台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

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第3章

タイフーン・シグナル(前編)

 魔動トロッコがカタコトと揺れる。
 西日が差し込む窓際の席で、モチコは本を読んでいた。

 タワーへの最寄り駅が近づく。
 今日は出勤前に寄り道をして、先輩のご飯をつくるための食材を買うつもりだった。

 もうすぐ駅に着くというあたりで、突然、大きな音が聞こえてくる。

 キンコン、カーン――。

 街中に鳴り響く、鐘のような音。
 さらにアナウンスが続く。

「――台風が接近中です。ただいまより、タイフーンシグナル・ナンバーシックスを発令します」

 台風警戒信号タイフーンシグナルだ。
 しかも、シグナル6!

 シグナル6は、かなり脅威度の高い台風だ。
 モチコはまだ任務で経験したことがない。今までに戦った最も大きな台風でもシグナル4だった。
 全身に緊張が走る。
 
「――繰り返します。タイフーンシグナル・ナンバー6が発令されました。規則に従い、すみやかに行動願います」

 アナウンスが終わると、魔導トロッコの中が、ざわざわと慌ただしくなった。
 乗客たちがみな窓の外を心配そうに眺めている。

 食材の買い出しは中止しよう。
 駅につくと、モチコは高鳴る心臓を抑えて、急いでタワーへ直行することにした。

 タワーのある離れ小島へとつながる橋を、早歩きで渡っていく。
 その途中で、風が一気に強くなった。
 強風によろめきながらも、なんとか橋を渡り切る。
 もう少し来るのが遅くなっていたら、渡れなかったかもしれない。


 タワーに着くころには、強風で髪の毛がもしゃもしゃになっていた。
 待機室ラウンジに入ると、ミライアとリサがテーブルで作戦を話しあっている。
 シズゥはあちこち駆け回って情報を集めていた。

 モチコもすぐに話に加わった。
 リサが説明を始める。

「現時点のシグナルは6。いま赤組が安全飛行限界フライトラインギリギリのところでアタック中よ」
「6か。さすがに赤組だけじゃ厳しいね」
「そうね。赤組はなんとかして5まで落とすと言っているわ」
「5でも、街に大きな被害が出るのは避けられないか」
「ええ。そのあと白組が引き継いで、4以下に落としたいの」

 朝番がシグナル6を5まで落とし、夜番でさらに4以下に落とすのがミッションのようだ。
 地図で台風の位置を確認していると、シズゥがやってきた。

「ほい~。破けてたモッチーの制服、直しておいたから~」
「わ! ありがとうございます。すごい、完全に元どおりですね」
「まあね~。糸仕事は得意なんだ~」

 シズゥから受け取った制服を見て、その完璧な仕上がりに感動する。
 さっそく制服に着替えることにした。

 更衣室で私服を脱ぎ、制服に着替える。
 今日は服の下に、作ったペンダントをつけてきた。
 凛々しい赤の輝きを湛えた鉱石のペンダントを、制服のなかにひっそりと隠しておく。
 なんだかそれだけでドキドキした。

 更衣室から出ると、ミライアがスカーフを手にして待っていた。
 アルビレオの伝統。
 任務の前に、無事を祈ってお互いのスカーフを巻き合うのだ。

 モチコがミライアの前に立つ。
 少しかがんだミライアが、抱きしめるように両手をモチコの背中へと回す。

 このとき、いつもミライアから百合の花のような良い香りがするのだが、今日は変に緊張して香りを感じる余裕がない。
 スカーフを巻くときに、ペンダントがばれないだろうか。

 ミライアの手がセーラー服の襟のなかに入って、モチコの肩に触れ、胸の前に出る。
 スカーフ留めに通したスカーフの形を整え終わると、ミライアの手が離れた。

「よし。モチコ、オッケー」

 ペンダントを付けたネックレスチェーンは細く長いので、制服の中にうまくしまえば外からはチェーンも含めて全く見えない。
 どうやら無事、ばれずに乗りきったようだ。
 思わず、ふう、と息を吐く。

 そのあと、モチコがミライアにスカーフを巻いて、準備が整った。


 螺旋階段を上って中央展望室コントロールルームへ移動すると、ちょうど朝番のメンバーがフライトから戻ってきたところだった。
 クールな声が耳に飛び込んでくる。

「ミライア」
「アリサ、お疲れ様」

 アリサ隊長から、さっそく情報の引き継ぎをする。
 それによると、赤組のふたりで計4発もの凍結スクロールを台風へ撃ち込み、シグナル5まで落とすことに成功したそうだ。

 少し遅れて、マルシャが螺旋階段を降りて来た。

「ミライア様ぁぁ、おつかれさまですぅぅ」
「ああ、マルシャ。お疲れ様」

 マルシャはミライアに挨拶したあと、今度はモチコの方を向いた。

「おう、白かっぱ。おつかれ」
「マルシャ、びしょ濡れだね」

 ホウキを手に持って立つマルシャは、全身ずぶ濡れだった。
 タマネギの芽みたいな短いツインテールも、ボサボサに乱れている。

「シグナル6だと、さすがに濡れるわね」
「雨避けのスクロールでも防げないなんて、すごい台風だ」
「今回のは結構でかいわよ。近づくのに骨が折れるったらありゃしないわぁぁ。しかものろまだし」

 今回の台風は動きが遅いらしい。
 進むのが遅い台風は、長い時間をかけて街を通るので、被害が大きくなる。

「白かっぱ、あとは頼んだわよ」
「うん。がんばります」

 そう言うと、マルシャは螺旋階段を下へ降りていった。
 ずぶ濡れなのでシャワーを浴びて着替えるのだろう。

 あとは頼んだ――。
 マルシャのその言葉は、メンバーとして信頼されている証だ。
 それはモチコにとって、とても嬉しいことだった。

(後編へ続く)
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