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5章

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 11時頃になると買い物客が賑わう、
 店内は流行りの曲がけたたましく流れたかと思いきや、スタッフを業務の呼び出しのアナウンスが流れたりと、やかましい。
 せっせとカートや籠を片付ける人、ピークに合わせてレジ打ちに入る人……。
 結花は普段いくお店とは違うジャンルということもあり、顔をしかめていた。
「ここが、鮮魚コーナ……駐車場側に近いドアのあたりに、野菜があるでしょ……それから……」
 野崎の話を上の空で聞く結花は、男性スタッフに好みがいないか狙いを定めるが今の所いない。
 先程目をつけていた男子高校生の姿がない。
 内心舌打ちしながら、野崎の後ろについていく。
 それそろ12時近いし、かえっていいよね? 
「依田さん、何かご質問ありますか?」
 惣菜コーナーで足を止めた野崎。いきなり質問されて、結花は「あの、野崎さんって既婚者ですか? 彼女いない人っていますか」と尋ねる。
「……今は関係ないことですし、お答えする義理はございません。プライベートのことをいきなり聞くのは失礼でしょう。先程も人事部長に言われたでしょう」
 期待はずれと言わんばかりにやれやれとため息つく。
「なによ。質問ぐらい答えてよ。ハゲの癖にキッショ!」
「業務のことならともかく、今はそういう話をする関係でもないでしょう。見た目を直接貶すのは失礼じゃないですか?」
 見た目のことを言われ、野崎は呼吸を整える。
 なんなんだ、この人。
 お嬢様育ちって聞いてたけど、ほんとどこがだよ。
 成金の間違いじゃないか?
 いつだったかネットで、お上品な貶し方みたいな内容が話題になっていたが、遠回し過ぎて分からなかった。あれとは正反対。火の玉ストレートすぎる。
 結花はフンとそっぽ向いて「なんなのよ、ケチっ!」とアピールする。
 今時そういうこといきなり聞いてはいけないって、教わってないんだろうな。下手するとセクハラ案件だよ。
 色々な意味で時代に取り残されたのかもしれない。
 ニュース見ないって言ってたしなぁ。
 野崎の内心のぼやきは胸の内にしまう。
 一通り場所を案内した頃には休憩タイムだった。
「では、こちらまた書類の手続きと勤務のルールに関する話をいたします」
「はーい」
 面談スペースに2人きりで今後の勤務予定や、どういった人が働いているかや、職場のルールを説明を受けた。
「では、次は水曜日なので、遅れずに来てください」
 野崎の話を無視して結花は退出しようとするが「ここはありがとうございました。よろしくおねがいしますって言ってください」と止められる。
 しぶしぶ「ありがとうございました。よろしくおねがいします」と言うが、棒読みでまるで馬鹿にするような言い回しだった。
 結花は着替えてからバックヤードに目を向ける。
 事務机と椅子が並べられていて、おばちゃん3人と、男性2人だろうか。
 おばちゃん達も男性2人も固まって座っている。
 結花は当然後者の向かいの席に座って、やっほー、元気? と声をかける。
 男性2人はいきなり声をかけられて、顔を見合わせる。
「お、お疲れ様です」
 大人の対応をして、スマホとち睨めっこしながら、パンを齧った。
「ね、名前は? 年はいくつ? 彼女いるの?」
 矢継ぎ早にプライベートのことを質問されて、男性達は結花と顔を合わせないように必死になる。
 返事をしてくれないのか、結花は拗ねるように、鞄から菓子パンとペットボトルのお茶を取り出した。
「ゆいちゃん、今日から来たから、わかんないことだらけでー。野崎って人はうるさいし……」
 そこから始まる野崎に対する悪口。甲高い声に負けないように有線が流れる。
 男性の一人がおばちゃん達に勘弁してくれと目線を送った。
「よ、依田さん。こんにちは。こっちおいで。今日は初めてで疲れたんだね」
 おばちゃんの1人が助け舟をだした。
 しかし結花はおばちゃんの話に「あんただれ? あんたに話聞いてくれなんて言ってないけど」と喧嘩を売る。
「私は、太刀川裕美たちかわひろみと申します。今のみんなに聞こえるような言い方だったよ。それにそこのお兄さん方はスマホとにらめっこしてるんだから、そっとしといてあげて。ほら、おばちゃん達が話聞くから!」
 そうよとあとの2人のおばちゃんも頷く。
 おばちゃん達の勢いに負けたのか、結花はしぶしぶ太刀川の隣に座る。
「まー、可愛いねぇー! お人形さんみたい!」
「ほんとねぇー! 年おいくつ? 20代?」
「いや、10代かな? 学生さん? ゆいちゃんって呼んでいい?」
 おばちゃん達が容赦のことをコメントしてくれたのか、結花は調子良く自分のことを話す。
 太刀川、小野田おのだ塩浦しおうらと名乗ったおばちゃん達は、惣菜部門の人達で、結花同様、朝早くから来て出勤している。
「確かにねー、店長は厳しいけど、無理もないかなと思う。正直自己紹介の時びっくりしたよ! ああいう服は動きにくいからさ、これから動きやすいものの方がいいよ」
