君と食事と会話と

やまだ

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林檎

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「えぇ、屋上って使えないの、、」
一緒にご飯を食べようと誘われた。
お昼休みの教室は休み時間よりも一層賑わっている。勿論他の場所で食べる生徒もいるが基本的には教室がメインである。自分もその中の1人であった。
「今時屋上解放してる学校のが少ないって」
屋上で食べるのって憧れじゃない?なんて君の言葉に惑わされ来たはいいもの、勿論施錠されていた。屋上なんて先生にとっては生徒の自殺スポットみたいなものなんだろうな。なんて考えながら屋上の手前の階段でご飯を食べる。
Nはふてくされながらも弁当を広げた。
「卒業までに1回くらい行ってみたいなあ」
「無理だろ」
と、乾いた笑いをもらす。Nは案外そんなことないかもしれないだろ、と文句を言いながらご飯を頬張る。
背中に屋上を感じるこの場所で自分だって屋上に行ったら、なんて考えないわけじゃない。
何せ今日は特に天気がいいのだ。さぞ気持ちい事だろう。
「ねえ、実はこの林檎、本当の事を言わせちゃう魔法の林檎なんだ」
さっきまでの不貞腐れた顔はいつの間にかいつものニヤニヤ顔に変わっていた。
綺麗にカットされた林檎が弁当箱とは別の箱に敷き詰められている。まるで前ならえでもしているかのように均等に陳列しているものだから思わず目を背けたくなった。
君が1つかじる。シャクっとみずみずしい音を立てて消えてゆく。
「もしそれが本当なら君は今から本当のことを言ってしまうね」
「あはは、確かに」
さも可笑しそうに笑う。
「今日の現文のテスト何点だった?」
「45点」
2人の笑い声が階段に響く。
「そう言う君は何点だったのさ」
「ははっ、言うわけないだろ」
頬をあからさまに膨らませて怒る姿がまるで林檎のようで、また笑いが止まらなかった。
「世の中にはさ、言いたくたって言えないことが沢山溢れてる。良い事も悪い事も」
静寂。そこにさっきまでの笑顔はない。
「真実と事実は似ているようで違うでしょ?
真実ってのは人によって捉え方、見え方が違う。
事実は実際に起きた客観的な事、つまり感情なしの話だ」
何もない壁を眺めながら、まるで自分自身に語りかけるように言う。
心臓の鼓動が早くなる。
聞きたくないはずなのに体は次の言葉を欲す。
「この林檎の示す本当の事ってどっちだろうね」
Nの瞳はきっと自分を写す真実の鏡だ。
そんな怖く、透き通った瞳。
どこまでもまっすぐに写す鏡は歪んだ自分を写すにはあまりにも綺麗で美しすぎる。
目を背けたかったが、それさえも許さない。
瞬きするのも忘れるほどに。
「まあ、自分がその立場になってみなきゃ分からないよねぇ。こういうのは」
そう言いながら林檎を差し出す。1つ手に取りまじまじと見るが只の林檎だ。
「ねえ、君にとって自分は何者?」
Nの存在。考えたこともなかった。いや、考えようともしなかった。気がついたら一緒にいて、でも常にそばにいるわけでもない。本当の意味で気がつけばそばにいた。
友達と呼ぶには近すぎる気がして同級生というには遠すぎる。この関係の名前をまだ知らない。
いや、知らないふりをしていたい。
一口林檎をかじる。甘い汁が口いっぱいに広がり、みずみずしい音が自分の口から奏でられる。
「、、52点」
声は屋上に吸い込まれていった。
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