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エピローグ
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校長の怖すぎる「解決編」が披露された後日、松本と森内は「謎の体調不良」で休みはじめて割とすぐに転校していった。退学や逮捕にならなかったのは、校長と水面下で折衝でもしたのだろう。
実行犯の女子生徒も、松本たちに脅されていたことや、涙ながらに反省の弁を述べていたことから更生の余地ありと見なされ、誹謗中傷の手紙を投函したことについては実質的に不問となっている。
俺たちのクラスには平和な日常が戻って来た。それでも声のでかい奴らはいるけど、アホみたいなスクールカーストが幅を利かせることは前よりもないだろう。
◆
「今日も熱心だね」
放課後、ゲラをチェックしていると黒蜜先生に話しかけられる。思えばこうやって彼女と急接近したんだったな。
「はい。紙に出してみないと、どうも見落としがあるみたいで。読者も待っているみたいだし」
「なんか、本物の作家さんみたいだね」
夕陽の差す窓から柔らかな風が流れてくる。太陽の光に染まったカーテンが、教室の内側へとなびいていた。
夕陽に照らされる黒蜜先生は綺麗だった。まだ一緒に過ごした期間は短いけど、この人が残ってくれて良かった。
「ねえ、こんな話が読みたいって言ったらリクエストは受け付けてもらえる?」
机の傍で俺を見下ろす先生が、ふいに口を開き出した。
「まあ、可能な限りは」
意味は言葉の通りで、本格ミステリとか三島由紀夫みたいな純文学を書いてくれなんて言われても俺には書けない。そういうのを書くのには、特殊な才能が必要になる。
先生がイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「あのね、アイドルがスキャンダルの疑惑をかけられて大ピンチになるんだけど、それを乗り越えて人気が出て、最後に武道館に立つ話」
「それって……」
先生は笑っている。
半分ぐらい、先生の自虐ネタだ。
黒蜜先生はやっていない枕営業の疑惑で芸能界から葬られた。今のくだりは、どうしてもその黒歴史を思い出させる。トラウマでしかないネタだろうが、そんなものを小説にしてもいいのだろうか。
「だって、あったかもしれない未来を書くのも小説でしょ?」
「はあ、まあ……」
「だったら、それは素敵な未来の方がいいに決まっているじゃない」
そう言って先生は少しだけ悲しそうに笑った。
ああ、そうだな。あったかもしれない未来を書いて、希望を与えるのも作家の仕事だよな。
悲しくて気が滅入るような作品も面白いけど、読んで「頑張ろう」とか「生きよう」って思う作品はプロの小説でもそう多くない。だったら俺がその紡ぎ手になるという手もあるのか。妙に納得してしまった。
「そうですね。それ、面白そうです」
「でしょう?」
「書きますよ。絶対に面白くするんで読んで下さい」
「もちろん」
書くと決めると、あっという間にストーリーが浮かんでくる。
主人公のアイドルが、武道館で歌い踊る姿。前後に揺れるサイリウム。あちこちから聞こえてくるファンの歓声。あとはこの映像を文字に変えるだけだ。
映像で歌っているのはもちろん月海カリン――かつての先生の姿だった。
彼女が叶えられなかった夢を、小説の「もしも」の世界で具現化する。それはきっと彼女にとって希望になり救いになる。そんな気がした。
「あ、でもさ」
ふいに先生が何かに気付いたように言う。
「少なくとも小説の世界では、須藤君は私の推しってことになるね」
「まあ、たしかに」
「それじゃあ、これは私の推しが、他ならぬ私のために書いた小説ってことにもなるよね」
「うん、まあ、そうなりますね」
「なんか、すごいね。アイドルの歌ってさ、特定の誰かじゃない『キミ』に届ける内容が多いんだけど、なんとなくファンの気持ちが分かった気がする」
たしかにアイドルの歌では「君」とか「あなた」とか、名前の出てこない誰かが愛されていることが多い気がする。中には「これは俺に向けて歌っているんだ」と思う人もいるんだろうか。いたらヤバい奴だけど、密かに自分のことだと思っている人は一定数存在するだろう。
先生は子供みたいに目をキラキラさせている。良くも悪くも純粋過ぎる人だけど、この人を笑顔にしてあげたいなとは思った。
「じゃあ、すごく楽しみにしているからね」
そう言って先生は教室を去って行った。
夕陽に照らされる背中が、観客に惜しまれつつ退場していくアイドルの姿とダブって見えた。まるで、武道館にでもいるみたいに。
彼女が今も現役だったら、一体どんな光景が見られたのだろうか。それが見られないのは残念でもある。でも――
――出会った場所が武道館でなくても、俺は一生あなたを推していくよ。
誰にも聞こえない独り言は、そよ風に乗って教室の空気へと溶けていった。
【了】
実行犯の女子生徒も、松本たちに脅されていたことや、涙ながらに反省の弁を述べていたことから更生の余地ありと見なされ、誹謗中傷の手紙を投函したことについては実質的に不問となっている。
俺たちのクラスには平和な日常が戻って来た。それでも声のでかい奴らはいるけど、アホみたいなスクールカーストが幅を利かせることは前よりもないだろう。
◆
「今日も熱心だね」
放課後、ゲラをチェックしていると黒蜜先生に話しかけられる。思えばこうやって彼女と急接近したんだったな。
「はい。紙に出してみないと、どうも見落としがあるみたいで。読者も待っているみたいだし」
「なんか、本物の作家さんみたいだね」
夕陽の差す窓から柔らかな風が流れてくる。太陽の光に染まったカーテンが、教室の内側へとなびいていた。
夕陽に照らされる黒蜜先生は綺麗だった。まだ一緒に過ごした期間は短いけど、この人が残ってくれて良かった。
「ねえ、こんな話が読みたいって言ったらリクエストは受け付けてもらえる?」
机の傍で俺を見下ろす先生が、ふいに口を開き出した。
「まあ、可能な限りは」
意味は言葉の通りで、本格ミステリとか三島由紀夫みたいな純文学を書いてくれなんて言われても俺には書けない。そういうのを書くのには、特殊な才能が必要になる。
先生がイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「あのね、アイドルがスキャンダルの疑惑をかけられて大ピンチになるんだけど、それを乗り越えて人気が出て、最後に武道館に立つ話」
「それって……」
先生は笑っている。
半分ぐらい、先生の自虐ネタだ。
黒蜜先生はやっていない枕営業の疑惑で芸能界から葬られた。今のくだりは、どうしてもその黒歴史を思い出させる。トラウマでしかないネタだろうが、そんなものを小説にしてもいいのだろうか。
「だって、あったかもしれない未来を書くのも小説でしょ?」
「はあ、まあ……」
「だったら、それは素敵な未来の方がいいに決まっているじゃない」
そう言って先生は少しだけ悲しそうに笑った。
ああ、そうだな。あったかもしれない未来を書いて、希望を与えるのも作家の仕事だよな。
悲しくて気が滅入るような作品も面白いけど、読んで「頑張ろう」とか「生きよう」って思う作品はプロの小説でもそう多くない。だったら俺がその紡ぎ手になるという手もあるのか。妙に納得してしまった。
「そうですね。それ、面白そうです」
「でしょう?」
「書きますよ。絶対に面白くするんで読んで下さい」
「もちろん」
書くと決めると、あっという間にストーリーが浮かんでくる。
主人公のアイドルが、武道館で歌い踊る姿。前後に揺れるサイリウム。あちこちから聞こえてくるファンの歓声。あとはこの映像を文字に変えるだけだ。
映像で歌っているのはもちろん月海カリン――かつての先生の姿だった。
彼女が叶えられなかった夢を、小説の「もしも」の世界で具現化する。それはきっと彼女にとって希望になり救いになる。そんな気がした。
「あ、でもさ」
ふいに先生が何かに気付いたように言う。
「少なくとも小説の世界では、須藤君は私の推しってことになるね」
「まあ、たしかに」
「それじゃあ、これは私の推しが、他ならぬ私のために書いた小説ってことにもなるよね」
「うん、まあ、そうなりますね」
「なんか、すごいね。アイドルの歌ってさ、特定の誰かじゃない『キミ』に届ける内容が多いんだけど、なんとなくファンの気持ちが分かった気がする」
たしかにアイドルの歌では「君」とか「あなた」とか、名前の出てこない誰かが愛されていることが多い気がする。中には「これは俺に向けて歌っているんだ」と思う人もいるんだろうか。いたらヤバい奴だけど、密かに自分のことだと思っている人は一定数存在するだろう。
先生は子供みたいに目をキラキラさせている。良くも悪くも純粋過ぎる人だけど、この人を笑顔にしてあげたいなとは思った。
「じゃあ、すごく楽しみにしているからね」
そう言って先生は教室を去って行った。
夕陽に照らされる背中が、観客に惜しまれつつ退場していくアイドルの姿とダブって見えた。まるで、武道館にでもいるみたいに。
彼女が今も現役だったら、一体どんな光景が見られたのだろうか。それが見られないのは残念でもある。でも――
――出会った場所が武道館でなくても、俺は一生あなたを推していくよ。
誰にも聞こえない独り言は、そよ風に乗って教室の空気へと溶けていった。
【了】
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