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Too late
16:親達の夜
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繰島医院、双凪市南部再開発地域と呼ばれる場所にある私立病院。
プレートには第三会議室と書かれている。
初老の男がその扉をくぐる。
「わざわざ京都から申し訳ありません。湖月さん」
スーツを着た青年が頭を下げる。
「いえ、構いませんよマキさん」
白い髭を手で撫でる。部屋を見回すがマキと自身しかいない。
「私達だけですか」
扉が開く音に振り返る。薄汚れた白衣の少女が姿を現す。
「悪い、待たせた」
ぼさぼさの髪の毛に、充血した目、目の下には隈ができている。脇には何かの資料を抱えている。
「一人足りないか、予定されていた保護者代表は私を含め4人のはずだが」
頭を掻きながら、見回す。ふけが宙を舞う。
「栢山さんにはお伝えしておりません」
「いいのか、娘の話だぞ」
怪訝な視線を向ける。嘗ての患者の顔が脳裏に浮かぶ、管に繋がれ命を永らえる少女と時折見舞いに来るその兄の姿、今では母親となったあの娘の古き日の姿。
「話しても仕方ありません。まあ、兄であるカズシ氏がいればまた別でしょうが」
「確か、あの子。あんたの所に就職したんじゃなかったっけ」
吐き捨てるように言う。
「管理者ではありませんからね」
マキは肩をすくめる。とりたて情が薄いというわけではないのだろうが、マキの事は苦手だ。いずれ私もこうなってしまうかと考えると気が滅入る。長い人生であらゆる事に摩耗してしまい、きっと私達はこうなってしまう運命にあるのだろう。
あの陽気な青年、まだ生きていればそろそろ40ぐらいだろうか。
「となると、これで全員となるな」
初老の男の声に2人が頷く。
学園祭の最終日の集団失踪、その保護者達の会合が始まる。
公国の首都、その中央に古い建物がある。建国の際から変わらないその建物に、1つの古びた部屋がある。
1つの円卓に、12の席。男は席の1つに座り、目を閉じる。
かつて、この席が埋まった時があった。
すでにその時から、千度の季節が巡ろうとしている。
共に主に使えた仲間たちは、1人また1人と去っていった。
今や、その時から変わらずにいるのは自身を含め僅か3人。
1人は思想の違いから国を割り、皇国を作った。
1人は主の代行は出来ないと、隠棲した。
1人は公国のためにと、戦い散った
1人は・・・
去っていた仲間たちを思い出す。
「メレキア卿」
「申し訳ないエシュケル卿、まどろんでいたな」
名を呼ばれ、今に意識を戻す。いつの間にか席の1つに女性が座っている。12公爵家の当主の1人、若すぎる家門の長。嘗ての仲間の子孫にあたる。
主のいない千の季節は長すぎる。仲間の多くは人と交わり子をなし、その子孫たちは公国をよく運営している。だがこの千年他のものと違い、自分は実務から離れる事はできなかった。
「働き過ぎなのですよ。メレキア卿は」
バーレギ卿がその初老に入った顔に穏やかな笑みを浮かべる。僅か200年でこれほど老いだ、仲間の子供たちの存在はよく似てはいるが異なる種であることを突きつけてくる。本来の我々に成長する、老いるという仕組みは無い。この形で生まれ、この形であり続けるただそれだけのもの。
その血の幾分かは自身と同じ血が流れている、そう考えると愛おしくはある。子を成す気のない自分にとって、子供や孫同然でさえある。
それは、たとえ袂を分けた皇国の皇家の者達にさえ変わらず抱く想い。千年前ですら僅か12人しか現存しない異端、主によって創られた世界にとっての異物達への仲間意識。
「エシュケル卿のご息女は、洗礼に向かわれたとか」
「ええ、誰に似たのか1人旅をしたいと供も連れずに」
どこか楽しげに笑う。貴女の若いころにそっくりですよ、自然と口元が歪む。
かつての無鉄砲な少女も、今や公国の第2軍を率いる女将軍を務めている。
「さあ、本日の議題を始めましょう」
自分の声に、公国の最高意思決定機関が動き出す。
皇国の大図書館の地下、皇妃は1つの本棚の前で足を止める。
皇国の知の殿堂、大図書館。今古東西の書物が収められたこの図書館には一般公開されている1階、専門書の収められている2階以上の上階、禁書の収められている地階がある。
「1冊、減っている」
