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先生に身バレ
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ここで俺の記憶は回想から戻ってくる。
そう、ここは放課後の教室。どれだけ現実逃避したところで、自作小説のチェック現場を黒蜜先生に見つかったことは変わらない。
黒蜜先生は子供みたいに興味津々な目を向けている。彼女の視線が痛い。
「須藤君ってどんな小説を書いているの?」
「どんなって、」
いや、質問の意味が分からないほど俺がバカということではない。
これで児童文学みたいなものでも書いていればまだ良かったのだろうが、俺が書いているのは人間の嫌な部分を浮き彫りにする作品ばかりだ。
湊かなえも馳星周も新堂冬樹も大好きだ。彼らは人の嫌がる部分を小説という媒体を使ってえぐり出している。それが好きでしょっちゅう読んでいる。他の趣向も似たようなものだった。
そういった影響もあり、俺の小説には暴力描写も性描写も息をするように書かれている。そんな作品をこの純粋無垢といった顔をした先生に読ませていいのか、というのは正直ある。
「あの、色んな要素が複合してまして」
「うん」
「あの、あんまり綺麗な話でもないので。その、人間の嫌な部分を描いているところがあるから、先生の口には合わないんじゃないかと思います」
「そんなことないよ。私、イヤミスとかも好きだから」
そう言って先生は笑う。
距離感のバグった美人教師に、問答無用で原稿を奪われる。内心「あああ」とは思ったけど、どちらかと言えば陰キャの俺には止めるすべもない。
黒蜜先生は真剣な顔でゲラを読んでいく。本当に本が好きなのか、読むのが早かった。
いくらかページを捲った先生は、急に真剣な顔で俺をじっと見つめる。不意打ちの視線にドキっとした。
「これ、面白い」
先生は真剣な顔のまま言った。俺には分かった。彼女の動作や視線、声のトーンを含めて、それは真剣に俺の作品に向き合ってくれた人の態度だった。
「本当ですか」
「うん。何て言うか、人間の嫌な部分がよく書けているというか、説明じゃなくてその人の振る舞いや行いから性格を出していくところなんかすごく上手い」
そんなことを言われたのは初めてだった。ネット小説では人間をリアルに描いても「そんなのいいからエロはよ」とか書かれたり、自分と読み手の価値観で起こる溝にいつも悩んでいた。そんな中で先生が俺を褒めてくれたので、純粋に嬉しくなった。
「君は本当に村上春樹みたいになるかもしれないね」
実は村上春樹、一冊も読んだことないんだけどね……。その言葉は、テロップのように脳裏をよぎって消えていった。
先生が人知れずすごい物を見つけた子供のように笑みを浮かべている。自分の作品を読んで、そんな顔をしてもらえるのは嬉しかった。
「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえたのは初めてです」
「本当に? 私がこんな作品を書いている子を見つけたら『すごい作家を見つけちゃった』って騒ぐと思うけど。まあ、さすがに生徒については自重するけどね」
さっきまで地獄の底に突き落とされた気分だったくせに、先生のお世辞を受けた俺は舞い上がっていた。自分でもそれは分かる。だけど分かっていてもそうなってしまうのは避けることが出来ない。
「君はネットとかで小説は発表しているの?」
「ええ、まあ一通りは」
俺はいくつかの小説サイトを伝えると、先生はすべて知っていた。
「もっと君の作品を読んでみたいからさ、ペンネームを教えてよ」
そう言われて、また俺の心臓が跳ねあがった。ペンネームを教えるということは、俺の作品すべてを読まれる可能性があるということだ。
それに、SNSで毒を吐いたりふざけたりしているのも、見ようと思えば見ることが出来る。匿名の暴力ではないものの、ペンネームが隠れ蓑になってくれているから安心して自由な発言が出来るというのも正直ある。
先生にペンネームを教えるということは、それらのすべてが「丸出し」になることを意味する。脳内でリスクと天秤にかけてみる。嫌な予感しかしない。だけど、気付けば俺の口は先生にペンネームを教えていた。
「うん、いかにも作家って感じの名前だね」
ネット小説出身の作家はSNSのハンドルネームみたいな名前の作家もいるが、デビューした時に名前を変えるのもどうなんだろうということで、俺はちゃんと作家っぽい名前を名乗っていた。
「これからも君の作品を楽しみにしてますからね、先生」
「いや、そんな先生なんて、自分の先生からそんなことを言われると変な感じです」
マイページの通知で「ブラックハニーさんがあなたをフォローしました」と出てきた。日本語に訳すと、黒い蜜。明らかに黒蜜先生だった。
「それじゃあ、隙間時間とかで須藤君の作品は読ませてもらうよ」
「ありがとうございます。ちなみに読書はいつ頃からされているんですか?」
自分で言ってからしまったと思ったが、終了出来るはずの会話を引き延ばしてしまったのは黒蜜先生ともっと話したかったからかもしれない。
「前の仕事で結構待ち時間が長かったんだよね。スマホゲームばっかりやっていてもっていうのがあって」
「前は何をされていたんですか?」
「あ、まあ色々ね。じゃあ、私はちょっと仕事があるから」
そう言って黒蜜先生は去って行った。前の仕事について訊いた途端に対応が塩になったけど、なんか地雷でも踏んでしまったのだろうか。
もしかして夜の世界とか?
