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第2章
優れた魔女になるために大切なこと1選(後編)
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「本を、書いたことは?」
「は……? えっ……?」
奥様からの突然のお言葉に、モチコは思わず、すっとんきょうな声を出してしまった。
……本を書く?
どういう意味だ? 聞き間違いかな?
モチコが混乱しているあいだ、部屋には無言の時間が流れ続ける。
奥様は同じことを2度は言わないらしい。
ただじっとモチコの瞳を見つめたままだ。
「えっと……。私は、本を書いたことは、無い、です……」
奥様の反応を伺いながら、おそるおそる答える。
頭をフル回転させても質問の意図が分からず、モチコは聞かれたことにそのまま回答した。
きっと奥様は床に落ちた魔窟の鍵を見て、モチコが書庫の整理をしたメイドだと把握したのだろう。
奥様と並べるのもおこがましいが、同じ本好きの同志として、何か語りかけようとしてくださったのかもしれない。
……でも話が飛び過ぎていて、凡人には理解不能です! あぁ奥さまっ!
「10年か、20年」
「へっ?」
またモチコは変な反応をしてしまった。
だがそんなことはかけらも気にしていない様子で奥様は続ける。
「読み続けたら。次は、貴女が書きなさい」
奥様はモチコを見つめたまま、艶やかな声で告げた。
それは助言というニュアンスではなく、最初から確定していることを確認するような響きだった。
「そのために。読み、考えて、生きることね」
「そのために読み、考えて、生きる……」
奥様――ヴェネルシア様は読書狂として有名だ。
本好き、なんて言葉では生ぬるいほどに膨大な量の本をつねに読みあさり、集め続け、こうして私設の図書館まで建ててしまった。
そんな奥様のことを、ある人は『本に取り憑かれた伯爵』と呼び、またある人は『歩く大魔法辞典』とも呼ぶ。
そのうちについた二つ名が“博覧強記の魔女”だ。
博覧強記の魔女、ヴェネルシア・グランシュタイン伯爵。
彼女は、読書から得たその膨大な知識から、王都の最高評議会で最も発言力のある人物のひとりとして知られている。
グランシュタイン家は土属性の魔法を継ぐ家系だ。
奥様の専門は土魔法を応用した設計、建築、土木、治水工学。そしてそれらに基づいた都市計画だという。
王都を守る8つの巨大な環状防壁をつくったのも、森林と水源を守る美しい都市設計をしたのも、なんならシグナスをつくったのも奥様らしい。
王都のいまの繁栄を築いたひとりと言っても過言ではない。
そんな奥様から頂く言葉には、かなり重みがある。
「有り難きお言葉……。大切に頂戴いたします」
今はその言葉の意味を全て理解できなくても、いつか理解できる日まで大切にしよう。
モチコはそう思いながら、奥様に深くお辞儀をした。
次にモチコが顔を上げて奥様を見た時には、奥様は無言のまま、もう視線を本の上へと戻していた。
モチコは立ち上がり、その場を一旦離れようかと考える。
が、そこで心に欲が生まれた。
好奇心と言ったほうが正確かもしれない。
自分より遥か先の世界で、なおも本を読み続ける奥様が、何と答えるのか知りたい。
同じ読書を愛する者として、その好奇心に逆らえなかった。
緊張でかすれる声を絞り出す。
「……あ、あの。……何か、私にお薦めの本は、ありますか……?」
言い終わると、またしばらくの静寂が続いた。
そのあいだも奥様は本に目を向けたままだったが、モチコの言葉を無視している訳では無い。
何かを考えているのだということが気配で分かる。
ごくり、とモチコは息を飲み、奥様の言葉を待った。
奥様がお薦めする本が知りたい。
それを知った日には、その本をわが家のバイブルとして末代まで受け継いでしまうかもしれない。
しばらくして、奥様はやはり視線を本に落としたまま、艶やかに口を開いた。
「役に立つ本だけを読もうなんて、愚かなこと」
――役に立つ本だけを読むなんて、愚かッ!