未分類の棚に不自然な空きを見つける。危険な書物が一冊なくなっている。この地下室にある書物はいかなる理由があっても持ちだしてはいけない、この場所ができてからの不文律。それを破ったものがいる。本のあった場所には軽く埃が積っている。
「少なくともこの数日ではないようですけれど」
地下への鍵は皇妃の持つ1本だけ、こじられ開けた痕も、鍵を紛失した記憶もない。首を傾げるが答えは見つからない。ゆっくりと隣の本を手に取る、タイトルは『12公爵家と12英雄 伝記』民衆が知り、吟遊詩人が歌うサーガの原典の1つ、12公爵家と12英雄の戦争の記録。民衆が伝承として知るのは、為政者にとって都合の悪い部分を削りとったただのお伽話。
溜息をつく。
「皇妃になんてならなければよかった」
ただの司書として大図書館に務めていた頃が懐かしい。あの本好きの青年がお忍びの皇子だと気づかなかった過去の自分に苦笑する。
「そうすれば」
何も知らずに済んだのに。知らなければ良かったことがこの世界には多すぎる。
けれどその言葉は発せられることはない。それを言ってしまえば、決意が鈍ってしまう。本の表紙を軽く払う。カビ臭い本の匂い。備え付けられたテーブルに目的の本を置く。
タイトルは『黒き刻への鍵』、皇妃の夜は1人更けていく。
「以上の分析結果から、現場にあった肉塊は人間のものと断定される。ただし、立上シロウ、水無月兄弟、栢山イツミ、繰島タツマのDNAは検出されなかった」
成分分析の結果が詳細に書かれた資料が二人の保護者に手渡される。
「では、他の行方不明のクラスメイトのものかね」
湖月ユウサクの問に繰島カエデは曖昧な表情を浮かべる。
「半分正解だ、DNAの1部にはクラスメイトのものが含まれていた。だが、この肉塊は、2つ以上のDNAの肉が混じっている」
「合い挽き肉か」
「もっと粒度は細かい」
カエデがげんなりして言う。
「しかし、そんな酔狂なものを誰が作るのかね」
明確な答えは未だ無い。
「我々に対して、脅しという線はどうでしょうか」
とりあえず、といった感じでマキが言う。
「うちはともかく、タツガミと京都の三月家を敵に回すか、それこそ酔狂どころか自殺願望というのもおこがましい。できれば、うちまで巻き込まないで欲しいんだけどね」
カエデの言葉に、2人が苦笑する。
京都に御月、湖月、水無月、三家を合わせ三月家と呼ばれる集団がある。古くからある異能の一族。様々な呼ばれ方をするが、とある異世界においてはその異能は『魔法』と呼ばれる。
「喧嘩は売ってないと仮定するにしても、あの子たちが選ばれたのには理由があると考えるのが自然でしょうかね」
ユウサクの言葉に対する否定は出ない。誘拐にしろ何にしろ、特殊な人間が揃いすぎている。
「偶然にしては出来過ぎている」
つまりはそういうこと、偶然ではありえない。
「だれかを狙った結果巻き込まれたのか、全員を狙ったのか」
幾つかの可能性の提示と検討を繰り返す。そして、それぞれの保護者は自らのスタンスを示し共有する。
「タツガミ家は悪意を持ってこれが引き起こされているなら、一族をもって相応しい対応をする」
つまりは状況によっては宣戦布告とみなす。
「クルシマはそもそも数が居ないからパス。出来ることは手伝うけれどタツマのために一族を危険には晒せない」
つまりは非干渉を貫く。
「京都三月家は、次期当主水無月アマネの保護を再優先として、守役のトオルの生死は問わない」
つまりはアマネさえ無事に回収できればいい。
タツガミはともかく、私も三月家も酷い言い様だ。
カエデは自嘲する、腹を痛めて産んだ子というのにどこか人事のようにさえ思う。
ただ、まだ息子は生きている。そんな確信だけがあった。
馬の足を休ませ水を与える。村の方角が僅かに明るい。
「間に合わなかったか」
マルバスは呟く。村の者の要請を受けすぐに兵を出した。だが、野盗の動きはそれ以上に早かった。
「神殿都市の近くの村が襲われる事といい。野盗達は何を焦っている。食料の略奪なら村を全滅させる必要はないし、ましてや連続で襲う必要はないはずだ」
貴重な馬を乗り潰すわけにもいかず。足の早いものを斥候に出し、馬と部下に水と飲み物を与えている。
「団長、斥候が戻ってきました」
部下の声、それに続くように息を切らせ、斥候が戻ってくる。
「村は野盗に襲われていたようですが、旅の者たちと協力してそれを撃退したようです」
