私を嫌いな貴方が大好き

六十月菖菊

文字の大きさ
1 / 11

【はじまり】

しおりを挟む


「こんなのが俺の婚約者? ……冗談だろう」

 そう言って忌々しげに見下してきた初対面の男に、私は思わず。

「素敵……」
「は?」

 うっとりと吐息を漏らして見惚れたのだった。





 私の名前はスィエラ。スィエラ=ヴァルディスティ。しがない男爵家の三人兄妹の末っ子だ。
 我がヴァルディスティ家は戦時中、国のために武功を立てたお祖父さまが国王陛下から男爵位と領地を頂き、お父さまの代に至る現在までつつがなく穏やかな生活をしている。

 《血嵐》と呼ばれる程に恐れられたお祖父さま。今ではテラスでお祖母さまとティータイムをまったりと楽しまれる好々爺だ。

 お祖母さまはどこか抜けていて、天然で可愛い人だ。お祖父さまが戦場で敵国の看護婦をしていたお祖母さまに一目惚れして攫って来たらしい。無理やり連れてこられたというのに、精神面へのダメージは見受けられない。嫌ではなかったの? と訊いてみるとにこやかに首を横に振られた。お祖母さまが幸せならそれでいい。

 お父さまは学者だ。魔術の研究をしている。お母さまの談では大層な人嫌いだったらしいが、お母さまと結婚するために治したとのこと。お父さまはお母さま至上主義者だ。

 お母さまは戦争孤児で、奴隷市場で売られていたところをお父さまに買われた。お父さま曰く、一目惚れして衝動買いしたとのこと。人嫌いゆえに距離感が分からなくて、初めは本気で嫌われていると思ったとお母さまは語る。私たち兄妹を生んでからも夫婦仲は絶好調だ。きっと死ぬまで添い遂げるだろう。

 三人兄妹のトップ、お兄さまはお祖父さまに憧れて王立学院の騎士科に進学し、昨年見事主席で卒業された。今は王都の騎士団に入団し、日々訓練に明け暮れている。最近の成果を訊くと、盗賊のアジトを一つ壊滅なさったらしい。素晴らしい功績に称賛の言葉を贈ったが、お兄さまの顔色は今一つだった。理由を聞くと今回も出会いが無かったとのこと。私のお兄さまは少々不健全だが、早く運命の出会いが訪れると良いなと思っている。

 二番目のお姉さまは、お祖母さまとお父さまを足して二で割ったようなお人だ。にっこりと笑いながら家族以外の他人を牽制する。人好きのする言葉遣いで、相手の腹を探っては敵味方を吟味している。コミュニケーション能力が高い人嫌いとは何か矛盾している気がするが、それがお姉さまだ。恐ろしく思うときもあるが、それはそれ。私にとっては大好きで大切な、優しいお姉さまだ。

 そんな家族に囲まれて育った私に、特筆すべき点は無い。
 お祖父さまからお父さま、お父さまから私に引き継がれた赤い髪と瞳。
 可愛い系でも、美人系でもない。幸運なことに骨格に異常などは無いが、至って平凡な顔つきだ。
 それでも幸せだった。何の変哲もない、穏やかな日々を愛していた。
 あの男が現れるまでは。



 ヴノス=トロキロス。トロキロス公爵家嫡男。私より二歳年上。
 出会いは私の社交界デビューの日、公爵家で行われた彼の誕生日を祝うパーティーでのことだった。
 両家当主は私たちを引き合わせ、出席者に私たちが婚約者であると紹介した。

「……父上、初耳ですが」
「うん、今初めて話したからね」
「勝手なことを……」

 舌打ちの聞こえてきそうな不機嫌さで公爵さまを睨んだ後、彼は私を見遣る。
 そして、冒頭の言葉を放ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君から逃げる事を赦して下さい

鳴宮鶉子
恋愛
君から逃げる事を赦して下さい。

セラフィーネの選択

棗らみ
恋愛
「彼女を壊してくれてありがとう」 王太子は願った、彼女との安寧を。男は願った己の半身である彼女を。そして彼女は選択したー

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

公爵令嬢「婚約者には好きな人がいるのに、その人と結婚できないなんて不憫」←好きな人ってあなたのことですよ?

ツキノトモリ
恋愛
ロベルタには優しい従姉・モニカがいる。そのモニカは侯爵令息のミハエルと婚約したが、ミハエルに好きな人がいると知り、「好きな人と結婚できないなんて不憫だ」と悩む。そんな中、ロベルタはミハエルの好きな人を知ってしまう。

伯爵令嬢の苦悩

夕鈴
恋愛
伯爵令嬢ライラの婚約者の趣味は婚約破棄だった。 婚約破棄してほしいと願う婚約者を宥めることが面倒になった。10回目の申し出のときに了承することにした。ただ二人の中で婚約破棄の認識の違いがあった・・・。

自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?

バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。 カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。 そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。 ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。 意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。 「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」 意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。 そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。 これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。 全10話 ※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。 ※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

君を自由にしたくて婚約破棄したのに

佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」  幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。  でもそれは一瞬のことだった。 「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」  なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。  その顔はいつもの淡々としたものだった。  だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。  彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。 ============ 注意)ほぼコメディです。 軽い気持ちで読んでいただければと思います。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

処理中です...