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色々な話
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【吸血鬼な私】
お母様は私を生き返られせた。
私は吸血鬼。
私はお父様の僕。
吸血鬼と言う鬼が人間社会で生きるには血の契約者を得て隷属するしかない。
血契約を結んだ主の血で生きる化け物。それが吸血鬼。
だから、私はお父様に生かされていた。
【吸血鬼の主】
六年前。
私がお父様の吸血鬼になってから三十年の時が流れた頃。
老衰したお父様は私を飼い続ける事に限界を感じている様子だった。
そんな時、お父様から一人の男の子を紹介された。
その男の子の瞳は私を――否、鬼を睨んでいた。
悪鬼に母親を殺された少年。
その少年が私の新たな主だった。
六年、その月日は子供を大人へ変えた。
主は私の目前で床に膝をつけ身を屈めた。
屈まなければ、私の口がその首へ届かない程、少年の背は伸び、青年に成っていた。
可愛らしかった幼顔は面影しか残っていない。
首の後ろへ回した右腕で、母親から受け継いだ自慢の長い赤毛をまとめ、首を晒した主は、私に催促する。
血を吸え――と。
これは定期的に行う契約の更新。
決して、吸血鬼から求めてはいけない儀式。
血は奪うものでは無く、与えるものだから。
吸血鬼は隷属する僕だ。
決して上位者になってはならない。
人々がそれを望まないから、吸血鬼はそれを望んではいけない。
人間社会の吸血鬼は人々に生かされる存在だから。
【悪鬼】
悪鬼は大好きな人から『嫌われたい』『憎まれたい』『恨まれたい』っていう歪んだ価値観を持っている。
嫌われる為なら何でもする。それが道理から外れた事であっても……。
私も悪鬼から奪われた。人としての人生を。
それは半世紀前の出来事――。
私のお母様は、お父様に恋する悪鬼に殺されて悪鬼にさせられた。
お父様は悪鬼を憎めない。それは、悪鬼の本能を知っているから。
そんなお父様から憎まれようと、愛する人を怨敵に変えた彼女を、お父様は恨めなかった。
恨む事が彼女の望みを叶える事だと知っているのに。
否、知っているから、恨めない。
だって悪鬼の『嫌われたい』は『愛している』っていう愛情表現なんだから。
【愛の形】
愛する人に『喜んでもらいたい』『好かれたい』普通ならそう思う。
でも、悪鬼《あっき》は違う。
『嫌われたい』『憎まれたい』『恨まれたい』そう思ってしまうらしい。
私は悪鬼じゃないから分からない。
でも、悪鬼になったお母様から何度も言われた『私を嫌って、私を憎んで』って。
だから、きっと、そうなんだと思う。
そんなお母様は私から嫌われる為に、私の友達、可鈴を目の前で殺そうとした。
その時の私は何も知らなかった。
お母様から悪意を向けられる理由を、私じゃなくて可鈴を狙った理由を。
だから、私は友達を守ろうと盾になった。
私の為に友達を殺させたくはなかったから。
死の間際。血を流し、倒れた私を抱きしめながら、涙を流し、悲しむお母様の様子を見て、私はお母様を理解できなかった。
意識を失った私は、その時、死んだ。
私が目覚めた時、私は生きていた。
私はお母様に蘇生されていた。でも、それは私の望まない形だった。
一度死んだ者が生き返る。でも、それは、人としてじゃない。鬼として――だ。
お母様は私の死を望まなかった。
お母様の望みは私を殺す事じゃなくて、私を苦しめる事じゃなくて、私に嫌われる事だったんだから。
だから私はお母様を恨むべきだった。可鈴を殺しかけて、私を吸血鬼に変えたお母様を。
でも、私は、お母様を嫌えなかった。
蘇った私は行政機関、鬼飼に保護された。その牢屋で私は考えた。お母様が私を蘇らせた理由を。
その悩みを彼女が教えてくれた。お父様を愛する悪鬼が。
そして、知った。愛しているからだって。
それを知った私はお母様を恨めなくなってしまった。彼女を恨めないお父様の様に……。
【誰のせい】
お母様が可鈴の殺害を試みたのは私のせいだ。
私がお母様を嫌えなかったから、可鈴は殺されかけた。
私がお母様を嫌っていたら、可鈴は巻き込まれなかったかもしれない。
その事実に気付いた後、私はお母様を嫌おうと思った。憎もうと思った。恨もうと思った。
でも、私は、そう思えなかった。
だから、私は偽りでも良いから、嫌おうと思った。
その気持ちが偽りでも、お母様を満足させる為に。
これ以上、誰かを巻き込まない為に。
そして、これ以上、お母様に悪事を働かせないために、私は吸血鬼としての責務を果たそうと決意した。
その為にお父様は私と血契約を結んで主になってくれた。
『お母様を殺したい』その願いを叶える為に。
私は『友達を傷つけた』それを理由にお母様へ殺意を向けた。
理由に嘘はあったけど、殺したい気持ちは本物だった。
『絶対に許さない』そう告げた私の殺意にお母様は喜んだ。
そんなお母様を見て、胸が締め付けられる。
そんな私にお父様は謝罪の言葉を呟く。
お父様は悪くない。悪いのはお母様を悪鬼に変えた彼女だ。
でも、お父様は自分の無力さを責めてしまう。
それ以上、私の大切な人が苦しまない為に、私はお母様を殺した。
その事に後悔はしていない。
お母様を殺す時『私の友達を襲い、私を吸血鬼に変えた事を、たとえお母様でも許せない』そう叫んだ。
死の間際、お母様は笑っていた。
私たちの嘘は通じたのかな。
お母様は満足できたのかな。
出来たら良かったなって私は思う。
【嘘つきの正義】
知識人は嘘つきだ。でも、その嘘は優しい嘘だ。
愛するが故に人から嫌われたいって言う悪鬼の本質を隠している。
でも、それは、悪鬼を殺す為に必要な事だ。
人々が悪鬼に同情しない為に。
人々が悪鬼を恨むために。
【餓鬼】
不死者、それは蘇った者。
餓鬼、それは飢える不死者。
飢えながら死した者は餓鬼に成り得る。それは語り継がれる知恵。
【餓鬼の予防】
餓鬼の歴史は古く、十世紀前の文献にも記されている。
それは、不作が続き多く農民が餓死した村で生まれ、退治されるまで複数の村を回り人々の肉を喰らったらしい。
残された文献から読み取れる餓鬼は数は百を優に超える。
度重なる餓鬼の出現を経験し、人々は餓鬼を生み出さない方法を見つけた。
それは『遺体を燃やす葬儀を行い、遺骨を骨壺に収め、蘇生せぬ様、墓を管理すること』だ。
『それを怠れば餓鬼は生まれ得る』そう語るのは死の儀式を執り行う葬儀屋たちだ。
葬儀屋の語る全てが正しいのか、それは分からないけど、全てが間違いとは言い切れない。
分からないまま、人々がその儀式を受け入れているのは、それだけ、餓鬼に恐怖を抱いているからなんだと思う。
人々は餓鬼を生まない為に葬儀を欠かさない。
それでも、餓鬼は現れる。
だって遺体が無ければ葬儀は行えないから。
【餓鬼の好み】
餓鬼の被害は裕福な人ほど多く、貧民ほど少ないらしい。
その理由は、脂ののった身体にあるのかも知れない。
と言っても、選り好みする余裕がないほど、飢えている餓鬼は人なら何でも食べるって話だ。
だから、庶民だからって油断すべきではない。
餓鬼は鬼を食べない。その噂は昔から語り継がれている。それは鬼を食べる餓鬼の姿を誰も目撃していないから、らしい。
同類だから? 美味しくないから? それ以外の理由? その理由は未だに分かっていない。
肥えた人、主に富裕層は餓鬼に怯えている。
だから、富裕層は強い吸血鬼を欲している。
自分の血を吸わせてでも、その身を守るために。
人々を苦しめながら肥えた人々は、嫉妬や恨みを抱かれやすく、それらを喰らい殺す餓鬼は度々、死神の使いと言われる。
餓鬼に食われた理由を悪行に見出している様子だ。
『餓鬼は正義の代行者ではない。己が食欲を満たす為、肥えた者を喰らっているだけだ』って言っても、恨みや憎しみは、冷静さを失わせる。
その結果、生まれたモノが『餓鬼を崇める宗教』だ。
それは社会的な立場が弱い人々の拠り所になっている、らしい。
【餓鬼の識別】
餓鬼を見分ける方法は『人の肉を食べたか?』『常にお腹を空かせているか?』などがある。
一世紀前は行政機関が常人を餓鬼と勘違いした結果、誤認が多発していたらしいけど、そんな事例は現代になって減っているらしい。
大きな要因は『餓鬼と疑われた人を一か月、監禁し、食べ物を与え、空腹が満たされるか』という明確な判断基準を設けたって事がある。
生者を食べたいって欲求を我慢できる餓鬼が居ないとは言い切れないけど、一か月も我慢できる餓鬼は確認されていないらしい。
鬼を担当する行政機関、鬼飼の誤認は減ったけど、一般人の私刑が過激になっているらしい。
『あいつは餓鬼なんじゃないか?』そう噂された人は迫害されるらしい。
最悪、餓鬼を殺す権限を持っていない一般人から殺される場合がある。
この社会で私刑は犯罪だ。
殺された者が餓鬼でも犯罪に変わりはない。
――けど、それが悪と見なされるのは、法的な視点で考えたらって話。
私刑で餓鬼を殺した人は一般人から賞賛され、英雄視される事が珍しくない。
吸血鬼の用心棒を持っていない人々に餓鬼の存在は身近な恐怖なんだと思う。
だから『役立たずな国に代わって餓鬼を殺した』って美談が作られる。
そんな話が出来るほど、人々は今の鬼飼を信用していないのかも知れない。
今、過激な思想が人々に伝染している。
『疑わしきは罰せず』と考える行政に対し『疑わしきは罰せよ』という思想が。
今は餓鬼に用いられている思想だけど、その用途が広がらないとは限らない。
だから、今の人間社会は不安定だ。
それ原因は、餓鬼を真似た犯罪者が人々を殺しているからだ。
国に恨みでもあるのかな?
それとも、悪鬼の仕業だろうか。
その正体が何であれ、それを止められなければ、国家の秩序は崩壊してしまう。
そう遠くない未来に……。
【悪鬼の本懐】
私は彼女から教わった。『愛しているからこそ、悪鬼は嫌われたがる』と。
最初は信じられなかった。
お母様を悪鬼に変えて、お父様を苦しめる彼女が、お父様を愛しているなんて信じ難い。
――でも、悪鬼になったお母様から向けられた悪意。それが愛情だって信じたい私が居た。
その矛盾が私を悩ませた。
悪鬼の助言なんて信憑性が無い。私を苦しめて、お父様から嫌われようとしているだけ。そうも考えられる。
牢獄の中で悩み続ける私にお父様は答えを与えてくれた。悪鬼は愛する人から嫌われたがっているって事を。
私はお母様から愛されていて欲しい。そう心の底から思っていた。だから、私はその答えを受け入れてしまった。
人の世で生きる為に邪魔な真実を。
お母様はお父様と違って私を甘やかさなかった。
常に、多くを、高みを、求められた。『貴女の為』って言われながら。
でも、私の同級生からは『子供に親の理想を押し付ける悪い親』なんて言われてしまった。
私はお母様を侮辱したその子と仲たがいしてしまったけど、その子はきっと、習い事だらけの私と遊びたかっただけだったって今なら、そう思う。
私は、その子の理屈を否定する為に『母親は子供を愛している』って根拠の無い常識で戦った。厳しさも愛情なんだって。
悪鬼になったお母様から悪意を向けれた時、お母様は悪い親だったのかなって思ってしまった。あの子の助言は正しくて、私は間違っていたのかなって。
それでも私は、お母様の愛情を信じたかった。
だから、彼女が、お父様が、言った悪鬼の実態を信じてしまったのかも知れない。
お母様の悪意が愛情だって思う為に。
【嫌えぬ苦しみ】
彼女がお母様を悪鬼にしたのも、私に悪鬼が抱く悪意の出どころを教えたのも、多分、お父様から嫌われる為なんだと思う。
でも、彼女の望みは叶わなかった。
私たち親子はお母様を殺したし、お父様は彼女に同情している。
叶わない事を願い続けている彼女は、今も生きている。
お父様から嫌われるまで彼女は死ねないのかもしれない。
もし、そうなら彼女は不幸だと思う。
望んで悪鬼になる。
そんな話は聞いた事が無い。
もしかしたら居るのかもしれないけど。
そんな人は居ないって私は思いたい。
だから『彼女は望まず悪鬼になった』って私は仮定してしまう。
現実は残酷だ。
悪鬼の悪意が愛情だって信じているお父様は、彼女を嫌えないし、憎めない。
私に『悪鬼は愛するが故に嫌われたい』って事を教えた彼女は、お父様から嫌われ難い現状を察していると思う。
だって、今の彼女はお父様を揶揄うだけ、だから。
今の彼女はお父様を傷つけないし、苦しめない。
それは彼女はお父様を愛しているから。
愛する人を殺したい訳じゃない。苦しめたい訳じゃない。
だから。
ただ、ただ、お父様や私を揶揄うだけ。
自ら、嫌われる事を、憎まれる事を、諦めながらも『お父様の気が変わって嫌ってくれるかもしれない』そんな可能性を捨てきれない。
そんな彼女は可哀そうだ。
『可哀そう』って言えるほど、私は上等じゃない。
だから、私は彼女にその気持ちを隠している。
彼女は同情される事を望んでいない。そんな気がするから……。
【生きる意味】
吸血鬼、それは不死者。
一度死んで、蘇った者。
そんな私の悩みは生に囚われているって事。
『悪鬼は悪意に囚われ、餓鬼は飢えに囚われ、吸血鬼は生死に囚われている』
それは鬼が身近にいる現代で広く知られた言葉。
『生きる事に囚われている』
『そんな事、常人も同じじゃないか』なんて言う人も居るけど、明確な違いがあるって私は思う。
人には生き甲斐があると思う。
母親は子供を育てる為に。
芸人は人々を楽しませる為に。
軍人は国を守る為に。
悪鬼は愛する人から嫌われる為に。
餓鬼は飢えを満たす為に。
悪鬼や餓鬼を人と言って良いのか、微妙だけど。
様々な目的で人は生きている。
じゃあ、吸血鬼は?
吸血鬼は何のために生きているの?
私の答えは『生きる為に生きている』だ。
吸血鬼として何度か、悪鬼や餓鬼、そして吸血鬼と対峙した。
その中で致命傷を負った事がある。皮膚や肉が裂け、血が流れ、死を予感した。そんな時、私は決まって人間の血を欲した。
それは欲望。
本能とも思える強い衝動。
理性的な思考より優勢された血を求める欲求。
私は、誰かの為に、何かの為に、生きているって思えない。今の私は、生きる事だけを望んで生きている。そんな気がする。
それは私が吸血鬼だから?
それとも、私だから?
それは吸血鬼に成ってから生じた私の悩み。
【人から与えられた自由】
吸血鬼は人間の血を吸う事で生命力を高めるらしい。
実際、主から血を吸った後は、身体は軽くなる。
逆に吸わない期間が続くと、重くなる。
怠くても、そこら辺に居る人から吸血しないのは、この社会で暮らす為に必要な我慢だから。
『人間社会から迫害されても良い』って思っているなら、血契約なんて結ばない。
その枷を自らはめるのは、私がこの社会で生きる為だ。
社会と敵対するより、隷属する方が生きやすい。
ただそれだけの事。
もし、社会が私を見捨てる。そんな状況を想像したら、私はこの社会を捨てるって結論に行き着く。友人と会えなくなっても、命を狙われて追われる身になっても、きっと。
だから私は、生きる為に生きている。
吸血鬼ってのはそういう存在なんだと思う。
そう思わないと、私が自分勝手な性格になってしまう。
だから、私は、私の在り方を吸血鬼に押し付けてしまう。
良くないって自覚しながら……。
【境】
鬼は人なのか?
国家の法律で鬼は人じゃなく扱われず物として扱われる。
――けど、鬼を人と同等に見なす人もいる。それは飼い犬を家族の様に扱う人に似ているのかもしれない。
そこに情があったなら、それを人と扱うのもあり得るのかも知れない。
お父様は私を物として扱っている。それは血契約者として当然の事なんだけど、寂しさを感じてしまう。
それは仕方が無い事。
親からも人として扱われない私だけど、鬼に成った私を人として、否、友達だと言ってくれる人が居る。
それは家族の事情に巻き込んでしまった私の数少ない友達だ。
三十年の月日は、人々を、街並みを、変える。
それなのに、可鈴は私の友達で居続けてくれた。
私のお母様、否、悪鬼から殺されそうになったのに。
『貴女が悪い訳じゃない。悪いのは悪鬼なんだから』可鈴はそう言ってくれた。
でも、私は知っている。
悪鬼が抱く悪意の意味を。
可鈴はそれを知らない。悪鬼が愛する人から嫌われたがっている実態を。
だから、可鈴は間違っている。
私がお母様を憎めなかったから、嫌えなかったから、お母様は可鈴を狙った。
私が嫌っていたら、きっと、可鈴は、巻き込まれなかった。
悪鬼に襲われた後、可鈴は両親の命令で私に会わせてもらえなかったらしい。
私がお母様を殺した後、再会した可鈴から私は謝られてしまった。『会えなくてごめんなさい』って。
可鈴は何も悪くないのに。悪いのは、私なのに。
『お母さんとお父さんってば、酷いんだよ! 悪鬼に襲われるかも知れないから、花子に会うなって言うんだもん! 友達を助けたいって言ったら、『お前に何が出来るんだ』って言うんだよ。確かに私は子供だし、悪鬼を退治する力なんて持ってないけど、それでも、危ないからって、友達から距離を置くなんて、最低だよ!』って愚痴を熱弁された。
可鈴は良い子だ。少し強引で、世間知らずだけど。
そんな子だから、私は可鈴を巻き込みたくないって思ってしまう。
可鈴がそれを望んでないって知っても、そう思ってしまう。
思うけど、私は可鈴を拒絶できない。
吸血鬼になった私を友達と言ってくれる人は他に居ないから。
【それらの望み】
私は死んだ直後、吸血鬼として蘇った。
それは、お母様が私の死を望まなかったから、なんだと思う。
でも、なんで、悪鬼や餓鬼じゃないのか。
多分、それは私を苦しませたくなかったから、だと思う。
否、私がそう思いたいだけなのかもしれない。
悪鬼は愛する人から『嫌われたい』『憎まれたい』『恨まれたい』って思うらしい。
――けど、死なせたい、苦しめたいって事は無いと思う。だって、死んだ人から、嫌われたり、憎まれる事なんて、あり得ないから。
悪鬼の言動は、その殆どが人を苦しめる内容。
それは苦しむ原因が悪鬼にあるって分かりやすくするためだと思う。
『私が苦しんでいるのは悪鬼のせいだ』って思わせれば、憎まれたり、嫌われたり、されやすいから。
だから、愛する人を苦しめる事が悪鬼の最善策なんだと思う。
でも、皆が恨んでくれるわけじゃない。
自分の苦しみが悪鬼のせいだと知っていても『愛ゆえに苦しめている』って事を知っていたら、恨み難いと思う。
今の私は『悪鬼だから、仕方がない』って思ってしまう。
そう思うべきじゃないって分かっていても、知っているから、思ってしまう。
それを知らなければって、考えた事は何度もあるけど、それを教えた悪鬼も恨めない。
だって、それも愛ゆえに行った事なんだから。
知らなければ、幸せに過ごせる。
幸せに生きられる。
でも私は知ってしまった。
気付いてしまった。
だから、苦しんでいる。
幸せに生きるって何だろう。
常識人は吸血鬼として生きている私を不幸って言っている。
でも、それは、吸血鬼を知らないから言える事。
吸血鬼は死ぬ恐怖や不安が強いから、自分が死ぬ未来なんてあり得ない。
だから、私は『死ぬことが幸せ』なんて思えないし、『生きている事が不幸だ』なんて思わない。
生きている事が幸せなのか、それは分からないんだけど。
でも、吸血鬼である事を、幸せとか、不幸とかで、一括りに出来ないって思う。
今の私が苦悩している事は否定できない。そう思った事は何度もあるから。
でも、幸せを感じた事だって、何度もある。
可鈴が友達で居続けてくれる幸せを、お母様を悪意から解放できた幸せを、私は感じたんだから。
『お母様が悪鬼にならなければ』って考える事も出来るけど、原因を追究しだしたら、終わりがない。
お母様が悪鬼になった理由。私はそれを欲した時期がある。
この不幸は、現実は、誰の、何の、せいなのかって。
でも、私が納得できる答えは出なかった。
お母様が悪鬼になったから?
お父様を愛する彼女が悪鬼になったから?
原因の原因を追究し始めたら、始まりを知らないと終われない。
でも、私に、始まりを知る手立てはない。
『悪鬼は悪鬼が作る』それが現代の常識。
でも、悪鬼は何が創ったのか。
それは分からない。
それに、現代の常識だって、『絶対あってる』なんて言い切れない。
鬼を研究する学者は知っている事や推測を体系化しているだけ。
知らない事とか考えた事が無いって事は体系化できない。
今の私には分からない。
『お母様が何で悪鬼にならなければいけなかったのか』なんて。
それを、私は、考えるべきじゃない。
だって、考えても分からない事だから。
それでも、考えてしまう。
でも、今の私は昔よりマシだ。
だって、その頻度が昔より低いから。
だから今の私は幸せなんだと思う。
だって、その不幸を、何時も毎日、考えて、悩み、苦しんでる時があったんだから。
それと比較したら、相対的に幸せだって思う。
【庭の芝】
私の友達、乃川、可鈴は、学校を卒業後、清水、恭介と結婚し、清水、可鈴になった。
『子供が出来たの!』と私に報告する可鈴は嬉しそうだった。
在学中、吸血鬼になって学校を中退した私とは大違いだ。
友達にこんな言い方は良くないって分かっているけど、私は可鈴の様な人生に憧れてしまう。
人の学校に人外の居場所はなく、学校を中退した私は、吸血鬼を管理する政府機関、鬼飼に管理され始めた。
その場所は私にとって都合の良い場所だった。
お母様を殺して、苦悩から解放されたい。それは当時の私が縋った理想だから。
その目的を果たした後、私は鬼飼が求める吸血鬼の在り方に準じた。
それが楽な生き方だったから。
身体を鍛える日々は退屈だけど、稀に行う鬼退治は好きじゃないから、退屈な日々が日常で良いと思う。
常人じゃない。吸血鬼だから。私は普通の生活を送るべきじゃない。何時しか、そんな事を考え始めた私は、物として扱われる生活を受け入れ始めていた。
そんな私を変えてくれたのが可鈴だ。
仕事で葬儀屋の屋敷に行った時、再開した可鈴は、私に人並みの生活を思い出させてくれた。 もっと、素直に、正直に生きて良いって、言ってくれた。その言葉が嬉しかったのは私がそれを望んでいたからだと思う。
可鈴と再会できなかったら、今、私はここに居なかったかも知れない。
【吸血鬼の異質性】
身体能力が高くて吸血しないと死ぬけど老化しないって事を除けば、常人と大差はない吸血鬼って存在を、多くの人は『鬼を狩る化け物』だって捉えているらしい。
好ましくない言い方をしたら『人外』や『怪人』。
『人の枠に入っていない』なんて、言い方を避けても『異なる存在だ』って事は意識している訳で、そんな存在を『自分たちと同じように扱う』なんて困難だ。
吸血鬼になった頃の私は、拒絶されるのも、気を使われるのも、嫌だった。
私の心は皆と大差ないのに吸血鬼だからって、等しく扱われない。そんな状況が嫌だった。
怖がられたり、不安がられたり、避けられたり、したけど、それでも気遣ってくれた友達は居た。
それは嬉しかったけど。
その気遣いを申し訳ないって思ってしまった。
『吸血鬼の仲間か?』って差別された友達を見ていられなくなった私は。
私は人じゃないから、私はここに居るべきじゃない。そう思って、友達から距離を置いた。
【恋】
十年ほど前、可鈴の息子、勘介から『付き合ってください』って告白された事がある。
それは勘介が、吸血鬼になった私と同じぐらい時の事。
見た目だけなら同年代。
当時の私は、勘介の告白を『ごめんなさい』って断った。
理由を問われた私は『私が吸血鬼だから』って言った。
その答えが正しいと思っていたから。
でも勘介はその答えに納得せず『正直な気持ちを知りたい』って求められた。
後で可鈴から『勘介は貴女の気持ちを知りたかったんだと思う』って助言された私は、勘介が客観的な答えじゃなくて、主観的な答えを求めていた事に気付かされた。
『吸血鬼を理由に勘介の告白を断らないで』そうお願いされた私は、可鈴に『うん』と答えた。
可鈴は私と勘介の事を良く知っている。だから、的確な助言が出来るんだと思う。
勘介は幼い事から私が吸血鬼だって知っていた。
私と勘介の出会いは勘介が産まれる前から始まっていた。
妊娠していた時も私との交流を絶やさなかった可鈴は、一歳に満たない勘介を見せる為に、私を自宅に招いてくれた。
吸血鬼だからって理由で清水家へ行き難かった私に『産まれて間もない勘介を見せたいから』なんて理由を作って、私を招いてくれた。
勘介が自力で外を歩き始めた頃、『息子に私の友達を紹介する』って理由で可鈴は勘介と共に私の住居へ遊びに来てくれた。
可鈴は私を大切にしてくれている。
吸血鬼を理由に関係を断たず、私と変わらず接してくれる。
そんな可鈴に育てられた勘介も、私が吸血鬼だからって理由で、避けたりしない。
だから、私は、私として、勘介に向き合うべきだったのに、私は吸血鬼を理由に拒絶した。
可鈴から助言されて当然だ。
私は可鈴と並んでいたい。
友達でいたい。勘介とも関係を断ちたくない。
だから、私は、勘介に向き合おうと思った。
そして考えた。
私は勘介をどう思っているのか? 恋しているのか?
