台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

文字の大きさ
32 / 83
第2章

中身が出るほど(前編)

 凍結スクロールを撃ち込まれた台風は、少しずつその形を崩していった。
 まるで矢を撃たれた魔物が、その身をよじっているようにも見える。

 凍結による急激な温度変化によって、あたりの空気が一気に不安定になった。
 乱気流が発生し、ホウキが大きく揺さぶられる。

「よし、あとは帰るだけだ。実験しながら戻ろう」

 ミライアの言う『実験』とは。
 全速力で飛びながら色々な方法でモチコのオーラを利用して、さらに最速を目指すことだ。
 果たして今日は何をさせられるのだろうか。

 ミライアが口を開いた。

「モチコ、私を思いっきり抱いて」
「……はい」

 こんな夜中にふたりきりで言われると、情熱的な言葉にも聞こえる。
 が、そうじゃないことは分かっている。
 身体を強く密着させてオーラを練ったら、速さが増すかどうかの検証だ。

 モチコは黒ぶちメガネが飛んでいかないよう、両手でしっかりとかけなおしてから、ミライアの言う通りにした。

「こんな感じで、どうでしょうか……?」

 モチコはミライアを後ろから強く抱きしめた。
 先輩の体温。それから百合のような香り。
 先輩はいつもいいにおいがする。

「モチコ、もっと強くして」
「はい!」

 抱きしめている腕にさらに力を込める。
 ぎゅ、という音が聞こえそうなくらい。

「まだまだ強く」
「はいっ!」
「もっともっと強く。私の中身が出るくらい」
「は……えぇっ!?」

 中身が出るくらい?
 モチコは指でつまんだブドウをぎゅっと押して、中身がにゅっと飛び出すのを想像した。

「こ、これ以上は怖いんですけど……。中身出ちゃったらどうするんですか?」
「ん? モチコにあげる」

 先輩がそう言うならいいだろう。
 モチコは息を大きく吸って一旦止めたあと、めいっぱいの力をこめてミライアを抱きしめた。
 ぎりぎり、とお互いの身体が軋む感触がする。

「いいね! このまま全速力を出すよ!」

 ミライアがそう言うと、その身体から黄金色こがねいろのオーラが噴き出した。
 密着して至近距離で浴びる先輩のオーラが眩しくて目を閉じる。
 ホウキが猛烈にスピードを上げて突き進むなか、モチコは全力で抱きしめ続けた。