「店長の前ではきちんとやっとけばいいの。私達の前では適当でいいから!」
「そうそう! ……とはいっても、店長より厳しい人がまだいるのよねー」
 3人は同じ人を思い浮かんだのか、確かに……ゆいちゃんと合うのかと心配する。
「えー、まだ厳しい人いるの??」
 結花は盛大なため息をつく。
 店長が口うるさいというのに、それより厳しいって、ここは厳しい人しかいないの?! みんな意地悪ね。
 おばちゃん達は甘やかしてくれそう。
「あー、農産スタッフの尾澤おざわさんと福島ふくしまさんとかでしょ? 基本厳しい人ばっかね。尾澤さんは入って十数年の40代、福島さんは高校からうちでバイトで入ってたから12年かな」
 その後おばちゃん達から厳しいスタッフに気をつけること、何か言われたらいつでもおいでと言われ、安堵した。
「ね、車で送ってくれない?! ジュースおごるから!  私一人で帰れないのー」
 男性スタッフに声をかけるが「免許とる年齢じゃないので」と切り捨てられる。
「けちっ! フン、タクシーで帰る!」
 そういえば、仕事でタクシー乗る用事あれば、請求出来るって言ってたわ。
 結花はタクシーのアプリを開いて、迎車をお願いした。
「なぁ、あの人なんなんだよ……もしかしてノートに書いてあった……」
「社長の奥さんらしいよ」
 男性スタッフ達は結花の言動に呆れていた。
「え、そうなの?!」
 太刀川が声をあげて、店長が事務作業で使う机から取り出す。
「あれ、聞いてなかったですか? 昨日の夕方、更新されたんですよ。社長の奥さんが今日から来るって」
 男性スタッフの一人は結花の姿を見てげんなりしていた。
「あぁ、ほんとだわ。来るのは知ってたけど。いやー、ちゃんと見てなかった。ずいぶん長々と書いてるわね」
 業務ノートには結花が入ることや、働いたことがないため、言葉遣いや態度が幼いのこと、非常識なことをするかもしれないが、容赦なく注意してほしいと書かれていた。
「働いたことがないだろうね、あれ」
「だって自分のこと名前で言ってたじゃん。鳥肌たったよ。あれで40前ってな……しかも距離近かったし」
「それな。いきなり彼女の有無とか聞いてくるか?」
 男性スタッフがため息ついている中、野崎が休憩にやってきた。
 スタッフ達は「おつかれさまでーす」と挨拶するが、野崎は「おつかれ」と声が弱い。ゆっくりと男性スタッフから少し離れた場所で休憩する。
「店長顔やばいじゃん」
「そりゃ朝から依田さんの相手だからなー」
「もう燃え尽きたような感じね」
 スタッフ達が口々にコメントしてるなか、野崎は鞄から弁当を取り出して、箸をつけるが進まない。
「だ、大丈夫?! コーヒーいる?」
 小野田が鞄から缶コーヒーを野崎に渡す。
「いいの? 飲むんじゃ……」
「いいのよぉー! これ息子の嫁さんから段ボール一箱分くれてね、家で消費出来ないから、持ってきたの。まだあるからいいよ。それか、明日みんなの分持ってこようか?」
「お気遣いありがとう。いやー、なかなか癖のある人だ。人事部長が彼女を甘やかさないようにって言ってたけど、気持ちが分かる。おれ、直球でハゲって言われたんだぜ?! あげくに嫁のこと物好きとか言いやがってよぉ! どこがお嬢様だよ! 成金の間違いだろ?」
「うわぁ、マジですか……お嬢様って、してるんですか」
 男性スタッフの質問に、野崎は黙って頭を上下する。
「彼女の実家は呉松家。春の台で昔から名の知れた有力者の家なんだよ。で、お父さんが呉松グループの社長で後継にお兄さんが指名されている」
「あぁ、あの呉松家ね! がちよ。あの家は。昔は議員があそこから出てたけど、最近はすっかり聞かなくなったわね」
 太刀川が思い出したかのように手を叩く。ほかのおばちゃんたちも「ああ、あの家ね」と続ける。
「そんなに有名だったんですか。全然知らないです」
「まぁ、昔の話だからね。私が子供の頃ぐらいの話だから。今は控えめという感じかな。名前を表にやたらアピールしないスタンスに変えてる」
 結花の実家の話を聞いた男性スタッフ達は「あっ、察し……と言わんばかりに口をつぐむ。
「色々あって彼女は働くことになったんだけど、まぁ、今日の朝礼の態度見ただろ? 世間知らずムーブかましてるから。メモを取る気配すらなかったし、質問したと思えば、既婚者かどうかだったからな」
 結花の態度を見ていたらとてもじゃないが採用したくないタイプだ。仮にしたとしても、表舞台でるとお客様と喧嘩になるのは目に見えている。
「えー、うそでしょ!? ひどいわぁ……」
「注意したらしたで、反抗的になるからなぁ。多分相手を選んでる。だから君たちも気をつけて。特に男性陣は、彼女の餌食になるかもしれないから、何かされたら、報告して」
「いや、さっき俺たち彼女の有無とか名前聞かれたんですが……」
 男性スタッフ達の報告を聞いて野崎は手で額に当てる。
「そうなの。だから私達が話し相手になったの。見てて嫌そうだったから」
「そうか……」
 これは明日注意しないといけないなと思うと憂鬱になる。
 男性スタッフ達はどうか結花とかち合わないよう祈るばかりだった。
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