台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

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第2章

8823と名前をつけてやる(後編)

 そこで急に視界が開けた。
 そこらじゅうに散らばっていた雲が消え、現れたのはただひとつの、大きなかたまり。
 左側の視界いっぱいに迫ってくる巨大な壁。

 そびえ立つ、台風の雲だ。
 でかい!!

 その巨大さに圧倒されて思わず上を見たが、すぐに思い出して下へ向きなおす。
 スクロールの照準は台風の根元にある海面。下だ!

 モチコは左腕をまっすぐ台風の根元へ向け、海面を探す。
 どこだ!?

 轟々ごうごうと響く怪物の叫び声のような嵐の音。
 どちらが上でどちらが下なのか、方向感覚を失いそうになる。

 その時、ミライアの凛とした声が聞こえた。

「モチコ、今だ! 撃て!」

 海面が見えた。

 モチコは視線と腕をまっすぐ海面に向け、練ったオーラをスクロールに流す。
 スクロールに刻まれた文字のような模様が、青白い光を放ち始めた。


 ――あれ?
 なかなかスクロールが発動しない。流している魔力が足りないのかな?
 いつも使っている魔導ランプや魔導コンロと同じ感覚では、オーラが少なかったようだ。

 それならばと、モチコは遠慮なくオーラを流し込む。
 スクロールが放つ光が強くなるにつれ、握っている腕が大きく震え出した。

 緊張で震えているのではない。
 スクロール自体が暴れるように振動している。

 震えが最高潮に達したとき、ぼすん、という大きな音がしてスクロールから青い光の矢が放たれた。

 青い光が高速で嵐のなかを突き進み、台風のすぐ近くの海面に着弾する――。
 はずだった。

 だが実際は、狙った軌道よりやや上に逸れた。
 発射直前でスクロールが暴れたせいで、暴発ぎみになったのだ。

 最後は台風の本体部分に着弾し、青い光は渦に飲み込まれていった。
 
「ああーーーーーーーーーーっ!!」

 モチコが絶望の悲鳴をあげると、台風の中から白い光が漏れる。
 続けて、ズシャーンという鈍い音が響いてきた。

 凍結魔法が発動したが、渦で効果が分散してしまい、効きはイマイチのようだった。

「先輩……。失敗した私は、投獄ですか……?」

 モチコは半分放心状態といった感じの無表情で尋ねた。
 いや、いつも無表情なんだけれども。

 ミライアは平然とした様子で言う。

「惜しかったね。でも台風には当たったし、初めてにしては上出来だよ」
「……そ、そうでしょうか……」
「むしろ、このスクロールにこれほどの魔力を流せたことの方が驚き」

 ミライアはホウキを高速で右旋回させ続ける。
 大きく360度の円を描いて旋回し、もう一度さっきと同じ向きで台風に近づくつもりのようだ。

「次は私が撃つから。1発くらい外しても気にしなくていいよ」
「でも、1発で1年は暮らせる値段ですよ……。あぁぁ……」
「他のチームのアルビレオなら、シグナル4を叩くのに2、3発は使う。でも私は1発で決めるから大丈夫」

 話しているうちに、再び左側に台風が見えてきた。
 ホウキは猛スピードのまま、右旋回をキープしている。
 ミライアは左手にスクロールを構えた。

 台風がかなり近い。
 雨と風の轟音に耐えながら、嵐の中に目をこらす。
 視界の左下に海面が見えた。
 スクロールが青白い光を放ち、ばすんという音とともに光の矢が飛んでいく。

 矢はまっすぐ迷いのない軌道を描き、台風の近くの海面を貫いて消えた。
 ホウキはそのまま急旋回を続け、台風から離れ始める。

 高速で台風に近づき、すれ違いざまに一瞬だけタッチして、誰も気づかない速さですぐに立ち去る――。

「獲物を狩る鳥のような動き……。ハヤブサみたいだ……」

 モチコは思わずつぶやいた。
 少しでも距離感を誤れば、台風の渦に飲まれてしまうだろう。
 急速接近、急速旋回、急速離脱だからこそ、これほど至近距離で撃てるのだ。
 ミライアのスピードがなければ出来ない技だった。

 ホウキが台風に背を向けたところで、後ろからズーンという地響きのような音がした。
 凍結スクロールがバッチリ1発で決まったようだ。

 パチパチと海面が凍っていく音が聞こえ、ホウキの周りの夜空がキラキラと輝いていく。
 空気中に含まれる水分も凍結し始めたのだ。

「お見事です、先輩」
「ありがと。じゃあ帰るとしよう」

 北極星の方向を捉えたホウキは、旋回を止めてまっすぐ進み出す。

 ――大胆で美しい、猛禽もうきんのように鮮やかなその飛翔を。
 ひそかにハヤブサと名づけよう。

 モチコはミライアの仕事ぶりに感動しながら、キラキラと輝く夜空を眺めていた。
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