50 / 140
6章
9
しおりを挟む3人は休憩スペースに移動して、結花と赤澤が並んで野崎と向き合うように座った。
「2人が呼ぶってことは何かあったんだね」
「品出しの最中に……」
野崎に話を促され、結花は赤澤とのやりとりを説明した。
野崎の顔がみるみる険しくなる。
「えっと、つまり……依田さんの娘の担任が、たまたま依田さんを見かけて、声かけた。で、尾澤さんにいかに依田さんがだめ人間か話して、クビにするように迫ったってことかな?」
「そんな感じです。あんまりにも酷いので、これ以上やるなら、営業妨害として警察呼ぶことを警告しました」
「その方がいいね。てか学校の先生がそんなことしていいのか……依田さんも、ここでの仕事の愚痴書いてるでしょ?」
結花の顔がなんで知ってるのと愕然とする。
「人事部長がチェックしてるからね。依田さんのSNS」
仕事が辛いだ、なんで働かないといけないんだと、ぽつぽつ書いていた。息抜きなのに。
「あのね、依田さんは厳しい立場なんだ。社長がここで働かせてくれる意味分かってるかい? 変な所で働かれるよりはマシだからだ。最後の情け。愚痴なんて言ってられる立場じゃない。依田さんのSNS見て、保護者とか同級生とか見て広まったんだろう」
野崎は大きなため息をついて「他の仕事あるから戻っていい?」と立ち上がる。
「店長! ほっとけって言うんですか?! また来る可能性あるんですよ?」
尾澤がまなじりを釣り上げて迫る。
「だって警告したんでしょ? ならいいじゃん。それ以上何をしろと? こんな人がいるのは事実だし。言われても仕方ないのでは? 依田さんは因果応報でしょ」
野崎は立ち上がってもう他の仕事あるからと、出て行ってしまった。
結花と尾澤が店長と追いかけても、野崎は作業員スペースに腰を下ろして、無視を決める。
「店長、それは言い過ぎです! やめてください」
「そうですよ。依田さんは受け入れて頑張ってるんですから」
それでも野崎は他人のフリをして作業を続ける。
尾澤が来てから野崎は結花と関わっていない。
最低限の挨拶や業務情報は話すが、他のスタッフに比べて冷たい。まるで突き放すような、関わりたくないと言わんばかりに心を閉じる。
野崎としては、こんな癖のある社長の身内を尾澤に押し付けて、自分の仕事に向き合いたかった。
結花の最初の態度でないわーと思っていた。
社長である悠真に恨みというか、負の感情を持つようになった。
陽貴とは長年苦楽を共にしてきた仲だ。しかし、最近はこんな癖のある身内を押し付けやがってと、悠真に対する同じ感情を持つようになった。
陽貴と悠真に結花の勤務態度の悪さをひたすら送り続けている。些細なことでもだ。たとえ、尾澤が頑張ってると言っても、あれこれできてないと愚痴る。
最初は尾澤の厳しさで結花が自滅しますようにと思っていたが、意外と上手くやっていた。
トラブルメーカーがこの数週間であんなに上手くいくわけないし、根っこは変わらないと思っている。今もどこかで結花が、何かしでかしてくれないかなと願っている。そうだと、あいつはここで働くの無理と捨てられるのに。
「あのねー。君は色々やらかした人なんだから! 強く言われるのは仕方ないでしょ? 被害者でいようなんて烏滸がましい。それでお客様と揉めるなら、いらないんだけど」
野崎は結花に冷たく切り捨てる。
結花は顔色を失って言葉がでない。
いらないと言われた。ここに?
他人からここまで突き放されたことなんてある?
これも私に対する因果応報なの?
因果応報なら私は何言われても、されても仕方ないということ?
――お前が今までやってきたことが返ってきてるんだよ。
耳の奥まで届く誰だか分からない囁き。
「よ、依田さんは以前より少しずつ頑張ってますし、もう少し様子見させてください。それに彼女の担任がやったことは営業妨害ですよ? 勤め先の学校に連絡した方がいいのでは」
学校の先生が生徒の親の勤め先にわざわざ来て、親は過去にこんなことやらかしてました、絶対なにかやらかしますよと大きい声で言ってくるのは、どれだけ暇なんだろうと。やめさせるかどうかなんて、こっちが決めることで、余計なお世話というものだ。
「悪いけど、いくら依田さんが頑張ろうとも信用できない。過去に浮気や同級生いじめてた人が、やり直そうとしているのを褒めたり、反省してますなんて信用できない。真面目な人は評価されないんだから。被害者としてはムカつく」
「いいか? 最初の印象が悪かった人が良い方向に変わることなんてまずない。調子に乗るな」
野崎はあごを引いてあざ笑う。
この目の前にいる店長も私の不幸を願っている。
それは最初の態度が悪かったからだ。
確かにここで働くのも、おばちゃん達と混じってやるのが屈辱だった。
男性スタッフ達に私のぶりっこが通用しないこともよく分かった。
尾澤さんが来てから、同性のスタッフから褒められる機会が増えた。休憩時に話しかけてもらえる人が増えた。
手つきが早くなった、品だしに出していいと言われた。言葉が丁寧になった。
お客さんを引き込むのが上手。ポップが可愛いとか。
見た目以外褒められたことがなかった。
――ゆいちゃんは可愛いから何もやらなくていいのよ。男の人に養ってもらって生きていくのが一番よ。
子供の頃から母に言われてきた言葉。
文字通りに受け取って生きていた。可愛いからなんでも思い通りにやってきたのは、周りが気を遣ってた結果によるもの。
それに気づかず開き直ってきた。ただ、もう見た目が通用しない年で、シビアになってきたことに最近気づいた。
店長や尾澤さんの言うとおり中身のない見た目だけ人間だった。
尾澤さんはそうならないように、私に根気よく向かい合ってくれた。
言葉遣い、スタッフ達とのつきあい方、店長のトリセツ、店舗や会社の現状、お店の商品がどの時間帯で、季節の狙い目など。あとは、家事のやり方。
これは尾澤さん以外にパートのおばちゃん達にも教えて貰った。
出来たらきちんと褒めてくれる。それだけでも嬉しい。
店長はいつも怒ってばっかで冷たい。
いつ話しかけても。他のスタッフと話してても、私になった瞬間、まるで虫が来たかのようにあしらう。
勤務時間や出来ることを増やしたいと申し出た時もそうだ。人がいないと尾澤さんが言っていたから。
――依田さんは大変だからいいよー。
しかし裏でほかのスタッフと話してるのを聞いた。
『ちょっと褒められたからって、なんか勘違いしてんじゃね? 仕事増やすにしても、あんなおばさんにかき回されたら最悪だよ。最近尾澤に褒められてるのと、うちのSNSでバズったから調子に乗ってる。へし折ってやる』
『依田兄弟やめてくんないかなー。あのおばさん追い出せるし』
陰で店長が私をやめさせたいことを言っていた。
だからきついんだと確信した。最初の態度が悪いのは建前。
「おっ、お得意の泣きモードか? ここではお前のお気持ちなんか通用しないぞー」
ニヤニヤしながら煽る野崎に対して「そこまで追い詰める必要ないですよね。もう結構です。依田さん面談スペース行きましょ」と尾澤がピシャリと言い放って、向かった。
一部始終を見てた人達は、2人を見るなり持ち場へ戻った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる