The Doomsday

Sagami

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Slumber

10:開戦2

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エミリアはエルムの私室に招かれていた。

(相変わらずこの部屋には色がない)

部屋を見渡すと、白と黒で染め上げられた家具が目に留まる。壁には古いタペストリが掛けられ、飾り気はないが上質な家具が並んでいる。色のない部屋に、主の紅い瞳だけが色彩を放っている。

「どうなると思う、エミリア?」

主は黒いドレスを纏ったまま、無邪気な笑みを浮かべている。

「どちらの事でしょうか」

今しがた始まった戦争と茶番。皇都に詰めている神官に指示は出し終わったが、戦争の行方はまだなるかはわからない。伝令の言葉が正しければ、国境近くの砦が公国と交戦中であり、早晩にも陥落の可能性が高いという。

「戦争はいいの、第3軍が相手なら、私やエミリアが出ればある程度調は出来るから」

頭数に入れられていることに軽く目眩がする。数十人相手なら問題ない。数百人相手でもやりようがある。だが、数千人相手に数人の魔法使いでどうにか出来るものだろうか。

「逃げるぐらいは出来るんじゃないか」

片腕の師が幻聴が聞こえる、もし相談したとしたら前提がおかしいんだよと呆れ顔をするに違いない。なるほど、それぐらいなら私でも出来そうだと内心頷く。
主の視線は、テーブルの上に置かれた3つの推奨に注がれている。それぞれの水晶にはアロセスとイツミ、サヴァルとトオル、シズとタツマ、3組の姿が映っている。

「エルム様、僭越ながら私としましては、異界人に頼らずとも彼らも英雄足り得ると思うのですが」

貴種であるエミリアや主を除けば、皇国でも最上位の魔法使いの1人であるアロセス。
家門の血縁でもあり、武名高きサヴァル。
その容姿と裏腹に、叩き上げの軍人で国民と兵たちへの人気のあるシズ。
不確定要素の多い異界人より、3人のうち誰かを英雄としても良いのではないかと思う。
「彼らはこの皇国の民だから」

主はこちらに振り返らずそう呟く。その視線は、一瞬水晶を離れ壁に掛けられた、白と黒モノクロームのタペストリに向く。タペストリには大きな樹の姿が編み込まれている。皇国の紋章でもあり、12家門の1つエシラ家の紋章。その右下に編み込まれたタペストリの名称を示した文字は黒く焼け焦げて読めない。

「決して、英雄にはなってはいけない」

僅かに空いた窓から吹き込む風が、タペストリを揺らした。



(素人ね)

アロセスは目の前で昏倒している少女を見下ろしため息をつく。部屋の中の淡い輝きは収まりつつある。

「いっその事、この場で殺してしまうべきかしら」

我ながら物騒な事を考えていると思う。これが戦時中でなければ、或いは、エルム姫の連れてきたものでなければ問答無用でこの少女を殺しただろう。だが、この少女には利用価値があるかもしれない。

私の守るべきは、この皇国。
私の生きるべきは、この皇国。

それがアロセスの価値観の根底だった。

「簡単に殺さないで」

少女は青い顔をしながらも顔を上げる。アロセスの口から素直に感嘆の息が漏れる。常人が受ければ数日は意識が戻らないほどの術を受け、目の前の少女は僅か数分で意識を回復している。

「少し、自信をなくしてしまいますね。これでも術には多少自信があるのですが」

言葉とともにアロセスの纏う神官服に淡い光を放つ紋様が浮かび上がる。目の前で少女の腕がまっすぐこちらにに伸ばされる。放たれる不可視の力、僅かに遅れて響く甲高い音。神官服の紋様の一部がその輝きを失い剥がれ落ちる。

「一発で守りの術を剥がすなんて、エミリアさんの言っていたことは誇張ではないと言うことですね」

貴種と同程度の出力を持つ異邦人。なんという厄介な代物だろう。こちらは殺すわけにはいかないというのに。大きく息を吸い、少女を見据える。アロセスはこの国で最上位の魔法使いの1人とされている。けれども、それは彼女の魔法の力そのものが大きいことと同義ではない。その力の大きさだけなら、彼女は凡人でしかなかった。

力に勝る相手に、術をもって勝つ。その為の舞台がこの部屋であり、彼女が作り出した数々の術具。部屋に焚き染められた香は慣れないものの精神を朦朧とさせ、部屋を囲う結界はその意識さえも奪う。理論上、エシュケル卿の『万雷』さえも防ぐと信じていた特注の神官服は、僅か1回魔法を受けただけで、その能力を減じている。

