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第1章
死んでてよかった表情筋(後編)
「わ……私も、お持ち帰りされたんでしょうかっ!?」
モチコの渾身の問いかけは、小さな部屋に響いたあと、暗闇に溶けていった。
月明かりに照らされた部屋に、しばらくの静寂が流れる。
「くっ……」
ミライアが、ふいに小さく呻くように声を出す。
「くくくっ……! はっはっは……!」
次の瞬間、声を出して笑っていた。
「そうか、私に部屋に連れ込まれたと思って、緊張していた訳か。ふふっ、モチコは可愛いなあ」
笑いながら言うミライア。
モチコは口をぽかんと半開きにしたまま、その顔を見つめる。
「モチコがどんな噂話を聞いたかは想像がつくけど、私は女の子をお持ち帰りしたことなんて、一度も無いよ」
ミライアは続ける。
「夜中に女の子をホウキに乗せて送ることはあるけど、その子の家に送り届けるだけ。私の家に来たがる子もいたけど、私は他人を家に入れたくないし」
そう言うとミライアは、右手をモチコの頭の上に乗せ、ぽんぽんと軽く叩いた。
「私の家に人が来たのは今日が初めて。モチコだけだよ。よろしく、相方」
「あ……よろしくお願いします」
モチコは半開きの口を慌てて閉じながら答えた。
私が初めて。この部屋に来たことがあるのは、私だけ――。
その言葉が、モチコの心をなんとなく、ふわふわと浮かせてくすぐったくさせた。
普通の人なら顔がにやけて、まわりに心の内がバレるところだが、モチコは無表情のままだ。
こういう時は表情筋が死んでてよかったと思う。
「さて、歓迎会を始めようか。その辺に座って」
ミライアがその辺と指したあたりに特に椅子などは無かったので、モチコは木の床に正座して座った。
ミライアも近くの床にあぐらをかいて座り、モチコとの間に小さな魔導ランプを置く。
それは魔力を流すとロウソクの炎のように光る照明器具で、わずかな魔力でも、しばらくは明かりを灯すことができる優れものだった。
ランプの明かりの中で、ミライアは布袋の中をゴソゴソと探っている。
モチコは明かりで見えるようになった部屋全体を見回してみた。
一言でいうなら、生活感のない部屋だった。
まず、家具が無い。
イスもテーブルも無ければ、ベッドすら無かった。
ある物といえば目の前に置かれた魔導ランプと、おそらく寝るためと思われる毛布とクッションだけ。
部屋の隅には小さなキッチンがある。
ミライアの陰になってよく見えないが、キッチンと反対側の壁ぎわには、大量の本が床に積まれているように見えた。
「モチコ、はい受け取って」
ミライアは布袋から取り出した何かを、モチコに軽く投げて渡した。
受け取って見てみると、それは野菜のナスだった。
ミライアも手にナスを持っている。
「では、食事にしよう」
「え?」
「モチコが相方になるのを記念して、乾杯!」
「え?」
ミライアは手に持っていたナスを軽く上に掲げたあと、モチコの持っているナスに近づけて当ててきた。
ナスで乾杯……?
というか、ナスビ同士が小突き合っているようにしか見えない。
「本当は祝い酒でもあれば良かったけど、今日は急だったから。それはまたいつか」
「あ、なるほど。お祝いして頂ける気持ちだけでも嬉しいです」
最初は驚いたが、とりあえずナスで乾杯っていうのも、微笑ましくて良いかもしれない。
そう思い直した次の瞬間、モチコはさらに驚きの光景を目にすることになる。
「じゃあ、食べようか」
そう言うとミライアは、手に持ったナスを口元に持っていった。
口が開き、今にもナスにかじりつきそうだ。
「――ちょ! ちょっと待ってください!」
「ん? どうした?」
「これ……このまま食べるんですか?」
「あ、もしかしてナス嫌いだった? それならジャガイモもあるけど、たぶん硬いと思うな」
そう言いながらミライアがジャガイモを投げて来た。
モチコは少し慌てながらも、何とかキャッチする。
「え?」
「え?」
お互いが不思議そうな顔をして固まってしまった。
このままではジャガイモをそのまま食べることになる――。
そう思ったモチコは、慌てて確認をする。
「あの……料理とか、しないんですか?」
「料理は、しないね」
それは『夏は、暑いね』と同じ。
さも当たり前の事だというときの響きだった。
「やり方も分からないし、面倒。特に困ってもいないし」
「今まではどうしていたんですか?」
「今まで? おシズがくれるパンとか、野菜とかを食べてたよ。店で食べるときもあるけど」
「野菜って、そのまま食べていたんですか?」
「うん、そのまま。ガブっと」
なるほど、とモチコは思った。
シズゥが布袋を渡すときに『どうするかは任せる』と言っていた意味を、ここへ来てようやく理解する。
両手に持ったナスとジャガイモをしばし見つめた後、モチコは立ち上がって言った。