「そうか、ご苦労。バルド、どう思う」
斥候に休むように目で合図し、バルドに意見を求める。
「野盗には魔法使いも居たという話ですし、旅の者によほど腕の立つものが居たのではないかと思います」
バルドの頭に神殿都市での一幕が浮かぶ。もし、あの少年ほどの腕のものがいれば夜盗を撃退することが可能では無いだろうかと。
「例えば、エミリア神官長やエルムほどのか」
「そちらの線もありますな」
あのお二方の死体もたしかに見つかっては居ない。団長は追われるつもりなのだろうか。心情的には出来ればやりたい任務ではない。
「不確定要素に人員を割く余裕はない。南も不安ではあるしな」
「承知いたしました」
内心の安堵を察せられないように、務めて事務的に答える。
「ただ、どちらにしろ残党がいる可能性がある。村には向かわねばな」
村の方角は未だ赤い。
男は古びた民家、金目の物を物色していた。髪飾りを見つけ懐に入れる。娘への土産ができた、頭も1つぐらいは許してくれるだろう。口元に笑みが浮かんだ。暗い笑みを浮かべるようになった娘に、少しでも明るさが戻ればいいと思う。年頃の娘に、他の野盗から見を守らせるためとはいえ少年のふりをさせてる負い目もある。
「罠だ、くそ待ち伏せされる。手前ら退散だ」
頭の声、咄嗟に民家の中に隠れる。喧騒があたりを支配し、やがて静寂が訪れた。誰も男が夜盗の一味と気づくものはいなかった。
それは、不幸でしかなかった。
結果、娘と共に死ぬチャンスを永遠に失ってしまった。村人にまじり男は炎を見ていた。燃えてゆく娘の体。何とか自分は難を逃れた。だが、娘は死んだ。
どこか遠い世界の出来事のように思う。
うつろな瞳をして村人をかき分け、炎に近づく。村人たちは燃える死体に礫を投げつけている。炎の中に娘が見える、娘の体だ見間違えることなどない。村人たちに、危険だと抑えられつつも、最後に一目、娘の顔をと炎の中を覗き込む。見慣れた顔はなかった、無残に潰れた顔が炎に包まれゆっくりと燃えてゆく。
慟哭、そして、酸っぱいものがせり上がってくる。
村人をかき分け、何度も嘔吐をする。
「あんた達、皆さんの迷惑だよ」
誰かの声が聞こえる。口元を拭うこともせず声の方を向く。
少女にとっての英雄の卵
村人たちにとっての小さな恩人
男にとっての娘の敵
薄暗い明かりの中に浮かんだ顔を、男は生涯忘れることは無い
プレートには第三会議室と書かれている。
初老の男がその扉をくぐる。
「わざわざ京都から申し訳ありません。湖月さん」
スーツを着た青年が頭を下げる。
「いえ、構いませんよマキさん」
白い髭を手で撫でる。部屋を見回すがマキと自身しかいない。
「私達だけですか」
扉が開く音に振り返る。薄汚れた白衣の少女が姿を現す。
「悪い、待たせた」
ぼさぼさの髪の毛に、充血した目、目の下には隈ができている。脇には何かの資料を抱えている。
「一人足りないか、予定されていた保護者代表は私を含め4人のはずだが」
頭を掻きながら、見回す。ふけが宙を舞う。
「栢山さんにはお伝えしておりません」
「いいのか、娘の話だぞ」
怪訝な視線を向ける。嘗ての患者の顔が脳裏に浮かぶ、管に繋がれ命を永らえる少女と時折見舞いに来るその兄の姿、今では母親となったあの娘の古き日の姿。
「話しても仕方ありません。まあ、兄であるカズシ氏がいればまた別でしょうが」
「確か、あの子。あんたの所に就職したんじゃなかったっけ」
吐き捨てるように言う。
「管理者ではありませんからね」
マキは肩をすくめる。とりたて情が薄いというわけではないのだろうが、マキの事は苦手だ。いずれ私もこうなってしまうかと考えると気が滅入る。長い人生であらゆる事に摩耗してしまい、きっと私達はこうなってしまう運命にあるのだろう。
あの陽気な青年、まだ生きていればそろそろ40ぐらいだろうか。
「となると、これで全員となるな」
初老の男の声に2人が頷く。
学園祭の最終日の集団失踪、その保護者達の会合が始まる。
公国の首都、その中央に古い建物がある。建国の際から変わらないその建物に、1つの古びた部屋がある。
1つの円卓に、12の席。男は席の1つに座り、目を閉じる。
かつて、この席が埋まった時があった。
すでにその時から、千度の季節が巡ろうとしている。
共に主に使えた仲間たちは、1人また1人と去っていった。
今や、その時から変わらずにいるのは自身を含め僅か3人。
1人は思想の違いから国を割り、皇国を作った。