(これだけの力が私にあれば)

それは嫉妬よりも羨望に近い、少女が放つ力を避けながら部屋に設置した術具を1つ2つと起動してゆく。

「これなら、どうでしょう」

少女の足元の床が変色し、蔓が少女の体に絡みつく。土系の魔法を込めた仕掛け、起動と同時に対象の動きを封じる。

「風、刃」

初歩の魔法、単純な風の刃の生成。少女を絡め取っていた蔓が無残に切り刻まれる。

(あの状況で呪文の詠唱をするという事は、素人)

あまりにアンバランス、今なら手折る事も容易いだろう若い芽。だが許されるなら、皇国と自分のために育ててみたいとも思ってしまう。

「悪い癖ね」

思わず呟いた自嘲の呟きに、少女が怪訝な顔をする。少女の放った風の刃が薬瓶を砕き、水が辺りを濡らす。

「水、玉、飛んで」

薬水を媒介とした無数の水の弾丸が飛んでくる、たかが水の玉、されど水の玉。十分な魔力を込めて打ち出されたそれは当たれば骨折は免れないだろう。アロセスは指輪を正面に向け、魔力を込める。緑色の宝石が輝きを増し、風の壁が水の弾丸を弾き飛ばす。魔力の絶対量が足りない。この少女のように心向くまま魔法の打ち合いが出来ればどれほど楽だろう。決して叶うことのない願望に首を振る。

「氷、槍、穿て」

ありえない願望で一瞬反応が遅れた。そして、思わず感嘆の声が出てしまう。散った水を媒介とした無数の氷の槍が彼女に迫っていた。



木の短剣を弄びながら、タツマは短剣とシズを交互に見ていた。

「甚だ疑問なんだけど、聞いていいかな」

本当に困った風に話しかける。相手であるシズは戦いを前にして高揚しているのか僅かに頬を染めている。

「百歩譲って僕とシズさんが戦うのは仕方ないとして、終了条件は何になるのかな」

諭すように言うと、シズは首を傾げる。

「その・・・戦闘不能か降参でしょうか」

冗談には聞こえない。大きくため息をつく。

「いきなり降参は?」

ジト目が返ってくる。今後、彼らとどう付き合っていくかは分からないが、あまり不評は買うべきではないだろう。

「冗談だよ冗談」

乾いた笑いを浮かべる。タツマにシズも表情を崩す。

「よかったです。無抵抗の方を戦闘不能にするのは愉しくありませんから」

物騒なことを言いながら、目の前で体の筋を伸ばしている。線は細いが、華奢というよりは靭やかというべきだろう。カモシカのような足に、器用そうな腕。

「では、そろそろ始めましょう」

腰を落とし、左足を前に構え左の短剣をこちらに向ける。こちらからみると、短剣を正面に一本の線のように見える。

「シズさん、近衛での生活は長い?」

合わせるように、タツマも構えをとる。シズと違うのは正面には空手を出していること。
「今年で5年ほどでしょうか」

一本の槍のように、短剣が伸びてくる。額・目・首と人体の急所を寸分の狂いも、躊躇もなく狙ってくる。

「容赦ないなぁ、まったく」

冷や汗をかきながらも、腕を払い攻撃を逸らす。数分なら大丈夫とたかをくくっていたが、思いの外消耗が激しい。

(やっぱり、実践は違うか)

もう少し真面目に体力づくりをしておくべきだったと後悔する。あの研究室には科学トレーニングをする施設まであったというのに、サボっていたツケが今頃回ってきている。対して、目の前のシズは疲れる気配さえない。

「動き、少し鈍くなってますよ」

口元には笑みさえ浮かんでる。そして、見間違えでなければ僅かに涎まで。ここで競り負ければ、どんな目に合うか。想像し、身震いする。

(長期戦は不利かな)

日頃の不摂生が祟っている。そもそもインドア派の僕が肉体労働とか間違えてる。無言の抗議は誰に対してのものだろうか。息が徐々に切れてゆき、一方で反比例するように思考の中の不純物が消えてゆく。自分の体、相手の体、呼吸、筋肉の動き、目線。相手と自分の体の動きを分析し、最適な行動を起こす。

「ここかな」

無造作に突き出された短剣は、シズの首筋を掠め止まった。
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