The Doomsday

Sagami

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Sparks

7:偽伝6

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皇国近衛兵、それは皇国の最高戦力の一角であり、同じく最高戦力の一角ではあるが原則として神殿に所属する武装神官とは異なり純粋に皇国に仕える騎士である。その近衛の詰め所に、白い法衣を纏った女が訪れている。

「エミリア神官長、近衛へ出陣の触れでも出たか?」

愛用の大剣の手入れの手を止めること無く、サヴァルが突然訪問してきたエミリアに尋ねる。遠巻きに部下たちが興味深そうに視線だけ2人に向けている。

「いいえ、残念ながら。近衛へも私たち武装神官にも未だ出陣の触れは出ておりません」
口惜しそうなサヴァルと対称的にエミリアは淡々と事実を述べる。2人の視界の隅には、部下と欠伸をしながら柔軟をしている近衛の副長であるシズの姿もある。

「如何に公国の兵が脆弱とはいえ、我ら抜きで目と鼻の先で戦うとは皇子も人が悪い」

国境のゼルミア砦は、皇都から数日の距離にある。馬を飛ばせば、或いは身体強化の魔法を使えるものが全力で駆ければ1日もかからずに移動できる距離でもある。

「近衛の本質は皇都の護りにあります。血気に流行るのは名を落としますよ」

エミリアの言葉に手を止め、大剣を掲げその刀身を覗き込む。曇り一つ無い刃に無骨な自身の顔とが映る。

「戯言だ、忘れてもらえると助かる。触れでないとすれば、わざわざ此処に何のようだ、何かあれば見習いの兵なり神官なりに言付ければよいだろうに」

椅子に深く腰掛け直し、エミリアを見る。親子程も歳が離れた娘、帝国内での地位で言えばサヴァルとエミリアの地位は、一方は近衛の長、一方は神官の長と近しいと言える。そして、2人が直接する会話とは軍部の最上部同士の会話とも言える。

「神官長としての依頼ならば直接来る必要もなかったのですが」

少し罰の悪そうな顔を浮かべ、視線を室内の近衛達に向ける。サヴァルが小さくため息を付き、手で追い払うような仕草をする。

「お前達、外で訓練の1つでもしていろ。そう長くはかからないはずだ」

サヴァルの言葉にエミリアが軽く首肯する。

「あの……わたしもでしょうか?」

近衛兵たちが訓練場に移動していく中、小さく手を上げて副長のシズが伺いを立てる。

「副長クラスなら大丈夫でしょう」

エミリアの言葉にシズが笑みを浮かべ、サヴァルの斜め後ろに立つ。まるで小動物のようにも見える。

「人払いしたって事は異界人関連か」

サヴァルの脳裏に試しを行った少年の姿が浮かぶ。何処かで見たような・・・・・・・・剣術に見慣れた身体強化、そして、またしても何処かで見たような・・・・・・・・魔法。どうしても別の男と被ってしまう。