いや、多分それだと正直過ぎてあの世界では生きていけないだろうな。ほとんど初めて話す感じだけど、それぐらいは俺にでも分かる。そうなると普通の会社員か何かか。
まあ、あの容姿だと色々とセクハラを受けている可能性も高いからな。トラウマを刺激してしまったんだったら申し訳ない。
いや、そんなことよりも俺のペンネームを知らせてしまったのは悪手だったのではないか。これで毒が吐きにくくなったぞ。下ネタなんて絶対に呟けない。タイムラインに流れて来るグラビアの写真に「いいね」をするのは……それぐらいは、俺だって許してもらいたい。
すぐさま先生に嫌われるパターンが無数に浮かび上がり、ペンネームを知らせたことを後悔していた。
ああ、俺はこれから大丈夫なんだろうか。今日もネット小説の更新が残っている。投稿が遅れると、それだけで「何かありましたか」と心配されてしまうこともある。
リアルでもネットでも、現代社会は生きづらい。
そう、ここは放課後の教室。どれだけ現実逃避したところで、自作小説のチェック現場を黒蜜先生に見つかったことは変わらない。
黒蜜先生は子供みたいに興味津々な目を向けている。彼女の視線が痛い。
「須藤君ってどんな小説を書いているの?」
「どんなって、」
いや、質問の意味が分からないほど俺がバカということではない。
これで児童文学みたいなものでも書いていればまだ良かったのだろうが、俺が書いているのは人間の嫌な部分を浮き彫りにする作品ばかりだ。
湊かなえも馳星周も新堂冬樹も大好きだ。彼らは人の嫌がる部分を小説という媒体を使ってえぐり出している。それが好きでしょっちゅう読んでいる。他の趣向も似たようなものだった。
そういった影響もあり、俺の小説には暴力描写も性描写も息をするように書かれている。そんな作品をこの純粋無垢といった顔をした先生に読ませていいのか、というのは正直ある。
「あの、色んな要素が複合してまして」
「うん」
「あの、あんまり綺麗な話でもないので。その、人間の嫌な部分を描いているところがあるから、先生の口には合わないんじゃないかと思います」
「そんなことないよ。私、イヤミスとかも好きだから」
そう言って先生は笑う。
距離感のバグった美人教師に、問答無用で原稿を奪われる。内心「あああ」とは思ったけど、どちらかと言えば陰キャの俺には止めるすべもない。
黒蜜先生は真剣な顔でゲラを読んでいく。本当に本が好きなのか、読むのが早かった。
いくらかページを捲った先生は、急に真剣な顔で俺をじっと見つめる。不意打ちの視線にドキっとした。
「これ、面白い」
先生は真剣な顔のまま言った。俺には分かった。彼女の動作や視線、声のトーンを含めて、それは真剣に俺の作品に向き合ってくれた人の態度だった。
「本当ですか」
「うん。何て言うか、人間の嫌な部分がよく書けているというか、説明じゃなくてその人の振る舞いや行いから性格を出していくところなんかすごく上手い」
そんなことを言われたのは初めてだった。ネット小説では人間をリアルに描いても「そんなのいいからエロはよ」とか書かれたり、自分と読み手の価値観で起こる溝にいつも悩んでいた。そんな中で先生が俺を褒めてくれたので、純粋に嬉しくなった。
「君は本当に村上春樹みたいになるかもしれないね」
実は村上春樹、一冊も読んだことないんだけどね……。その言葉は、テロップのように脳裏をよぎって消えていった。
先生が人知れずすごい物を見つけた子供のように笑みを浮かべている。自分の作品を読んで、そんな顔をしてもらえるのは嬉しかった。
「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえたのは初めてです」
