The Doomsday

Sagami

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Too late

5:種火4

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黒い鎧を来た男達が周りを囲んでいる。男達は槍を携えており、その切っ先が自分と名も知らぬ恩人に向けられている。人数は10人ほど、濃厚な死の臭いが辺りから漂う。
『何故、私が』
『ああ、やっとこれで終われる』
二つの想いに知らずに涙が浮かぶ。
母は自ら命を絶ったとき、どう思ったのだろうか。
「大丈夫か」
刃を向けられたまま彼が問う。私は奥歯を噛み平静を装い答える。
「はい、大丈夫です」
兄にいつも言うように、ちゃんと言えただろうか。小さなため息が聞こえる。
この恩人は不思議な人だ、どんな理由かはわからないけれど見ず知らずの私なんかのために命をかけてくれている。
「*****」
鎧を来た小柄の男が何かいい、隣の男に後頭部を叩かれている。
言葉の意味は分からない。部屋に居た少女のように頭に直接語りかけてくる言葉もない。繋いだままの手が、汗で湿っていく。心残りは1つだけ。
「こんなときですけど・・・お願いしていいですか」
消え入るような、小さな声。私は何をしているんだろう。
小さく頷くのが見える。
「お名前、お聞きしても」
呼吸の音が聞こえる、心臓の音が聞こえる。
立上タツガミシロウ」
恩人の名を聞けた事に胸を撫で下ろす。何も返すことが出来ないけれど、せめてその名を胸に刻んで死のうと思う。
「あと・・・強く手を握っていただけると」
一瞬、握る手が強くなる。暖かい手。
そして、それは手のひらから零れ落ちる。
「この子を殺されたくなければ、槍をどけろ」
シロウの大きな声が、辺りに響いた。



「副団長、賊など早く止めを」
バルドは物騒なことを言うリンの後頭部を軽く叩く。仮にも女が言うべき台詞ではない。団長からは『異界人の召喚』を確認し次第、エルム皇女を含む全ての目撃者を消せと命令はされている。
儀式の成功を確認した後、第一陣として傭兵を地下神殿に突入させ、どちらが生き残ったにしろ、残ったのを殲滅する。ただそれだけの単純な作戦。
せいぜい、面倒になったとしても、祭壇の奥の小部屋まで逃げ込んだネズミを追い詰める程度だ。
だが、この状況はどうだ。内側からは決して開かない筈の扉を開け、見知らぬ二人が飛び出してきた。
人払いはしたため、とりあえずの信徒の目はないが、部下にどう命令する。
『賊だ殲滅しろ』
その一言で、二人の『異界人』は物言わぬ骸となるだろう。
「もう少し、化け物のような姿を想像していたんだがな」
呟きに剣の柄を握り、異界人の前に出る。どう見ても少年と少女だ、娘の1人と同じぐらいの年頃だろうか。
無数の刃を向けられても、少年は恐れを感じてないようだ。
「*****」
「*****」
少女と少年は小声で何か遣り取りをしている。言葉の意味はわからないが最後の会話だ、暫く待つぐらいは許されるだろう。部下たちは怪訝な顔をしている。
「きっと、副隊長、どうやって嬲るか考えてるんだぜ」
「味方には優しいのにな、部下でよかった」
「副隊長になら無茶苦茶にされても」
不名誉な2つ名のおかげか、心外な発言がされている気がするがこの際気にしないことする。
皮袋から霊薬を取り出し口に含む。味もそうだが、材料を考えると吐き気がする。
半日とはいえ、あらゆる言語を理解し話せるようになるというこの薬、正規のルートで買えば1粒で1月の俸給にあたる。必要になるかもしれないと、作戦前に皮袋に入れ手渡してきた、団長が恨めしい。薬の効果か二人の言葉の意味が分かるようになる。
「あと・・・強く手を握っていただけると」
少女の願いに涙腺が刺激される。この二人は恋人同士なのだろうか、少年は少女を守るように立っており、二人を繋ぐ手は固く結ばれている。
どうにか、この者たちを助けることは出来ないのか
せめて、姿が人とかけ離れていればよかった。もしくは、もっと年嵩の行った姿であれば。一度、娘の姿と重なった少女の姿は特に殺すには忍びない。
繋がれた手が離れる、流れるような動き。無意識に剣を抜く。少年は身を翻し、槍の柄を右手で切り落とす、視界に映ったのは鏡のような断面。衝撃で槍頭が宙に浮く、左手で槍頭を少女の首元に当てる
ぬかった、早い
心の中で毒づく、剣が少年の頭上で止まる。
「この子を殺されたくなければ、槍をどけろ」
少年の大きな声があたりに響く、酷薄な笑み。あの繋がれた手と少女の表情を見ていなければ信じていただろう。
剣を降ろし、後退する。少年の決意に応えたい、そんな甘い考えが過ぎる。



体温が下がっていく。シロウの言葉に彼がまだ足掻こうとしているのがわかる。
何をそんなに足掻こうとしてるのだろう。
いや、わかってはいる。私を助ける数少ないチャンスを得るために、シロウが悪役を演じていることは。
ただ、恐らくは1人なら逃げれるだろうこの状況で私を助ける意味が分からない。
「承知した」
その言葉に、私の思考は中断され、答えに辿り付く事は二度とない。
鎧を着た男の1人が、無造作に剣を横に薙ぐ。暴風のような一撃。
シロウの体がクの字に折れ曲がり、吹き飛ばされる。
脇腹から飛び散った鮮血が私を赤く染める。
シロウは避けようもしなかった、吹き飛びながらその口元には笑みさえ浮かんでいるように見えた。
即死。
そんな単語が頭を過ぎる、世界が赤く染まる、叫ぶ声が女の手で塞がれる。
手に爪を立て、なんとか剥がそうとする。
「無駄にするな」
男の声、「わかってる」その言葉は、口から出ることは無かった。女の腕が私の首に当てられ意識が遠のいていく。



2人は無理だ、だが1人なら助ける手段もある。少年がその手段を示した。
「副団長、どうかされましたか」
少年の声にリンが耳打ちする、手には剣が握られ、すぐにでも斬りかかれる準備が出来ている。
「あの少女は賊に人質にされているようだ」
服は独特であるが、見目はただの少女だ。これなら行けるか、得意ではない思考を巡らす。
「なるほど、ですが厄介ですね、あの距離では救えません」
脳みそまで筋肉で出来ている。そう揶揄されるこの部下の愚直さがありがたい。
「なに、ワシの剣なら問題あるまい」
「納得です」
団長を除き、神殿騎士でワシより強い騎士はいない。それは自負であり事実である。リンは邪魔にならぬように一歩下がる。
「承知した」
少年たちの言葉で同意を告げる。さて、では死んでもらうぞ少年。
賊として少年を殺し、攫われてきた少女は無事助け出される。
事実はともかくとして、ちょっとした美談になるだろう。口の軽い部下たちが、酒場で話してくれれば事件に飢えている詩人達が好きにうたってくれる筈だ。
そうなれば、ばれたとしても1人ぐらいなら団長も見逃してくれるはずだ。無造作に、一歩踏み込み、同時に全力で剣を横に薙ぐ。
笑っているのか
少年の顔に薄っすらと浮かぶ笑み。驚きはするが、力は弱めない。少年の血が、少女を赤く染める。少年の体がバウンドし、柱に当たって止まる。
リンが少女に駆けてくる姿が見える、少女の口を押さえ、パニックなる少女をどうにか止めようとしている。視線で同意を求められ、少女の意識を落とすのを承知する。力加減を間違えなければいいが、そんな心配が浮かぶ。
「無駄にするな」
自身と少女に向けて言葉を搾り出す。混濁しつつある少女の視線が一瞬こちらを向く。脱力する少女を背に、少年へと向かう。
「お前たちは地下神殿内の賊をやれ、ワシはこいつの止めを刺す」
リンに少女を、部下に神殿内の掃討を任せ少年に向かって、剣を構える。
少女を助けるために、少年には死んでもらうしかない。
大きく息を吸い込み、少年に向かって駆け出した。


日は傾き始め、夕日が世界を赤く染めていく。剃り上げた後頭部に赤い日の光が反射する。
血まみれの体、両腕と片足は切断され、黄色い脂肪が所々から覗いてる。
その死体を見おろすのは神殿騎士副団長バルド、別名死体愛好家ネクロフィリアのバルドである。
神殿騎士は正式な騎士ではない。神殿都市の公職ではあるが、叙勲式も無ければ、騎士の称号すら貰えない。従って、領地も無ければ、俸給すら少ない。その俸給さえも最近は上から回ってくる予算が減ったとかで、隊長が私財の持ち出しをしているという噂さえある。部下達はまだ若い、命を張った上に飢えさせるにはいささかではあるが忍びない。
だから、こういう副業をするしかない。
「いつのまにか、ワシは死体愛好家ネクロフィリアということになってるのは、どうにかならぬかな」
部下たちは、ワシのお楽しみの邪魔をするまいと幸い離れていてくれている。
上等の靴に、上等の服、今は血で赤く染まっているが、ワシ達の服よりは大分上等に思える。嫌がるだろうが娘に染み抜きを頼めば、まだ十分使える。
「ふむ、学者どもに渡せばいい金にはなりそうだが」
目を輝かして詰め寄ってくるお得意様の顔が浮かぶ、追及からの回避が面倒さを考えると、うちで使うしか無いだろう。
小刀を懐から取り出し、死体を腑分けしていく。
「内臓の作りは変わらぬか、野山の獣よりはワシらに近いか」
多少の苦労を覚悟していたが、どうやら杞憂のようだった。
内臓は種類別に袋に詰め、血は専用の袋に、骨は付いている身を小刀で削り落としてからひとまとめにしていく。頭蓋から髪を皮膚ごとはがし、髪の毛を束ねる。人間の体に捨てるところは殆どない、買い手さえいればどの部位も中々の値で売れる。髪などは服飾屋が買い取ってくれるが、その卸先の大半は同じ神殿に仕える神官たちが買い取ってくれる。
「内臓で作った薬とか、正直病気になっても勘弁して欲しいところだが」
数時間前に飲んだ薬の材料を想像しげんなりする。しかし、それが神殿の運営費用のなかで大きな比率になっているという。当然、こういうきな臭い時期には、需要が増える。考え事をしていたせいか、力を入れすぎ刃の歯が骨に当たる。
「刃が痛んで無ければいいが」
残った片足の骨を見て、眉をひそめる。
「これは、鉄で骨を繋いでる、あて木を内側からやってるのか」
あまりにいつもどおりの死体であったがために忘れていたが。これが、『異界人』の成れの果てであるということ思い出す。
「まあ、家族も増えたことだ、食ってく為だ、有効活用させてもらおう」
『異界人』の肝で作った薬が、今までと同じ効能を持つかどうかは甚だ疑問ではあったが。


意識を取り戻した時、そこは見知らぬ部屋だった。窓から流れてくる夜風が素肌に気持い。
確か兄さんに学園祭の打ち上げに呼ばれて・・・旧校舎の一室でのささやかな宴を思い出す。
売り子の手伝いを少ししただけだったのに、タツマさんがのりのりで。
「売り上げが3割は伸びたね、間違いなく」
眼鏡をくいっと上げながら、おどけて言うその姿に兄さんが苦笑していた。
そして、突然の地震と停電。
目覚めた先は・・・。一瞬、赤一色の世界が浮かぶ。
思わず上半身を起こす。
「ああ、申し訳ない上を隠してもらっていいかな」
顔を背け男が言う。慌てて薄い布団で体を隠す。下着一枚ない、完全な裸だった。
「何かしたんですか」
1オクターブ普段より声が下がったのは致し方ないことだろう。
「いや、何もしてない何もしてない、あの服のままというわけに行かなかったから、娘たちに頼んで服を脱がして、体を拭いてもらっただけだ。断じて何もしてない、『主』に誓ってもいい」
矢継ぎ早に紡がれる謝罪の言葉に思わず兄を思い出す。
兄も歳をとれば、こうなるのだろうか。剥げ頭になった兄を想像し笑みが浮かぶ。
「思ったより、おちついてるのう。時間もないし伝えなければならないことが幾つかある。まずはあの少年のことだ」
「ええ」
どんな表情で私は答えたのだろう。もう私は気づいている、この男が誰なのか。
「あの少年は死んだ、お前さんは賊に攫われてきたところをワシ達が助けたことになっている」
この共犯者のおかげで、シロウの思い通りに全てはなった。その結果、私はまだ生きてる。頬を伝う暖かい液体、あの日から声を出して泣くことは出来ない、それならこんなもの流れないといいのにと思う。
窓から見上げる月は、いつもと同じだった。
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