「私が……料理します!」
モチコの渾身の問いかけは、小さな部屋に響いたあと、暗闇に溶けていった。
月明かりに照らされた部屋に、しばらくの静寂が流れる。
「くっ……」
ミライアが、ふいに小さく呻くように声を出す。
「くくくっ……! はっはっは……!」
次の瞬間、声を出して笑っていた。
「そうか、私に部屋に連れ込まれたと思って、緊張していた訳か。ふふっ、モチコは可愛いなあ」
笑いながら言うミライア。
モチコは口をぽかんと半開きにしたまま、その顔を見つめる。
「モチコがどんな噂話を聞いたかは想像がつくけど、私は女の子をお持ち帰りしたことなんて、一度も無いよ」
ミライアは続ける。
「夜中に女の子をホウキに乗せて送ることはあるけど、その子の家に送り届けるだけ。私の家に来たがる子もいたけど、私は他人を家に入れたくないし」
そう言うとミライアは、右手をモチコの頭の上に乗せ、ぽんぽんと軽く叩いた。
「私の家に人が来たのは今日が初めて。モチコだけだよ。よろしく、相方」
「あ……よろしくお願いします」
モチコは半開きの口を慌てて閉じながら答えた。
私が初めて。この部屋に来たことがあるのは、私だけ――。
その言葉が、モチコの心をなんとなく、ふわふわと浮かせてくすぐったくさせた。
普通の人なら顔がにやけて、まわりに心の内がバレるところだが、モチコは無表情のままだ。
こういう時は表情筋が死んでてよかったと思う。
「さて、歓迎会を始めようか。その辺に座って」
ミライアがその辺と指したあたりに特に椅子などは無かったので、モチコは木の床に正座して座った。
ミライアも近くの床にあぐらをかいて座り、モチコとの間に小さな魔導ランプを置く。
それは魔力を流すとロウソクの炎のように光る照明器具で、わずかな魔力でも、しばらくは明かりを灯すことができる優れものだった。
ランプの明かりの中で、ミライアは布袋の中をゴソゴソと探っている。
モチコは明かりで見えるようになった部屋全体を見回してみた。
一言でいうなら、生活感のない部屋だった。
まず、家具が無い。
イスもテーブルも無ければ、ベッドすら無かった。
ある物といえば目の前に置かれた魔導ランプと、おそらく寝るためと思われる毛布とクッションだけ。
部屋の隅には小さなキッチンがある。
ミライアの陰になってよく見えないが、キッチンと反対側の壁ぎわには、大量の本が床に積まれているように見えた。
「モチコ、はい受け取って」
ミライアは布袋から取り出した何かを、モチコに軽く投げて渡した。
受け取って見てみると、それは野菜のナスだった。
ミライアも手にナスを持っている。
「では、食事にしよう」
「え?」
「モチコが相方になるのを記念して、乾杯!」
「え?」
ミライアは手に持っていたナスを軽く上に掲げたあと、モチコの持っているナスに近づけて当ててきた。
ナスで乾杯……?
というか、ナスビ同士が小突き合っているようにしか見えない。
「本当は祝い酒でもあれば良かったけど、今日は急だったから。それはまたいつか」
「あ、なるほど。お祝いして頂ける気持ちだけでも嬉しいです」
最初は驚いたが、とりあえずナスで乾杯っていうのも、微笑ましくて良いかもしれない。
そう思い直した次の瞬間、モチコはさらに驚きの光景を目にすることになる。
「じゃあ、食べようか」
そう言うとミライアは、手に持ったナスを口元に持っていった。
口が開き、今にもナスにかじりつきそうだ。
「――ちょ! ちょっと待ってください!」
「ん? どうした?」
「これ……このまま食べるんですか?」
「あ、もしかしてナス嫌いだった? それならジャガイモもあるけど、たぶん硬いと思うな」
そう言いながらミライアがジャガイモを投げて来た。
モチコは少し慌てながらも、何とかキャッチする。
「え?」
「え?」
お互いが不思議そうな顔をして固まってしまった。
このままではジャガイモをそのまま食べることになる――。
そう思ったモチコは、慌てて確認をする。
「あの……料理とか、しないんですか?」
「料理は、しないね」
それは『夏は、暑いね』と同じ。
さも当たり前の事だというときの響きだった。
「やり方も分からないし、面倒。特に困ってもいないし」
「今まではどうしていたんですか?」
「今まで? おシズがくれるパンとか、野菜とかを食べてたよ。店で食べるときもあるけど」
「野菜って、そのまま食べていたんですか?」
「うん、そのまま。ガブっと」
なるほど、とモチコは思った。
シズゥが布袋を渡すときに『どうするかは任せる』と言っていた意味を、ここへ来てようやく理解する。
両手に持ったナスとジャガイモをしばし見つめた後、モチコは立ち上がって言った。
「私が……料理します!」
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