台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

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第4章

風吹けばお嬢さま(前編)

「カザミモリさんが戻ってきてくれて、助かったよ」

 メイド長はモチコの復帰をよろこんで迎えてくれた。

 今日からお屋敷での仕事復帰だ。
 病み上がりということもあり、今日は午後からの出勤となった。

「お休みを頂いてすみませんでした。それにしても、すごく忙しそうですね」
「ほんと、てんてこ舞いよ。なにしろ、お嬢様が数年ぶりに帰ってくるから」
「お嬢様が?」

 どうやらモチコが休んでいるあいだに、お屋敷は大変な騒ぎになっていたらしい。
 お嬢様を迎える準備で、使用人たちは大忙しだった。

「お嬢様ってどんな方なんですか?」
「そうね。美人だけど、奥様みたいにミステリアスな感じじゃなくて、もっと朗らかな印象かな。そこは旦那様に似ているかも」
「朗らか、ですか」
「ストレートのロングヘアをいつも綺麗にお手入れしていて、かわいらしいわね」

 朗らかでかわいらしいお嬢様。
 直接モチコが関わることは無いにしても、この機会にすこしでもお目にかかれるのは楽しみだ。

「お嬢様は、ずっと北の王都にいたんですよね?」
「いまも王都で留学中のはずだけど、急に今晩、一時帰宅するそうよ。ホームシックかしらね?」
「そうかもしれませんね」
「ま、とにかく、お嬢様がいらっしゃるまでに準備を整えないと。カザミモリさんも、よろしくね」


 メイド長と別れて、さっそく仕事を開始する。
 まずは、いつも通り図書館を掃除することになった。

 図書館の中は、モチコが休んでいるあいだに、かなり散らかっていた。
 なんとか片づけを終えたが、今日はこのあと別の仕事もあるので、魔窟を探索する余裕は無い。

 図書館から出ると、次の担当場所である本館へ向かって歩き出す。

 空は夕焼けに染まり、木々の合間からひぐらしの鳴く声が聞こえてくる。
 その声のなかを進んでいくと、道の途中にある、小さいベンチに差しかかった。

 そのベンチの前に、誰かが立っている。
 西日を背にして立っているので、逆光で顔が見えない。

 だが、背の低さと、タマネギの芽みたいに短いツインテールのシルエットで、それが誰なのか分かった。

「マルシャ……」
「白かっぱ、ひさしぶりね」

 シグナスの制服を着たマルシャが、そこに立っていた。
 あのとき、モチコがタワーを飛び出して以来の再会だ。

「……マルシャ、こんなところで、どうしたの?」
「この近くに住んでるから、たまたま通りかかっただけ」

 マルシャはそう言ったが、そんな訳はない。
 この前は、中央街の裏手に住んでるって言ってたし。さすがに嘘が下手すぎる。

 変なところで強がるマルシャがなんだか愛おしくて、モチコは心のなかで微笑んでしまった。

「どうして、この場所を私が通るって分かったの?」
「おシズさんにお願いして案内してもらったのよ」
「あ、そうだったんだ」
「おシズさんは、仕事があるって先に帰ったわ。『モッチーによろしく~』だそうよ」

 さすがおシズさんだ。お屋敷でのモチコの行動までお見通しですか。
 マルシャも『案内してもらった』って言っちゃってるし。
 もうマルシャの嘘は完全に破綻しているけど、本人は気づいていないらしい。

 モチコがそんなことを考えていると、マルシャが真剣な表情に変わる。
 その赤い瞳が、まっすぐモチコの顔に向いた。

「この前は、ごめんなさい」

 そう言って、深く頭を下げた。
 下げた頭のまま続ける。

「あんたがどこから話を聞いていたかは分からないけど、私の発言は明らかに良くなかったわ」

 マルシャはまだ頭を下げたままだ。

「ミライア様は少しも悪くない。信じて。悪いのは私」

 そこでマルシャはようやく顔を上げた。
 思いつめたような表情とも取れるし、覚悟を決めた表情とも取れる顔だった。

「あんたが邪魔だとか、嫌いだとかじゃないの。ただあのときは……ミライア様があまりにもあんたを愛おしそうに褒めるもんだから、ちょっと拗ねてやろうと思っただけ」

 マルシャはそこまで言い切って、視線を地面へと落とした。
 いつもはぴこぴこと元気に揺れている短いツインテールも、今日は力なくうなだれたままだ。

 モチコは、マルシャのことを少しも悪く思ってはいなかった。
 もちろん先輩のことも悪く思っていないけれど。

 あのときマルシャは「モチコには才能が無い」という趣旨の言葉を口にした。
 その言葉は実際本当のことだし、拗ねててちょっと可愛いなと思えるくらいだ。

 モチコに魔法の才能がないということが、悲しいけれど事実だったというだけ。

 モチコは、出来るだけやさしさを込めた声で言った。
 自分が全く怒っていないことが伝わるように。

「……先輩は、元気ですか?」
「……そうね。なんて言ったらいいか難しいけど……」

 マルシャは言葉を選ぶように、少し悩んでから続けた。

「仕事のときのミライア様は……いつもどおりね」
「そっか。よかった」
「でも、きっと本当はさみしがっていると思うわ」
「うん、ありがと。マルシャ、やさしいね」

 先輩がいつもどおりでよかった。
 それはモチコの本心だった。

 マルシャが、ふたたびモチコの顔をまっすぐに見る。

「白かっぱ、シグナスに戻って来なさい」
「いや、戻るつもりは……」

 無い、と言いかけたモチコを、マルシャが遮る。

「私はあんたが戻って来るのを待ってる」

 断ろうとふたたび口を開きかけたモチコを、さらに遮るように、マルシャは一息で続けた。

「――戻ってきたら、そのときは『おかえり』って言ってあげるわ」

 マルシャはそこまで言うと、もう仕事だから、と言って慌ただしく去っていった。

 今日のシグナスの夜番は、マルシャの赤組だったらしい。
 そうだとしたら、もう日没だ。かなり急がないと間に合わない。

 そんなギリギリの時間のなか、ここへ来てくれたのか。

 モチコは胸を熱くしながら、マルシャを見送った。

(後編へ続く)
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