「本当に? 私がこんな作品を書いている子を見つけたら『すごい作家を見つけちゃった』って騒ぐと思うけど。まあ、さすがに生徒については自重するけどね」
さっきまで地獄の底に突き落とされた気分だったくせに、先生のお世辞を受けた俺は舞い上がっていた。自分でもそれは分かる。だけど分かっていてもそうなってしまうのは避けることが出来ない。
「君はネットとかで小説は発表しているの?」
「ええ、まあ一通りは」
俺はいくつかの小説サイトを伝えると、先生はすべて知っていた。
「もっと君の作品を読んでみたいからさ、ペンネームを教えてよ」
そう言われて、また俺の心臓が跳ねあがった。ペンネームを教えるということは、俺の作品すべてを読まれる可能性があるということだ。
それに、SNSで毒を吐いたりふざけたりしているのも、見ようと思えば見ることが出来る。匿名の暴力ではないものの、ペンネームが隠れ蓑になってくれているから安心して自由な発言が出来るというのも正直ある。
先生にペンネームを教えるということは、それらのすべてが「丸出し」になることを意味する。脳内でリスクと天秤にかけてみる。嫌な予感しかしない。だけど、気付けば俺の口は先生にペンネームを教えていた。
「うん、いかにも作家って感じの名前だね」
ネット小説出身の作家はSNSのハンドルネームみたいな名前の作家もいるが、デビューした時に名前を変えるのもどうなんだろうということで、俺はちゃんと作家っぽい名前を名乗っていた。
「これからも君の作品を楽しみにしてますからね、先生」
「いや、そんな先生なんて、自分の先生からそんなことを言われると変な感じです」
マイページの通知で「ブラックハニーさんがあなたをフォローしました」と出てきた。日本語に訳すと、黒い蜜。明らかに黒蜜先生だった。
「それじゃあ、隙間時間とかで須藤君の作品は読ませてもらうよ」
「ありがとうございます。ちなみに読書はいつ頃からされているんですか?」
自分で言ってからしまったと思ったが、終了出来るはずの会話を引き延ばしてしまったのは黒蜜先生ともっと話したかったからかもしれない。
「前の仕事で結構待ち時間が長かったんだよね。スマホゲームばっかりやっていてもっていうのがあって」
「前は何をされていたんですか?」
「あ、まあ色々ね。じゃあ、私はちょっと仕事があるから」
そう言って黒蜜先生は去って行った。前の仕事について訊いた途端に対応が塩になったけど、なんか地雷でも踏んでしまったのだろうか。
もしかして夜の世界とか?
いや、多分それだと正直過ぎてあの世界では生きていけないだろうな。ほとんど初めて話す感じだけど、それぐらいは俺にでも分かる。そうなると普通の会社員か何かか。
まあ、あの容姿だと色々とセクハラを受けている可能性も高いからな。トラウマを刺激してしまったんだったら申し訳ない。
いや、そんなことよりも俺のペンネームを知らせてしまったのは悪手だったのではないか。これで毒が吐きにくくなったぞ。下ネタなんて絶対に呟けない。タイムラインに流れて来るグラビアの写真に「いいね」をするのは……それぐらいは、俺だって許してもらいたい。
すぐさま先生に嫌われるパターンが無数に浮かび上がり、ペンネームを知らせたことを後悔していた。
ああ、俺はこれから大丈夫なんだろうか。今日もネット小説の更新が残っている。投稿が遅れると、それだけで「何かありましたか」と心配されてしまうこともある。
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