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ストイック美少女
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「じゃあ次のラウンドでラストね」
「はい」
「3回目」
佐竹先生の声が響くと、3ラウンド目の開始を告げるブザーが鳴る。
今日もボクシング部で練習だ。インターハイで優勝したとはいえ、他には国体やら選抜とメジャーな大会が控えている。
あたしはそれらを全て制覇するべく、日々練習に励んでいた。
インターハイでは前世からのライバル、天城楓花に勝って優勝は出来た。でも、次の国体で彼女はさらに強くなって帰って来るはず。
残念ながら、あたし一人だけが猛烈に強いチートライフとはいかない。刀は研がないと錆びるし、人並みの努力で頂点を目指そうなんて甘い考えは持っていない。
生理でイライラしている時だってある。これは前世ではなかった感覚だ。何もかもがマンガみたいに上手くいくわけじゃない。いつだって真剣勝負で、本気で取り組んでいる人だけが勝利を手にする。そういう世界なんだ。
――だから、あたしは男子選手たちと毎日スパーリングをしていた。
目の前にいるのは加藤君。あたしが入部した時にスパーで闘った相手だ。あの時はカットでスパーが終わったけど、加藤君も男子の意地なのか、最近はメキメキと強くなってきている。
あたしはフットワークを使い、リングの上をアメンボみたいに高速で移動する。周囲から見物する部員の呻き声が聞こえる。3ラウンド目でこれだけ動けるのかっていう意味なんだと思う。
――でも、あたしを誰だと思っているの?
あたしは、前世でジャック・ザ・リッパーと呼ばれていたボクサーだよ?
スタミナなんて、まったく問題にならない。
女子の試合は2分3ラウンドだけど、ここでは3分でスパーリングをしている。それでも、前世で世界戦を闘うために頑張ってきたあたしにとっては屁でもないけどね。
ガードを固める加藤君。最後のラウンドだし、でかいパンチを当ててやろうと思っているのかも。
ただ、体力はあたしの方がよっぽど上だ。高速で加藤君の周囲をズババって移動すると、動きながらカミソリみたいな切れ味をしたジャブを当てていく。
ジャブは何発かガードの上を叩いて、それから加藤君のアゴを撥ね上げた。構わず加藤君は右フックを振ってくる。肉を切らせて骨を断つ作戦。実際問題、技術の差がここまであると勝つにはそうするしかないだろうなとも思う。
あたしは首をひねって右フックを外すと、避けながら空いたレバーに左ボディーを叩き込む。
「う」
こもった音とともに地獄の苦しみに耐える加藤君の本音がコンマ一秒だけ漏れる。あたしにとってはその情報だけで十分だった。
――悪いけど、最後のラウンドだから倒しちゃうよ。
鬼と言いたければ言えばいい。あたしは聖人君子でもなければ天女でも聖女でもない。一度死んでから蘇ってきた地獄の戦士だ。
亀のようにガードを固めて丸くなる加藤君。
左右からガードの上をパパパパンと高速フックで揺さぶりをかけて、もう一度左ボディー。つい先ほどに植え付けたトラウマを刺激する。
加藤君、これだけは絶対にもらってなるものかとヒジでガードした。わずかに顔面が空いた。
速い右ストレートをガードの隙間に差し込む。縦拳のストレートはヘッドギアの上から頭部に直撃する。バランスを崩した加藤君は足がもつれたみたいに後ろへ下がる。
――今だ。
すかさず速い左アッパーを振り上げ、それを捨てパンチにしてまた右ストレートを打ち抜いた。伸びた拳が、下がる加藤君にサクっと刺さる。
ちょっと遠かったような気もしたけど、右ストレートを受けた加藤君が派手に吹っ飛ばされて、コーナーロープで跳ねてからマットに倒れ込んだ。
「あ、ダメダメ、終わり」
倒れ方がヤバいと思ったのか、佐竹先生がリングに入って思わず止める。でかい体をロープの隙間に滑り込ませて、リングインするとフラフラの加藤君を支えた。
「まだ出来ます」
「いや、この倒れ方はダメだろ」
佐竹先生は問答無用でスパーリングを止めた。
前にも見たような光景だけど、加藤君は倒されて終わるのが嫌でスパー続行を希望した。
だけど、佐竹先生はそんな思いをいちいち酌んでいられない。これ以上やれば事故になる。そうなれば佐竹先生が危ないどころか、ボクシング部自体が廃部になってしまう。ストップは妥当だ。
「相変わらずバケモノみたいなパンチ力だな」
メガネの奥から驚きと呆れの入り混じった視線が注がれる。
「畜生、今度はイケそうと思ったんだけどな~」
加藤君が悔しそうに言う。どこにイケる要素があったのか分からないけど、やっぱりストップで負けると悔しくなるよね。
まあ、正直相手が悪いとしか言いようがないんだけど、君は確実に強くなっていると思うよ。あたしは見た目は美少女でも中身は世界ランキング1位だからね。
ヘッドギアやグローブを外すと、すぐにミット打ちへと移行する。
佐竹先生の構えるミットにキレ重視のパンチを打ち込んでいく。
あたしはその昔、ジャック・ザ・リッパーと呼ばれていた。理由は対戦相手が鋭すぎるパンチで次々と顔を切り裂かれていくからだ。
このカミソリみたいな切れ味のパンチは持って生まれたものだけど、あたしは才能に溺れず自分の武器を磨いていく。
ミットにワンツーをパパンと打ち込むと、佐竹先生が反撃を想定したミットを伸ばしてくる。それをかわして、踏み込んでフック、アッパーを打ち込んでいく。
「うわ」
反撃が来ると分かっている佐竹先生ですら変な呻き声を漏らす。それだけあたしのパンチがヤバい威力だっていうこと。
左フックからアッパー、ボディーと左のトリプル。周囲でミット打ちを見ている選手から「うわ」と佐竹先生と同じリアクションが漏れる。女子でここまで強烈な左トリプルを打つ選手はいないだろう。
ブザーが鳴る。最後の一発は右を思いっ切り振り抜いた。ミットが佐竹先生の手から外れて吹っ飛ぶ。
「やべえな。こりゃ相手も死んだわ」
苦笑いする先生の一言とともにミット打ちが終わった。
それが終わるとメタルドラマーのドラムソロのようにサンドバッグを叩きまくる。一般的な選手がやっているよりもハイテンポで打ち続けることで、より豊富なスタミナを作り上げる。
奇をてらった練習なんていらない。要は同じ練習をどれだけ高い質で出来るかの問題だ。それはボクサーだろうが音楽家だろうが、何をしている人であろうが関係ない。
サンドバッグがかわいそうになるほどパンチを打ち込むと、後はシャドウボクシングと地獄のサーキットトレーニングでこの日の練習は終わる。
練習が終わると、大抵の選手はしばらく立てない。それだけ肉体的な追い込みをかけるからだ。
今日もいい練習をした。
あたしはインターハイを制した時よりも、さらに強くなっている。
「はい」
「3回目」
佐竹先生の声が響くと、3ラウンド目の開始を告げるブザーが鳴る。
今日もボクシング部で練習だ。インターハイで優勝したとはいえ、他には国体やら選抜とメジャーな大会が控えている。
あたしはそれらを全て制覇するべく、日々練習に励んでいた。
インターハイでは前世からのライバル、天城楓花に勝って優勝は出来た。でも、次の国体で彼女はさらに強くなって帰って来るはず。
残念ながら、あたし一人だけが猛烈に強いチートライフとはいかない。刀は研がないと錆びるし、人並みの努力で頂点を目指そうなんて甘い考えは持っていない。
生理でイライラしている時だってある。これは前世ではなかった感覚だ。何もかもがマンガみたいに上手くいくわけじゃない。いつだって真剣勝負で、本気で取り組んでいる人だけが勝利を手にする。そういう世界なんだ。
――だから、あたしは男子選手たちと毎日スパーリングをしていた。
目の前にいるのは加藤君。あたしが入部した時にスパーで闘った相手だ。あの時はカットでスパーが終わったけど、加藤君も男子の意地なのか、最近はメキメキと強くなってきている。
あたしはフットワークを使い、リングの上をアメンボみたいに高速で移動する。周囲から見物する部員の呻き声が聞こえる。3ラウンド目でこれだけ動けるのかっていう意味なんだと思う。
――でも、あたしを誰だと思っているの?
あたしは、前世でジャック・ザ・リッパーと呼ばれていたボクサーだよ?
