マレフィカス・ブルートは死に損ない

六十月菖菊

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【第2章】帝都にて

【第6話】皇帝は捕らえ損ねる

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 結論から言おう。

「────アレは見てくれだけの、ただのクソガキだァァァ!」
「あははははっ! 《人でなし》ちゃんてば大正解────!」

 ドタドタと城内を走りながら怒声を張り上げるミゼルスと、爆笑して同意する答。
 目指す先は城の外である。

「《人でなし》ちゃん、魔術は使える?」
「多少は!」
「よしきたー!」

 答は懐から一枚の布を取り出す。

「今から唱えるから復唱して! リピートアフターミー!」
「イェ────!」

 全力疾走している内にテンションが異常にハイになってしまったらしい二人は声高々に詠唱を開始する。


「型は二点に築き 線は円かに描く」
『型は二点に築き 線は円かに描く』

「経に輝石を弾き 緯に星色を敷く」
『経に輝石を弾き 緯に星色を敷く』

「対象二名 式布保持者 式者の我」
『対象二名 式布保持者 式者の我』

「原点から退け 座標“仏才国”へ移せ」
『原点から退け 座標“仏才国”へ移せ』


 ────ん?

 式詞を全て言い終えたことにより式陣が描かれた布が光を帯び始めたが、転移先を知ったミゼルスはそれどころではない。

「ちょっ、《知りたがり》ちゃん!? 仏才国って……!」
「一名様ご案内~!」

 式布の光が一際強くなり、逃走する二人を包み込む。

「コタエ!」
「ミゼルス!」
「お嬢様!」

 遠くから聞こえる各々の呼ぶ声に振り返る。
 縋るように答を見る皇帝。顰め面が半壊した幼馴染。護衛に付いてきた使用人二名。その他、皇帝の近衛兵。

「────ははっ」

 走りながら見た後ろの様子に、事態を忘れてミゼルスは嗤った。

「とんだ茶番だなぁ」

 それが転移直前の最後の言葉になった。


 ◇ ◆ ◇


 事の発端は数刻前。
 ミゼルスはメースン帝国城に、理由も知らされず皇帝からの召喚の命を受けた。

「……ぅあー」
「ノク、口空いてる」

 聳え立つ白亜の城を前にして唖然とするノクに、ミゼルスは微笑ましく思いながらそう指摘をした。

「あ、ごめ……じゃなくて、申し訳ございません……」
「お、また敬語を覚えたんだな。偉いぞぅ。頭撫でてやる」

 クイクイと手招いて頭を下げさせ、素直に降りてきた茶髪をワシャワシャと撫でる。

「お嬢様、髪を乱さないでください」
「なあに、これぐらいが丁度いいよ。色んなことを覚えて成長して、ノクはどんどん男前になっていくな」
「めっ、滅相もないっす」
「おお、そんな言葉まで! ツユリの教育の賜物だな」
「恐れ入ります」

 何でもないような顔をしているが、僅かに頬に朱が差している。教育者本人も教え子が褒められて嬉しいらしい。

「ミゼルス」

 未だ城に入らず入口でわちゃわちゃしている彼女たちに、痺れを切らして声を掛ける者がいた。
 ────幼馴染、ティアブル=ミットである。

「あれ、ティア? 皇族がわざわざお出迎えかよ」
「悪いか」
「いや悪くはないけどさ」
「それなら別に構わないだろう。さっさと入れ、伯父上が待ちくたびれている」

 ティアブルに促されて城内にようやく足を踏み入れる。
 そこからはただひたすら歩き、玉座の間まで案内された。

「お待たせしました伯父上。ミゼルスが到着しました」
「うん、入って」
「失礼致します」

 許可をもらって室内に入ると、当然ながらアンズウェル=エマ=レディティム皇帝が玉座に座って待ち構えていた。

「ミゼルス=マイアープ=アヴィメント、召喚の命に応じて参上致しました」

 淑やかに礼の姿勢を取るミゼルスに、すぐに皇帝は顔を上げるよう言う。どこか急いているような皇帝の様子を訝しく思いながら言われた通りにした。
 皇帝はじっくりとミゼルスの顔を見詰めて、一言。

