The Doomsday

Sagami

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Expedition

7:辺境6

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日は傾き始めている。私は大きく伸びをして疲れた体をほぐす。獣人の爪が頬を掠める、足元に転がっている負傷兵の数は2桁を超えた。小太刀を振るい、獣人を斬り伏せる。血と油で鈍った切れ味に僅かに顔をしかめる、刀身を立てて振り抜くことで歪みはまだ生じていないがこの戦いが終われば打ち直しが必要かもしれない。

「魔法使いがいれば少しは変わったか」

問いに答えるものはいない。私がいる側の城壁で立っている者はすでに私だけだ。幾人かの兵士達の胸がかろうじで上下しているのは見えるが、彼らがこの晩を生きて越せる保証はない。住民の助けを借りて兵達は少しずつ物陰に下ってゆく。
轟音とともに城壁が僅かに揺れた気がする。見下ろすと、一際体躯の良い獣人が血まみれの躯で城門に体当たりをしている。あの外見からすると、人狼だろう。何度となく城壁を駆け上がり部下を殺し、城壁からその度に落とされてもなお襲い来る名も知らぬ獣人の猛者。

「獣人とはこうも強く在るものか」

思わず独り言を呟く。しかし、そう考えると、背後から襲われないのは守備隊長がよくやっているということなのだろう。あるいは私の指揮が悪いのか。指揮官である私だけが1人未だ立っているのに少々ばつの悪さを感じる。指揮官の有り様として最後まで生き残るのは大局的には正しいのだろうがそもそもこの状況が良くない。

「辺境伯様、お下がりください」

城壁の内側、民家から顔だけ出した少女の叫び。少女の顔は血の気を失い青白くさえある。急な獣人の襲撃で、民間人を砦から逃がす余裕がなかった。これが皇国との戦いだったならどうだったろう。民達は争いより前に逃げることが出来たのだろうか。

(電撃戦ならどちらにしろ同じ事か)

再び、轟音。城門が軋む音がする。数は大分減ったとはいえ、獣人の数はまだ数を残している。これが仮に皇国との野戦であれば、とうに両軍とも限界損耗率を超えている。お互いの作戦目標の達成は難しく、共に全滅と言ってもいいだろう。だが、この獣人たちは果たして全滅しているといっていいのだろうか。彼らの目的が分からない以上、あるいは彼らの目的は、残った数でも成せるものなのかも知れない。

「そうしたいところだけど。残念ながらこの門を守っているのはもう私1人のようだからね」

少女に大声で返す。半日に渡る慣れない指揮で声を張り上げていたせいか、自身の声だというのにかすれて違和感がある。まだ息のある兵士が視線だけで不服を訴えてくる。もうまともに動けないのだから、無理はしないで欲しいところだが、使命感が強いのだろう。

「じゃ、わたしも戦う」

普段農作業で使っているクワを手に、少女が家から飛び出してくる。どこかでみたような面影がある。守備隊長が確か砦内に家族がいるといっていたが、この少女がそうなのかもしれない。もっともこの年若い少女のクワを持つ手は震えている。

「私はここの領主だからな。よければ守らせてくれないか」

無鉄砲な少女に苦笑する。弱っているとはいえ獣人相手、少女の意気込みはともかく荷が勝ちすぎていることは言うまでもない。

3度目の轟音が聞こえる、他の獣人達は人狼が扉に体当りしているのを遠巻きに見ている。もう直接城壁の上に来るだけの力が残っているものが居ないならいいが。その考えは楽観視しすぎている自覚はある。だが、ここで城門をこじ開けられるのを見ていては、あの少女や砦の中の住民達に被害が出ることは避けられないだろう。

「こんな事なら、逃走用の隠し通路の1つや2つ作っておくべきだったか」

1人で逃げるなら足のことを差し引いたとしても、実のところさほどは難しくはない。けれどこの地の領主となって、既に十数年。年の半分はこの領地で過ごしてきた。それなり以上の愛着もある。甘芋の生産を推奨し、砦の中の小さな町は飢えることも無くなり、人口も少しずつ増えてきていた。

「そう考えると、少々、獣人の侵略者に対して怒ってもいいのかな」

我ながら他人事のような己の呟きに苦笑する。人狼が体当たりのために、城門から距離をとっているのが見える。次あの体当たりが来たら、門は壊れるかも知れない。

人狼が城門に体当りしたら、門は壊れる
門が壊れれば、住民が襲われる
住民が襲われれば、住民が死ぬ
住民が死ねば・・・

思考の行き着く先を認識して口元が歪む。兵士の一人が血を失って青い顔を更に青くしているのが見える。。私は小太刀を軽く振り血を飛ばし、城壁の外を見下ろす。人狼の足が止まるのが見える。あの位置から助走をつけ門へと体当たりをするのだろう。

城壁の内側を見下ろす。少女の真っ直ぐな視線が私へと向いている。大きく息を吐く。体中にを巡らせる。久しぶりで鈍った流れは、体の到るところで淀み、堰があるかのように思うように流れない。

「ま、仕方ないか」

当然、万全ではないし、十全にも足りないのは判っている。しかしまあ、辺境伯、すなわち国を外敵から守る役割を与えられたならば、成すべきことは成さねばならない。たとえ、を本心では願っていたとしても。

私は城壁から飛び降り、人狼と城門の間に立ち塞がった。



息を整え、敵と正対する。敵は化物、自分の記憶にある限り分類カテゴリ的には合成獣キメラが最も似ているだろうか。どこかの国の軍事施設で、戦った遺伝子操作の産物である生物兵器にも似ているかも知れない。

「シロウ」

焦ったような、主人・・・レフィの声。初めてコレを見たにしては、声が出ている。ここでは、さほど珍しくないということだろうか。視線は敵に向けたまま、レフィ達の方の気配を探る、商人は相変わらず震えているようだが、傭兵とレフィも顔をこわばらせているのが見える。

「お前はそれなりに珍しいのか」

老人の口元が歪む、人の形の名残はあるもののその笑った口は頬まで裂けている。

「どうじゃろうの、儂の一族なら誰でも成れるぞ」

言葉と同時に熊の爪が襲い来る。耳障り嘲笑が聞こえる。どうやら肩から生えている虎の顔が笑っているようだ。脇で固め、力任せにヘッドロックをきめる。頭蓋の潰れる感触、白目を剥いて虎の顔が泡を吹く。

「怖い怖い、この姿への怖れも容赦もないか」

老人はらしからぬ跳躍力で距離を取る。遠距離からの攻撃手段を持っているようには見えない、何らかの狙いはあるのだろうがどうも読みきれない。

「お主は、使では、ないな」

老人は首をかしげ、言葉を選びながら問いかけてくる。

「違う、主人は12家門とやららしいが、自分はには関係ない」

老人の問に即答する。互いに一足飛びで攻撃の出来ない距離。近接主体どうしで噛み合いすぎているがために生じた問答の時間。仮に自分の推論が合っていたとしたら、血筋には関係無いところで、関係者ではある。

「では、かの」

耳障りな単語が聞こえた。その問いかけに、その意味すらわからないというのに思わず体が動いていた。長年鍛えた体が悲鳴を上げる。少々死ににくいだけの人の体には過ぎた負荷。すぐに再生するが故に可能な自壊すら厭わない速度。踏み抜いた土が大きく凹み、殴りつけた拳自体も粉砕される。老人の体が、大きく吹き飛んだ。

は今、何をした。

痛む拳を握りしめ自問する。砕けた骨が、断裂した神経が繋がる慣れた感覚。初めて聞いた単語にあまりに過剰な反応。自分がなのかと自問するも、吐気を催すほどの強烈な否定の感覚が湧き上がる。

