台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

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第2章

ご注文は紅茶とマルちーズですか?(前編)

 今日は快晴だ。
 北の王都の方角には、見渡すかぎりの青空が広がっている。

 南を見ても、夏の太陽にかがやく海がずっと続いていた。
 遠い水平線の上に、わた雲がいくつか浮かんでいるだけ。
 大小さまざまなわた雲たちは、不揃いのシュークリームが並んでいるみたいで可愛い。


 モチコはシグナスの2階にあるカフェテラスに来ていた。
 このカフェテラスは眺めがよいので、今日のような晴れた日には、どの方角の空も見渡せて気持ちがいい。
 モチコは空を見上げながら、風が吹くたびに揺れる前髪の動きを楽しんでいた。

 すると、たいへんよく響く大きな声が耳に飛び込んでくる。

「うぉおおぉぉぉーーーぃぃ! そこの白おかっぱぁぁぁぁぁ!」

 たぶんモチコのことを呼んでいると思われる。
 声がした方へと顔を向けると、マルシャがいた。

 タマネギの芽みたいに短いツインテールの赤髪をピコピコと揺らしながら、モチコに向かって手まねきしている。
 近づいていくと、マルシャはテラスのテーブル席に座っていた。

「あんた、ずいぶん早く来たわね。仕事以外にやることないの?」
「ええっと……。今日はいい天気だったので、買い物がてら早めに家を出てきたんです」

 モチコはマルシャの質問に答えながら時計を見た。
 今は昼下がりで、ちょうど午後のお茶の時間というあたりだ。
 モチコの勤務は日没からの予定なので、マルシャの言うとおり、まだだいぶ早かった。

 こんなに天気が良いのに、家にいるのももったいない気がして、早めに家を出てみたのだ。
 先輩に食べてもらう食材の買い出しもしたかったし。

「ふーん、まあいいわ。荷物が重そうじゃない。バッグはそこの席において、あんたはここに座んなさい」
「あ、はい。では失礼します」

 そう言われて、肩にかけたトートバッグの重みをあらためて感じる。
 先輩用の食材がいろいろ入っているので、結構ずっしりとした重量があった。
 マルシャに言われたとおりにバッグを置き、自分はマルシャの向かい側に座ろうと別のイスを引く。

 と、そこで。
 マルシャの隣に、誰かが座っていることに気がついた。

 上目づかいで見上げる翠色の瞳が、まっすぐにじぃっとモチコを見ている。
 その視線は嫌な感じではなく、無邪気な少女のような純粋さと、溢れ出る好奇心を感じさせた。
 シグナスの制服を着たその女の子は、モチコやマルシャと同じくらいの年齢だろうか。

 モチコがなんと声をかけようか迷っていると、マルシャがそれに気づいて説明する。

「こいつは、チャンチャル。私たちと同じアルビレオよ」
「チャンチャルさん、ですね」

 マルシャからの紹介を受け、モチコはその子のほうへ向き直した。
 じぃっとモチコを見つめる、チャンチャルの瞳と視線が重なる。

「はじめまして、チャンチャルさん。先日シグナスに入ったモチコといいます」
「キミが噂のモチコちゃん! はじめまして!」

 チャンチャルはモチコを見つめたまま、笑ってピースサインをしてみせた。
 にしし、と白い歯を見せて笑う顔が印象的だった。
 その白さが、ポニーテールに結った黒い髪と、薄く日焼けした肌によく似合っている。

「噂の……って、どんな噂になっているんですか……?」
「あのミライアさんのアルビレオに抜擢された、期待の大型新人!」
「ぬぇぇ……。プレッシャーが重すぎます……」
「大丈夫、最初はみんな新人だから! 分からないことがあったらいつでも教えてあげる!」
「ありがとうございます。まだ今日で2日目なので、分からないことだらけで……」

 モチコとチャンチャルが話していると、マルシャが割り込んできた。

「白おかっぱ、あんた初日のフライトで、ミライア様の背中にずっと張り付きっぱなしだったらしいじゃない」
「う……」

 心当たりがありすぎて何も言い返せない。
 自力では空を飛べない、そもそも魔法もまともに使えない自分は、ただホウキの上で先輩にしがみついているしかなかった。
 役立たずのお荷物すぎて、肩身が狭い事この上ない……。

 肩をすぼめたモチコがだんだん小さくなっていくのを見て、チャンチャルが声をかける。

「モチコちゃん! マルシャちゃんが言ってるのは『ミライアさんの破天荒な飛び方に最後まで落ちずに乗っていられてすごいね』って意味だから!」
「えっ?」
「マルシャちゃんなりの褒め言葉だから気にしないでね! よろこんでいいやつだよ!」
「ちー!! 余計なことは言わなくていいからぁぁぁぁ!」

 マルシャのたいへん大きな声がカフェテラスに響き渡った。
 その大音量にモチコが頭をくらくらとさせているなか、チャンチャルは何ともない様子で笑っている。

「チャンチャルさんとマルシャさんは、仲がいいんですね」
「うん。私もマルシャちゃんも同じアルビレオだし、同い年だしね!」

 そう言って微笑むチャンチャルの胸元には、緑色のスカーフが風にそよいでいた。
 マルシャのスカーフは赤色だったので、同じアルビレオとは言っても、ふたりがペアという訳ではないらしい。

「こいつの名前は長くて呼びづらいから、『ちー』でいいと思うわ」

 マルシャがモチコに向かってそう言うと、チャンチャルも元気よくうなずいて同意する。

「じゃあ……。よろしくお願いします、ちーちゃん」
「うん! よろしくね、モチコちゃん!」

 にしし、と笑うチャンチャルは、かがやく白い歯がキュートだった。

「白おかっぱ、あんたは相変わらず変な言葉づかいね」
「えっ? な、なにか変ですかね……?」

 マルシャに言葉づかいを指摘されたモチコだったが、特に心当たりがない。

「モチコちゃん! これは『敬語じゃなくて呼び捨てでいいよ。仲よくしよう』って意味だよ!」
「ちぃぃぃぃー!! 余計なことは言わなくていいからぁぁぁぁ!」

 マルシャはたいへん大きな声で、さっきと同じセリフをカフェテラス中に響かせた。
 テラスのほかの席に座っている人達が、大声に驚いてチラリとこちらを見ている。

 このカフェは主にシグナスのスタッフの休憩や食事に使われているが、部外者でも利用できる。
 眺望が良いので、普通の観光客も多くいて、ほどよく賑わっていた。

 マルシャは手を挙げてウエイターを呼ぶと、モチコの分のティーカップを追加で取り寄せた。
 カップが届くと、マルシャがティーポットからお茶を注いでくれる。
 緑茶のように少し緑がかった色をした紅茶だった。
 春に採れる初摘みの茶葉を使った紅茶なのだと、マルシャが教えてくれた。

 飲んでみると、茶葉の青みを感じる、今日の天気にぴったりの爽やかな香りがした。
 モチコたち3人は、しばし雑談をしながら昼下がりのお茶を楽しんだ。


 快晴の空の下、カフェテラスに気持ちのよい風が吹いている。
 この調子なら、台風はこないだろう。
 今夜のフライトも見回りと練習だけになりそうだな、とモチコは思った。

 すると、チャンチャルが鼻を指でこすりながら、意外な言葉を口にする。

「んー、鼻がむずむずしてきた! これは嵐がくるね!」

(後編へ続く)
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