考えて出した結論は、友達の息子、だった。
清水家へ行き、勘介に私の気持ちを伝えた。
吸血鬼を理由にしないで。
そしたら、勘介から言われた。
『向き合ってくれて、ありがとう』って。
当然の事なのに。
勘介が感謝する事じゃないのに。
それなのに勘介は感謝してくれた。
違和感に苛まれてモヤモヤしていた私は、可鈴から言われた。『向き合ってくれて、ありがとう。だけど、ふって良かったの? 初めて、恋人が出来るチャンスだったのに』って。
確かに、吸血鬼の私が、誰かとお付き合いできる最後のチャンスだったのかもしれない。
でも、私は、恋人が欲しいからって、理由だけで、お付き合いしたくないから。
それが、私の恋愛観だから。
【鬼の子】
鬼は先天的に生まれず、後天的に成る。
それは国の常識だけど。
国民が必ずしも常識を持っているとは限らない。
だから、持つべき認識と持っている認識は必ずしも一致しない。
私がもし、誰かと結ばれ、子供を生んだ時、私は後悔したと思う。
だから、私は子供を生む気は無かった。
でも、可鈴から幼い勘介を自慢されて『花子は居ないの? 良い人』って言われた時、私は冗談交じりに『いる訳ない』って答えた。
鬼の子供は苦労するからって思っていたから。
鬼の子供だから、鬼って訳じゃない。
鬼は後天的に成る、存在だから。
それは皆、知っている。
だって常識だから。
でも知っている事と、そう思っている事は違う。
だから『本当に?』って疑う人はいるんだと思う。
だから吸血鬼の子供を差別する人だっているんだと思う。
その考えは、三十年経った今も大差ない。
でも、苦労するから、差別されるから、不幸だとは限らない。
今はそう考えることが出来る。
それは、私を軽蔑しない人たちが居るから。
不幸が幸せを教えてくれたから。
だから後悔している。
今の私は、多分、子供を産めないから。
吸血鬼は老化しないけど、年齢を重ねると、子供は産まれにくくなるらしい。
老化する常人とそこは同じらしい。
私より長生きな吸血鬼で、夜の営みを好んでいる女性が居る。
その女性は『子供が生まれるかも』って不安が無いらしい。
その女性に理由を聞いたら『する必要が無い』って言われた。
長く生きた吸血鬼にとって、その行為は子供を産むためじゃなくて、楽しむ為にあるらしい。
夜の営みを知らない私は、その経験がない。
吸血鬼になってから、その事柄を避けてきた。子供が産まれたら困るから。
だから、私はその楽しさを知らない。
興味はあっても、今更と思ってしまう。
その女性は『遅くはないよ』と言ってくれたけど、私にその相手は出来るのだろうか。
色々と経験不足な私はその営みや恋に憧れを抱いているから。
【子を産めずとも恋は出来得る】
私は子供を作る経験を、産む経験も無い。
だから、私は、子供を産む幸せを、子供を産む苦痛を、子供が居る幸せを、知らない。
知りたいとか、知っていたらって、思う事はある。
でも、それは今更な事。
だけど、恋はまだ出来る。
一度は諦めたけど、可鈴が、勘介が、教えてくれた。
私も恋をして良いって。
だから、私は、何時か、恋をして、愛を育みたいって思う。
相手が居れば、だけど。
【葬儀屋】
先天的な鬼は存在しない。
全ての鬼は後天的に成る。
それは現代社会の常識。
だから、葬儀屋が死後を管理する。蘇り
葬儀、それは、蘇りを防ぐ儀式。
燃やし、砕き、納める事で死者を弔う儀式。
それは、葬儀屋の仕事。
友達の可鈴は清水家に嫁いだ。
清水家は葬儀屋を営んでいる。
可鈴の夫、恭介さんは清水家の十五代目だ。
可鈴は吸血鬼の私を自宅に招くほど、自由過ぎる。
人に飼われた吸血鬼と言っても、鬼に変わりはない。
人に管理されているとは言え、人を超越した身体能力を持っている吸血鬼が側に居る事を恐れる人は多い。
だから、他人の吸血鬼を自宅に招く事に抵抗感を持っている人も居る。
私は可鈴から何度も清水家に招待された。
可鈴から、恭介さんの両親から止められた事を愚痴られた時は『そんなこと言って、良いのかな』なんて思ったけど、関係は良好らしい。
自由な子だから、非常識な言動をする事はあるけど、常識を知った上で行っている事が殆どだから、手に負えない。
可鈴は、私が清水家を害さないって信じているから、私を招いてくれているんだと思う。
だから私は、可鈴に責任を取らせない為に、相応の言動を心がけている。
そんな私たちの関係から清水家の人たちは可鈴を高く評価しているって噂だ。
その噂は、清水家に仕える吸血鬼の晴輝さんから聞かされた。
長い間、清水家に仕える吸血鬼、晴輝さんは私より百歳は年上だ。
清水家の内情を知っている晴輝さんは、私の存在が可鈴に迷惑をかけていないって事を教えて私の存在が迷惑じゃないって事を教えてくれた。
私は頼れる晴輝さんから吸血鬼の先輩として色々な事を教わっている。
清水家にお邪魔した時、晴輝さんの都合が合えば、稽古をつけてもらっている。
晴輝さんは清水家を守るために清水家の当主と血契約を結んでいる吸血鬼だから、鬼飼ほど鬼を狩らない。
その影響か、晴輝さんが殺した鬼は鬼飼の吸血鬼より少ないらしい。まあ、同年代の場合なんだけど。
鬼を殺した数が少ないから『大した事は無い』って謙遜する晴輝さんだけど、血契約者を守り続けた事は自慢できると思う。
鬼飼に属する吸血鬼の中には、百を超える鬼を殺したって人が居るらしいけど、それは鬼を駆除する為に彼方此方へ遠征しているからで、守護を目的とする晴輝さんとは比較する事自体が間違っていると思うんだけど、晴輝さんは『彼と比べたら、大した事は無い』って言う。
晴輝さんが比べているその人は、どんな人なんだろうって思うけど、私はその人を知らない。
百年以上も生きている晴輝さんが尊敬する吸血鬼。
そんな彼と、私も会ってみたい、そう思っているけど。
私が活動している範囲は、在住している町の鬼駆除班で間に合っているから、その人と会った事が無い。
もし、会う事があったら、その時は町が大変な事になっている訳で。
それは嫌だなって思うから、会わない方が幸せなのかなって思う。
【餓鬼牢獄】
鬼狩、それは鬼を狩る者。
鬼であろうと、鬼で無かろうと、鬼を狩るなら、鬼狩だ。
吸血鬼には人の血を吸う為の牙があるのと、吸血後に血色が良くなる事から、容姿による判別が可能だけど、餓鬼や悪鬼の容姿は生者と大差ない。
だから、外見だけでそれらの判別する事は難しい。
鬼狩はそれらの判別方法を『生きた人肉を喰らわねば、腹を満たせぬ者、それが餓鬼』であり『悪鬼を見つけるなら、人の悪意を見よ』と語る。
餓鬼は多少の飢えに耐えられるらしい。
辛くても『人を食べたくない』って気持ちが、餓鬼の理性を保たせる。
でも、何時か、欲望に負ける。
それが餓鬼牢獄の着想らしい。
中世から始まった餓鬼牢獄は鬼を判別する隔離施設だ。
牢獄の管理者は囚人が『餓鬼であるか?』を見極める為、閉じ込めた餓鬼に、穀物や獣の肉で作られた人間用の食事を与える。
それらの食事で腹が満たされない囚人は餓鬼と判断される。
餓鬼は首を落とされた後、常人と同様の葬儀が行われる。
血が無くなろうと動き続ける餓鬼を安全に埋葬するには胃と口を切り離し、絶食させる必要がある。
牢獄に閉じ込めた者に常人の食事を与えて飢えの具合から判断する方法は現代でも使われているけど、現代は人権が重視されている。
昔の餓鬼牢獄は『こいつは餓鬼だ』って決めつけて長期間拘束したり、邪魔者を餓鬼として処刑する為に食事を与えず飢えさせて、民衆に餓鬼だと思わせたって話もある。
冤罪を防ぐ為に、現代では明確な法の下、餓鬼牢獄が行われている。
1、餓鬼の疑いがある者を拘束する期間は一週間である事。
2、容疑者が満足するまで常人の食事を与える事。
3、一切の人肉を与えない事。
4、牢獄の中で軟禁する事。
5、容疑者の身体や精神を考慮して行う事。
などの決まりが存在する。
過酷な環境にしたら、餓鬼か如何かが分かる訳じゃない。
あくまで人肉を食べないと満たされないって事が判断基準になる。
だから『牢獄に入れなくても、人肉を食べていなければ、餓鬼か如何か分かるだろ』って主張して投獄すべきじゃないって言う人も居る。
それは、そうなんだけど、常に監視するって方法は大変だから、国は好まないと思う。
何処かに人肉を隠して居たり、獣の肉に見せかけて、人肉を調理している可能性もあるから。
生肉は日持ちしないから、乾燥させて干物にしている可能性もあるし。
結局、投獄した方が楽って結論になる。
でも、それは、する側の考えで、される側の考えじゃない。
だから、餓鬼牢獄を好まない人は居続けると思う。
餓鬼の被害を無くすって言う大義はする側の言い分だから。
自分が投獄されたくないって理由だけじゃなくて、政府を疑う人が増えたって事も要因にあるのかもしれない。
信用する人が少なくなった要因は、多分、あの事件だ。
それは数十年前、餓鬼牢獄で常人と判断された人が餓鬼だったって言う事件。
牢獄の食事に人肉が混じっていたんじゃないか、とか、一週間っていう期間は短いんじゃないか、とか、人肉を食べなくても平気な餓鬼が居るんじゃないか、とか、色々な噂が飛び交った。
軍はその事件を未だに調査しているって話だけど、解明はされていない。
与えた食事を調べようにも、餓鬼だと判明したのは餓鬼牢獄を出てから一週間後だったから、身体の中から投獄中の食事は無くなっていた。
看守を取り調べても『人肉を与えていない』って主張は変わらず、証拠もなかった。
餓鬼牢獄を終えた後『餓鬼に成ったんじゃないか?』っていう考察もあったけど、その事件を調査した警察や軍は、餓鬼牢獄から出た後に死んで蘇ったっていう証拠を得られなかった。
それ以降、反政府運動は過激になり、『餓鬼なんじゃないか』って疑われている人が殺される私刑が増えた。
政府が『餓鬼牢獄が厳正に行われるよう、徹底する』と言っても『本当に?』って疑う人はいる。
『口先だけじゃないのか?』なんて言われるのは、信用されていないからだ。
事件を解明できるまで、餓鬼かも知れないって不安はくすぶり続ける。
不安な人に口先だけの『大丈夫』って言葉は効果的じゃない。
今の所、反政府的な言動を行う人は少数派だけど、餓鬼に対する不安が高まったら、反政府運動や私刑が過激になる可能性は無いって言えない。
もし、もう一度、同じような事件が起こったら、この国はどうなるのだろうか。
そんな不安はあるけど、吸血鬼に出来る事は、鬼を狩る事だけ。
国民に含まれない吸血鬼の言葉は人よりも軽いんだから。
【悪意の化身】
悪鬼、それは悪意の権化。
悪鬼の姿は生者と大差がないから、人々に紛れて生活できてしまう。
それが悪鬼だと疑う要素の一つが性格の変化だ。
昨日まで優しかった人が急に冷たくなった、とか、厳しかった人が優しくなった、とか。
徐々に変わるって感じじゃなくて唐突に変わる。
多くの悪鬼は愛する人を苦しめる。
苦しめる事で嫌われようとしている。
だから、餓鬼に比べて分かりやすい。
――けど、言動に乱れが生じたからって悪鬼だと決めつけるべきではない。
その乱れは、悪鬼に、心を揺さぶられた常人かもしれないから。
【揺るぐ理性】
悪鬼の持つ特異で超常的な力の一つが理性の弱体化。
人の理性は欲望を抑える。
抑えるからこそ、他者の意思を重んじることが出来る。
でも、理性が欲望を抑えられなかったら、人は他者の心を軽んじる。
理性を弱めても、悪鬼の思い通りに動くとは限らない。
だから、悪鬼の被害者は悪鬼の操り人形って訳じゃない。
【恨まれたがり】
悪鬼は愛する人を苦しめる為に、愛する人の大切な何かを奪う傾向がある。
愛する人から愛されたいってのは常人なら共通して持っている事だと思う。
その思いは恨みや憎しみを抱かせ得る。
悪鬼は、そんな状況を作ろうとする場合がある。
嫌われたい人の大切な人。その理性を弱らせて悪行を働かせる。
愛する人に『その人を唆したのは私だ』と告げる。
現実で、夢で、様々な場所で、愛する人に語りかける。
『私が』『誰を』『どの様に陥れたか』を。
愛する人から『お前のせいで』って思われたら悪鬼の望みは叶う。
望みを叶えた悪鬼は姿を眩ませる。その理由は生きる意味を失ったから、って考えられている。
そう考えられている根拠は、あり続ける悪鬼は愛する人から嫌われていないって事にある。
【悪意の側に悪鬼あり?】
悪意を探せば悪鬼が見つかる。
でも、それは、必ずって訳じゃない。
だって、悪鬼に限らず、悪意を持っている人は居るんだから。
悪鬼は人を苦しめる事が多いけど、人を救う事もある。
悪の象徴。それは不幸に理由を与えてくれる。
でも、それは、必ずしも、正しいとは限らない。
【悪鬼の被害者】
悪鬼に理性を乱された人が犯した罪は軽くなる場合がある。
なんで罪が軽くなるのか?