「では、異なる神に仕える眷属かね」

老人はふらふらと立ちたがり、問いを続ける。まるで、自分たちを殺すことよりも、老人自身が生きる事よりも、それこそが重要であるかのように。

「自分たちには仕える神は居ない」

自分が、父が、兄が、同族達が生きて、そして、時に戦うのは神などというモノの為ではない。幾つもの記憶が抜け落ちた、ポンコツとはいえどそれだけは断言できる。

「では、お主は何者ぞ」

先の一撃で内臓がやられたのか、老人の口元には血の色が見える。放置しておけば死ぬのか、それともいずれ再生するのか。止めを刺しに行くか僅かに悩む、手負いの獣に不必要な傷を負わされるのは本意ではない。この体は、再生速度が早く死ににくいが、傷を負えばその分だけ血も肉も失う。そして、無限に再生できるわけでもない。

「自分はヒトだ。敢えて言うなら、エシュケル家がレフィーアが臣、シロウと言う」

少し悩んでそう答えた。老人がつまらさなそうに目を細める。肩の潰れた虎の頭を引きちぎり、老人の顔が咆哮をあげる。背を突き破り、左右2本ずつの獣の腕が老人から生える。破れた背の皮が腕の先に絡まっている。醜悪と表現するのが妥当だろう。

「では、殺し合おう。唯のシロウよ」

それが老人の発した最後の言葉だった。



老人とシロウの戦いを、遠目に人鮫のネトが眺めている。

「こっちはそろそろ終わりか、バーサッドまで遠征する予定だったんだがな」

この小さな村で飢えをしのぎ北上してバーサッドでする。それがこの獣人の1団の予定だった。南を出発した獣人の遠征軍は3つに分かれ北上していた。マクシャ、バーザッド、そして、もう一箇所をそれぞれ目指していた。

「しかし、ガドの爺さんのあの姿、あれが人獣ワービーストの獣化ってやつか」

12氏族で最も数も少なく、何よりその獣化にのある人獣ワービーストの獣化の姿を見るのは初めてだった。12氏族で唯一、獣としての種の名を持たない氏族。ただ、獣とだけ冠される氏族名。族長となり、その意味を先代から言い聞かされたときには、なるほどと思うと同時に12氏族の存在意義についてさえ疑問が浮かんだものだ。

「ま、あの頃はオレも若かったしな」

人狼のハバと放蕩生活を送っていた日々は自身の族長への就任と共に終わった。それからの半生は氏族のため、そして、獣人の崇める神の為に捧げてきた。

「その最後の役目が、氏族のために死んでこいだからな」

もう笑うしか無い。救いといえば、そのおかげで長らく疎遠であった友と最後の会話も出来たし、どうやら我らが神がこの遠征を望んでは居ないという事を知る立場に居れたと言うことぐらいだろう。

その最後の役目遠征の見届人としてこの地の戦いを眺めている。視線の先では、聞き知った化物と聞いたこともない化物が戦っている。

曰く、人獣ワービーストは条件を満たせば、全ての獣人の力を使うことができる
曰く、全ての獣人の力を使えば、北の御使いにも負けぬ力がある
曰く、ヒト種全ての天敵たるを倒すためにその力はある
曰く、曰く、曰く、曰く

族長達にのみ伝えられる口伝の中で、1つとして獣化した人獣が弱いという口伝はない。しかし、その獣化した人獣が眼の前で唯1人の男に劣勢に陥っている。

「ガドの爺さんに老いと飢えがあるとはいえ、これは皆に伝えるのが憚られるな」

あの男が御使いで、神の眷属なら良い。だが、もしそうでない何かであるなら、御使いや獣人、そしてヒトの天敵であるなら獣人の全ての戦力を使い潰してでもあの男を殺さなければならない。

「ハバを待たせることになるが、暫くあの男を観察する必要があるな」

化物2匹の狂乱を見ながら、大きくため息を付いた。

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