「ああやっぱり、コタエに似ている」
「……は?」

 思いがけないセリフに糸目が半目となった。

「ミゼルス嬢、君はコタエとどういった関係なんだ? 姉妹なのか?」
「いいえまさか。《知りたがり》ちゃ……ゴホン、コタエ様と血の繋がりはありません。ただの友人でございます」
「話を聞く限り、古くからの付き合いらしいじゃないか。渡り人である彼女と何時どうやって知り合ったんだ?」

 ────根掘り葉掘り聞いてくるんじゃねぇ。うぜぇなコイツ。発情した犬かよ。

 沸き起こる暴言の数々を胸に押し止め、慎重に言葉を選ぶ。

「陛下は、前世の記憶持ちのことをご存知でしょうか」

 別に隠すことは無い。
 ただ、全てを話すのは面白くない。

「……知っているが、君がその記憶持ちだと言うのか?」
「はい。わたくしとコタエ様は前世で知り合い、友人となりました。今世で会うのは、先日の夜会が初めてでございます」
「なるほど。でも、どうして君たち二人は似ている? まるで姉妹のようだ」

 その質問には首を傾げる他ない。

「……似て、おりますでしょうか」

 そう言われたことは、今までの【生】で一度もない。

「ご覧の通り、わたくしとコタエ様とでは髪と目の色がまるで違いますが……」
「この僕が言うんだ、間違いない! 君はコタエにそっくりだ」

 何やら期待のこもった視線を向けられる。
 嫌な予感がしてきたミゼルスは曖昧な笑み────糸目なので元々そんな顔に見える────を浮かべつつ退去する為の言葉を探す。
 しかし、相手は皇帝。こちらの発言権は無いに等しい上に、相手の方が先に口走る。

「君をこの帝国城に迎えよう。そうすればティアもわざわざアヴィメントにまで出向く必要も無くなるし、コタエがいない間の僕の慰めにもなる! ああ、もしかしたらコタエが僕に嫉妬してくれるかもしれない! 今度こそ僕の愛に気が付いて、皇妃になってくれるかもしれない────!」

 ────何を言っているんだろう、この馬鹿は?

 目の前で夢みる乙女の如く頬を赤らめて自分勝手な妄想という名の風船を膨らませている男の頭に、物理的にブスリと針か槍を刺したくなったミゼルスだったが、何とか堪えた。

「────お言葉ですが、皇帝陛下。わたくしは家業を継ぐために、常日頃から勉学に努めております。故に、我が領地から離れることはできません」
「勉学ならここでもできるよ。最高の教師を呼んであげよう」
「しかし我が領地は辺境でございます。現場でしか学べぬことも多いのです。それに、辺境伯夫妻は商談のため領地を空けることがしばしばございますので、有事に備えてわたくしがアヴィメントに残る必要があるのです。今回のように帝都に召集される場合には緊急の代理を立てることができますが、短期に限られます。長く離れるわけには参りません。どうか、ご容赦くださいませ」

 あくまで、家庭の事情。仕方の無いこと。
 自分の意思で否定しているのではないことをアピールしつつ、ミゼルスは辞退の言葉を皇帝に伝えたつもりだった。

「……僕の提案を蹴るっていうの?」

 ────うわ、めんどくさ。

 途端に不機嫌になった皇帝に、思わず作り笑顔が引き攣る。
 何やら口調も幼くなっている。

「皇帝の僕が召し抱えてあげるって言ってるんだよ? どうして断るの?」
「大変光栄に思いますが、任せて頂いている我が領地を蔑ろにするわけには……」
「じゃあ僕を蔑ろにするのは良いって言うの!?」

 苛立たしそうに声を荒らげる。まるで癇癪を起こした子どものようだ。

「これは命令だよミゼルス嬢。君は今日から城に勤めて、コタエが来るまで僕の慰めになるんだ! 近衛兵、今すぐミゼルス嬢を地下牢に────」
「こっ、皇帝陛下っ! あれ、あれを……!」

 ミゼルスを捕らえさせようと命じようとした皇帝の身体が、近衛兵の震える指が差した先を見てギクリと硬直する。

「コ、コタエ……?」
「アンくん、何やってるの?」

 玉座の間の扉の前に、富士宮答が立っている。
 赤いワンピースに、赤い外套。極めつけの赤いレースカチューシャが目に痛い。
 否、それよりも。その場に集った人々の目には、輝かんばかりの笑顔が酷く恐ろし気なものに映った。