それは『悪鬼の影響で正常な判断が出来る精神状態ではないから』って理由。
悪鬼の特異な力を防ぐ事は不可能に近く、その影響を受けた人は被害者と言える。
被害者って理由から罪や罰の程度が軽くなる場合はあるんだけど、この決まり事には問題が有る。
それは悪鬼を理由に責任から逃れようとする人が居るって事。
『悪鬼のせい』って言えば罪が軽くなったら、不当に罪が軽くなってしまう。
他人の内心を覗き見れる常人なんて居ないから、被告人の証言なんて当てにならない。
だから、悪鬼の影響が証明された場合に限られるって決まりがある。
でも、その証明は困難だから、罪が軽くなる事例は多くない。
悪鬼が証言してくれるとは限らないし、証言したとしても、その内容が正しいって判断は難しい。
だって悪鬼は悪意の権化だから。
悪鬼の言葉だけで、その是非を判断できる人は居ない。
悪鬼の言葉だけじゃ証明できない。
でも、証拠を発見する機会に成り得る事から、悪鬼の言葉は無価値って訳じゃない。
悪鬼の言動を分析して、事件を解決する事はあり得るんだから。
【悪鬼の標的】
悪鬼の標的は無差別に選ばれない。
悪鬼の目的は、愛する人から、嫌われたり、恨まれたりする事。
その為なら、犯罪を助長する事もある。
悪鬼の特異な力は生死や人の心に影響を与えるらしい。
牢獄の看守を唆して、脱走の機会を与えたら、犯罪者を脱獄させる事だって可能だ。
悪鬼の標的は無差別じゃないけど。
二次的な被害で無関係な人々を苦しめる事だってある。
その昔、人々を喰らう餓鬼を生み出した悪鬼は愛する人に経験させた。飢えの苦しみを。
餓鬼になった愛する人から恨まれた悪鬼は喜んだ後、姿を消した。
そんな逸話がある。
だから悪鬼に倫理観や道徳心を求めるべきじゃないって言わている。
【悪鬼の始祖】
悪鬼がどうやって生まれたのか、それは分かっていない。
蘇った、そう考えるのは、死んだ人が悪鬼として現れたから。
吸血鬼や餓鬼は悪鬼が蘇らせたって語り継ぐ逸話が多いけど、実態は分からない。
共通しているのは、悪鬼の前が確認されていないって事。
だから、悪鬼が生まれた原因は何なのか? それは全く分からない。
怪しげな術なのか、自然に発生したのか、何かを食べて変異したのか。
それは誰にも分からないのかもしれない。
【吸血鬼の持ち主】
六年前、私の主は変わった。
前の主はお父様。
今の主は、鬼飼に所属する青年だ。
私たちが暮らす国は血契約を結んだ吸血鬼を受け入れている。
吸血鬼は血契約を結んだ主以外から、吸血する事を禁じられている。
それを破った吸血鬼は罰を受け、その主は管理者責任を問われる。
吸血鬼が負う罰は、軽ければ投獄で重ければ処刑。
血契約を複数の主と結ぶことは許されず、血契約を結んでいない吸血鬼は国が認める駆除対象だ。
血契約を結んでいない吸血鬼は吸血鬼を管理する鬼飼が保護する事になっている。保護って言うけど、実態は捕らえるって言う方が近い。
法的に吸血鬼は人間じゃなくて物って扱いだから、人に与えられた権利を行使できない。
血契約を結んだ吸血鬼は主の物だから、勝手に盗ったり、壊したら犯罪者になる可能性がある。
血契約を結んでいない吸血鬼は鬼飼の物って扱い。
【正当な狩り】
今の私の主は成人した十八歳で鬼飼に入った。
その前から、私の主は太郎だったんだけど、それまでの間、今の主の命令で私が鬼を狩る事は無かった。
鬼狩りは原則、鬼飼に認められている行為だから、勝手な狩りは法律違反になり得る。
老衰したお父様は、多量の吸血に耐えられる程、元気な身体ではなくなっていた事から、悪鬼に親を殺されて孤児になった十二歳程の少年に私を継承した。
私がこの国に居続ける為には、血契約者が必要だけど、私の自由を保障する人に預けたかったお父様は、心根の優しい太郎に私を託した。
私の意思を尊重してくれるって理由だけでその子を選んだわけじゃないと私は思っている。その子が悪鬼を殺すために鬼飼を目指している事も理由の一つなんだと思う。
私は鬼を狩る事で存在意義を証明しているから、私の主に相応しいって判断したんだと思う。
吸血鬼は生きる為に生きている。
吸血鬼になった頃の私は、人って意識が抜けなくて、生きる為に生きている吸血鬼の欲望が受け入れられなかった。
そんな私は鬼を狩る役割に惹かれた。
生きる為じゃなくて、何かの、誰かの、社会の為に生きる『役割』って言葉に。
鬼狩になりたい。その願いを聞き入れたお父様は、鬼飼に異動してまで私に鬼を狩らせてくれた。
私は必死に吸血鬼である意味を確立しようとした。
吸血鬼になった意味があると思いたいから。
【見出された思想】
鬼飼に異動したお父様は川島さんって人の部下になった。
川島さんは見た目が大人になり切れていない私を今でも子ども扱いする。
出会った当初は年相応の容姿だったけど、今の私は年不相応なんだから、何時までも子ども扱いしないで欲しいって思う。
そんな川島さんは、お父様より年下なんだけど、お父様の教育係に任命された事もあり、お父さん共々、お世話になった。
そんな川島さんと一緒にした仕事で印象に残っているのは、餓鬼を討伐したあの仕事だ。
調査班が集めた情報を用いて餓鬼の疑いがある人の潜伏場所に辿り着いた私たちは、無事に標的を捕らえることが出来た。
標的が餓鬼だと確定する前に、殺す事は禁じられているから、手加減するってのも苦労した。 ――けど、そんな事よりも重要なのは、標的だった餓鬼が語った思想。
その餓鬼は『増えすぎた人間を減らす為に、俺は餓鬼になったんだ!』って言った。
なんで餓鬼になったのか? 餓鬼の殆どはそれで苦悩するらしい。
悪鬼のせいで餓鬼になったんなら『それは悪鬼のせいだ』って言えるけど、悪鬼が関与した形跡がないのに、餓鬼になった者は『なんで自分が餓鬼になったのか?』って事で悩み苦しむ場合が多いらしい。
人の社会、その倫理や道徳。
それらの価値観が『人を喰らうな』って言う。
だけど、餓鬼は、人を食べたいと思ってしまう。
その罪悪感は餓鬼を苦しめるらしい。
そんな餓鬼が、欲求に逆らわず人を食べる為に、見つけた答えの一つが『大地は増えすぎた人を減らす為に餓鬼を生んだ』って言う思想。
その思想が正しいって証拠はない。
無いけど、根拠のない噂話でも、信じてしまう程、餓鬼の境遇は悲惨なんだと思う。
『信じてしまう者がいるのは仕方がない』って思うのは、私が吸血鬼を受け入れられていないから、なのかもしれない。
【誘い】
それは十数年前の出来事。
お父様が眠っている夜中、私は一人、自宅の廊下を歩く。
そんな私の目前に一人の吸血鬼の男が現れた。
私は彼から問われた『今に満足しているか?』って。
彼は言った『人間に支配されている事に不満はないか?』って。
無いとは言い切れない。
――けど、仕方がない事だって思う。
だって、そうしないと、この社会で吸血鬼は生きていけないから。
彼は私に答えを急かさず『我らの里は、吸血鬼が人間を支配している』と続けた。
私の『吸血鬼が、人間を?』って言う疑問に彼は答えた。
『そうだ。人間を超越した我ら、吸血鬼が、劣等な人間を支配しているのだ』って。
劣等、その言い方は気に入らないけど、否定しがたい事実だ。
血が尽きなければ身体が衰えない吸血鬼は、常人より遥かに長い時を生き得る。
二百年の時を生きた吸血鬼の経験を、常人は一生を費やしても届かないかもしれない。
だから、その主張は間違っていないと思う。
でも、だからって、見下して良い事には成らない。
長考する私は『そう思わないか?』って同意を求められた。
客観的な答えを言うべきか、主観的な答えを言うべきか、悩む私は答えられなかった。
そんな私に彼は『悩んでいるのか、人里の道理を冒す事に』って言った。
その指摘は的中していた。
人間社会の倫理、道徳。その常識を守る事は私の当たり前だった。
でも、それは、私がその社会の構成員ならって前提がある。
私が常人だった頃なら、私はその常識になんの疑問も持たなかったのかもしれない。
でも、今の私は吸血鬼だから、その常識が非常識なんじゃないかって思ってしまう。
だからって、その道理を守らないと、私はこの社会に居られない。
悩む私に彼は『人里の道理など冒して良いではないか! ここに居られなく成ろうと、我らの里に来ればよい』って追い打ちした。
彼の言い分は正しいのかもしれない。
吸血鬼を国民と見なさない社会なんて、離れた方が良いのかもしれない。
私自身の為を思えば、それが良いのかもしれない。
吸血鬼が人間の社会で生きるなんて、不相応なのかもしれない。
でも、私はお父様と暮らしたかった。人から見捨てられたくなかった。
だから、私は『お断りします』って答えた。
残念そうな表情を浮かべる彼は去り際に『人里に呆れ果てたら、我らの里へ来ると良い。もし、共に暮らしたい者が居るなら、その者も連れてくれば良い。我らも人間と共存している故、身の安全は保障する』なんて言われた。
その提案は魅力的だった。
でも、それは自己中心的な言い分だ。
私はそれを拒絶した。だって、私は、人を家畜にする気が無いから。
最後に『その日が来る事を楽しみに待っている』って言い残し、彼は立ち去った。
【居場所】
私が暮らす国は吸血鬼を国民って見なさない。
そして国籍や苗字を奪われる。
だから、家族は居なくなる。
私のお父様はもう、お父様じゃない。
それは嫌だ。
嫌だけど、私が苗字を失っても、お父様が私を吸血鬼っていう物として扱っても、側に居られるなら、隷属する価値が有る。
血契約を結ぶ主《あるじ》が変わって私はお父様から離れて暮らし始めた。
でも、心優しい主は何かと用事を作ってお父様と会わせてくれる。
まあ、本当に『教わりたい事がある』って理由しか、ないのかも知れないけど。
私は、この町に、人間社会に、捨てがたい人達がいる。
だから、彼が望む未来は来ないと思う。
私が人々から追い出されない限りは。
【終わり】
【色々】
餓鬼の遊牧民、それは人間を食料と見なす餓鬼の集まり。
人間を食べる為に人間を育てながら、通った村や町から人を攫う。
区切り
そんな遊牧民を、吸血鬼の里、その長は『私たちと異なり人間を家畜化している』と言い、共存する我らとは異なるって評価している。
吸血鬼の里にも人間が居るけど、吸血する為に生かし、育てているだけで、ある程度の自由を与え、共存し、人間の命を重んじている事から、家畜とは見なしていない。
吸血鬼の里は人間が大半で吸血鬼は少ない。
区切り
鬼飼が飼育する吸血鬼は血契約者が居ない吸血鬼だけ。
それ以外の吸血鬼は血契約者の所有物である事から、問題を起こして、契約が無効になるまでは、血契約者が責任をもって飼育する義務がある。
契約は決まりごとに基づいて行う必要性があり、勝手な契約を国は血契約と見なさない。
区切り
人間から成る鬼は、人々の暮らしと密接な関わりを持ち、それらを制御する行政機関、鬼飼《おにかい》は、人々の平穏な暮らしを守る為に必要不可欠な組織だ。
鬼飼には、鬼の調査を行う調査班と鬼の管理と殺傷を行う鬼狩班がある。
調査班が鬼を見つけた場合、必要に応じて、鬼狩班と協力し、対象の確保や殺傷を行う。
原則、吸血鬼は常人に暴行を働く事が禁止されている。それは吸血鬼に比べて、非力な常人に吸血鬼の暴力は過剰だって判断されるから。
そんな理由で鬼狩班が常人の起こした事件に関わる事は基本的に無い。
鬼の捕縛や殺傷を行う機会は少ないから、鬼飼に隷属する吸血鬼は基本的に暇な時間が多い。
区切り
吸血鬼になった少女は、子供が生めなくなり、父親の血を残す事が出来ぬ自分を責めている。
【終わり】
お母様は私を生き返られせた。
私は吸血鬼。
私はお父様の僕。
吸血鬼と言う鬼が人間社会で生きるには血の契約者を得て隷属するしかない。
血契約を結んだ主の血で生きる化け物。それが吸血鬼。
だから、私はお父様に生かされていた。
【吸血鬼の主】
六年前。
私がお父様の吸血鬼になってから三十年の時が流れた頃。
老衰したお父様は私を飼い続ける事に限界を感じている様子だった。
そんな時、お父様から一人の男の子を紹介された。
その男の子の瞳は私を――否、鬼を睨んでいた。
悪鬼に母親を殺された少年。
その少年が私の新たな主だった。
六年、その月日は子供を大人へ変えた。
主は私の目前で床に膝をつけ身を屈めた。
屈まなければ、私の口がその首へ届かない程、少年の背は伸び、青年に成っていた。
可愛らしかった幼顔は面影しか残っていない。
首の後ろへ回した右腕で、母親から受け継いだ自慢の長い赤毛をまとめ、首を晒した主は、私に催促する。