1人は主の代行は出来ないと、隠棲した。
1人は公国のためにと、戦い散った
1人は・・・
去っていた仲間たちを思い出す。
「メレキア卿」
「申し訳ないエシュケル卿、まどろんでいたな」
名を呼ばれ、今に意識を戻す。いつの間にか席の1つに女性が座っている。12公爵家の当主の1人、若すぎる家門の長。嘗ての仲間の子孫にあたる。
主のいない千の季節は長すぎる。仲間の多くは人と交わり子をなし、その子孫たちは公国をよく運営している。だがこの千年他のものと違い、自分は実務から離れる事はできなかった。
「働き過ぎなのですよ。メレキア卿は」
バーレギ卿がその初老に入った顔に穏やかな笑みを浮かべる。僅か200年でこれほど老いだ、仲間の子供たちの存在はよく似てはいるが異なる種であることを突きつけてくる。本来の我々に成長する、老いるという仕組みは無い。この形で生まれ、この形であり続けるただそれだけのもの。
その血の幾分かは自身と同じ血が流れている、そう考えると愛おしくはある。子を成す気のない自分にとって、子供や孫同然でさえある。
それは、たとえ袂を分けた皇国の皇家の者達にさえ変わらず抱く想い。千年前ですら僅か12人しか現存しない異端、主によって創られた世界にとっての異物達への仲間意識。
「エシュケル卿のご息女は、洗礼に向かわれたとか」
「ええ、誰に似たのか1人旅をしたいと供も連れずに」
どこか楽しげに笑う。貴女の若いころにそっくりですよ、自然と口元が歪む。
かつての無鉄砲な少女も、今や公国の第2軍を率いる女将軍を務めている。
「さあ、本日の議題を始めましょう」
自分の声に、公国の最高意思決定機関が動き出す。
皇国の大図書館の地下、皇妃は1つの本棚の前で足を止める。
皇国の知の殿堂、大図書館。今古東西の書物が収められたこの図書館には一般公開されている1階、専門書の収められている2階以上の上階、禁書の収められている地階がある。
「1冊、減っている」
未分類の棚に不自然な空きを見つける。危険な書物が一冊なくなっている。この地下室にある書物はいかなる理由があっても持ちだしてはいけない、この場所ができてからの不文律。それを破ったものがいる。本のあった場所には軽く埃が積っている。
「少なくともこの数日ではないようですけれど」
地下への鍵は皇妃の持つ1本だけ、こじられ開けた痕も、鍵を紛失した記憶もない。首を傾げるが答えは見つからない。ゆっくりと隣の本を手に取る、タイトルは『12公爵家と12英雄 伝記』民衆が知り、吟遊詩人が歌うサーガの原典の1つ、12公爵家と12英雄の戦争の記録。民衆が伝承として知るのは、為政者にとって都合の悪い部分を削りとったただのお伽話。
溜息をつく。
「皇妃になんてならなければよかった」
ただの司書として大図書館に務めていた頃が懐かしい。あの本好きの青年がお忍びの皇子だと気づかなかった過去の自分に苦笑する。
「そうすれば」
何も知らずに済んだのに。知らなければ良かったことがこの世界には多すぎる。
けれどその言葉は発せられることはない。それを言ってしまえば、決意が鈍ってしまう。本の表紙を軽く払う。カビ臭い本の匂い。備え付けられたテーブルに目的の本を置く。
タイトルは『黒き刻への鍵』、皇妃の夜は1人更けていく。
「以上の分析結果から、現場にあった肉塊は人間のものと断定される。ただし、立上シロウ、水無月兄弟、栢山イツミ、繰島タツマのDNAは検出されなかった」
成分分析の結果が詳細に書かれた資料が二人の保護者に手渡される。
「では、他の行方不明のクラスメイトのものかね」
湖月ユウサクの問に繰島カエデは曖昧な表情を浮かべる。
「半分正解だ、DNAの1部にはクラスメイトのものが含まれていた。だが、この肉塊は、2つ以上のDNAの肉が混じっている」
「合い挽き肉か」
「もっと粒度は細かい」
カエデがげんなりして言う。
「しかし、そんな酔狂なものを誰が作るのかね」
明確な答えは未だ無い。
「我々に対して、脅しという線はどうでしょうか」
とりあえず、といった感じでマキが言う。
「うちはともかく、タツガミと京都の三月家を敵に回すか、それこそ酔狂どころか自殺願望というのもおこがましい。できれば、うちまで巻き込まないで欲しいんだけどね」
カエデの言葉に、2人が苦笑する。
京都に御月、湖月、水無月、三家を合わせ三月家と呼ばれる集団がある。古くからある異能の一族。様々な呼ばれ方をするが、とある異世界においてはその異能は『魔法』と呼ばれる。
