The Doomsday

Sagami

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バーサッドに仮設された天幕の中、マルバスはベリトが持ってくる様々な報告や書類への対応を行っている。年季の入った借り物のテーブルに燭台、そして、書類の山。わずか数日で自身の執務室かと見紛う様子に我が事ながら苦笑する。

「マルバス様、少しお休みになっては」

ベリトが白湯をテーブルの片隅に置く。書類に目を通しながらカップを手に取る。これでもよく出来たこの男のおかげだと内心感嘆している。神殿騎士団は名前の通り、事務に長けたものは少ないし、皇子とはいえ専門の補佐官が付くわけでもない。

「いや、良い。それよりもどう思う」

「さて、どうとは」

この街が、獣人の襲撃を受けたのは数日前の事だった。夕暮れに1人の獣人が外壁を乗り越え民に襲いかかった。狼の獣人、人狼ワーウルフと呼ばれる種族の獣人だった。国境が隣接しているとは言え、過去のを除けば小競り合いすら殆ど無い。一般的な民が想像する野蛮な獣人の印象が必ずしも正しくないことをよく知っている。

「獣人が我々を襲う理由がない」

テーブルの上の書類を隅に寄せ、皇国南部の地図を開く。

「ここが神殿都市、今いるのがバーサッド、更に南西にはミルニトがある」

指が順番に地名をなぞる。ベリトは言われるがままに地図を見る。皇国を中心として記された地図にはいくつかの地名が記されている。

皇国の東にはアルナスト公国、そして、南にはエヴィンルクと呼ばれる国があり、西と北は海に面している。

「ミルニトも確か、この街より前に獣人に襲われていたという話があがってきてますね」

書類の一枚を、テーブルの上に置く。元武装神官が追い払った旨の記載がある。

「同じ個体だと思うか」

「数が違うのが気にはなりますが、無関係とは考え無い方が良いとは思います」

ベリトの問に軽く頷く。認識に大きな相違はない。ミルニトが襲われた際には少なくとも2人の獣人の姿が確認されている。同じ個体だとして、あと1人はどうしたのか。

「南部の村々から同種の被害を受けたという報告が多くあがっている、ただでさえきな臭いこの時勢だ潰せるなら潰しておくべきなのだろうな」

白湯を口に含み、ため息をつく。

「何かご懸念でも」

ベリトの言葉に軽く頷く。テシクの村で拾った男だが、読み書きが出来て人の補助をするのに長けた男だった。元旅人という触れ込みの通り、地理にも明るく他の獣人が居ないかの確認のための山狩りでは神殿騎士達に混じって山を探索したという。

「少し前には、エヴィンルクからの援助要請を断ったと聞いている。これ以上、獣人達との関係を悪くするのはどうだろうなと」

マルバスの視線が天幕の入り口に向く。

「あの見せしめの首ですね」

視線の延長上にあるものを察する。仲間がそのまま怒りのままに復讐に来れば儲けものだと思って静観していたが、長期戦になるようなら別の問題が発生する。

「家を焼かれ、家族を殺された民の怒りを鎮めるためとはいえ、少々野蛮ではあるな」

、こう言う者たちの声も大きいようです」

「獣人たちの反応は、何かあるか」

南部の交易の中心地であるバーサッドには、エヴィンルクとの交易をしている者もいる。当然、その中には獣人の商人たちも少数ながら混じっている。

「表立っては静かなものです。ですが、むしろ周りが騒ぎ立てつつあるようです」

「吊し上げの対象か」

「ええ、これを気にが獣人の商人たちを追い出そうとしているようです」

ベリトの言葉にため息をつく、自由に動かせる人員さえいれば沈静化まで護衛を付けたいところであるが、もとより少ない神殿騎士の人員の上、ここに連れてきているのは10名ほどにすぎない。

「異物の排除か、が今の我らを見たらなんとお嘆きになるか」

「マルバス殿下は敬虔な方とお聞きしておりましたがまさかこれほどとは、どもは我らと異なるを信じる獣に過ぎませぬ。殿下が起きに止む必要はございますまい」

片方の腕を三角巾で吊るした青年が天幕に入ってくる。

「キマリス殿か、お怪我はもうよろしいのかな」

「先日は殿下にお命を助けていただき改めて御礼に」

深く頭を下げる。バーサッドを治める領主の息子であり、実直な青年で民からの信望も厚い。マスバスに傾倒し、後は領主を継ぐか神殿騎士の一員となるかを本気で悩んでいるという噂もある。