スタミナなんて、まったく問題にならない。
女子の試合は2分3ラウンドだけど、ここでは3分でスパーリングをしている。それでも、前世で世界戦を闘うために頑張ってきたあたしにとっては屁でもないけどね。
ガードを固める加藤君。最後のラウンドだし、でかいパンチを当ててやろうと思っているのかも。
ただ、体力はあたしの方がよっぽど上だ。高速で加藤君の周囲をズババって移動すると、動きながらカミソリみたいな切れ味をしたジャブを当てていく。
ジャブは何発かガードの上を叩いて、それから加藤君のアゴを撥ね上げた。構わず加藤君は右フックを振ってくる。肉を切らせて骨を断つ作戦。実際問題、技術の差がここまであると勝つにはそうするしかないだろうなとも思う。
あたしは首をひねって右フックを外すと、避けながら空いたレバーに左ボディーを叩き込む。
「う」
こもった音とともに地獄の苦しみに耐える加藤君の本音がコンマ一秒だけ漏れる。あたしにとってはその情報だけで十分だった。
――悪いけど、最後のラウンドだから倒しちゃうよ。
鬼と言いたければ言えばいい。あたしは聖人君子でもなければ天女でも聖女でもない。一度死んでから蘇ってきた地獄の戦士だ。
亀のようにガードを固めて丸くなる加藤君。
左右からガードの上をパパパパンと高速フックで揺さぶりをかけて、もう一度左ボディー。つい先ほどに植え付けたトラウマを刺激する。
加藤君、これだけは絶対にもらってなるものかとヒジでガードした。わずかに顔面が空いた。
速い右ストレートをガードの隙間に差し込む。縦拳のストレートはヘッドギアの上から頭部に直撃する。バランスを崩した加藤君は足がもつれたみたいに後ろへ下がる。
――今だ。
すかさず速い左アッパーを振り上げ、それを捨てパンチにしてまた右ストレートを打ち抜いた。伸びた拳が、下がる加藤君にサクっと刺さる。
ちょっと遠かったような気もしたけど、右ストレートを受けた加藤君が派手に吹っ飛ばされて、コーナーロープで跳ねてからマットに倒れ込んだ。
「あ、ダメダメ、終わり」
倒れ方がヤバいと思ったのか、佐竹先生がリングに入って思わず止める。でかい体をロープの隙間に滑り込ませて、リングインするとフラフラの加藤君を支えた。
「まだ出来ます」
「いや、この倒れ方はダメだろ」
佐竹先生は問答無用でスパーリングを止めた。
前にも見たような光景だけど、加藤君は倒されて終わるのが嫌でスパー続行を希望した。
だけど、佐竹先生はそんな思いをいちいち酌んでいられない。これ以上やれば事故になる。そうなれば佐竹先生が危ないどころか、ボクシング部自体が廃部になってしまう。ストップは妥当だ。
「相変わらずバケモノみたいなパンチ力だな」
メガネの奥から驚きと呆れの入り混じった視線が注がれる。
「畜生、今度はイケそうと思ったんだけどな~」
加藤君が悔しそうに言う。どこにイケる要素があったのか分からないけど、やっぱりストップで負けると悔しくなるよね。
まあ、正直相手が悪いとしか言いようがないんだけど、君は確実に強くなっていると思うよ。あたしは見た目は美少女でも中身は世界ランキング1位だからね。
ヘッドギアやグローブを外すと、すぐにミット打ちへと移行する。
佐竹先生の構えるミットにキレ重視のパンチを打ち込んでいく。
あたしはその昔、ジャック・ザ・リッパーと呼ばれていた。理由は対戦相手が鋭すぎるパンチで次々と顔を切り裂かれていくからだ。
このカミソリみたいな切れ味のパンチは持って生まれたものだけど、あたしは才能に溺れず自分の武器を磨いていく。
ミットにワンツーをパパンと打ち込むと、佐竹先生が反撃を想定したミットを伸ばしてくる。それをかわして、踏み込んでフック、アッパーを打ち込んでいく。
「うわ」
反撃が来ると分かっている佐竹先生ですら変な呻き声を漏らす。それだけあたしのパンチがヤバい威力だっていうこと。
左フックからアッパー、ボディーと左のトリプル。周囲でミット打ちを見ている選手から「うわ」と佐竹先生と同じリアクションが漏れる。女子でここまで強烈な左トリプルを打つ選手はいないだろう。
ブザーが鳴る。最後の一発は右を思いっ切り振り抜いた。ミットが佐竹先生の手から外れて吹っ飛ぶ。
「やべえな。こりゃ相手も死んだわ」
苦笑いする先生の一言とともにミット打ちが終わった。
それが終わるとメタルドラマーのドラムソロのようにサンドバッグを叩きまくる。一般的な選手がやっているよりもハイテンポで打ち続けることで、より豊富なスタミナを作り上げる。
奇をてらった練習なんていらない。要は同じ練習をどれだけ高い質で出来るかの問題だ。それはボクサーだろうが音楽家だろうが、何をしている人であろうが関係ない。
サンドバッグがかわいそうになるほどパンチを打ち込むと、後はシャドウボクシングと地獄のサーキットトレーニングでこの日の練習は終わる。
練習が終わると、大抵の選手はしばらく立てない。それだけ肉体的な追い込みをかけるからだ。
今日もいい練習をした。
あたしはインターハイを制した時よりも、さらに強くなっている。
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