「喧嘩は売ってないと仮定するにしても、あの子たちが選ばれたのには理由があると考えるのが自然でしょうかね」
ユウサクの言葉に対する否定は出ない。誘拐にしろ何にしろ、特殊な人間が揃いすぎている。
「偶然にしては出来過ぎている」
つまりはそういうこと、偶然ではありえない。
「だれかを狙った結果巻き込まれたのか、全員を狙ったのか」
幾つかの可能性の提示と検討を繰り返す。そして、それぞれの保護者は自らのスタンスを示し共有する。
「タツガミ家は悪意を持ってこれが引き起こされているなら、一族をもって相応しい対応をする」
つまりは状況によっては宣戦布告とみなす。
「クルシマはそもそも数が居ないからパス。出来ることは手伝うけれどタツマのために一族を危険には晒せない」
つまりは非干渉を貫く。
「京都三月家は、次期当主水無月アマネの保護を再優先として、守役のトオルの生死は問わない」
つまりはアマネさえ無事に回収できればいい。
タツガミはともかく、私も三月家も酷い言い様だ。
カエデは自嘲する、腹を痛めて産んだ子というのにどこか人事のようにさえ思う。
ただ、まだ息子は生きている。そんな確信だけがあった。
馬の足を休ませ水を与える。村の方角が僅かに明るい。
「間に合わなかったか」
マルバスは呟く。村の者の要請を受けすぐに兵を出した。だが、野盗の動きはそれ以上に早かった。
「神殿都市の近くの村が襲われる事といい。野盗達は何を焦っている。食料の略奪なら村を全滅させる必要はないし、ましてや連続で襲う必要はないはずだ」
貴重な馬を乗り潰すわけにもいかず。足の早いものを斥候に出し、馬と部下に水と飲み物を与えている。
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部下の声、それに続くように息を切らせ、斥候が戻ってくる。
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「そうか、ご苦労。バルド、どう思う」
斥候に休むように目で合図し、バルドに意見を求める。
「野盗には魔法使いも居たという話ですし、旅の者によほど腕の立つものが居たのではないかと思います」
バルドの頭に神殿都市での一幕が浮かぶ。もし、あの少年ほどの腕のものがいれば夜盗を撃退することが可能では無いだろうかと。
「例えば、エミリア神官長やエルムほどのか」
「そちらの線もありますな」
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「不確定要素に人員を割く余裕はない。南も不安ではあるしな」
「承知いたしました」
内心の安堵を察せられないように、務めて事務的に答える。
「ただ、どちらにしろ残党がいる可能性がある。村には向かわねばな」
村の方角は未だ赤い。
男は古びた民家、金目の物を物色していた。髪飾りを見つけ懐に入れる。娘への土産ができた、頭も1つぐらいは許してくれるだろう。口元に笑みが浮かんだ。暗い笑みを浮かべるようになった娘に、少しでも明るさが戻ればいいと思う。年頃の娘に、他の野盗から見を守らせるためとはいえ少年のふりをさせてる負い目もある。
「罠だ、くそ待ち伏せされる。手前ら退散だ」
頭の声、咄嗟に民家の中に隠れる。喧騒があたりを支配し、やがて静寂が訪れた。誰も男が夜盗の一味と気づくものはいなかった。
それは、不幸でしかなかった。
結果、娘と共に死ぬチャンスを永遠に失ってしまった。村人にまじり男は炎を見ていた。燃えてゆく娘の体。何とか自分は難を逃れた。だが、娘は死んだ。
どこか遠い世界の出来事のように思う。
うつろな瞳をして村人をかき分け、炎に近づく。村人たちは燃える死体に礫を投げつけている。炎の中に娘が見える、娘の体だ見間違えることなどない。村人たちに、危険だと抑えられつつも、最後に一目、娘の顔をと炎の中を覗き込む。見慣れた顔はなかった、無残に潰れた顔が炎に包まれゆっくりと燃えてゆく。
慟哭、そして、酸っぱいものがせり上がってくる。
村人をかき分け、何度も嘔吐をする。
「あんた達、皆さんの迷惑だよ」
誰かの声が聞こえる。口元を拭うこともせず声の方を向く。
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