「い、いつから、そこに」
「ふふ、いつからでしょう? 一、『コタエが来るまでの僕の慰めになるんだ』から。二、『皇妃になってくれるかもしれない』から。三、『ああ、やっぱりコタエに似ている』から。さて、どれでしょう! ふふふ!」
「初めからじゃん! 初めから聞いてるよこの子!」

 思わずツッコミを入れるミゼルスに、コタエは楽しそうに笑って歩み寄る。

「ごめんね《人でなし》ちゃん。面白そうだったから、つい様子見しちゃった」
「面白くない、全然面白くないよこの男!」
「うんうん、期待外れでごめんね。アンくんの代わりに謝ってあげるから許して」

 ヨシヨシとミゼルスの頭を撫でながら、皇帝へと向き直る。

「アンくん。私の友達に何しようとしたの?」
「ご、誤解だコタエ! 僕にはコタエだけだ!」
「いや、そういうのいいから。私の友達に、何を、しようと、したのかな?」

 一句一句を区切って問う。
 終始笑顔のままで、高圧的に。

「その、コタエに似ているから……ほんの慰めになればと……」
「ふふふ、ねぇアンくん。慰めってなあに? 具体的にどんな慰め? 精神的に? それとも────」
「それ以上はいけない《知りたがり》ちゃん」

 ミゼルスはコタエの口を手で封じた。

「皇帝陛下。コタエ様もいらっしゃったことですし、後はお二人でゆっくりお話されてください。それでは!」
「あっ、酷い。折角助けてあげたのに。さすが《人でなし》ちゃんだ」

 旧友を生贄にその場を逃げ出したミゼルスの後を、何食わぬ顔で答は追いかけていく。
 更にその背を、皇帝が慌てて呼び止める。

「まっ、待ってコタエ!」
「待ちませーん」
「僕に会いに来てくれたんじゃ……!」
「違いまーす。私は《人でなし》……ゲフンゲフン、ミゼルスちゃんに会いに来たんですー。邪魔しないでくださーい」

 答が振り返ることは無い。


 ────そして、冒頭に至る。


 ◇ ◆ ◇


 転移を終えて術式の光が掻き消える。
 晴れた視界に目を凝らすと、足元の地面は緑に覆われている。
 それから顔を上げて辺りを見渡す。
 よく整えられた庭だった。木も花も、踏みしめている芝生も、庭にあるもの全てが美しく思えた。

「仏才国へようこそ《人でなし》ちゃん!」

 木漏れ日の中で答が嬉しそうに笑っている。
 あの高圧的な満面の笑みではない。心からミゼルスを歓迎している様子だった。

「……本当に仏才国に来ちゃったんだ?」
「うん。ごめんね、無理やり連れて来ちゃって」
「いやまあ、あそこで牢屋にぶち込まれるよりはマシとは思うけど」

 どうして連れて来たのか。
 そう問うと、答は口に人差し指を当てて「内緒」と言った。

「何が内緒だよ教えてよ」
「悪いようにはしないよー。《人でなし》ちゃんと違って、私は善良な《知りたがり》だからね!」
「欲望に忠実な知識バカがよく言うよ全く……ああ、そうだ。アヴィメントに連絡とれる? お父さんたちに説明しなくちゃ」
「あ、それなら大丈夫。事前にお願いして、ご両親からは了承を得てるよ。はいこれ同意書」

『ミゼルス嬢に万が一のことがあった場合、富士宮答が責任をもって仏才国への亡命に尽力することをここに誓う』

 同意書の主文にはそう書かれている。

「……根回し早すぎぃ」

 下に両親のサインが記された物的証拠を見せられて、ミゼルスはガックリと脱力した。

「……ていうか、ここどこ? 《知りたがり》ちゃんの家?」
「ううん、さっき使った式布を貸してくれた人のお店だよ」
「あ、それ借り物だったんだ?」
「うん。返しに行くけど、ついてくる?」
「行く行くー!」

 魔術式の品を取り扱う店は面白い。今までも何度か父母について回って見たことがある。
 ここの店では何を扱っているのだろう。《人でなし》としてではなく、ミゼルスとしての部分が好奇心に胸を踊らせた。





 ────こうして、ひと月に渡るミゼルスの仏才国への滞在が始まったのだった。
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