台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

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第2章

モチコ回転ッ、初めての実験ッ(後編)

「モチコ、『実験』しようか」
「じ、実験って……いったい何をするんですか?」

 練習といいながら、あんな無茶苦茶な飛び方をする先輩が、今度は『実験』ときた。
 なにが起きるのか、聞くのが怖いんですけど……。

「いつも最後にタワーへ帰る時は、全速力を出すことにしているんだ」
「全速力……」
「ありったけの魔力を練って飛んで、最高速度の更新を目指す」
「……先輩の猛スピードは、そうして磨かれていく訳ですね」
「それで今日は、最速を目指すのを、モチコにも手伝ってもらいたい」
「え? 私が、手伝う……?」

 不思議な提案だった。
 魔法をまともに使えないモチコに、何か手伝えることがあるだろうか?
 最速で飛ぶことを考えたら、モチコが乗っていることは、体重1人分のお荷物にしかならない。

「この前、雷に打たれそうになった時のこと、覚えてる?」
「あ、はい」
「あのとき、モチコがオーラを練った瞬間、一瞬だけスピードが跳ね上がった」

 そういえばそうだった。
 理由は分からないが、そのおかげで何とか雷に打たれずに済んだのだ。

「あれは、モチコの魔法が原因だと思う」
「えぇっ?」
「まだ仮説だけれど、モチコの泡みたいなオーラで、私の魔法を強化できるんじゃないかと考えている」

 その言葉に、モチコは驚いた。
 本来、魔法というのは自分自身で練った魔力からしか生み出せないものだ。
 少なくとも今の世の中ではそれが常識だった。
 他人が練った魔力で、魔法を強化できるなんて聞いたことがない。

「うーん……。なんとも信じがたいですが……」
「まあ、とりあえず試してみよう。実験だからね」

 そう言うとミライアは魔力を練り始めた。
 黄金色こがねいろのオーラが、夜明け前の空にまぶしい輝きを放つ。
 ホウキは段階的に加速していった。

「このままスピードを上げていくよ!」
「わかりました!」
「私が声をかけたら、モチコもオーラを練って!」

 スピードが上がるにつれて風を切る音が大きくなり、ふたりとも叫ぶような会話になる。
 夜空にはいくつか小さい雲があるだけで、雲を避けて飛ぶ必要もない。
 ホウキは小さい雲を突き抜けながら、一直線に飛んでいった。

 振り落とされないように、モチコはミライアの背中にしがみつく。
 その背中から伝わる身体の動きを通して、ミライアが深呼吸するのがわかった。
 直後、ホウキを包んでいる黄金色のオーラが大きくなる。

 ホウキは夜空を切り裂く稲妻のように、激しく輝きながら、猛進した。
 1度、2度、そして3度と、繰り返しミライアのオーラが大きくなり、加速していく。
 大量のオーラの奔流のなか、背中越しにミライアの声が聞こえた。

「モチコ!」

 合図だ!
 モチコはすぐにオーラを練る。
 全身から緑色の光が立ちのぼり、泡のように消えていく。

 すぐには何も起こらなかった。
 速度が上がった感じもない。
 まわりを見ても特に変化はなく、視界のはるか先の方に、おむすびみたいな形の雲が見えただけだった。
 実験は失敗か、と思った次の瞬間――。

「っ!?」

 身体が浮き上がるような感覚がした。
 慌てて体勢を直そうとすると、大きな破裂音がして、体が後方に押し付けられるほどの強烈な圧に襲われる。

 このままだと圧力に押しつぶされる――!
 と、思わず目をつぶったところで、急に圧力が消えた。
 一気に身体が解放される。

「ふう……」

 目を開け、大きく息を吐く。
 あたりは静かで、まるで何事もなかったかのようだ。
 何が起きたのか不思議に思って顔を上げると、ついさっきまで前方にあった、おむすび雲が消えていた。

「いったい何が……?」

 うしろを振り返ると、はるか後方におむすび雲だったらしきものが見えた。
 それが、バラバラの米つぶになって霧散していく。

 ホウキがおむすび雲を貫いて、瞬間移動したような感覚。
 気づくと黒ぶちメガネが斜めにずり落ちていた。

「すごいよモチコ!」

 ミライアが興奮した様子で言った。

「一瞬だけど、すごい加速! やっぱりモチコの魔法だ!」

 そう言われてもモチコは半信半疑だったが、この説が正しければ、先日のフライトで雷を避けられたことも説明がつく。
 本当に一瞬だったけれど、確かにホウキは加速した。
 うーんと唸っているモチコには構わず、ミライアが続ける。

「でも、この前はもっと速かった。速さを決める要素が何かあるはずだ……。モチコ、今回と前回で、何か違いはある?」
「うーん……。正直あまり覚えていませんね。この前は雷に打たれると思って、必死でしがみついていたので……」
「それだ!」
「え?」

 ミライアが振り向いて、モチコの顔を見る。

「より密着していた方が、効果が高まるのかもしれない。もっとスピードを上げられるかも」
「先輩、これ以上速く飛ぶつもりですか……」
「もちろん。今日はもう魔力が無いから、次回はもっと密着しよう」
「み、みっちゃく……」

 先輩のいう密着とは、どんな感じのやつだろうか。
 なんだかちょっとドキドキしてしまう。

「あ、なんなら、次回にそなえて練習しておく?」
「え? 練習!?」
「そう。密着の練習」
「みっちゃくの、れんしゅう……」

 棒読みで繰り返してしまった。なんだその練習。

「どうやったら最高に密着できるか、ひと晩かけて研究してみようか」
「……研究しなくて大丈夫ですっ! 私、密着は得意なので!」
「あ、そう?」

 密着が得意なわけなど無いが、モチコは必死のごまかしでお断りした。
 あの手この手で先輩に密着されるなんて、想像しただけで色々とまずい。

「じゃあ、密着は次回のお楽しみにするとしよう」

 ミライアがとても楽しそうな顔をしていたので、モチコはそれ以上、何か言うのはやめておいた。
 先輩は、最速で飛ぶことを楽しみにしてるだけなんだろうけど……。
 しばらくは、この変な実験に付き合わされることになりそうだ。
 はあぁ、と吐いたため息が、なんだか熱かった。

「実験を続ければ、モチコのオーラの仕組みがわかるはず」

 ミライアが、独り言のようにつぶやく。

「そして、いつかモチコが魔法を使えるようにするから」
「えっ……!」

 そのひとことは、ミライアからすれば何気ない言葉だったかもしれないが。
 モチコの胸には強く激しく響いた。

 ――もうずっとひとりで諦めていた未来を、共に想い描いてくれる人がいるなんて。

 ふたりを乗せたホウキが街へ近づき、遠くにタワーの光が見えた。
 もうすぐリサとの通信が回復するだろう。

 いつも速く飛ぶことばかり考えている、変な先輩だけど。
 少しだけなら、実験に協力してあげてもいいかな。

 モチコはミライアの背中にしがみついていた腕に、ぎゅっと力を込めた。
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