血を吸え――と。
これは定期的に行う契約の更新。
決して、吸血鬼から求めてはいけない儀式。
血は奪うものでは無く、与えるものだから。
吸血鬼は隷属する僕だ。
決して上位者になってはならない。
人々がそれを望まないから、吸血鬼はそれを望んではいけない。
人間社会の吸血鬼は人々に生かされる存在だから。
【悪鬼】
悪鬼は大好きな人から『嫌われたい』『憎まれたい』『恨まれたい』っていう歪んだ価値観を持っている。
嫌われる為なら何でもする。それが道理から外れた事であっても……。
私も悪鬼から奪われた。人としての人生を。
それは半世紀前の出来事――。
私のお母様は、お父様に恋する悪鬼に殺されて悪鬼にさせられた。
お父様は悪鬼を憎めない。それは、悪鬼の本能を知っているから。
そんなお父様から憎まれようと、愛する人を怨敵に変えた彼女を、お父様は恨めなかった。
恨む事が彼女の望みを叶える事だと知っているのに。
否、知っているから、恨めない。
だって悪鬼の『嫌われたい』は『愛している』っていう愛情表現なんだから。
【愛の形】
愛する人に『喜んでもらいたい』『好かれたい』普通ならそう思う。
でも、悪鬼《あっき》は違う。
『嫌われたい』『憎まれたい』『恨まれたい』そう思ってしまうらしい。
私は悪鬼じゃないから分からない。
でも、悪鬼になったお母様から何度も言われた『私を嫌って、私を憎んで』って。
だから、きっと、そうなんだと思う。
そんなお母様は私から嫌われる為に、私の友達、可鈴を目の前で殺そうとした。
その時の私は何も知らなかった。
お母様から悪意を向けられる理由を、私じゃなくて可鈴を狙った理由を。
だから、私は友達を守ろうと盾になった。
私の為に友達を殺させたくはなかったから。
死の間際。血を流し、倒れた私を抱きしめながら、涙を流し、悲しむお母様の様子を見て、私はお母様を理解できなかった。
意識を失った私は、その時、死んだ。
私が目覚めた時、私は生きていた。
私はお母様に蘇生されていた。でも、それは私の望まない形だった。
一度死んだ者が生き返る。でも、それは、人としてじゃない。鬼として――だ。
お母様は私の死を望まなかった。
お母様の望みは私を殺す事じゃなくて、私を苦しめる事じゃなくて、私に嫌われる事だったんだから。
だから私はお母様を恨むべきだった。可鈴を殺しかけて、私を吸血鬼に変えたお母様を。
でも、私は、お母様を嫌えなかった。
蘇った私は行政機関、鬼飼に保護された。その牢屋で私は考えた。お母様が私を蘇らせた理由を。
その悩みを彼女が教えてくれた。お父様を愛する悪鬼が。
そして、知った。愛しているからだって。
それを知った私はお母様を恨めなくなってしまった。彼女を恨めないお父様の様に……。
【誰のせい】
お母様が可鈴の殺害を試みたのは私のせいだ。
私がお母様を嫌えなかったから、可鈴は殺されかけた。
私がお母様を嫌っていたら、可鈴は巻き込まれなかったかもしれない。
その事実に気付いた後、私はお母様を嫌おうと思った。憎もうと思った。恨もうと思った。
でも、私は、そう思えなかった。
だから、私は偽りでも良いから、嫌おうと思った。
その気持ちが偽りでも、お母様を満足させる為に。
これ以上、誰かを巻き込まない為に。
そして、これ以上、お母様に悪事を働かせないために、私は吸血鬼としての責務を果たそうと決意した。
その為にお父様は私と血契約を結んで主になってくれた。
『お母様を殺したい』その願いを叶える為に。
私は『友達を傷つけた』それを理由にお母様へ殺意を向けた。
理由に嘘はあったけど、殺したい気持ちは本物だった。
『絶対に許さない』そう告げた私の殺意にお母様は喜んだ。
そんなお母様を見て、胸が締め付けられる。
そんな私にお父様は謝罪の言葉を呟く。
お父様は悪くない。悪いのはお母様を悪鬼に変えた彼女だ。
でも、お父様は自分の無力さを責めてしまう。
それ以上、私の大切な人が苦しまない為に、私はお母様を殺した。
その事に後悔はしていない。
お母様を殺す時『私の友達を襲い、私を吸血鬼に変えた事を、たとえお母様でも許せない』そう叫んだ。
死の間際、お母様は笑っていた。
私たちの嘘は通じたのかな。
お母様は満足できたのかな。
出来たら良かったなって私は思う。
【嘘つきの正義】
知識人は嘘つきだ。でも、その嘘は優しい嘘だ。
愛するが故に人から嫌われたいって言う悪鬼の本質を隠している。
でも、それは、悪鬼を殺す為に必要な事だ。
人々が悪鬼に同情しない為に。
人々が悪鬼を恨むために。
【餓鬼】
不死者、それは蘇った者。
餓鬼、それは飢える不死者。
飢えながら死した者は餓鬼に成り得る。それは語り継がれる知恵。
【餓鬼の予防】
餓鬼の歴史は古く、十世紀前の文献にも記されている。
それは、不作が続き多く農民が餓死した村で生まれ、退治されるまで複数の村を回り人々の肉を喰らったらしい。
残された文献から読み取れる餓鬼は数は百を優に超える。
度重なる餓鬼の出現を経験し、人々は餓鬼を生み出さない方法を見つけた。
それは『遺体を燃やす葬儀を行い、遺骨を骨壺に収め、蘇生せぬ様、墓を管理すること』だ。
『それを怠れば餓鬼は生まれ得る』そう語るのは死の儀式を執り行う葬儀屋たちだ。
葬儀屋の語る全てが正しいのか、それは分からないけど、全てが間違いとは言い切れない。
分からないまま、人々がその儀式を受け入れているのは、それだけ、餓鬼に恐怖を抱いているからなんだと思う。
人々は餓鬼を生まない為に葬儀を欠かさない。
それでも、餓鬼は現れる。
だって遺体が無ければ葬儀は行えないから。
【餓鬼の好み】
餓鬼の被害は裕福な人ほど多く、貧民ほど少ないらしい。
その理由は、脂ののった身体にあるのかも知れない。
と言っても、選り好みする余裕がないほど、飢えている餓鬼は人なら何でも食べるって話だ。
だから、庶民だからって油断すべきではない。
餓鬼は鬼を食べない。その噂は昔から語り継がれている。それは鬼を食べる餓鬼の姿を誰も目撃していないから、らしい。
同類だから? 美味しくないから? それ以外の理由? その理由は未だに分かっていない。
肥えた人、主に富裕層は餓鬼に怯えている。
だから、富裕層は強い吸血鬼を欲している。
自分の血を吸わせてでも、その身を守るために。
人々を苦しめながら肥えた人々は、嫉妬や恨みを抱かれやすく、それらを喰らい殺す餓鬼は度々、死神の使いと言われる。
餓鬼に食われた理由を悪行に見出している様子だ。
『餓鬼は正義の代行者ではない。己が食欲を満たす為、肥えた者を喰らっているだけだ』って言っても、恨みや憎しみは、冷静さを失わせる。
その結果、生まれたモノが『餓鬼を崇める宗教』だ。
それは社会的な立場が弱い人々の拠り所になっている、らしい。
【餓鬼の識別】
餓鬼を見分ける方法は『人の肉を食べたか?』『常にお腹を空かせているか?』などがある。
一世紀前は行政機関が常人を餓鬼と勘違いした結果、誤認が多発していたらしいけど、そんな事例は現代になって減っているらしい。
大きな要因は『餓鬼と疑われた人を一か月、監禁し、食べ物を与え、空腹が満たされるか』という明確な判断基準を設けたって事がある。
生者を食べたいって欲求を我慢できる餓鬼が居ないとは言い切れないけど、一か月も我慢できる餓鬼は確認されていないらしい。
鬼を担当する行政機関、鬼飼の誤認は減ったけど、一般人の私刑が過激になっているらしい。
『あいつは餓鬼なんじゃないか?』そう噂された人は迫害されるらしい。
最悪、餓鬼を殺す権限を持っていない一般人から殺される場合がある。
この社会で私刑は犯罪だ。
殺された者が餓鬼でも犯罪に変わりはない。
――けど、それが悪と見なされるのは、法的な視点で考えたらって話。
私刑で餓鬼を殺した人は一般人から賞賛され、英雄視される事が珍しくない。
吸血鬼の用心棒を持っていない人々に餓鬼の存在は身近な恐怖なんだと思う。
だから『役立たずな国に代わって餓鬼を殺した』って美談が作られる。
そんな話が出来るほど、人々は今の鬼飼を信用していないのかも知れない。
今、過激な思想が人々に伝染している。
『疑わしきは罰せず』と考える行政に対し『疑わしきは罰せよ』という思想が。
今は餓鬼に用いられている思想だけど、その用途が広がらないとは限らない。
だから、今の人間社会は不安定だ。
それ原因は、餓鬼を真似た犯罪者が人々を殺しているからだ。
国に恨みでもあるのかな?
それとも、悪鬼の仕業だろうか。
その正体が何であれ、それを止められなければ、国家の秩序は崩壊してしまう。
そう遠くない未来に……。
【悪鬼の本懐】
私は彼女から教わった。『愛しているからこそ、悪鬼は嫌われたがる』と。
最初は信じられなかった。
お母様を悪鬼に変えて、お父様を苦しめる彼女が、お父様を愛しているなんて信じ難い。
――でも、悪鬼になったお母様から向けられた悪意。それが愛情だって信じたい私が居た。
その矛盾が私を悩ませた。
悪鬼の助言なんて信憑性が無い。私を苦しめて、お父様から嫌われようとしているだけ。そうも考えられる。
牢獄の中で悩み続ける私にお父様は答えを与えてくれた。悪鬼は愛する人から嫌われたがっているって事を。
私はお母様から愛されていて欲しい。そう心の底から思っていた。だから、私はその答えを受け入れてしまった。
人の世で生きる為に邪魔な真実を。
お母様はお父様と違って私を甘やかさなかった。
常に、多くを、高みを、求められた。『貴女の為』って言われながら。
でも、私の同級生からは『子供に親の理想を押し付ける悪い親』なんて言われてしまった。
私はお母様を侮辱したその子と仲たがいしてしまったけど、その子はきっと、習い事だらけの私と遊びたかっただけだったって今なら、そう思う。
私は、その子の理屈を否定する為に『母親は子供を愛している』って根拠の無い常識で戦った。厳しさも愛情なんだって。
悪鬼になったお母様から悪意を向けれた時、お母様は悪い親だったのかなって思ってしまった。あの子の助言は正しくて、私は間違っていたのかなって。
それでも私は、お母様の愛情を信じたかった。
だから、彼女が、お父様が、言った悪鬼の実態を信じてしまったのかも知れない。
お母様の悪意が愛情だって思う為に。
【嫌えぬ苦しみ】
彼女がお母様を悪鬼にしたのも、私に悪鬼が抱く悪意の出どころを教えたのも、多分、お父様から嫌われる為なんだと思う。
でも、彼女の望みは叶わなかった。
私たち親子はお母様を殺したし、お父様は彼女に同情している。
叶わない事を願い続けている彼女は、今も生きている。
お父様から嫌われるまで彼女は死ねないのかもしれない。
もし、そうなら彼女は不幸だと思う。
望んで悪鬼になる。
そんな話は聞いた事が無い。
もしかしたら居るのかもしれないけど。
そんな人は居ないって私は思いたい。
だから『彼女は望まず悪鬼になった』って私は仮定してしまう。
現実は残酷だ。
悪鬼の悪意が愛情だって信じているお父様は、彼女を嫌えないし、憎めない。
私に『悪鬼は愛するが故に嫌われたい』って事を教えた彼女は、お父様から嫌われ難い現状を察していると思う。
だって、今の彼女はお父様を揶揄うだけ、だから。
今の彼女はお父様を傷つけないし、苦しめない。
それは彼女はお父様を愛しているから。
愛する人を殺したい訳じゃない。苦しめたい訳じゃない。
だから。
ただ、ただ、お父様や私を揶揄うだけ。
自ら、嫌われる事を、憎まれる事を、諦めながらも『お父様の気が変わって嫌ってくれるかもしれない』そんな可能性を捨てきれない。
そんな彼女は可哀そうだ。
『可哀そう』って言えるほど、私は上等じゃない。
だから、私は彼女にその気持ちを隠している。
彼女は同情される事を望んでいない。そんな気がするから……。
【生きる意味】
吸血鬼、それは不死者。
一度死んで、蘇った者。
そんな私の悩みは生に囚われているって事。
『悪鬼は悪意に囚われ、餓鬼は飢えに囚われ、吸血鬼は生死に囚われている』
それは鬼が身近にいる現代で広く知られた言葉。
『生きる事に囚われている』
『そんな事、常人も同じじゃないか』なんて言う人も居るけど、明確な違いがあるって私は思う。
人には生き甲斐があると思う。
母親は子供を育てる為に。
芸人は人々を楽しませる為に。
軍人は国を守る為に。
悪鬼は愛する人から嫌われる為に。
餓鬼は飢えを満たす為に。
悪鬼や餓鬼を人と言って良いのか、微妙だけど。
様々な目的で人は生きている。
じゃあ、吸血鬼は?
