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第九章 見る影紅く、去り際白く
其の四:見る影紅く、去り際白く
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***(荻窪の日常)
いつになく、夕飯の時間が静かに流れる。いつもは味の感想を述べては食べるを繰り返す高梨が、今日に限ってはとても静かに食しているからだ。
それを荻窪は、珍しいことがあるもんだ、とは思えない。そこにちゃんと理由があることが分かっていても、荻窪には踏み込む勇気などあるはずもないのだ。
それがどうしても今日に限っていつまでも頭から消えてくれなくて、荻窪もまた自身の気持ちを持て余していた。
唯一、満足げに座布団の上で寝息を立てているちびだけが、日常のまま。
荻窪がちらりとちびへと視線を送る。静かに眠るちびのお腹が上下するそれを見て、薄く笑みがひかれた口元に、高梨がそっと視線を向けた。
「先生……僕が質問をしたら、答えをくれますか?」
なにかを訊きたかったことをいまここでやっと言葉にしよう、というような少し重たい高梨の問いかけに、荻窪はわずかに視線だけを向けると「どんな質問がしたいんだい?」と、それはまるで、内容によっては答えないよ──とでも言うかのように静かに問うた。
ごくり、どちらの喉がなったのかは分からない。
高梨はそんな荻窪をしっかりと、しかし、本気で見据えると、居住まいを正してから息を吸い込んだ。
今から重大な問いを投じるのだという、彼の悲壮なまでの決意は、荻窪にも痛いほど伝わってきて、それは少し滑稽にも感じてしまう。そこまで緊張するなにかを問いたいのか、と思えば自然と小荻窪もまた、知らず知らずに固くなっていった。
「先生は、猫が苦手だったんですね。僕は、ちびの面倒を見てる仕草から猫が好きなんだと思っていました。」
さっきの香世の言葉がここでまた繰り返された。
荻窪は「ああ、あのときのことがやっぱりひっかかっていたのか」と思うのと同時に、これから先に問われる内容を想像してしまう。それならなぜ、猫が好きになり、猫の世話に詳しくなり、いまもまた、猫とともに生活しているのか──そう問われるのだろう。
「先生を……猫好きにしたのは……どんな方だったんですか? いつも僕に貸してくれていたあの着物の持ち主では、ないんですか?」
高梨の質問は、荻窪の想像を超えてきた。想定していた前提の次の質問、とでも言えばいいのだろうか。そのせいで反応が遅れて、ごまかせない時間が増えてしまう。
思わず持っていた箸を取り落としそうになり、ごまかすために箸をおいて湯呑みを手に取った。
ああ、この質問が真っ先に来るとは思わなかった、とも言えず、荻窪は密かに目を伏せる。そのまま高梨から視線を外し、ちびを視界に入れたまま、小さく息を吐きだした。
「……どうして、そんなことが気になるんだい?」
自分の動揺を隠すためにそう、思っているよりも小さな声が出た。答える義務はきっと、ない。だけどここで答えなかったら、高梨は居なくなってしまう。そんな予感が胸を打つ。荻窪は迷っていた。心の奥底にある記憶、思い出。
迷いがあるからこそ、声が震えそうになる。
高梨の柔らかな色合いと質感の髪を持つ人間が、過去にいた。
高梨と同じように、自分が猫という存在には不慣れであり、それをゆっくりと教えてくれた人でもある。
だが、その人はいまはもう、いない。
「僕は……、けっこう長く先生と居ると思っています。でも、先生は一度も僕に心を開いてくれたことがない。そうじゃ、ありませんか?」
言葉巧みに軽くあしらい、本音を言っているようで言わず、本心に触れようと手を伸ばすと逃げていく、まるで海の波のような存在だ。
そんなことはない、と否定はできない。だって荻窪はずっといままで、自分自身のために予防線を張り続けていたことを自覚しているから。だが、心を開いていないとは思っていなかった。
荻窪は荻窪なりに、高梨には距離が近しい存在だと思っていたし、彼を手に取ってしまえば、籠の鳥にしてしまうことも分かっていた。だからこそ、あえて。
触れないようにしていたのに。
「先生、僕じゃ頼りないですか?」
高梨の眉が眉間に寄って、悲しいのか悔しいのか分からない感情が露になる。
荻窪は手を伸ばしかけて、それを引っ込めた。伸ばされたごつくて大きなその手はいつになく震えていて、それは高梨からもはっきりと見えていた。
その手は雄弁に語っている。──そんなことはない、と。
だけど、引っ込められたその手は、ふたたび伸ばされることはなかった。
高梨の視線がその手を追って、ゆったりと下へと落ちる。
そんなことはない、と口で否定するのは簡単だ。だけど、それだけではきっと、絶対に足りないということは分かっている。
荻窪はどうしていいのか分からない、なにを言えばいいのか、伝えればいいのか。
ただ、ゆっくりと困ったように眉間にしわを寄せ、うつむいた。それは、高梨にとって初めて見る、荻窪の素顔でもあった。
***(荻窪の怪談)
息子が手を伸ばすと、白くてふわふわした手を掴むことができた。
月のうさぎがやっと、息子に会いに来たのだ。
いや、もしかすると、会いに行ったのは息子のほうかもしれない。
楽しそうにゆるむ頬が、月を見上げていたころとは打って変わって幸せに満ちていた。
──よかった、この子はもう独りじゃない。
そう思ったのは、月のうさぎか、それとも息子のほうか。
息子はだれにも看取られずに静かに息を引き取った。雨がしとどに降り続け、夜のように暗い昼間、彼はたった一人でこの世を去った。
***(荻窪の日常)
高梨は、それ以上なにも言わなかった。ただ、荻窪には語ることができない過去があるのだと、そう静かに悟る。その事実は高梨にとって棘となって心を刺したが、背を向けるようなものではなかった。
より一層、荻窪の孤独が浮き彫りになっただけだ。
「先生、今日、僕もこの家に泊めてもらってもいいですか? 書斎ではなくて──先生の私室に。」
帰るだろうと思っていた荻窪は、その言葉に驚きを隠せない。
高梨は何度か荻窪の家に泊まったことがあるにはあるが、書斎で寝ていた。だが今日は私室に泊めろという。すがり付くような視線に、荻窪は袖を返すこともできず、かと言って即答することもできなかった。
しかし、困ったように微笑まれては荻窪は無下に帰すこともできなくなってしまう。
ああ、高梨の望みを受け入れてしまいたい、そんな気持ちが膨れ上がる。
「きみは……、」
驚きで言葉が続かない荻窪に、高梨はにこりと笑って見せる。
なにがどこでどう変わり、高梨にそんなことを言わせたのかは分からないが、荻窪はただ、小さく頷いた。
それは荻窪が高梨を自身の家に泊めることに、同意したということだ──。
──見る影紅く、去り際白く。
いつになく、夕飯の時間が静かに流れる。いつもは味の感想を述べては食べるを繰り返す高梨が、今日に限ってはとても静かに食しているからだ。
それを荻窪は、珍しいことがあるもんだ、とは思えない。そこにちゃんと理由があることが分かっていても、荻窪には踏み込む勇気などあるはずもないのだ。
それがどうしても今日に限っていつまでも頭から消えてくれなくて、荻窪もまた自身の気持ちを持て余していた。
唯一、満足げに座布団の上で寝息を立てているちびだけが、日常のまま。
荻窪がちらりとちびへと視線を送る。静かに眠るちびのお腹が上下するそれを見て、薄く笑みがひかれた口元に、高梨がそっと視線を向けた。
「先生……僕が質問をしたら、答えをくれますか?」
なにかを訊きたかったことをいまここでやっと言葉にしよう、というような少し重たい高梨の問いかけに、荻窪はわずかに視線だけを向けると「どんな質問がしたいんだい?」と、それはまるで、内容によっては答えないよ──とでも言うかのように静かに問うた。
ごくり、どちらの喉がなったのかは分からない。
高梨はそんな荻窪をしっかりと、しかし、本気で見据えると、居住まいを正してから息を吸い込んだ。
今から重大な問いを投じるのだという、彼の悲壮なまでの決意は、荻窪にも痛いほど伝わってきて、それは少し滑稽にも感じてしまう。そこまで緊張するなにかを問いたいのか、と思えば自然と小荻窪もまた、知らず知らずに固くなっていった。
「先生は、猫が苦手だったんですね。僕は、ちびの面倒を見てる仕草から猫が好きなんだと思っていました。」
さっきの香世の言葉がここでまた繰り返された。
荻窪は「ああ、あのときのことがやっぱりひっかかっていたのか」と思うのと同時に、これから先に問われる内容を想像してしまう。それならなぜ、猫が好きになり、猫の世話に詳しくなり、いまもまた、猫とともに生活しているのか──そう問われるのだろう。
「先生を……猫好きにしたのは……どんな方だったんですか? いつも僕に貸してくれていたあの着物の持ち主では、ないんですか?」
高梨の質問は、荻窪の想像を超えてきた。想定していた前提の次の質問、とでも言えばいいのだろうか。そのせいで反応が遅れて、ごまかせない時間が増えてしまう。
思わず持っていた箸を取り落としそうになり、ごまかすために箸をおいて湯呑みを手に取った。
ああ、この質問が真っ先に来るとは思わなかった、とも言えず、荻窪は密かに目を伏せる。そのまま高梨から視線を外し、ちびを視界に入れたまま、小さく息を吐きだした。
「……どうして、そんなことが気になるんだい?」
自分の動揺を隠すためにそう、思っているよりも小さな声が出た。答える義務はきっと、ない。だけどここで答えなかったら、高梨は居なくなってしまう。そんな予感が胸を打つ。荻窪は迷っていた。心の奥底にある記憶、思い出。
迷いがあるからこそ、声が震えそうになる。
高梨の柔らかな色合いと質感の髪を持つ人間が、過去にいた。
高梨と同じように、自分が猫という存在には不慣れであり、それをゆっくりと教えてくれた人でもある。
だが、その人はいまはもう、いない。
「僕は……、けっこう長く先生と居ると思っています。でも、先生は一度も僕に心を開いてくれたことがない。そうじゃ、ありませんか?」
言葉巧みに軽くあしらい、本音を言っているようで言わず、本心に触れようと手を伸ばすと逃げていく、まるで海の波のような存在だ。
そんなことはない、と否定はできない。だって荻窪はずっといままで、自分自身のために予防線を張り続けていたことを自覚しているから。だが、心を開いていないとは思っていなかった。
荻窪は荻窪なりに、高梨には距離が近しい存在だと思っていたし、彼を手に取ってしまえば、籠の鳥にしてしまうことも分かっていた。だからこそ、あえて。
触れないようにしていたのに。
「先生、僕じゃ頼りないですか?」
高梨の眉が眉間に寄って、悲しいのか悔しいのか分からない感情が露になる。
荻窪は手を伸ばしかけて、それを引っ込めた。伸ばされたごつくて大きなその手はいつになく震えていて、それは高梨からもはっきりと見えていた。
その手は雄弁に語っている。──そんなことはない、と。
だけど、引っ込められたその手は、ふたたび伸ばされることはなかった。
高梨の視線がその手を追って、ゆったりと下へと落ちる。
そんなことはない、と口で否定するのは簡単だ。だけど、それだけではきっと、絶対に足りないということは分かっている。
荻窪はどうしていいのか分からない、なにを言えばいいのか、伝えればいいのか。
ただ、ゆっくりと困ったように眉間にしわを寄せ、うつむいた。それは、高梨にとって初めて見る、荻窪の素顔でもあった。
***(荻窪の怪談)
息子が手を伸ばすと、白くてふわふわした手を掴むことができた。
月のうさぎがやっと、息子に会いに来たのだ。
いや、もしかすると、会いに行ったのは息子のほうかもしれない。
楽しそうにゆるむ頬が、月を見上げていたころとは打って変わって幸せに満ちていた。
──よかった、この子はもう独りじゃない。
そう思ったのは、月のうさぎか、それとも息子のほうか。
息子はだれにも看取られずに静かに息を引き取った。雨がしとどに降り続け、夜のように暗い昼間、彼はたった一人でこの世を去った。
***(荻窪の日常)
高梨は、それ以上なにも言わなかった。ただ、荻窪には語ることができない過去があるのだと、そう静かに悟る。その事実は高梨にとって棘となって心を刺したが、背を向けるようなものではなかった。
より一層、荻窪の孤独が浮き彫りになっただけだ。
「先生、今日、僕もこの家に泊めてもらってもいいですか? 書斎ではなくて──先生の私室に。」
帰るだろうと思っていた荻窪は、その言葉に驚きを隠せない。
高梨は何度か荻窪の家に泊まったことがあるにはあるが、書斎で寝ていた。だが今日は私室に泊めろという。すがり付くような視線に、荻窪は袖を返すこともできず、かと言って即答することもできなかった。
しかし、困ったように微笑まれては荻窪は無下に帰すこともできなくなってしまう。
ああ、高梨の望みを受け入れてしまいたい、そんな気持ちが膨れ上がる。
「きみは……、」
驚きで言葉が続かない荻窪に、高梨はにこりと笑って見せる。
なにがどこでどう変わり、高梨にそんなことを言わせたのかは分からないが、荻窪はただ、小さく頷いた。
それは荻窪が高梨を自身の家に泊めることに、同意したということだ──。
──見る影紅く、去り際白く。
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