 先輩の身体の弾力が伝わってくる。
 やわらかい肉の部分と、かたい骨の部分。なまなましく収縮する筋肉。
 そのなかに満ちるゆたかな体液。

 なんというか、先輩の肉体を感じる。
 先輩の中身っていったいどんなだろうか。

 先輩がくれるなら、いつか見てみたい気もする――。

「モチコ!」

 ミライアの叫ぶ声が聞こえて目を開けた。
 実験開始の合図だ。

 モチコは身体にマナを循環させ、オーラを練る。
 もちろんミライアを抱きしめたまま。

 緑色のオーラが夜空を照らし、泡のように消えていく。

「……っ!」

 数瞬ののち、前からの強烈な圧力を感じて、モチコは息を吐いた。
 ホウキが瞬間的にものすごい加速し、その風圧に身体が押しつけられる。

 少しのあいだその圧に耐えていると、いつの間にかホウキのスピードは落ちていた。

「うーん。速くはなったけど、前回と同じくらいだね」

 ミライアが実験の結果についてそう分析する。
 モチコはミライアを抱きしめていた腕の力を抜いた。

 ずっと強い力を入れ続けていたせいで、腕がぷるぷると震えている。
 あとで筋肉痛になるかもだな。

「こんなに強く密着しても変わらないとなると、強さは関係ないか……」

 先輩は何か考えながらぶつぶつ言っている。

「制服が邪魔か? 直で肌に触れば……」

 なんだか先輩から怪しいつぶやきが聞こえてくる。
 次回の実験が怖いんですけど……。


 ホウキはスピードを落として飛び、もうすぐタワーの光が見えそうなあたりまでたどり着いた。
 モチコはふと、後ろの台風がどうなったのか、気になって振り返る。

 台風の大きな雲はさっきより陸地に近づいてはいるものの、ひとまわりほど小さくなり、形も崩れていた。
 最初に間近で見た印象よりも、だいぶ弱っているように見える。
 
「先輩、どうして台風を完全に破壊しないんですか? もう1発でも撃てば消えそうですけど」

 モチコは浮かんだ疑問をミライアに投げかけてみた。
 台風なんて消してしまうに越したことはない。そのほうが街も安全なはずだ。

 そう考えていたモチコに返ってきたのは、意外な答えだった。

「ああ、完全に消したりはしないよ。台風が必要な人もいるからね。シグナル3以下に落とせればひとまずオーケー」
「……台風が、必要な人……?」

 そんな人もいるのか、と新鮮な驚きがあった。

「たくさんの雨や風が必要な人もいるんだ。農業には雨が必要だし、工業には風が必要」

 台風の通り道であるこの街は、風の街とも呼ばれていて、海沿いを中心にたくさんの風車が並んでいる。
 風車を使って製粉や製材などの加工を行うのだ。
 つくられた加工品は王都を中心とした近隣の都市への重要な輸出品となっていた。

「それに、飲み水だって時々は大量の雨が降らないと足りなくなる。特に王都はね」
「なるほど、王都の飲み水……」

 たしかに、北の王都のように人口が飛び抜けて多い都市では、水の確保は死活問題だろう。

「台風を消してしまったら、困る人がたくさんいるんだ。だからほどほどにやる」
「勝手に攻撃すると法令違反になるのは、そういう理由なんですね」

 リサが台風を分析したデータを、シズゥが集めてきた様々な情報と照らし合わせて、どこまで台風を攻撃するかを決めるそうだ。
 雨と風のもたらす利益を左右するため、シグナスとしての政治的な判断が求められる、なかなかに責任の重い仕事だといえる。

 そんなことを話していると、耳元から透き通った声が聞こえてきた。

「――こちらタワー。聞こえる?」

 イヤリングを通してリサから通信が入る。
 通信圏内まで戻って来たようだ。

「台風はシグナル2までダウンしたわ。ふたりともよく頑張ったわね」
「このくらい楽勝だよ」
「……私はあんまり役に立ててないですけど」

 申し訳ない気持ちでモチコはごにょごにょとつぶやいた。
 スクロールを外してしまったので気まずい。
 今日の失敗を思い出して落ち込み始めたモチコに、ミライアが声をかける。

「初めて撃って台風に当てたんだから、モチコは大したもんだよ」
「あら、今日はモチコちゃんがスクロールを撃ったの? すごいじゃない!」
「……そ、そうですかね?」
「みんな最初は、スクロールを撃てるほどの魔力をうまく練れなくて失敗するのよ」
「そうそう。魔力不足で標的まで届かなかったり、そもそも発射すらできないっていうのが、新人の通過儀礼みたいなものだから。モチコ、もっと自信持っていいよ」
「ふふ、私の後ろでおシズも万歳三唱して喜んでいるわ」

 タワーで何度もバンザイしているシズゥの姿を思いうかべて、モチコとミライアはホウキの上で笑い合う。
 チームのみんなが褒め上手なので、モチコの落ち込んでいた気持ちも復活してきた。
 チーム白組、最高じゃん。


 そうこうしているうちにホウキはタワーへと辿り着いた。
 屋上展望台フライトデッキへ着陸し、ホウキを降りて螺旋階段を下っていく。

「ただいま。帰ったよ」

 ミライアが先に挨拶したのに続けて、モチコも挨拶をする。

「ただいま帰りまひ? ぁふごっ!?」

(中編へ続く)
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています