The Doomsday

Sagami

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Expedition

5:辺境4

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むせ返るような血の匂い、部屋を染める紅
白い骨に、黄色い脂肪、無造作に剥ぎ取られた頭皮に色の薄い髪の毛

「オエッ」

眼の前で、胃の中身を吐き出す男を一瞥し、レフィーアは小さく息を呑む。

「どう思う」

シロウが遺体をひっくり返す、蟲は湧いていないし血も乾ききっていない。

「死んでそう時間は経ってないな」

ダイファスが顔をしかめて答える。体にへばりついた布片を指先でつまみ、その奥を見る。骨こそ残っているものの、本来体にあるべき内臓も、肉もそこにはない。

「こりゃまた綺麗に食べてるな」

「野生の、獣か何かか」

口元を袖で拭いながらジルダートがちらりと遺体を見て、慌てて視線を外す。嘔吐感は在るものの、胃の中身は既にない。移動を優先して、干芋と僅かの水しか胃に入れていなかったのが救いだろう。

「作物や家畜を狙う動物ならともかく、人を襲う獣の話は聞きませんね」

思案げにレフィーアが呟き、ダイファスが頷き返す。

「野盗や盗賊の話なら聞かなくはないが、そういうのは聞かないな」

カタン

何かが倒れるような音がする。音は奥の扉の先から聞こえた。シロウが手で制し、一歩扉に近づく。ダイファスがその後ろに続き、ジルダートはレフィーアの後ろに隠れ顔だけを奥へと向けている。
木の扉がゆっくり開く。はじめに見えたのは暗い光を宿した瞳、そして、徐々にその老いた顔が露わになる。
ジルダートが一瞬、安堵の息を吐きかけ、止まる。

「口元が赤い」

レフィーアの呟き。シロウとダイファスの視線が合う。シロウが一気に扉へと駆ける、木の床が弛み、遺体が僅かに跳ねる。ダイファスの手が長巻へと伸び、シロウの後に続く。シロウが力任せに扉を開き、開いた空間に長巻の斬撃が走る。

返り血が部屋を染める。部屋の赤がその深みを増した。

「何もいきなり切りつけなくても」

ジルダートが恐る恐る斬り伏せられた人影を覗き込む。人の顔に獣の身体、痙攣する体には生きながらにして蛆が湧いている。

「獣人・・・にしては不格好だな。シロウ、終わらせてやれるか?」

レフィーアが短刀をシロウに手渡し、シロウが頷く。獣は血を流しながら、その銀色の刃を視線で追う。

「獣人の獣化としても、あまり聞かない形だな。そもそも人を喰うものなのか」

カーテンで刃の油を拭きながらダイファスが独り言つ。

「どうなんだろうな」

短刀が粘土を切るかのように、獣の首を落とす。首が床を転がってゆく、その首の太さは顔の大きさに対し、あまりにも細い。足元まで転がってきた首にジルダートが小さく悲鳴をあげる。

「腑分けして中を確認するか?」

シロウの問いに、レフィーアが首を横に振る。人の顔をした生き物を解体するのには抵抗がある。

「なんでまたそんな」

「コレが人を喰った事の確認か?」

ジルダートの呟きに、ダイファスが返す。シロウは表情を変えず肯定する。軽く短刀を振り下ろし、血を払うと赤い線が床に増える。

「この家の住人を襲ったのが、コレの可能性は高い。だが、村の様子を見るにコレだけとも思えない」

短刀をレフィーアに返す。レフィーアは頷き窓の外を見る。村の各所で黒煙が立ち上っている。

「な・・・なあ、コレが獣人としたら、獣人達が襲ってきたってことか」

その言葉に、レフィーアとダイファスが顔をしかめる。

「過去に人間と獣人の諍いはあったと聞く、ここは南とも近い。ありえなくは無いのだろうな」

レフィーアの言葉にダイファスが大きく息を吐く。

「その可能性があるなら、ここからは早く逃げるべきだ。吟遊詩人曰く、獣人、特に12氏族の族長たちは12家門に匹敵するって話だしな」

「また、12か」

シロウの瞳が僅かに揺れる。何かが思い出せそうで、思い出せないもどかしさがある。忘れてはいけない何かがあったのではないだろうか、その思いだけが募る。

「シロウ」

レフィーアの声と窓が割れる音がほぼ同時に聞こえる。痩せた狼が窓を突き破り、その牙をシロウに向ける。

「思い出せないなら、忘れるべきか」

軽く頭を振り、飛びかかってきた獣を裏拳で力任せに叩き落とす。泡を吹いているその狼にダイファスが止めをさす。

「拘りが無いなら武器の一つでも持ったほうがいい」

忌々しそうなダイファスの言葉に、シロウは苦笑で返す。

「路銀が心もとないからな」

「マクシャに着けば、路銀のあてはある」

慌ててレフィーアが言葉を挟む。

「それで、歩きでこんなところを旅していたのか」

ジルダートの呟きに、レフィーあの厳しい視線が向く。

「まあ、路銀の心配より先に、命の心配ってところだな」

ダイファスは窓の外を見て、ため息をつく。見えているだけで数匹、見えてないのも含めると数十は獣がいると考えるべきだろう。

「以前戦った獣人よりは大分弱いが、数だけは居そうだな」

「うちのは役に立たないだろうから、俺とお前で山分けするには少々多いか」

「私も数に入れてもらえると助かる」

「さて、どうしたものかな」

建物へと群がりつつ獣達を視界に収めながら、幾度目かのため息を付いた。



マクシャの砦の外壁は石で出来ている。山中の谷に作られたこの砦は西と東、皇国と公国の境となる地として知られている。谷の一角には石切場があり、外壁の石は何十年とかけ現在の統治者である辺境伯が築きあげてきたものである。

辺境伯の爵位を持つその男は、外壁の上に立っている。周囲では弓を番えた兵たちが合図を待っている。見るものが見ればそれは和弓、ないしは大弓と呼ばれるものと類似していると判るだろう。約2Mほどの弓が20程、その鏃には黒い石が使われている。

「放て」

放物線を描きながら敵に向かって矢が飛ぶ。その多くは外れ、地に刺さる。運良くあたったものも、深く刺さるものは少ない。

「動く獣人には難しいか」

飽和攻撃には程遠い密度、公国の番号付きの軍が詰めていればまた別だろうが、1つの砦の常備兵の数など知れている。予備兵力を含めても100名前後と言ったところだろう。そのうちの約1/3が外壁の上で、襲い来る獣人を迎撃している。

「辺境伯様、指揮は私に任せ、お下がりください」

守備兵長の焦るような声が響く、辺境伯は困ったように曖昧な笑みを浮かべる。

「辺境伯様」

兵の一人が叫ぶ。上空から影、獣化した人虎ワータイガーが跳躍して一気に外壁の上へと踊り来る。その体躯はやせ衰えて入るものの、鋭い牙が口元から覗いている。

「獣9人1、って所かな。純粋な獣にしてはアンバランスな骨格だし。獣人としても最適値を超えている」

守備兵長が剣を構え、辺境伯と獣人の間に立つ。緊張のためか、酷く荒い呼吸の音が聞こえる。獣人もまた口を半開きにして、守備兵長の好きを伺っている。

「うん、そうだな」

辺境伯は、独り言をつぶやく。守備兵長が怪訝な表情を一瞬浮かべる。

「指揮は任せよう。代わりじゃないが、そこの獣人は私が倒しておくよ」

トントンと守備兵長の肩を叩き、獣人の前に出る。守備兵長がそれを止めようと辺境伯肩を掴もうとするのと同時に、獣人が一気に距離を詰めてくる。鋭い牙が、辺境伯の首へと伸びる。

「服のない所を狙う辺り、多少は理性が残っているのかな」

衝撃とともに牙は黒塗りの鞘にぶつかって止まる。牙が覗くその口から、赤い液体が流れ出る。獣人の攻撃を止めた鞘に中身はない。もう片方の手で抜かれた小太刀の刃が獣人を貫いている。

「まあ、あんな勢いで襲いかかってきたらこうなるよね」

小太刀を抜き、虫の息の獣人の体を城壁を登っている敵に向けて投げ落とす。

「ご無事で何よりです」

「それは良いから、指揮頼むよ。私は逆側にでも行ってくる」

「承知しました」

辺境伯の後ろ姿に見ながら、守備兵長は息を吐く。

「油壺、準備できました」

高温の油を詰めた壺が運び込まれてくる。準備の手伝いをしていた民が何かを叫んでいるのが見える。辺境伯が軽く手を振ってそれに答えている。その足取りは遅い。兵たちの間の噂では夫婦喧嘩の結果、足に障害を負ったとまことしやかに語られている。

「獣共に目にもの見せてやれ」

守備兵長の声とともに油壺を外壁から蹴り落とす。獣人たちの肉が焼ける嫌な匂いに顔をしかめる。

「矢はまだ保つか」

「はい、毒はもうありませんが、矢そのものは暫くは保つかと」

弓兵の足元には、液体の入った小さな壺。鏃を液体につけ弓を続けざまに撃ち続ける。最初の斉射で矢傷を負った獣人は外壁にたどり着く前にその歩みを止めている。

「人間同士の殺し合いは慣れてるつもりだが、獣人相手だと勝手が違うな」

「少なくとも、いきなり外壁を飛び越えようとする輩はいませんな」

部下の一人が、飛び上がってきた獣人をメイスで迎え撃つ。肉の潰れる音とともに、男と獣人が倒れ込む。獣人の背に向けて、守備隊長が剣を突き刺す。

「こっちまでまとめて刺し殺すつもりじゃありませんよね」

苦笑しながら、男は立ち上がり獣人を外壁の外へと投げ落とす。腕に鈍い痛みがある。骨にヒビでも入ったかもしれない。軽口を叩きながらも敵が難敵であることにため息が出る。

「なぜかは分からんが獣人共は弱ってる。だが、殺せるときには殺しておかなければな」
過去に守備兵長は酔っ払った獣人と喧嘩をしたことがあった。その時は完敗だった、獣化さえしていない獣人に良いようにやられたのが苦い記憶として残っている。

「12家門の方々は援軍に来られないので」

「伝令は出ている」

だが、援軍の知らせは未だ無い。

後半は言葉に出さない。獣人が再び飛び上がってくる。眼の前の男の体が抉られる。

(ああ、これは駄目だな。また一人死んだか)

どこか冷静な自分をおかしく思いながら、獣人を剣の腹で力任せに払う。思いの外、軽い。本来あるべき重さの半分程しかないのではないかと思うほどに。外壁の内側、市街地の地面に獣人が叩き落とされる。思い思いの武器を手に、住民が地に落ちた獣人を棒などで叩き殺している。

「嫌な光景だ」

地に落ちたのが皇国の兵ならば、あの住民たちはああも容赦なく殴り殺しただろうか。視線を足元に向ける。

「慈悲は要るか?」

深く抉られた腹からは内臓が見えている。

「動きやすからって、革鎧にするんじゃなかったかな」

血を吐きつつ男が呟く。

「そうだな、外壁登るのが大変だからって金属鎧を使わなかったお前が悪い」

そう言う守備兵長は金属製の胸当てとその下には鎖帷子を着込んでいる。多少重いが、命には変えられない。

「じゃ、自業自得なんで、さっくりお願いしますよ」

無理矢理笑みを浮かべるも、その奥歯がカチカチと鳴っている。

歯の音が止んだ。

「さあ、皆、てきはまだまだいるぞ、奥方様のお叱りが怖ければ奮戦せよ」

守備兵長は赤く染まった剣を掲げ声を張る。まだ戦いは始まったばかりだった。
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