The Doomsday

Sagami

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私は大きなため息をつき空をみあげていた。賊の襲撃で店は潰れ、領主の援助もそう長くは続かないだろう。

「どうしたもんかね」

もう少し若ければやり直すことも考えれたのだろうが、店と添い遂げるつもりだった私には少々それも難しい。貸し与えられた領主の館の一室で、今日もただ大通りを眺めている。遥か彼方に軍馬に跨った身なりの良い騎士2人を先頭に、それに続く一団の姿が見える。

「今日、出発されるのですね」

いつの間にか、領主の館の使用人が後ろに立っている。手には替えのシーツをもっている。

「悪いね、領主様のお客様って訳でもないのに」

使用人の女性は無言で頭を下げる。よく出来た使用人だと思う。領主様の前妻が亡くなられてから暫くしてから現れたこの女性は、当初は領主様の新しい奥方様候補ではないかと噂されていたものの、あれから大分たった今もただの使用人として良く仕えている。

「ところで、あそこに見えるのは騎士様達に見えるけど何処かに出られるのかい」

族の襲撃から今まで、騎士様達が詰めていてくれたお陰で私達のような被害者はあんな事は起こらないという安心感があった。そして、同時に街の獣人たちへのな報復への抑止力ともなっているのが分かる。私にはそんな気力はないけれど、少し血の気の多い者なら獣人達と一悶着があってもおかしくはない。

「賊の拠点の目安がついたので、そちらの退治に」

使用人は流れるように言う。領主付きの使用人ともなれば、騎士様達の動向を知っているのも当然の事かもしれない。

「となると、あの先頭の騎士様がマルバス殿下って事かね」

目を凝らして見るも、この距離だとその顔までは見て取れない。皇位継承第二位、魔法の資格が無いことを除けば非の打ち所のない英傑との噂の皇子。若い娘達があれだけ話題にしていたのだ、見目も悪くはないのだろう。

「先頭はマルバス殿下と、キマリス様ですね」

横に立ち、窓の外を見て使用人が言う。

「へぇ、あんた目いいんだね。私にはさっぱりだよ」

「数少ない取り柄ですから」

そういって、使用人は笑みを浮かべた。



荷馬車に揺られ、アマネはうつらうつらとしていた。傍らには騎士団の数日分の糧食と、御者をしているバルドの鎧が置かれている。

「昨日は楽しめたかい」

「はい」

バルドの快活な声に素直に答える。

(父がもし聞いていたならきっと眉をひそめたのかな)

立場上、催事で年上の人と食事をする機会は多かったが、楽しむために集まり騒ぐという事は珍しい。

(兄さんの学園祭の打ち上げぐらい・・・?)

自問し記憶を辿るが、それぐらいしか思い当たらない。ともに騒ぎ、一時を共有した人々はもう居ない。

「ならよかった。だが、街を出るまでは起きててくれよ、一応、騎士団うちにも体面があるんでな」

暑苦しい鎧が嫌で御者を買って出た副団長の言葉に、思わず笑みを浮かべる。名前も知らない兄さんの学友達、そのうち幾人かはバルドによって殺されたはずだ。或いは兄さんも、バルドさんの手によって殺されているのかもしれない。

(わたしはきっと薄情なのね)

荷台から少し顔を出すと、物珍しさに騎士達の出立を見ている街の人々の姿が見える。少なくとも、わたし達が暮らしていた場所でこのような服装の人々は見たことがない。

(西洋の中世の服みたいには見えるけれど)

人々の顔には物珍しさと畏怖、そして、どこか恐怖が浮かんでいる。

「大丈夫だと思うけど、嬢ちゃんはあまり顔出さないほうが良いかもね」

馬に乗り、並走するアネッサさんがこちらを向かず小さな声で言う。

「ほら、騎士団うちは敵も多いから」

逆側からマークスが補足する。

「なまじ騎士団なんて名乗ってて、殿下を戴いて、更には魔法の資格の無いものの集まりだ、気に食わないなんて言う奴は掃いて捨てるほどいるさ」

「例えそれが恩人であっても?」

バルドさんはその場にには居なかったと言うが、騎士団が賊の襲撃から街を守ったのを事実のはずだった。

「喉元過ぎればってね、ああはなりたくはないってものさ」

思うところがあるのかアネッサさんの表情は暗い。

「珍しいな、二日酔いか」

余計な一言を言ったマークスさんは馬上で胸を突かれ、なんとか落馬を堪える。

「じゃれるなら、街を出てからにして欲しいんだがな」

呆れ声でバルドさんが言うが、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいるようにみえる。



男は荷馬車を駆ってバーサッドの街へと向かっていた。故郷を出て早数十年、バーサッドに居を構えて20年を超え、今では第2の故郷と言っても差し支えはないだろう。

「こんな気持でバーサッドを見ることになるなんてな」

ほんの数日前まで、この街は大切な街だった。それがたった1つの出来事で豹変した。獣人の賊による街の襲撃。盗賊が街を襲うことは珍しくはあっても、ない出来事ではなかった。

「それが賊が獣人だったからってだけでな」

男は小さな店を営んでいた。からの特産物を昔のツテで手に入れ街で売り、街で手に入る「南」で手に入れにくいものをその対価として渡す。よくいる貿易商と言っても良い。ただその取引先が、獣人の国だというだけ。だが、あの襲撃以来、店には閑古鳥が鳴いている。今まで親しくしてきた隣人たちの目もどこか余所余所しい。

「獣人ってバレるのも遠くはないんだろうな」

溜息をつく。同族のためと言われ、出処の分からない金品を食料に替えに送っていたのも不味い。少し流れを追えば目鼻の効く者ならどう言ういわれの物かもすぐ分かることだろう。この街で暮らし続けるのにも潮時を感じる。

「獣人ってバレるのは不味いの?」

荷台でゴソゴソ動く音がする。痩せ狼がその獣の口で人語を使う。

「ああ、不味いね。それともう少しで街だそのまま毛布の下から動かないでくれよ」

狼が小さく頷く。人間の国に憧れてこちら側に来る獣人は自分を含め珍しくはない、だがどうもタイミングが良くない、しかも、ときている。街の外にさらされている獣人の首もまたである。

「街?」

「バーサッドって街さ。そんな成りじゃこっちで動きにくいだろう」

獣化は体力を使うが、獣化した体をもとに戻すのにもまた体力が必要になる。この痩せ狼はよっぽど疲労が溜まっていたのだろう、人の体に戻る気配はない。戦場で獣化したまま死んだ獣人は、獣化したそのままの姿で死ぬと言われている。

「深くは聞かないが、うちで飯でも食って寝て行くが良い」

「ありがとう」

素直な礼が返ってくる。悪い子ではないのだろう。目の前から馬に跨った騎士の1団が向かってくる。

「顔を隠しておきな」

騎士達は荷馬車とすれ違い、荷馬車の来た方角へと向かってゆく。

「ご武運を」

男の呟きに、騎士の1人が頷く。果たしてそれは誰に向けて放たれた言葉だったのだろうか。



「やれやれ」

ラグルドは天井を見上げ大きく息を吐く。この地下空洞に落ちてどれぐらい意識を失っていたのだろう。ラグルドの知識によると地上部に大神殿、その直下に地下神殿、更に地下に研究室や水道のある地下道があるところまでは知っていた。

「けど、ここは明らかにそれより地下だよな」

退散する際に地下に潜ったのは良いが、ある場所で一気に宙に放り出された。地下空洞の天井を貫いてしまったのだ。

「不意の衝撃とは言え、それで気を失うとはな。僕らしいと言えば僕らしいが」

体を起こすと体を打った鈍い痛みと、貫かれた腹の痛みが意識を覚醒させる。あたりを見回すが暗闇で何も見えない。ただ、水の流れる音だけが聞こえる。

「火でも起こすか、ガスでも溜まってたら一巻の終わりだが」

少しだけ注とした後、小さな火の玉が目の前に浮かぶ。目の前には水路が広がっている。明らかな人工物、水路そのものが大きな魔法陣を描いている。そして、その中央には1つの台座と積み上げられた材料。

「どうりで研究室を探しても、模造品レプリカの痕跡がないわけだ」

神の遺産とも呼ばれる聖遺物、その模造品が聖遺物オリジナルの地下深くで作られているなど誰が思うだろうか。

「納得は行きましたか?」

穏やかな声、ラグルドの姉弟子であるマーシャがいつの間にか台座付近に立っている。

「僕が起きるまで待ってたのですか」

マーシャはゆっくりと首を横に振る。

「ここは私の仕事場の1つですから」

ラグルドの前でマーシャが何かを唱えると、水路の水が淡い輝きを放つ。台座の上に捧げられた材料が形を失って行き光の粒が代わりに現れ、地下空洞を埋め尽くす。

「自力で御師がたどり着いたとは思ってませんでしたが、やはりと言ったところですかね」

呆れ顔のラグルドに、マーシャは笑みで答えた。
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