「ええ、タツマさんからある名前について教えて欲しいと依頼されまして」

「タツマさんから」

食い気味に、目を輝かせているシズが声を挟む。それをサヴァルが手で制する。

「シズ、話に割り込むなら外に出ていろ」

サヴァルの言葉に首を横にふり、気落ちした表情で黙り込む。

「トオルではなく、タツマの方か。確かシズが負けたと言っていたな、で、名前とは」

「********について、知っていることを教えて欲しいと」

サヴァルは懐かしくも憎い裏切り者の名前を聞いて、口元に獣のような笑みを浮かべた。


トオルはゆっくりと体を起こす。体を動かす度に激痛が走る。皇都に来るまでの無茶な訓練と止めにサヴァルとの模擬戦。体はボロボロだった。

「一発で体を治してくれるような魔法があるといいんだけどな」

「そんな便利なものはありませんよ」

誰も居ないと思っていた病室で呟いた一言に反応がある。扉の側に、見舞いの品らしい見慣れない果物を手に立つ黒いドレスの少女が立っている。

「魔法は治癒能力の活性化は出来ますけど、それだけですから。あまり無理はなさらぬように」

エルムは少女が背伸びしてお姉さんぶるかのようにトオルの包帯だらけの体を指差す。

「良いのですか、皇女殿下がこんなところに」

トオルは少し反応に困りつつも、エルムに尋ねる。ふふんと、エルムは無い胸を張るかのようにトオルの横に立つ。

「英雄を導くのが私の仕事ですから」

エルムはトオルが英雄になることが確定事項であるかのように語る。

「俺たちはそんなものに興味はないんだがな」

トオルにとって、英雄と呼ばれる事にも、英雄の成すことにも、英雄に付随するものにも一切の興味はない。

「トオルさんやタツマさん、それに、イツミさんがどう思うかは関係ありませんよ」

鈴の鳴るような声で、エルムは無邪気に笑う。

「既に貴方達は私たちの英雄になることは決まっているのですから」

トオルの手を取り、血の色の紅い瞳がトオルをまっすぐ見つめる。わずかの疑心も揺らぎもない、強い目線。それは見ようによっては狂気さえ孕んでいるようにも見える。

握られた手がまるで焼けるように熱い。皮膚が焦げ、肉が溶け、骨が悲鳴をあげる様な気さえする。脂汗が背中を濡らし、奥歯がカタカタと鳴っている気がする。まるで繋がれた手から体が作り変えられるような不快感。耐えきれずに叫ぼうとするも、声が出ない。目の前には少女の笑み。その口元が静かに動く。

気付くと白い部屋にはトオルが1人。全身を濡らす冷えた汗の感触に頭を振る。指を開き、閉じる。違和感はない。変わらぬ全身の痛みに安堵さえ感じる。部屋の片隅のテーブルにはお見舞いの果物、どこまでが傷の熱にうなされて見た幻だったのだろうか。

「何をそんなに怯えているのですか?」

少女の幻が最後に訪ねたその言葉への答えをトオルはまだ持ち合わせていない。



「で、結局力技で突破するわけだ」

ゼルミア砦の北西、西方の皇国軍の野営地を大きく迂回した森の中、4人の人影が火も起こさず野営をしている。

「ま、そう言うなって、南部の山間を突破するよりはまだゼルミア砦の北部の森を抜けたほうがマシなのはわかるだろう?」

干し肉を噛み切りながらのラーサムの言葉に、ララとレティウスは大きくため息をつく。横ではレルが必死に硬い干し肉を噛み切ろうと悪戦苦闘している姿もある。

「最悪よりは多少はマシだな」

棒状の干し肉をナイフで薄く削り出し、それをレルに手渡しながらレティウスが酷評する。

「もうちょっと様子を見て、良いタイミングで公国に帰るつもりだったんだが、ああいう面倒な輩に場所が割れてしまったしな」

戦争の停止への協力を求めに来た貴族の少年を思い出し苦笑する。

「大分きつい事を言って追い返してた」

薄く削り出された干し肉を摘みながらレルが上目遣いにラーサムを見る。戦争が嫌いという意味では、ララとレルもまた戦争を止める力があるなら止めるべきだという考え寄りではある。

「実際、戦争を止める力は俺にも貴種・・にも無いんだからどうしようもないだろ」

革袋に入った酒を一気に煽る。頬を汚した酒を腕で拭い、レルが噛み切れなかった干し肉を奪い取る。

「あ、それ」

レルの抗議の声に鼻歌を唄いつつ無視をする。

貴種・・ってやつは、12家門の中でも特別って聞いたけれどそういうわけでもないってことかい?」

穀物を炒って固めた携帯食を齧りながらララが尋ねる。

貴種・・は勿論、12家門の中でも特別扱いだな」

「なら」

「だけどな、戦争は必要だから起こってるし、起こして・・・・るんだ」

レルの抗議の声を止めるように優しく頭を撫でる。森の木々の合間から見えるのは、ゼルミア砦の城壁。城壁の上では篝火の火が煌々と燃えていた。
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