この有り難いお言葉を今すぐにでもメモしておきたい。
が、奥様の前では失礼なので、モチコは心に刻みこんだ。
奥様はひと言ずつ、言葉を選ぶように話を続ける。
「本の並べ方を見れば、貴女が今まで、何を読んできたかはわかる」
「は、はい……」
「役に立つ本など、役には立たない。役に立たない本も読めばいい」
「役に立たない本、ですか……?」
「物語」
「物語……? 小説とか、フィクションってことでしょうか?」
奥様はその質問には答えなかった。
訂正されないということは、間違いでは無いのだろう。
言われて気づいたが、確かにモチコは物語と呼ばれる種類の本をあまり読んでいなかった。
読むのは魔法書や研究書など、学術的、実用的な本がほとんどだ。
書庫の本の並べ方だけで、奥様には見抜かれたらしい。
「真理と呼ばれている知識は、美しい。しかし、正しいだけでしかない。人の営みの中に編み込めなければ、その輝きは、破滅の神器にもなる」
「破滅……」
「物語を読むことね」
奥様がそう語り終えると、その言葉の余韻が、部屋全体の空気を通してモチコに沁み渡っていくようだった。
モチコは奥様の言葉を心に刻み込む。
最後に、質問に答えて頂いたお礼をしようと、深くお辞儀をした。
「ありがとうございました。奥様のような優れた魔女になるには、もっともっと、色々な本を読まなければいけませんね」
モチコはそう言うと、今度こそ話を切り上げて立ち去るつもりだった。
が、意外にも、奥様から返事が返ってきた。
「優れた魔女になるには。そうね――」
そこでしばらくの間があった。
奥様は話をしながらも本は読み続けているようだ。
ぺらり、と本のページをめくる音が聞こえたあと、艶めいた唇が動く。
「恋をしなさい」
「こっ、恋ーーーっ!?」
あまりにも予想外の答えに、モチコは思わず奥様につっこんでしまった。
慌てて無礼な振る舞いを謝罪し、ペコペコお辞儀マシーンになる。
そんなモチコには構わず、奥様は持っていた本を閉じてテーブルの上に置くと、ソファーから立ち上がった。
そのまま、ドアの方へ歩いて行く。
ドアの前に立つと、静かに、そして艶やかに振り返って言った。
「貴女は?」
モチコは何を聞かれたのかが分からず、キョロキョロと周りを見回してしまった。
が、すぐに自分の名前を聞かれているのだと気づいた。
「モチコ・カザミモリと申します」
名前を聞くと、奥様は何も言わず、ただ少しだけ微笑んだあとでドアを開けて去っていった。
その琥珀色の瞳からは何を考えているのか全く読めないが、瞳の奥では全てを知っているようにも感じる。
奥様が去ったティールームのソファーには、部屋に入るときに感じた深い森で煙る霧のような芳香とともに、甘くスパイシーな香りも残っていた。
なんともミステリアスな魔女だ。
「どっひぇぇー。つかれたあ……」
緊張が解けたモチコは床にへたり込み、しばらくぼんやりと天井を見上げる。
そのあと奥様が残していった本や食器を片付け、ティールームを簡単に掃除したあとで、今日の業務を終了とした。
今日の疲労した身体では魔窟の探索までは出来そうにないので、また今度にしよう。
今度は小説を探してみなきゃな、と考えながら、モチコは図書館を後にした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
<作者コメント>
お読みいただきありがとうございます。
ここまでが、第2章となります。
これでお話は全体の半分あたり。
ちょうど折り返し地点といったところです。
3章では、モチコが仲間たちとともに成長していきます。
それにつれて、ミライアとの距離も少しづつ近づいていくはずです。
少しでも気に入っていただける部分がありましたら、
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「は……? えっ……?」
奥様からの突然のお言葉に、モチコは思わず、すっとんきょうな声を出してしまった。
……本を書く?
どういう意味だ? 聞き間違いかな?
モチコが混乱しているあいだ、部屋には無言の時間が流れ続ける。
奥様は同じことを2度は言わないらしい。
ただじっとモチコの瞳を見つめたままだ。
「えっと……。私は、本を書いたことは、無い、です……」
奥様の反応を伺いながら、おそるおそる答える。
頭をフル回転させても質問の意図が分からず、モチコは聞かれたことにそのまま回答した。
きっと奥様は床に落ちた魔窟の鍵を見て、モチコが書庫の整理をしたメイドだと把握したのだろう。
奥様と並べるのもおこがましいが、同じ本好きの同志として、何か語りかけようとしてくださったのかもしれない。
……でも話が飛び過ぎていて、凡人には理解不能です! あぁ奥さまっ!
