好いても厭うても

クリヤ

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第4話 忘れもの

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 トントン! トントントン!
 史緒の寮の部屋の扉が叩かれる。
 続いて、隣りの部屋の純一の声が聞こえる。

 「史緒。し~お! いないの? すごい音がしたんだけどなぁ」

 史緒は息を詰めて、純一が去って行くのを待つ。
 ただでさえ狭いベッドの上に、足を折り畳むようにして座っている。
 純一が立ち去ったのを確認すると、プハ~ッと息を吐いた。

 「いいのかよ?」

 耳元で雪彦の声が言う。
 その声が思ったよりも近くて、史緒の顔はブワッと紅く色づく。

 「う、うん。大丈夫。雪彦は、バレたらマズいでしょ?」
 「まぁ、ほかの寮に入るのは禁止だからな」
 「なんでなんだろう? 同じ学校なのに」
 「郷ごとに隠しておきたいこともあるんだろ?
  あとは、単純に仲が悪い」
 「僕と雪彦は、こんなに仲良しなのにね」
 「こんなにって、どんなに?」
 「え? だから……、こんなにだよ!」

 史緒が雪彦の唇に、チュッと音を立てて唇を合わせる。
 雪彦が、それに応えて史緒の唇を割る。
 サラリとした雪彦の舌に探られると史緒の腹の奥が疼き始める。
 嬉しさで一杯になる史緒の唇は、すぐに、あっさりと離される。
 雪彦が、唇を引き剥がしたのだった。

 「じゃあ、俺、行くわ」
 「え、もう?」

 突然、離された唇に、史緒は寂しさと不満を覚える。

 「それ、届けに来ただけだし……。それに」
 「それに?」
 「こんな狭いとこに、おまえといて、何もしない自信が無い」
 「このままだと、何かするの?」
 「それは……」


 ***

 史緒と雪彦は、毎朝、藩校の屋上で逢瀬を重ねていた。
 ふたりが会っていることは、誰も知らない。
 秘密の恋人だった。

 それには、理由がある。
 松葉藩の四つの郷は、仲が良くない。
 外敵に対しては、一致団結して立ち向かう。
 しかし、普段は、それぞれが競い争うような関係だった。
 松葉藩の役職は、四つの藩から選ばれる。
 けれど、それは平等にでは無い。
 藩に対する貢献度に応じて、役職や収入が決まる。
 だから、郷それぞれは、自分たちの技術の漏洩を怖れていた。
 城下町以外は、他の郷の者は立ち入れない。
 たとえ、それが子どもであっても。
 藩校の寮であっても。

 ほかの郷の人間とは、必要以上に近づくべからず。
 これが、藩内の暗黙の禁であった。


 ***

 その禁を破って、雪彦は史緒に忘れものを届けに来た。
 史緒の部屋の窓ガラスが、コンッと鳴って外を見る。
 窓の外に浮かぶ雪彦の姿を見て、史緒が驚く。

 「雪彦⁉︎ なんで?」

 急いで窓を開けると、雪彦がふわりと窓から入ってくる。

 「忘れもの、届けに来た。これ、屋上に置き忘れてたから」
 「そんなの、明日でも良かったのに。
  って言うより、雪彦って、空が飛べるの?」
 「あ、あぁ。朱雀だからな。でも、秘密だぞ」
 「う、うん。誰にも言わない。朱雀、やっぱりすごいんだね」

 朱雀の郷の者が持つ特殊能力のひとつが、飛行術だった。
 他藩や異国との争いで、圧倒的優位に立てる理由のひとつ。
 そして、朱雀の郷が、四つの郷の中で最も高位に遇せられる理由でもあった。

 「いや、俺のことはいい。おまえの大事なものだと思って」

 雪彦が差し出したのは、一本の万年筆。
 史緒の祖父が、藩校の入学祝いにとくれたものだった。

 「万年筆、大事だって言ったの覚えててくれたんだね」
 「おまえのことで忘れることなんて無い。
  ……だけど、これは言い訳。ただ史緒に会いたくなって」

 思いもかけぬ雪彦の言葉に、史緒はガバッと雪彦に抱きつく。
 その拍子に、机の上のペン立てが倒れる。
 木製のペン立てが床に転がり、派手な音を立てる。

 (マズい!)

 そう思った直後に、純一の声と共に、史緒の部屋の扉が叩かれた。
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