吸血鬼は何のために生きているの?
私の答えは『生きる為に生きている』だ。
吸血鬼として何度か、悪鬼や餓鬼、そして吸血鬼と対峙した。
その中で致命傷を負った事がある。皮膚や肉が裂け、血が流れ、死を予感した。そんな時、私は決まって人間の血を欲した。
それは欲望。
本能とも思える強い衝動。
理性的な思考より優勢された血を求める欲求。
私は、誰かの為に、何かの為に、生きているって思えない。今の私は、生きる事だけを望んで生きている。そんな気がする。
それは私が吸血鬼だから?
それとも、私だから?
それは吸血鬼に成ってから生じた私の悩み。
【人から与えられた自由】
吸血鬼は人間の血を吸う事で生命力を高めるらしい。
実際、主から血を吸った後は、身体は軽くなる。
逆に吸わない期間が続くと、重くなる。
怠くても、そこら辺に居る人から吸血しないのは、この社会で暮らす為に必要な我慢だから。
『人間社会から迫害されても良い』って思っているなら、血契約なんて結ばない。
その枷を自らはめるのは、私がこの社会で生きる為だ。
社会と敵対するより、隷属する方が生きやすい。
ただそれだけの事。
もし、社会が私を見捨てる。そんな状況を想像したら、私はこの社会を捨てるって結論に行き着く。友人と会えなくなっても、命を狙われて追われる身になっても、きっと。
だから私は、生きる為に生きている。
吸血鬼ってのはそういう存在なんだと思う。
そう思わないと、私が自分勝手な性格になってしまう。
だから、私は、私の在り方を吸血鬼に押し付けてしまう。
良くないって自覚しながら……。
【境】
鬼は人なのか?
国家の法律で鬼は人じゃなく扱われず物として扱われる。
――けど、鬼を人と同等に見なす人もいる。それは飼い犬を家族の様に扱う人に似ているのかもしれない。
そこに情があったなら、それを人と扱うのもあり得るのかも知れない。
お父様は私を物として扱っている。それは血契約者として当然の事なんだけど、寂しさを感じてしまう。
それは仕方が無い事。
親からも人として扱われない私だけど、鬼に成った私を人として、否、友達だと言ってくれる人が居る。
それは家族の事情に巻き込んでしまった私の数少ない友達だ。
三十年の月日は、人々を、街並みを、変える。
それなのに、可鈴は私の友達で居続けてくれた。
私のお母様、否、悪鬼から殺されそうになったのに。
『貴女が悪い訳じゃない。悪いのは悪鬼なんだから』可鈴はそう言ってくれた。
でも、私は知っている。
悪鬼が抱く悪意の意味を。
可鈴はそれを知らない。悪鬼が愛する人から嫌われたがっている実態を。
だから、可鈴は間違っている。
私がお母様を憎めなかったから、嫌えなかったから、お母様は可鈴を狙った。
私が嫌っていたら、きっと、可鈴は、巻き込まれなかった。
悪鬼に襲われた後、可鈴は両親の命令で私に会わせてもらえなかったらしい。
私がお母様を殺した後、再会した可鈴から私は謝られてしまった。『会えなくてごめんなさい』って。
可鈴は何も悪くないのに。悪いのは、私なのに。
『お母さんとお父さんってば、酷いんだよ! 悪鬼に襲われるかも知れないから、花子に会うなって言うんだもん! 友達を助けたいって言ったら、『お前に何が出来るんだ』って言うんだよ。確かに私は子供だし、悪鬼を退治する力なんて持ってないけど、それでも、危ないからって、友達から距離を置くなんて、最低だよ!』って愚痴を熱弁された。
可鈴は良い子だ。少し強引で、世間知らずだけど。
そんな子だから、私は可鈴を巻き込みたくないって思ってしまう。
可鈴がそれを望んでないって知っても、そう思ってしまう。
思うけど、私は可鈴を拒絶できない。
吸血鬼になった私を友達と言ってくれる人は他に居ないから。
【それらの望み】
私は死んだ直後、吸血鬼として蘇った。
それは、お母様が私の死を望まなかったから、なんだと思う。
でも、なんで、悪鬼や餓鬼じゃないのか。
多分、それは私を苦しませたくなかったから、だと思う。
否、私がそう思いたいだけなのかもしれない。
悪鬼は愛する人から『嫌われたい』『憎まれたい』『恨まれたい』って思うらしい。
――けど、死なせたい、苦しめたいって事は無いと思う。だって、死んだ人から、嫌われたり、憎まれる事なんて、あり得ないから。
悪鬼の言動は、その殆どが人を苦しめる内容。
それは苦しむ原因が悪鬼にあるって分かりやすくするためだと思う。
『私が苦しんでいるのは悪鬼のせいだ』って思わせれば、憎まれたり、嫌われたり、されやすいから。
だから、愛する人を苦しめる事が悪鬼の最善策なんだと思う。
でも、皆が恨んでくれるわけじゃない。
自分の苦しみが悪鬼のせいだと知っていても『愛ゆえに苦しめている』って事を知っていたら、恨み難いと思う。
今の私は『悪鬼だから、仕方がない』って思ってしまう。
そう思うべきじゃないって分かっていても、知っているから、思ってしまう。
それを知らなければって、考えた事は何度もあるけど、それを教えた悪鬼も恨めない。
だって、それも愛ゆえに行った事なんだから。
知らなければ、幸せに過ごせる。
幸せに生きられる。
でも私は知ってしまった。
気付いてしまった。
だから、苦しんでいる。
幸せに生きるって何だろう。
常識人は吸血鬼として生きている私を不幸って言っている。
でも、それは、吸血鬼を知らないから言える事。
吸血鬼は死ぬ恐怖や不安が強いから、自分が死ぬ未来なんてあり得ない。
だから、私は『死ぬことが幸せ』なんて思えないし、『生きている事が不幸だ』なんて思わない。
生きている事が幸せなのか、それは分からないんだけど。
でも、吸血鬼である事を、幸せとか、不幸とかで、一括りに出来ないって思う。
今の私が苦悩している事は否定できない。そう思った事は何度もあるから。
でも、幸せを感じた事だって、何度もある。
可鈴が友達で居続けてくれる幸せを、お母様を悪意から解放できた幸せを、私は感じたんだから。
『お母様が悪鬼にならなければ』って考える事も出来るけど、原因を追究しだしたら、終わりがない。
お母様が悪鬼になった理由。私はそれを欲した時期がある。
この不幸は、現実は、誰の、何の、せいなのかって。
でも、私が納得できる答えは出なかった。
お母様が悪鬼になったから?
お父様を愛する彼女が悪鬼になったから?
原因の原因を追究し始めたら、始まりを知らないと終われない。
でも、私に、始まりを知る手立てはない。
『悪鬼は悪鬼が作る』それが現代の常識。
でも、悪鬼は何が創ったのか。
それは分からない。
それに、現代の常識だって、『絶対あってる』なんて言い切れない。
鬼を研究する学者は知っている事や推測を体系化しているだけ。
知らない事とか考えた事が無いって事は体系化できない。
今の私には分からない。
『お母様が何で悪鬼にならなければいけなかったのか』なんて。
それを、私は、考えるべきじゃない。
だって、考えても分からない事だから。
それでも、考えてしまう。
でも、今の私は昔よりマシだ。
だって、その頻度が昔より低いから。
だから今の私は幸せなんだと思う。
だって、その不幸を、何時も毎日、考えて、悩み、苦しんでる時があったんだから。
それと比較したら、相対的に幸せだって思う。
【庭の芝】
私の友達、乃川、可鈴は、学校を卒業後、清水、恭介と結婚し、清水、可鈴になった。
『子供が出来たの!』と私に報告する可鈴は嬉しそうだった。
在学中、吸血鬼になって学校を中退した私とは大違いだ。
友達にこんな言い方は良くないって分かっているけど、私は可鈴の様な人生に憧れてしまう。
人の学校に人外の居場所はなく、学校を中退した私は、吸血鬼を管理する政府機関、鬼飼に管理され始めた。
その場所は私にとって都合の良い場所だった。
お母様を殺して、苦悩から解放されたい。それは当時の私が縋った理想だから。
その目的を果たした後、私は鬼飼が求める吸血鬼の在り方に準じた。
それが楽な生き方だったから。
身体を鍛える日々は退屈だけど、稀に行う鬼退治は好きじゃないから、退屈な日々が日常で良いと思う。
常人じゃない。吸血鬼だから。私は普通の生活を送るべきじゃない。何時しか、そんな事を考え始めた私は、物として扱われる生活を受け入れ始めていた。
そんな私を変えてくれたのが可鈴だ。
仕事で葬儀屋の屋敷に行った時、再開した可鈴は、私に人並みの生活を思い出させてくれた。 もっと、素直に、正直に生きて良いって、言ってくれた。その言葉が嬉しかったのは私がそれを望んでいたからだと思う。
可鈴と再会できなかったら、今、私はここに居なかったかも知れない。
【吸血鬼の異質性】
身体能力が高くて吸血しないと死ぬけど老化しないって事を除けば、常人と大差はない吸血鬼って存在を、多くの人は『鬼を狩る化け物』だって捉えているらしい。
好ましくない言い方をしたら『人外』や『怪人』。
『人の枠に入っていない』なんて、言い方を避けても『異なる存在だ』って事は意識している訳で、そんな存在を『自分たちと同じように扱う』なんて困難だ。
吸血鬼になった頃の私は、拒絶されるのも、気を使われるのも、嫌だった。
私の心は皆と大差ないのに吸血鬼だからって、等しく扱われない。そんな状況が嫌だった。
怖がられたり、不安がられたり、避けられたり、したけど、それでも気遣ってくれた友達は居た。
それは嬉しかったけど。
その気遣いを申し訳ないって思ってしまった。
『吸血鬼の仲間か?』って差別された友達を見ていられなくなった私は。
私は人じゃないから、私はここに居るべきじゃない。そう思って、友達から距離を置いた。
【恋】
十年ほど前、可鈴の息子、勘介から『付き合ってください』って告白された事がある。
それは勘介が、吸血鬼になった私と同じぐらい時の事。
見た目だけなら同年代。
当時の私は、勘介の告白を『ごめんなさい』って断った。
理由を問われた私は『私が吸血鬼だから』って言った。
その答えが正しいと思っていたから。
でも勘介はその答えに納得せず『正直な気持ちを知りたい』って求められた。
後で可鈴から『勘介は貴女の気持ちを知りたかったんだと思う』って助言された私は、勘介が客観的な答えじゃなくて、主観的な答えを求めていた事に気付かされた。
『吸血鬼を理由に勘介の告白を断らないで』そうお願いされた私は、可鈴に『うん』と答えた。
可鈴は私と勘介の事を良く知っている。だから、的確な助言が出来るんだと思う。
勘介は幼い事から私が吸血鬼だって知っていた。
私と勘介の出会いは勘介が産まれる前から始まっていた。
妊娠していた時も私との交流を絶やさなかった可鈴は、一歳に満たない勘介を見せる為に、私を自宅に招いてくれた。
吸血鬼だからって理由で清水家へ行き難かった私に『産まれて間もない勘介を見せたいから』なんて理由を作って、私を招いてくれた。
勘介が自力で外を歩き始めた頃、『息子に私の友達を紹介する』って理由で可鈴は勘介と共に私の住居へ遊びに来てくれた。
可鈴は私を大切にしてくれている。
吸血鬼を理由に関係を断たず、私と変わらず接してくれる。
そんな可鈴に育てられた勘介も、私が吸血鬼だからって理由で、避けたりしない。
だから、私は、私として、勘介に向き合うべきだったのに、私は吸血鬼を理由に拒絶した。
可鈴から助言されて当然だ。
私は可鈴と並んでいたい。
友達でいたい。勘介とも関係を断ちたくない。
だから、私は、勘介に向き合おうと思った。
そして考えた。
私は勘介をどう思っているのか? 恋しているのか?