「10年か、20年」
「へっ?」
またモチコは変な反応をしてしまった。
だがそんなことはかけらも気にしていない様子で奥様は続ける。
「読み続けたら。次は、貴女が書きなさい」
奥様はモチコを見つめたまま、艶やかな声で告げた。
それは助言というニュアンスではなく、最初から確定していることを確認するような響きだった。
「そのために。読み、考えて、生きることね」
「そのために読み、考えて、生きる……」
奥様――ヴェネルシア様は読書狂として有名だ。
本好き、なんて言葉では生ぬるいほどに膨大な量の本をつねに読みあさり、集め続け、こうして私設の図書館まで建ててしまった。
そんな奥様のことを、ある人は『本に取り憑かれた伯爵』と呼び、またある人は『歩く大魔法辞典』とも呼ぶ。
そのうちについた二つ名が“博覧強記の魔女”だ。
博覧強記の魔女、ヴェネルシア・グランシュタイン伯爵。
彼女は、読書から得たその膨大な知識から、王都の最高評議会で最も発言力のある人物のひとりとして知られている。
グランシュタイン家は土属性の魔法を継ぐ家系だ。
奥様の専門は土魔法を応用した設計、建築、土木、治水工学。そしてそれらに基づいた都市計画だという。
王都を守る8つの巨大な環状防壁をつくったのも、森林と水源を守る美しい都市設計をしたのも、なんならシグナスをつくったのも奥様らしい。
王都のいまの繁栄を築いたひとりと言っても過言ではない。
そんな奥様から頂く言葉には、かなり重みがある。
「有り難きお言葉……。大切に頂戴いたします」
今はその言葉の意味を全て理解できなくても、いつか理解できる日まで大切にしよう。
モチコはそう思いながら、奥様に深くお辞儀をした。
次にモチコが顔を上げて奥様を見た時には、奥様は無言のまま、もう視線を本の上へと戻していた。
モチコは立ち上がり、その場を一旦離れようかと考える。
が、そこで心に欲が生まれた。
好奇心と言ったほうが正確かもしれない。
自分より遥か先の世界で、なおも本を読み続ける奥様が、何と答えるのか知りたい。
同じ読書を愛する者として、その好奇心に逆らえなかった。
緊張でかすれる声を絞り出す。
「……あ、あの。……何か、私にお薦めの本は、ありますか……?」
言い終わると、またしばらくの静寂が続いた。
そのあいだも奥様は本に目を向けたままだったが、モチコの言葉を無視している訳では無い。
何かを考えているのだということが気配で分かる。
ごくり、とモチコは息を飲み、奥様の言葉を待った。
奥様がお薦めする本が知りたい。
それを知った日には、その本をわが家のバイブルとして末代まで受け継いでしまうかもしれない。
しばらくして、奥様はやはり視線を本に落としたまま、艶やかに口を開いた。
「役に立つ本だけを読もうなんて、愚かなこと」
――役に立つ本だけを読むなんて、愚かッ!
この有り難いお言葉を今すぐにでもメモしておきたい。
が、奥様の前では失礼なので、モチコは心に刻みこんだ。
奥様はひと言ずつ、言葉を選ぶように話を続ける。
「本の並べ方を見れば、貴女が今まで、何を読んできたかはわかる」
「は、はい……」
「役に立つ本など、役には立たない。役に立たない本も読めばいい」
「役に立たない本、ですか……?」
「物語」
「物語……? 小説とか、フィクションってことでしょうか?」
奥様はその質問には答えなかった。
訂正されないということは、間違いでは無いのだろう。
言われて気づいたが、確かにモチコは物語と呼ばれる種類の本をあまり読んでいなかった。
読むのは魔法書や研究書など、学術的、実用的な本がほとんどだ。
書庫の本の並べ方だけで、奥様には見抜かれたらしい。
「真理と呼ばれている知識は、美しい。しかし、正しいだけでしかない。人の営みの中に編み込めなければ、その輝きは、破滅の神器にもなる」
「破滅……」
「物語を読むことね」
奥様がそう語り終えると、その言葉の余韻が、部屋全体の空気を通してモチコに沁み渡っていくようだった。
モチコは奥様の言葉を心に刻み込む。
最後に、質問に答えて頂いたお礼をしようと、深くお辞儀をした。
「ありがとうございました。奥様のような優れた魔女になるには、もっともっと、色々な本を読まなければいけませんね」
モチコはそう言うと、今度こそ話を切り上げて立ち去るつもりだった。
が、意外にも、奥様から返事が返ってきた。
「優れた魔女になるには。そうね――」
そこでしばらくの間があった。
奥様は話をしながらも本は読み続けているようだ。
ぺらり、と本のページをめくる音が聞こえたあと、艶めいた唇が動く。
「恋をしなさい」
「こっ、恋ーーーっ!?」
あまりにも予想外の答えに、モチコは思わず奥様につっこんでしまった。
慌てて無礼な振る舞いを謝罪し、ペコペコお辞儀マシーンになる。
そんなモチコには構わず、奥様は持っていた本を閉じてテーブルの上に置くと、ソファーから立ち上がった。
そのまま、ドアの方へ歩いて行く。
ドアの前に立つと、静かに、そして艶やかに振り返って言った。
「貴女は?」
モチコは何を聞かれたのかが分からず、キョロキョロと周りを見回してしまった。
が、すぐに自分の名前を聞かれているのだと気づいた。
「モチコ・カザミモリと申します」
名前を聞くと、奥様は何も言わず、ただ少しだけ微笑んだあとでドアを開けて去っていった。
その琥珀色の瞳からは何を考えているのか全く読めないが、瞳の奥では全てを知っているようにも感じる。
奥様が去ったティールームのソファーには、部屋に入るときに感じた深い森で煙る霧のような芳香とともに、甘くスパイシーな香りも残っていた。
なんともミステリアスな魔女だ。
「どっひぇぇー。つかれたあ……」
緊張が解けたモチコは床にへたり込み、しばらくぼんやりと天井を見上げる。
そのあと奥様が残していった本や食器を片付け、ティールームを簡単に掃除したあとで、今日の業務を終了とした。
今日の疲労した身体では魔窟の探索までは出来そうにないので、また今度にしよう。
今度は小説を探してみなきゃな、と考えながら、モチコは図書館を後にした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
<作者コメント>
お読みいただきありがとうございます。
ここまでが、第2章となります。
これでお話は全体の半分あたり。
ちょうど折り返し地点といったところです。
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