下を向いた。
暗くてはっきりとは分からないが、海面らしきものが見える。
ホウキは雲でできた塔の根元に向かっているようだ。
吹きつける雨粒がバチバチと全身に当たって痛い。
猛烈な風に思わず目を細めるが、もう風がどちらから吹いているのかも分からなかった。
轟々とした恐ろしい音が四方八方から襲ってきて、ビリビリと身体を震わせてくる。
視界いっぱいに広がる巨大な台風と、正面で対峙する。
こんなものに人間が勝てる訳がない! という思考が、本能的にモチコの頭の中を埋め尽くした。
「撃つよ!」
声がして、モチコはミライアの方を見た。
ミライアは右手をまっすぐ前へ伸ばし、その手にはスクロールが握られている。
それは台風の方向へ向けられていた。
スクロールの文字が青白い光を放った、その直後。
ばすん、という音がして、スクロールから青い光の矢が放たれる。
青い光は高速で夜の闇を切り裂いた後、台風の根元あたりの海面へ消えていった。
「わっ!? まぶしい!」
(後編へ続く)
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