考えて出した結論は、友達の息子、だった。
清水家へ行き、勘介に私の気持ちを伝えた。
吸血鬼を理由にしないで。
そしたら、勘介から言われた。
『向き合ってくれて、ありがとう』って。
当然の事なのに。
勘介が感謝する事じゃないのに。
それなのに勘介は感謝してくれた。
違和感に苛まれてモヤモヤしていた私は、可鈴から言われた。『向き合ってくれて、ありがとう。だけど、ふって良かったの? 初めて、恋人が出来るチャンスだったのに』って。
確かに、吸血鬼の私が、誰かとお付き合いできる最後のチャンスだったのかもしれない。
でも、私は、恋人が欲しいからって、理由だけで、お付き合いしたくないから。
それが、私の恋愛観だから。
【鬼の子】
鬼は先天的に生まれず、後天的に成る。
それは国の常識だけど。
国民が必ずしも常識を持っているとは限らない。
だから、持つべき認識と持っている認識は必ずしも一致しない。
私がもし、誰かと結ばれ、子供を生んだ時、私は後悔したと思う。
だから、私は子供を生む気は無かった。
でも、可鈴から幼い勘介を自慢されて『花子は居ないの? 良い人』って言われた時、私は冗談交じりに『いる訳ない』って答えた。
鬼の子供は苦労するからって思っていたから。
鬼の子供だから、鬼って訳じゃない。
鬼は後天的に成る、存在だから。
それは皆、知っている。
だって常識だから。
でも知っている事と、そう思っている事は違う。
だから『本当に?』って疑う人はいるんだと思う。
だから吸血鬼の子供を差別する人だっているんだと思う。
その考えは、三十年経った今も大差ない。
でも、苦労するから、差別されるから、不幸だとは限らない。
今はそう考えることが出来る。
それは、私を軽蔑しない人たちが居るから。
不幸が幸せを教えてくれたから。
だから後悔している。
今の私は、多分、子供を産めないから。
吸血鬼は老化しないけど、年齢を重ねると、子供は産まれにくくなるらしい。
老化する常人とそこは同じらしい。
私より長生きな吸血鬼で、夜の営みを好んでいる女性が居る。
その女性は『子供が生まれるかも』って不安が無いらしい。
その女性に理由を聞いたら『する必要が無い』って言われた。
長く生きた吸血鬼にとって、その行為は子供を産むためじゃなくて、楽しむ為にあるらしい。
夜の営みを知らない私は、その経験がない。
吸血鬼になってから、その事柄を避けてきた。子供が産まれたら困るから。
だから、私はその楽しさを知らない。
興味はあっても、今更と思ってしまう。
その女性は『遅くはないよ』と言ってくれたけど、私にその相手は出来るのだろうか。
色々と経験不足な私はその営みや恋に憧れを抱いているから。
【子を産めずとも恋は出来得る】
私は子供を作る経験を、産む経験も無い。
だから、私は、子供を産む幸せを、子供を産む苦痛を、子供が居る幸せを、知らない。
知りたいとか、知っていたらって、思う事はある。
でも、それは今更な事。
だけど、恋はまだ出来る。
一度は諦めたけど、可鈴が、勘介が、教えてくれた。
私も恋をして良いって。
だから、私は、何時か、恋をして、愛を育みたいって思う。
相手が居れば、だけど。
【葬儀屋】
先天的な鬼は存在しない。
全ての鬼は後天的に成る。
それは現代社会の常識。
だから、葬儀屋が死後を管理する。蘇り
葬儀、それは、蘇りを防ぐ儀式。
燃やし、砕き、納める事で死者を弔う儀式。
それは、葬儀屋の仕事。
友達の可鈴は清水家に嫁いだ。
清水家は葬儀屋を営んでいる。
可鈴の夫、恭介さんは清水家の十五代目だ。
可鈴は吸血鬼の私を自宅に招くほど、自由過ぎる。
人に飼われた吸血鬼と言っても、鬼に変わりはない。
人に管理されているとは言え、人を超越した身体能力を持っている吸血鬼が側に居る事を恐れる人は多い。
だから、他人の吸血鬼を自宅に招く事に抵抗感を持っている人も居る。
私は可鈴から何度も清水家に招待された。
可鈴から、恭介さんの両親から止められた事を愚痴られた時は『そんなこと言って、良いのかな』なんて思ったけど、関係は良好らしい。
自由な子だから、非常識な言動をする事はあるけど、常識を知った上で行っている事が殆どだから、手に負えない。
可鈴は、私が清水家を害さないって信じているから、私を招いてくれているんだと思う。
だから私は、可鈴に責任を取らせない為に、相応の言動を心がけている。
そんな私たちの関係から清水家の人たちは可鈴を高く評価しているって噂だ。
その噂は、清水家に仕える吸血鬼の晴輝さんから聞かされた。
長い間、清水家に仕える吸血鬼、晴輝さんは私より百歳は年上だ。
清水家の内情を知っている晴輝さんは、私の存在が可鈴に迷惑をかけていないって事を教えて私の存在が迷惑じゃないって事を教えてくれた。
私は頼れる晴輝さんから吸血鬼の先輩として色々な事を教わっている。
清水家にお邪魔した時、晴輝さんの都合が合えば、稽古をつけてもらっている。
晴輝さんは清水家を守るために清水家の当主と血契約を結んでいる吸血鬼だから、鬼飼ほど鬼を狩らない。
その影響か、晴輝さんが殺した鬼は鬼飼の吸血鬼より少ないらしい。まあ、同年代の場合なんだけど。
鬼を殺した数が少ないから『大した事は無い』って謙遜する晴輝さんだけど、血契約者を守り続けた事は自慢できると思う。
鬼飼に属する吸血鬼の中には、百を超える鬼を殺したって人が居るらしいけど、それは鬼を駆除する為に彼方此方へ遠征しているからで、守護を目的とする晴輝さんとは比較する事自体が間違っていると思うんだけど、晴輝さんは『彼と比べたら、大した事は無い』って言う。
晴輝さんが比べているその人は、どんな人なんだろうって思うけど、私はその人を知らない。
百年以上も生きている晴輝さんが尊敬する吸血鬼。
そんな彼と、私も会ってみたい、そう思っているけど。
私が活動している範囲は、在住している町の鬼駆除班で間に合っているから、その人と会った事が無い。
もし、会う事があったら、その時は町が大変な事になっている訳で。
それは嫌だなって思うから、会わない方が幸せなのかなって思う。
【餓鬼牢獄】
鬼狩、それは鬼を狩る者。
鬼であろうと、鬼で無かろうと、鬼を狩るなら、鬼狩だ。
吸血鬼には人の血を吸う為の牙があるのと、吸血後に血色が良くなる事から、容姿による判別が可能だけど、餓鬼や悪鬼の容姿は生者と大差ない。
だから、外見だけでそれらの判別する事は難しい。
鬼狩はそれらの判別方法を『生きた人肉を喰らわねば、腹を満たせぬ者、それが餓鬼』であり『悪鬼を見つけるなら、人の悪意を見よ』と語る。
餓鬼は多少の飢えに耐えられるらしい。
辛くても『人を食べたくない』って気持ちが、餓鬼の理性を保たせる。
でも、何時か、欲望に負ける。
それが餓鬼牢獄の着想らしい。
中世から始まった餓鬼牢獄は鬼を判別する隔離施設だ。
牢獄の管理者は囚人が『餓鬼であるか?』を見極める為、閉じ込めた餓鬼に、穀物や獣の肉で作られた人間用の食事を与える。
それらの食事で腹が満たされない囚人は餓鬼と判断される。
餓鬼は首を落とされた後、常人と同様の葬儀が行われる。
血が無くなろうと動き続ける餓鬼を安全に埋葬するには胃と口を切り離し、絶食させる必要がある。
牢獄に閉じ込めた者に常人の食事を与えて飢えの具合から判断する方法は現代でも使われているけど、現代は人権が重視されている。
昔の餓鬼牢獄は『こいつは餓鬼だ』って決めつけて長期間拘束したり、邪魔者を餓鬼として処刑する為に食事を与えず飢えさせて、民衆に餓鬼だと思わせたって話もある。
冤罪を防ぐ為に、現代では明確な法の下、餓鬼牢獄が行われている。
1、餓鬼の疑いがある者を拘束する期間は一週間である事。
2、容疑者が満足するまで常人の食事を与える事。
3、一切の人肉を与えない事。
4、牢獄の中で軟禁する事。
5、容疑者の身体や精神を考慮して行う事。
などの決まりが存在する。
過酷な環境にしたら、餓鬼か如何かが分かる訳じゃない。
あくまで人肉を食べないと満たされないって事が判断基準になる。
だから『牢獄に入れなくても、人肉を食べていなければ、餓鬼か如何か分かるだろ』って主張して投獄すべきじゃないって言う人も居る。
それは、そうなんだけど、常に監視するって方法は大変だから、国は好まないと思う。
何処かに人肉を隠して居たり、獣の肉に見せかけて、人肉を調理している可能性もあるから。
生肉は日持ちしないから、乾燥させて干物にしている可能性もあるし。
結局、投獄した方が楽って結論になる。
でも、それは、する側の考えで、される側の考えじゃない。
だから、餓鬼牢獄を好まない人は居続けると思う。
餓鬼の被害を無くすって言う大義はする側の言い分だから。
自分が投獄されたくないって理由だけじゃなくて、政府を疑う人が増えたって事も要因にあるのかもしれない。
信用する人が少なくなった要因は、多分、あの事件だ。
それは数十年前、餓鬼牢獄で常人と判断された人が餓鬼だったって言う事件。
牢獄の食事に人肉が混じっていたんじゃないか、とか、一週間っていう期間は短いんじゃないか、とか、人肉を食べなくても平気な餓鬼が居るんじゃないか、とか、色々な噂が飛び交った。
軍はその事件を未だに調査しているって話だけど、解明はされていない。
与えた食事を調べようにも、餓鬼だと判明したのは餓鬼牢獄を出てから一週間後だったから、身体の中から投獄中の食事は無くなっていた。
看守を取り調べても『人肉を与えていない』って主張は変わらず、証拠もなかった。
餓鬼牢獄を終えた後『餓鬼に成ったんじゃないか?』っていう考察もあったけど、その事件を調査した警察や軍は、餓鬼牢獄から出た後に死んで蘇ったっていう証拠を得られなかった。
それ以降、反政府運動は過激になり、『餓鬼なんじゃないか』って疑われている人が殺される私刑が増えた。
政府が『餓鬼牢獄が厳正に行われるよう、徹底する』と言っても『本当に?』って疑う人はいる。
『口先だけじゃないのか?』なんて言われるのは、信用されていないからだ。
事件を解明できるまで、餓鬼かも知れないって不安はくすぶり続ける。
不安な人に口先だけの『大丈夫』って言葉は効果的じゃない。
今の所、反政府的な言動を行う人は少数派だけど、餓鬼に対する不安が高まったら、反政府運動や私刑が過激になる可能性は無いって言えない。
もし、もう一度、同じような事件が起こったら、この国はどうなるのだろうか。
そんな不安はあるけど、吸血鬼に出来る事は、鬼を狩る事だけ。
国民に含まれない吸血鬼の言葉は人よりも軽いんだから。
【悪意の化身】
悪鬼、それは悪意の権化。
悪鬼の姿は生者と大差がないから、人々に紛れて生活できてしまう。
それが悪鬼だと疑う要素の一つが性格の変化だ。
昨日まで優しかった人が急に冷たくなった、とか、厳しかった人が優しくなった、とか。
徐々に変わるって感じじゃなくて唐突に変わる。
多くの悪鬼は愛する人を苦しめる。
苦しめる事で嫌われようとしている。
だから、餓鬼に比べて分かりやすい。
――けど、言動に乱れが生じたからって悪鬼だと決めつけるべきではない。
その乱れは、悪鬼に、心を揺さぶられた常人かもしれないから。
【揺るぐ理性】
悪鬼の持つ特異で超常的な力の一つが理性の弱体化。
人の理性は欲望を抑える。
抑えるからこそ、他者の意思を重んじることが出来る。
でも、理性が欲望を抑えられなかったら、人は他者の心を軽んじる。
理性を弱めても、悪鬼の思い通りに動くとは限らない。
だから、悪鬼の被害者は悪鬼の操り人形って訳じゃない。
【恨まれたがり】
悪鬼は愛する人を苦しめる為に、愛する人の大切な何かを奪う傾向がある。
愛する人から愛されたいってのは常人なら共通して持っている事だと思う。
その思いは恨みや憎しみを抱かせ得る。
悪鬼は、そんな状況を作ろうとする場合がある。
嫌われたい人の大切な人。その理性を弱らせて悪行を働かせる。
愛する人に『その人を唆したのは私だ』と告げる。
現実で、夢で、様々な場所で、愛する人に語りかける。
『私が』『誰を』『どの様に陥れたか』を。
愛する人から『お前のせいで』って思われたら悪鬼の望みは叶う。
望みを叶えた悪鬼は姿を眩ませる。その理由は生きる意味を失ったから、って考えられている。
そう考えられている根拠は、あり続ける悪鬼は愛する人から嫌われていないって事にある。
【悪意の側に悪鬼あり?】
悪意を探せば悪鬼が見つかる。
でも、それは、必ずって訳じゃない。
だって、悪鬼に限らず、悪意を持っている人は居るんだから。
悪鬼は人を苦しめる事が多いけど、人を救う事もある。
悪の象徴。それは不幸に理由を与えてくれる。
でも、それは、必ずしも、正しいとは限らない。
【悪鬼の被害者】
悪鬼に理性を乱された人が犯した罪は軽くなる場合がある。
なんで罪が軽くなるのか?
