台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

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第3章

ひざひざひざひざひざひざひざひざひざひざ(中編)

「さて、これで整理も終わったし……。魔窟へ行くとしますか」

 本の整理をなんとか終えたモチコは、いよいよ魔窟へと挑むことにした。
 封が破かれた禁書も、魔窟に戻さないといけない。
 片づけを最速で頑張ったおかげで、探索できる時間はまあまあ残っている。

 魔窟の扉に鍵を差し込む。
 妙な光沢のある金属で出来た扉が、ドゴォーンという重低音とともに動きだした。
 扉が完全に開いたのを確かめてから、奥へと進む。

 魔窟の中は、今日もひんやりとした空気に包まれていた。
 まずは魔導ランプをつけて、持っていた禁書を本棚に戻す。
 そのあとは、ランプの灯りを頼りに、いろんな本棚を探索してみることにした。

 お目当ては、モチコが魔法を使えるヒントになりそうな本だ。
 
「ふむふむ……。どれも、なかなか面白いですなあ」

 魔窟にある本は、さすがにそこらにある本とは一線を画している。
 興味深い本ばかりで、ついつい手に取っては読み耽ってしまう。
 そういう意味での収穫はたくさんあった。

 だが、モチコの魔法に役立ちそうな本というのは、なかなか見つかるものではない。
 そもそも、そんな本が存在するのかも分からないのだ。


 しばらく本棚を調べていると、見覚えのある本があった。
 以前に見た『魔女子まじょことコドモドラゴン』の絵本だ。

 絵本を手に取ってぱらぱらとめくってみた。
 そのストーリーは、子供の魔女が、子供のドラゴンと一緒に、いろいろな魔法の力比べをして遊ぶというものだった。

 開いたページから、深森に漂う霧を思わせるような神秘的な香りが漂ってきた。
 一度お会いしたから分かる。
 これは、奥様の香りだ。

 奥様が子供のときに読んでいた絵本なのかな?
 きっと大切なものなのだろう。

 モチコは絵本をそっと閉じて本棚に戻した。
 すると、その絵本のすぐ隣にあった本が、なんとなく目に入る。

「……マナの呼吸法?」

 見慣れないタイトルだ。
 気になって中を見てみると、魔法を使うときの呼吸法を解説した本だった。

 呼吸の仕方によって、オーラの質や量が変化するかを研究した本のようだ。
 曰く、人間はマナの大部分を、呼吸を通して口から摂取していると。
 全身の皮膚からもマナを吸収できるが、それは全体の1パーセントにすぎない、とのことだった。

 なるほど。なにかの役に立つかもしれない。
 わずかながら、モチコの中にひらめきのようなものがあった。
 しばらくのあいだ、その本を読むことにする。

 ちょうど流し読みを終えたところで、勤務終了の時間となった。
 モチコは本を戻し、魔窟を出て図書館を後にした。


 外に出ると、夕方の空はすでに薄暗く、夏の厳しい暑さも少し和らいでいた。
 お屋敷の広大な敷地のなかには、たくさんの木が生えている。
 その木々のあいだを縫って歩いていくと、セミの声が聞こえてきた。

 何という種類のセミかは分からないが、夕暮れに似合う、すこし寂しげな鳴き声だった。

 メイド館へと戻る道の途中、林のなかに、小さいベンチがある。
 モチコがその横を通り過ぎようと近づいたとき、変なものを発見した。

 なにかが、ベンチの横に落ちている。
 ぼろ雑巾のようなもの。
 いや、雑巾にしては大きい。いったい何だろうか。

「……人間だ」

 モチコが近づいて確かめてみると、それは人間だった。
 正確に言えば、金色の髪で、桃色の目が2つ付いていて、黒い魔女のローブを着ている人間。

「ランラン、こんなところで何してんの」

 ランランはベンチのすぐ前の地面に、つぶれたような形で転がっていた。
 なんでベンチで寝ないのか。
 ベンチにいたけど落ちたのか、もともと地面に転がっていたのかは分からない。

「ん……あ、モチコぉ……?」

 ランランは少しかすれた声でモチコの名前を呼ぶと、だるそうに身体をよじらせた。
 いつもはぱっちり開いている桃色の瞳も、今日は半分くらいしか開いていない。
 夕暮れで気づかなかったが、よく見ると顔色も悪かった。

「大丈夫? ランラン、体調悪そうだけど」

 モチコは起き上がろうとするランランを支えて、ベンチに座らせた。
 その隣に自分も座って、ランランのおでこに手を当ててみる。
 熱は無い。これは――魔力酔いか?

 モチコは片手でランランの背中をさすりながら、もう片方の手でメイド服のポケットからハンカチを取り出す。
 ハンカチでランランの顔についた、土や葉っぱのくずを取ってあげた。
 転がったときについたものだろう。

 そのとき、ランランから漂う匂いに気がついた。
 ランランというか、来ているローブにまとわりついた匂い。

 それは、使われていない古い井戸を覗きこんだときのような、暗く湿った匂いだった。
 お世辞にもいい匂いとは言えない。
 まるで長い時間、古い地下室にでも閉じこもっていたかのようだ。

「モチコぉ。添い寝してほしぃなー。なんてなー」

 ランランが小さくつぶやいた。
 モチコはハンカチをしまって、ベンチに座った自分の膝をポンポンと叩く。

「添い寝というか、膝くらい貸してやる。ほら寝ろ」
「ぃやあ、ありがたやぁ」

 いつもより口数の少ないランランを、膝まくらの上に仰向けに寝かせる。
 モチコはランランの金髪をかき分け、丸くて広いおでこを撫でてあげた。

 ランランの顔色はいまだすぐれないものの、撫でられるのは気持ちよさそうだ。
 黙ったまま目をつぶっているその顔を、モチコはしばらく眺めていた。


 ランランは魔法学校での学年は一緒だったが、年齢はモチコの方がひとつ上だった。
 モチコは学費を貯めるために1年間働いてから入学したからだ。
 こういうときのランランは、やっぱり年下って感じがするかもしれない。

 ――ランランは、闇属性の魔女だ。

(後編へ続く)
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