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第10話「本物になりたい」

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 ────遠い、昔の思い出だ。

 懐かしい記憶の夢から覚めて、まず目にしたのはグルナ様の寝姿だった。
 珍しい。私が先に起きるなんて初めてではないだろうか。

「あれ?」

 なんとなくそのまま見ていると、頬に筋のようなものがあるのに気が付く。

「……泣いた、跡?」

 うっすらと残っている、涙の筋。
 ただの勘違いかもしれない。でも、グルナ様が泣いてしまったとしたら、一体何が起こったというのだろう。
 寝起きのためか上手く頭が働かない。ひとり混乱していると、グルナ様の瞼がピクリと動いた。

「…………ラシーヌ」
「は、はい。グルナ様」

 呼びかけに返事をする。
 身体に回されていた腕に力が入って、改めて抱き締められる。

「……おはよう」
「おはよう、ございます」

 寝惚けた声で、私の耳元で囁く。
 脳に直接的に響いたグルナ様の声に、とてもドキドキした。

「痛いところはねぇか」

 起き上がって向かい合い、顔を上げさせられた。
 臙脂色の目が不安げに揺れている。

「どこも、痛くないです」
「……そうか、良かった」

 私の答えにほっと息をつく。

「ラシーヌ」
「はい」
「好きだ」



 ────息が止まるかと思った。



「え……?」
「お前が好きだ」

 深みのある紅色が、私を真っ直ぐに射抜いていた。

「……ああくそ、やっぱり足りねぇ。ラシーヌ、どうやったら伝わる? 俺は、お前に好きだと伝えたいんだ。どうしたらいい?」

 頬に添えられている、グルナ様の大きな手が震えている。

「お前を助けたい。救ってやりたい。俺の勝手で、お前の病んだ心を治してやりたい。どうしたらいいんだ、教えてくれよ」

 乾いて消えかけていた涙の筋に、もう一度雫が伝い落ちていく。

「グルナ様」
「ラシーヌ、好きなんだ」

 静かに泣いているグルナ様は、美しかった。
 こんな時にこんなことを思う私はやっぱり狂っているのだろうと、また他人事のように考える。

「ねえ、グルナ様」
「なんだよ」
「私、最期までラシーヌ=オラージュのままでいて良いんですか?」

 今まで恐くて訊けなかった問いをする。
 消耗品としてではなく、代替品としてでもなく。

「あなたの、本当の妻になって、良いんですか?」

 湧き上がる衝動を抑え込んで、歪んでしまう口を必死に動かして、グルナ様に尋ねた。

「何言ってんだよ」

 私と違って綺麗に泣く彼は、少し怒ったような口振りで答える。



「始めっから夫婦だっただろうが」










 わんわんと無様に泣いた。グルナ様に泣きついて、彼の服をビショビショにした。
 泣きながら、彼に全てを話した。
 私が厄持ちと呼ばれる、呪いを宿した人間であることを。
 いつか身体を引き裂いて、世界に不幸を齎してしまう厄介者であることを。

「ああ? じゃあなんだ? お前が吐いたあの血は、その厄の兆しだっていうのか?」
「た、たぶん……ひっぐ……」
「それで? ほっとくと死ぬって?」
「う、うん……っ!」
「……お前の身体ン中、確かにやたらデカい魔力塊があるが、まさかそれが厄っつうんじゃねぇだろうな?」
「ひっぐ……え? 魔力、塊?」

 グルナ様が眉間に思いきりシワを寄せた。

「これだから何も知らねぇ人間どもは……」

 ぼそりと呟かれた言葉は聞き取れなかった。
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