それは『悪鬼の影響で正常な判断が出来る精神状態ではないから』って理由。
悪鬼の特異な力を防ぐ事は不可能に近く、その影響を受けた人は被害者と言える。
被害者って理由から罪や罰の程度が軽くなる場合はあるんだけど、この決まり事には問題が有る。
それは悪鬼を理由に責任から逃れようとする人が居るって事。
『悪鬼のせい』って言えば罪が軽くなったら、不当に罪が軽くなってしまう。
他人の内心を覗き見れる常人なんて居ないから、被告人の証言なんて当てにならない。
だから、悪鬼の影響が証明された場合に限られるって決まりがある。
でも、その証明は困難だから、罪が軽くなる事例は多くない。
悪鬼が証言してくれるとは限らないし、証言したとしても、その内容が正しいって判断は難しい。
だって悪鬼は悪意の権化だから。
悪鬼の言葉だけで、その是非を判断できる人は居ない。
悪鬼の言葉だけじゃ証明できない。
でも、証拠を発見する機会に成り得る事から、悪鬼の言葉は無価値って訳じゃない。
悪鬼の言動を分析して、事件を解決する事はあり得るんだから。
【悪鬼の標的】
悪鬼の標的は無差別に選ばれない。
悪鬼の目的は、愛する人から、嫌われたり、恨まれたりする事。
その為なら、犯罪を助長する事もある。
悪鬼の特異な力は生死や人の心に影響を与えるらしい。
牢獄の看守を唆して、脱走の機会を与えたら、犯罪者を脱獄させる事だって可能だ。
悪鬼の標的は無差別じゃないけど。
二次的な被害で無関係な人々を苦しめる事だってある。
その昔、人々を喰らう餓鬼を生み出した悪鬼は愛する人に経験させた。飢えの苦しみを。
餓鬼になった愛する人から恨まれた悪鬼は喜んだ後、姿を消した。
そんな逸話がある。
だから悪鬼に倫理観や道徳心を求めるべきじゃないって言わている。
【悪鬼の始祖】
悪鬼がどうやって生まれたのか、それは分かっていない。
蘇った、そう考えるのは、死んだ人が悪鬼として現れたから。
吸血鬼や餓鬼は悪鬼が蘇らせたって語り継ぐ逸話が多いけど、実態は分からない。
共通しているのは、悪鬼の前が確認されていないって事。
だから、悪鬼が生まれた原因は何なのか? それは全く分からない。
怪しげな術なのか、自然に発生したのか、何かを食べて変異したのか。
それは誰にも分からないのかもしれない。
【吸血鬼の持ち主】
六年前、私の主は変わった。
前の主はお父様。
今の主は、鬼飼に所属する青年だ。
私たちが暮らす国は血契約を結んだ吸血鬼を受け入れている。
吸血鬼は血契約を結んだ主以外から、吸血する事を禁じられている。
それを破った吸血鬼は罰を受け、その主は管理者責任を問われる。
吸血鬼が負う罰は、軽ければ投獄で重ければ処刑。
血契約を複数の主と結ぶことは許されず、血契約を結んでいない吸血鬼は国が認める駆除対象だ。
血契約を結んでいない吸血鬼は吸血鬼を管理する鬼飼が保護する事になっている。保護って言うけど、実態は捕らえるって言う方が近い。
法的に吸血鬼は人間じゃなくて物って扱いだから、人に与えられた権利を行使できない。
血契約を結んだ吸血鬼は主の物だから、勝手に盗ったり、壊したら犯罪者になる可能性がある。
血契約を結んでいない吸血鬼は鬼飼の物って扱い。
【正当な狩り】
今の私の主は成人した十八歳で鬼飼に入った。
その前から、私の主は太郎だったんだけど、それまでの間、今の主の命令で私が鬼を狩る事は無かった。
鬼狩りは原則、鬼飼に認められている行為だから、勝手な狩りは法律違反になり得る。
老衰したお父様は、多量の吸血に耐えられる程、元気な身体ではなくなっていた事から、悪鬼に親を殺されて孤児になった十二歳程の少年に私を継承した。
私がこの国に居続ける為には、血契約者が必要だけど、私の自由を保障する人に預けたかったお父様は、心根の優しい太郎に私を託した。
私の意思を尊重してくれるって理由だけでその子を選んだわけじゃないと私は思っている。その子が悪鬼を殺すために鬼飼を目指している事も理由の一つなんだと思う。
私は鬼を狩る事で存在意義を証明しているから、私の主に相応しいって判断したんだと思う。
吸血鬼は生きる為に生きている。
吸血鬼になった頃の私は、人って意識が抜けなくて、生きる為に生きている吸血鬼の欲望が受け入れられなかった。
そんな私は鬼を狩る役割に惹かれた。
生きる為じゃなくて、何かの、誰かの、社会の為に生きる『役割』って言葉に。
鬼狩になりたい。その願いを聞き入れたお父様は、鬼飼に異動してまで私に鬼を狩らせてくれた。
私は必死に吸血鬼である意味を確立しようとした。
吸血鬼になった意味があると思いたいから。
【見出された思想】
鬼飼に異動したお父様は川島さんって人の部下になった。
川島さんは見た目が大人になり切れていない私を今でも子ども扱いする。
出会った当初は年相応の容姿だったけど、今の私は年不相応なんだから、何時までも子ども扱いしないで欲しいって思う。
そんな川島さんは、お父様より年下なんだけど、お父様の教育係に任命された事もあり、お父さん共々、お世話になった。
そんな川島さんと一緒にした仕事で印象に残っているのは、餓鬼を討伐したあの仕事だ。
調査班が集めた情報を用いて餓鬼の疑いがある人の潜伏場所に辿り着いた私たちは、無事に標的を捕らえることが出来た。
標的が餓鬼だと確定する前に、殺す事は禁じられているから、手加減するってのも苦労した。 ――けど、そんな事よりも重要なのは、標的だった餓鬼が語った思想。
その餓鬼は『増えすぎた人間を減らす為に、俺は餓鬼になったんだ!』って言った。
なんで餓鬼になったのか? 餓鬼の殆どはそれで苦悩するらしい。
悪鬼のせいで餓鬼になったんなら『それは悪鬼のせいだ』って言えるけど、悪鬼が関与した形跡がないのに、餓鬼になった者は『なんで自分が餓鬼になったのか?』って事で悩み苦しむ場合が多いらしい。
人の社会、その倫理や道徳。
それらの価値観が『人を喰らうな』って言う。
だけど、餓鬼は、人を食べたいと思ってしまう。
その罪悪感は餓鬼を苦しめるらしい。
そんな餓鬼が、欲求に逆らわず人を食べる為に、見つけた答えの一つが『大地は増えすぎた人を減らす為に餓鬼を生んだ』って言う思想。
その思想が正しいって証拠はない。
無いけど、根拠のない噂話でも、信じてしまう程、餓鬼の境遇は悲惨なんだと思う。
『信じてしまう者がいるのは仕方がない』って思うのは、私が吸血鬼を受け入れられていないから、なのかもしれない。
【誘い】
それは十数年前の出来事。
お父様が眠っている夜中、私は一人、自宅の廊下を歩く。
そんな私の目前に一人の吸血鬼の男が現れた。
私は彼から問われた『今に満足しているか?』って。
彼は言った『人間に支配されている事に不満はないか?』って。
無いとは言い切れない。
――けど、仕方がない事だって思う。
だって、そうしないと、この社会で吸血鬼は生きていけないから。
彼は私に答えを急かさず『我らの里は、吸血鬼が人間を支配している』と続けた。
私の『吸血鬼が、人間を?』って言う疑問に彼は答えた。
『そうだ。人間を超越した我ら、吸血鬼が、劣等な人間を支配しているのだ』って。
劣等、その言い方は気に入らないけど、否定しがたい事実だ。
血が尽きなければ身体が衰えない吸血鬼は、常人より遥かに長い時を生き得る。
二百年の時を生きた吸血鬼の経験を、常人は一生を費やしても届かないかもしれない。
だから、その主張は間違っていないと思う。
でも、だからって、見下して良い事には成らない。
長考する私は『そう思わないか?』って同意を求められた。
客観的な答えを言うべきか、主観的な答えを言うべきか、悩む私は答えられなかった。
そんな私に彼は『悩んでいるのか、人里の道理を冒す事に』って言った。
その指摘は的中していた。
人間社会の倫理、道徳。その常識を守る事は私の当たり前だった。
でも、それは、私がその社会の構成員ならって前提がある。
私が常人だった頃なら、私はその常識になんの疑問も持たなかったのかもしれない。
でも、今の私は吸血鬼だから、その常識が非常識なんじゃないかって思ってしまう。
だからって、その道理を守らないと、私はこの社会に居られない。
悩む私に彼は『人里の道理など冒して良いではないか! ここに居られなく成ろうと、我らの里に来ればよい』って追い打ちした。
彼の言い分は正しいのかもしれない。
吸血鬼を国民と見なさない社会なんて、離れた方が良いのかもしれない。
私自身の為を思えば、それが良いのかもしれない。
吸血鬼が人間の社会で生きるなんて、不相応なのかもしれない。
でも、私はお父様と暮らしたかった。人から見捨てられたくなかった。
だから、私は『お断りします』って答えた。
残念そうな表情を浮かべる彼は去り際に『人里に呆れ果てたら、我らの里へ来ると良い。もし、共に暮らしたい者が居るなら、その者も連れてくれば良い。我らも人間と共存している故、身の安全は保障する』なんて言われた。
その提案は魅力的だった。
でも、それは自己中心的な言い分だ。
私はそれを拒絶した。だって、私は、人を家畜にする気が無いから。
最後に『その日が来る事を楽しみに待っている』って言い残し、彼は立ち去った。
【居場所】
私が暮らす国は吸血鬼を国民って見なさない。
そして国籍や苗字を奪われる。
だから、家族は居なくなる。
私のお父様はもう、お父様じゃない。
それは嫌だ。
嫌だけど、私が苗字を失っても、お父様が私を吸血鬼っていう物として扱っても、側に居られるなら、隷属する価値が有る。
血契約を結ぶ主《あるじ》が変わって私はお父様から離れて暮らし始めた。
でも、心優しい主は何かと用事を作ってお父様と会わせてくれる。
まあ、本当に『教わりたい事がある』って理由しか、ないのかも知れないけど。
私は、この町に、人間社会に、捨てがたい人達がいる。
だから、彼が望む未来は来ないと思う。
私が人々から追い出されない限りは。
【終わり】
【色々】
餓鬼の遊牧民、それは人間を食料と見なす餓鬼の集まり。
人間を食べる為に人間を育てながら、通った村や町から人を攫う。
区切り
そんな遊牧民を、吸血鬼の里、その長は『私たちと異なり人間を家畜化している』と言い、共存する我らとは異なるって評価している。
吸血鬼の里にも人間が居るけど、吸血する為に生かし、育てているだけで、ある程度の自由を与え、共存し、人間の命を重んじている事から、家畜とは見なしていない。
吸血鬼の里は人間が大半で吸血鬼は少ない。
区切り
鬼飼が飼育する吸血鬼は血契約者が居ない吸血鬼だけ。
それ以外の吸血鬼は血契約者の所有物である事から、問題を起こして、契約が無効になるまでは、血契約者が責任をもって飼育する義務がある。
契約は決まりごとに基づいて行う必要性があり、勝手な契約を国は血契約と見なさない。
区切り
人間から成る鬼は、人々の暮らしと密接な関わりを持ち、それらを制御する行政機関、鬼飼《おにかい》は、人々の平穏な暮らしを守る為に必要不可欠な組織だ。
鬼飼には、鬼の調査を行う調査班と鬼の管理と殺傷を行う鬼狩班がある。
調査班が鬼を見つけた場合、必要に応じて、鬼狩班と協力し、対象の確保や殺傷を行う。
原則、吸血鬼は常人に暴行を働く事が禁止されている。それは吸血鬼に比べて、非力な常人に吸血鬼の暴力は過剰だって判断されるから。
そんな理由で鬼狩班が常人の起こした事件に関わる事は基本的に無い。
鬼の捕縛や殺傷を行う機会は少ないから、鬼飼に隷属する吸血鬼は基本的に暇な時間が多い。
区切り
吸血鬼になった少女は、子供が生めなくなり、父親の血を残す事が出来ぬ自分を責めている。
【終わり】
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