没落令嬢の華麗なる狂詩曲 〜奴隷堕ちした令嬢がハーレムを築くまでの軌跡〜

中原星道

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第一幕 黄昏のエイレンヌ

エピローグ 〜血の契約

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「アタシに伝えたいこと? 一体何だい?」

 突然の少女の言葉に首をかしげるミレーヌ。

「……女将おかみさんは初めてお会いした時から厳しくて、優しくて、わたくしと対等に接してくださいました。いつもワガママで甘えの抜けないわたくしに自主と自立の精神を教えてくださいました。本当に感謝しておりますわ」
「な、何だい藪から棒に! 急にそんなこと言われると何だかむず痒くなっちまうよ」

 深々と頭を下げて礼を述べるララに、ミレーヌは思わず困惑してしまう。
 
 ララはさらに続けて言う。

女将おかみさんはわたくしがツライ時、泣いている時、いつも側にいて抱きしめてくださいました。アナタが支えてくださったからこそ、わたくしは自分を見失うことなくここまでやって来ることができました。そしてアナタはわたくしの本当の気持ちに気づかせてくれたのです……」

 そう言って再び深呼吸を入れてから、

「わたくし、ハーレムを築くことに決めましたわ!!」

 高らかに宣言した。

「……は?」

 思わず目が点になるミレーヌ。

「世界中の美少女を集めてわたくしの妻とし、わたくしの、わたくしによる、わたくしのためのハーレムを作り、みなに等しく愛を注ぐのですわッ!!」

 そんな彼女を尻目に、ララはまるで歌劇オペラの主演を演じているかのような仕草で悦に浸る。

「そ、それはまた大それた野望だな……。でも、それとさっきの話がどう繋がるんだい?」

 戸惑うばかりのミレーヌが問うと、

「……女将おかみさん、けっこう鈍いのですわね」

 ララはため息を吐いて少し呆れたように言うと、そっと自らの胸に手のひらを添え、

「わたくしはアナタのことを愛しておりますわ」

 まるで風がふわりとそよぐように、涼やかに愛をささやくのだった。

「……え?」

 それでもやはり状況が飲みこめず、ミレーヌは目をパチクリとしながら首をかしげる。

「アナタにはわたくしの第一夫人としてハーレムの一員になっていただきたいのです」

 補足するようにそう告げると、

「……あ、アタシが!? それは本気なのかい?」

 ようやく彼女の言葉を嚥下えんかし、自らを指さして問うのだった。

 ララがコクリとうなずくと、

「で、でもアタシはアンタよりひとまわりも年上のオバさんだよ? 性格もガサツだし、肌も浅黒くてアンタみたいにキレイじゃないし……」

 とんでもないと言わんばかりに大きくかぶりを振るミレーヌ。
 しかし、ララは小さくかぶりを振ると、

「アナタは美しいですわ。お母さまもパメラさんも美しかったですが、アナタもそれとも違う特別な美しさを備えております。このわたくしが保証するのですから間違いありませんわ」

 さらなる口説き文句で畳みかける。

「そう言ってくれるのは素直にうれしいよ。でも……アタシには結婚経験も妊娠経験もある。純真無垢なアンタとは釣り合わないよ……」

 それでもミレーヌは顔を曇らせ、目を伏せるのだった。

「……やはり、亡くなられた旦那様とお子様のことが忘れられないのですね?」

 ララの問いに、ミレーヌは言葉もなく小さくうなずいた。

「でしたら……わたくしは亡くなられたアナタの旦那様とお子様も愛します。アナタにまつわるすべてのものを含めて、アナタを愛すると約束いたしますわ」
「ッ!!」

 ララのその言葉に、ミレーヌはハッと胸を打たれた。それと同時に、自身の胸の奥に渦巻くもやもやしたものの正体に気づくのだった。

「それでも、わたくしを受け入れることができませんの? わたくしのことが……本当はお嫌いなのですか?」
「違う……違う違う違うッッッ!!!」

 まるで試すような少女の問いに、ミレーヌは何かを吹っ切ろうとするように大きくかぶりを振る。

「アタシだってホントは気づいていた……。気づいていながら、今までそれを閉じこめて、ホントの気持ちを押し殺してたんだ……」

 まるでひとり言のようにポツリポツリと語り出すと、

「さっきアンタが生涯男を寄せつけないって決めた時、アンタには普通の女の子としての幸せを掴んで欲しいと思って少し悲しくなった。でも、心の奥底では違った。アンタが純粋無垢なままでいてくれることを、ホントは望んでいたんだ!」

 まるでせきを切ったように思いを吐露し出す。

「ララは、アタシの過去を含めてすべてを愛してくれると言った。だったら、アタシもすべてを包みかくさずに打ち明ける」

 ひとつ深呼吸を入れてから、ミレーヌは再び静かに語り出す。

「初めてアンタと会った時――ぐっすり眠ってるアンタの顔を見た時、こんなに美しいコが存在するのか、って驚いた。まるでおとぎ話に出てくるお姫様みたいだって。たぶん、もうその時からアンタに惹かれてたんだと思う。そして、一緒に過ごしていく内にアタシの胸の中で芽生えていったんだ。アンタが好きなんだ、って感情が……。だけどそれは決して抱いてはいけない禁忌の感情。ヴァレリア正教の教義に背く大罪なんだ、って。アタシは必死にその想いを押し殺してきた。だけどもうこれ以上自分を偽るのはイヤだ!!」

 そして少女の碧い瞳をまっすぐに見すえ、

「アタシはララが好きだ! 大好きだ!! だからここまでついて来たんだ!! アンタのご両親も、ジョエルも、アンタにまつわるすべてのものをひっくるめて愛してる!!」

 これまで抑圧されていた感情を爆発させるのだった。

「……うれしいですわ」

 ララはその言葉を受けて歓喜の涙を流す。

「アタシも……。これでようやく前に進めるよ」

 そう言って自分の胸に手をあてるミレーヌ。もう彼女をあれだけ苦しめていたもやもやとしたものはすでに霧散していて、今はまるで空に虹がかかるように晴れ晴れとした気持ちになるのだった。

 そしてララはしなやかな指先を伸ばしてミレーヌの赤々と燃え上がる唇に触れ、

女将おかみさん。わたくしたちの想いの証として、血の契約を結んでいただきたいのです」

 そう言う。
 
「血の契約?」
「はい。以前、紫紺騎士団のリオという男と戦った時に彼が言っていたのですが、どうやらわたくしは『聖痕使いスティグマータ』という不老不死の力を得ているようなのです。そして『聖痕使いスティグマータ』の血を飲んだものはその力を継承し、高い戦闘能力を得るとのことなのです」
「それじゃ何だい? アンタの血を飲めばアタシも不老不死になる上にアンタみたいに強くなれるってのかい?」
「ええ、そのようです。ですが……」

 言いづらそうに口を濁すララ。

「何か問題があるのかい?」
「はい。『聖痕使いスティグマータ』の血を飲んだ者は『吸血者ドラキュリアン』と呼ばれ、能力を継承する代わりに定期的に他者の血を摂取しなければならなくなります」
「他者の血を摂取って……まさか!?」

 すぐに察するミレーヌ。

「ええ。以前のわたくしがまさしく『吸血者ドラキュリアン』でした」
「あれかぁ……」

 過去にララが血を求めて騒動を巻き起こしたことを思い出し、苦笑いするミレーヌ。

「それはすなわち、人としての生を捨てることでもあります。もちろん、わたくしは無理強いはいたしません。……いかがなさいますか?」
「アタシは――」

 人生を左右する選択に、ミレーヌは少し考えこむと、

「アンタと一緒にいられるなら永遠の時も悪くないね」

 ニコリと笑って言う。

「それでは――」
「ああ。たとえ行き先が地獄だとしてもアタシは一生アンタについてくよ」
「ありがとうございます。それでは……」

 ララは腰に下げていた剣を抜き、自らの指先に傷をつける。
 そこから、真っ赤な鮮血がにじみ出す。

「わたくしララはミレーヌを伴侶としてめとり、永遠に添い遂げ、これより増えるであろう妻と共に等しく愛を注ぐことを誓いますわ」

 ララはそう宣言してそれをミレーヌの口元へと差し出す。

「アタシ、ミレーヌはララの妻として愛を注ぎ、永遠に添い遂げ、これより増えるであろう他の妻にも等しく愛を注ぐことを誓います」

 ミレーヌは少女の指先に舌を這わせ、その血を舐め取る。

「あぁ……」

 刹那、ミレーヌの体内で血という血が、肉という肉が、細胞という細胞が活性化するのを彼女は感じる。

「これでアタシもアンタの力を継承できたんだね?」
「ええ……」

 微笑みを浮かべ見つめ合う二人。

「ずっと一緒ですわよ、ミレーヌ……」
「アタシを最初の妻に選んでくれてありがとう、ララ……」

 そして両親が見守るその前で、二人は熱い口づけを交わす。
 ふわりとそよいだ風がヴェールのように二人を優しく包みこみ、その新たな門出を祝福するのだった。

 
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