「過ぎた話だ、御身が無事であれば言うことはない。それに賊のとどめを刺したのは私ではない」

「感謝の言葉もございません。剣士殿は何処に?」

「御仁はもう発たれた。供の方が言うには急ぐ旅とのお話でな」

大男の剣士と、旅の供である痩せた男。獣人の首を剣士が切り落とした後、ほぼ喋ることのない剣士の言葉を供の者が補っていた。

「それは残念ですね。傷が治ったら改めて歓待をと考えていたのですが」

獣人の首を晒すことだった事を提案したのと同じ口で彼は告げた。



彼女は神殿都市の地下を歩いていた。公には無いとされている場所、神の恩恵である陽の光さえ受けれないこの場所にも人々は暮らしている。地上ではみすぼらしい方に分類される彼女の服さえもこの地下では羨望をもって見られることが多い。

顔なじみの老人が、彼女を見て頭を垂れる。頼まれものだった繕い物を老人に手渡しながら地下の近況を尋ねる。

「最近はどう」

「駄目ですな。地上うえではそう影響が出てないようですが、こっちではいつにも増して食料がない」

老人は脇に眠る子供の頭を撫でる。骨の影が皮の上から見て取れるほど痩せている。豊作の時は良い、地上でも安く食材が買えるし、余剰品の処分のために地下街にも食料が大量に流れ込む。けれど、余剰品がない時は当然の話としてこの地下に流れ込む食料が激減する。

「神様を信じていたおかげで、早く神様にお会い出来るようですよ」

汚れた歯を見せて笑う。神殿都市の信徒街は神殿を訪れた人々が定住したのが始まりと言われている。多少の財や才のあるものは信徒街で、で新たな生活を始めることが出来る。だが、信心だけで神殿都市までたどり着いてしまった者、彼らの多くは財も才もなくただ生きつづけるためにこの地下にたどり着き、日々を生きている。

「もし、儂がそうなったら。抜け殻は有効活用してくだされ」

「ええ」

老人の言葉に彼女は頷く。地下街も大きくなり、日々失われる命がある。死肉は伝染病の元になるが埋葬されるべき場所もない。そこで彼女達が死肉を処分し、残された者たちに僅かばかりの施しを行う。彼女は子供の頭を撫でる。

「この子だけでも、せめて、陽の当たる場所で死なせてやりたいとは思うんですがね」

同じ場所で眠るだけ、外気の寒さから互いに逃れるだけのための共同生活者。自分のように神を信じて此処に来たものではなく、地下に産み捨てられただけの命。

「ありふれた話」

フードを被った人影が呟く。横には杖を持った老人が立っている。

「御老、ご無沙汰しております。そちらの方は」

彼女は頭を垂れる。彼女の知る限り、彼の横に立っているのは弟子である女性であるのが常だった。

「新しい助手のようなものだ、名乗りなさい」

フードの少女が一歩前に出る。

「先生の助手をしています。よろしくお願いします」

に少女は挨拶をする。

と言ったのに、まったく。何故か名前をこいつは認識できないようでな、認識できない名前を読んでも仕方ないとでも呼んでやってくれるか」

大きくため息をつく彼の言葉に彼女は頷き返す。

「さて、、約束の時間前だが大丈夫かね?」

彼女は老人に視線を向ける。

「儂はいいよ、先生のところに行っておいで」

老人は穏やかな笑みを浮かべ彼女らを送り出す。

「ああ、帰りにお願いしたいことがあるのでまたよってもらえると助かるんじゃが」

背中越しの老人の声に、手を降って彼女は答えた。



バーサッドの領館の前は、小さな広場になっている。代々の為政者達は広場で遊ぶ領民達をの様子を見ながら自戒をしながら政務を行ってきたという。壮年の領主ハボリムは今は避難場所と化した広場を忌々しそうに見下ろしている。

今年は、ただでさえ雨の少ない年だ。その上、地下水の量も明らかに減っている。乾いた空気に燃え移った火の粉は、彼の治めていたこの街の一角を焼き払った。

「領庫を全て開放し、領館や公共施設も住所を失ったものに開放だ」

惨状を知った彼が初めに放った一言がそれだった。

「しかし、とはいえ殿下を領館の外に野営させるのはやり過ぎだとは思いますけれど」

傍らに立つ女性は苦笑しながらたしなめたものだった。

「なあに、マルバス殿下もわかってくださる」

薄い胸板を強く叩き宣言する。息子のマルバス贔屓はこの父の日々の発言によるものが大きい。広場に荷馬車が入ってくるのが見える。

「あれは神殿都市からの救援物資か、あちらも台所事情は厳しいと言うのにありがたい」

視界の片隅で御者らしき大男が、荷馬車から領館へとまっすぐに駆けてくるのが見えた。
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