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第二章 まやかし
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しおりを挟む──【聖歌隊】の活動拠点は、いくつかの「詰め所」と、聖イルミネア教会にほど近い「本部」の2箇所。
本部での勤務になって久しいジン・ボルテモアだったが、いまは居心地悪そうに、とある一室のソファを占有していた。
「仕方ありません。証拠がないのですから、拘束できこそすれ──いやそれも厳しいか」
彼は肩をすくめ、部屋の主アルコ・ロードリエスを宥めるように言い放つ。
怒りが喉元を過ぎ一種虚脱感のようなものに苛まれ、自己嫌悪でデスクから動けずにいるアルコだったが、それでもやはりくすぶっている感は否めない。
「強いのですね、リモン・カーディライト」
「あと少し時間があればオレが勝っていた」
「本当に?」
「アイツの身体能力は恐らく既に……『アイツ自身の体そのもの』を置いてけぼりにしている。12分……いや18分あれば、自壊したはずなんだ」
ボソボソと呟くその言葉は、しかし確かな根拠に基づく彼の推理だ。
その根拠は自身の記憶。
思い出と言い換えても良いのだろうが、彼はきっとそれを許さない。
「オレ自身もついカッとなった。決着をつけねばならないと、そう思ってしまった。それが敗因。冷静さを欠いたことが敗因……」
「いつものことじゃないですか」
アルコは厳しい視線をジンヘと向けたが、すぐに俯いて大きくため息を吐く。
「自分から無抵抗状態になるんだ、尋問くらいは出来たはず。それすらできていない」
「あぁ、それならもう私が済ませましたよ」
「本当か」
「あの少女から。治癒術師のオリヴィアですよ、彼女」
「やはり………赤いとは思ったが」
「リモン・カーディライトたち、何が目的なのでしょうね。教会協会によればどちらも最近カレドゥシャに戻り、それからいくつかの案件を解決しているだけ」
「普通の冒険者と変わらんじゃないか」
「普通の冒険者になった、足を洗ったとしたら」
「罪は消えん」
「その罪の証拠がない」
「……………何が言いたいかは理解した。放置、ということか」
ジンは何も言わず頷いた。
「上からの指示なのか?」
「聖女様から」
「………………あの人、わからんな」
「そう仰らず。それより」
ジンは手帳を一冊取り出した。
「面白い話、あるのですが」
立ち上がりそれを持ってアルコのデスクへ近づいていく。
アルコはそれを不機嫌そうな顔のまま受け取りペラペラと捲りはじめた。流れていくのは、アルコがいつも書くものと同様、いつ、どこに、異常アリかナシか、という淡白なメモ。紙を節約するためか、丁寧な丸っこい字が几帳面にぎゃっと詰まっている。
そうして日付が新しくなり、今日の出来事。
「……構成員の名前か」
「ええ」
「ゲロったならどうせ偽名だ、アテにならん」
「でしょうけれど」
「けれど?」
「ルーナとティラという奴らだけやけに描写が細かいことを踏まえると『私は真実を伝えています』と言わんばかりでかえって疑わしい、他の人物に関しての容姿の形容や指摘は最低限で留めているにも関わらずこの2名だけとなるとやはり──」
饒舌に語ろうとするジンをアルコが手で制した。
「言わんとする所はわかる。この二人だけフェイク、ということだろう」
「──いつもの理知的な隊長に戻りましたね」
「ボルテモアさんはいつも意地悪だなぁ」
アルコは少し笑うと、再度メモに目を通す。
「エルザニア。エル、ザニア。なるほど、声に出して納得がいった。これはエル・ザニャじゃないのか」
「ザニャ。私が聞き間違えたのでしょうか」
「オリヴィアの出身は北レイルラントだ。あの島の訛りだな、4番隊隊長のギムさんなんかそうだろう、語尾の母音を強調する感じの」
「おお、なるほど……」
その広く深い知見。
学習能力と記憶力、地頭の良さ。
ジン・ボルテモアは眼の前の人物が「上司」であることを再度認識する。
年齢ではない。勤続年数でもない。単純なスペックにおいて、アルコはジンより上だった。
「エル・ザニャは有名な冒険者だ。ダンジョン攻略の名手、魔物の天敵。『魔滅大君』とも呼ばれている、らしい。ダンジョンはあまり詳しくないので良く知らんが、頭の片隅に名前だけは記憶している」
「タイクーン、ということは男性?」
「かと思うが」
「そんな人物まで【ドラゴンスレイヤーズ】に……」
「待て待て。強さ的に候補に上がるだけで、ザニャ本人とは限らん」
「しかし、有名人の名前を偽名として出すメリットがない。オリヴィア・ベルナールは見た目よりずっとしたたかでした、私は知らなかったとはいえ──ある程度の有名人の名前を構成員の名前として挙げるリスクくらいは把握しているはず」
「嘘ではない、と」
「そう思いますね、私は」
「少なくとも『オリヴィアに対してエル・ザニャを名乗った人物がいた』ことは記憶しておくべき、か」
そうしてアルコの長い指が次の名前を指す。
「レーゼ」
ジンの
「知ってるんですか」
という問いに、アルコは首を横に振って答える。
「だがそこが不自然なんだ。竜殺しを成したのに知らないなんて」
「まるでほかの竜殺しは全部知ってるみたいな言い方だ」
「ああ。そうだぞ」
「…………わお」
「記録に残っている者の名前と、当時記録された身体的特徴は覚えている。疑うような言い方は失礼だと承知しているが、彼らは【ドラゴンスレイヤーズ】予備軍だからな」
「単騎で竜殺しが加入条件、でしたね」
「そうだ。単騎で、となると正式に記録に残しているのはたったふたり──オリヴィア・ベルナールとピグマリオン・ドルズブラッドという男だけ」
「オリヴィア。あの娘は本当に何者なんですか。年齢不相応すぎる、いろいろと。レベル240超えという数値自体異常すぎる」
「怪物だ。そしてその怪物としての姿を一切隠そうとしない。本名で活動しているのもそういうことだ」
アルコとジンは、オリヴィアと対峙した数分数秒を反芻する。
「人間なんですかね、彼女」
そうしてジンの放った言葉。思わずアルコは鼻で笑ってしまう。
彼は真顔で言う。
「じゃあ彼女は魔物か。ドラゴンか」
「……魔物だったりしません?」
「しない」
「ですよね」
「最悪、人間でなくとも生きてさえいれば我々【聖歌隊】が手を出せる。ピグマリオン・ドルズブラッドとは違ってな」
「ピグマリオンは知ってます。反魔法思想の」
「ああ。オレの生まれる前の話だが」
「私だってそうですよ」
──反魔法思想。
魔法による2度の大戦の後に生まれたひとつの考え方。
植物や動物や魔物のように、人類は多種多様な進化が可能であるが、魔法はあまりにも便利で、今は魔法に頼りすぎているため、新たな進化を促すために魔法を捨て去るべきだという思想である。
その提唱者こそピグマリオン・ドルズブラッド。ドラゴンを殺したのも、「魔法などなくとも人はここまで強くなれる」証明だったとされている。
彼の唱えたこの考えは魔法により傷ついた多くの人々に影響を及ぼすこととなった。
彼らの活動により多くの魔法使いが『処罰』され、数を減らすこととなる。
わずかに残った魔法使いたちもまた、自分たちが用いる力の超常さを理解した。そして「魔法使いは一人の弟子にのみその魔法を伝える」こととなり、現在に至る。
「歴史上の人物。故人にオレたちは手を出せない。だがオリヴィアは違う。リモンも違う。生きている。捕まえられる体がある」
「今後はエル・ザニャをマークですね」
「ああ頼む。それから」
「それから?」
「……8分ひとりにしてくれ」
「わかりました。8分ですね」
部屋から出て自分の銀時計で時刻を確認し、ジンはこの後部聞こえてくるであろうアルコの「アルコ自身に向けた罵声」を想像して苦笑する。
彼はいつも誰かのために怒っていた。
誰かを助けられなかったときはいつも、助けられなかった自分を責める。
そんな彼のことを、ジンはたまらなく敬愛していた。
◇◆◇
「おめでとうございますオリヴィア様。レベルアップです」
「いえーい、242!」
リモンが指笛を吹く。
気だるそうにノッペラが拍手する。
ギルド【ラッキーウィスカー】のボロギルドハウスは、少しだけ騒がしかった。
「そしておめでとう私、ついに受付嬢を退職!!」
「うそ、本当に!?」
「こう……退職届をビターン!してきました」
「おお……!!」
リモンが指笛を吹く。
ノッペラは笑いながら手を叩いた。
「マジかよアンタ、スゲェな」
「行動力だけはありますので」
「それだけマジってことな」
「ええ。私はマジですよ」
そうやってどさくさに紛れてオリヴィアをこねくり回すラッキーは、思い出したように告げる。
「あ、そうだ。私冒険者登録してないんですけど、どうしましょう」
リモンが指笛を吹いた。
吹いたがすぐに止めて、真顔でラッキーを見つめる。
「……」
「な、なんですか盾騎士様」
「…………はじまる、な」
「何がです」
「ラッキー・クローバー冒険者試験編」
「大丈夫ですよ、私顔と頭はいいので、試験とか楽勝です。ちょうど来月が開催日ですし早速──」
胸を帆のように張るラッキーだったが、彼女にもみくちゃにされていたオリヴィアに
「ナメすぎ!」
と噛みつかれてしまう。
「まだ舐めてませんよ?」
「わたしのことじゃなくて。というかわたしも舐めないで。試験のこと」
「そんなにですか」
「……いや、まあわたしとリモンさんは12歳とか13歳とかで合格しちゃいましたけど」
「然り」
リモンは「お前は?」というようにノッペラに視線を向ける。
ノッペラは
「18」
と不満げに答えた。
「私いま21歳、皆さんの合格年齢より上です」
「問題はそこじゃないの。試験では絶対に行かなきゃいけない場所があって、たぶん今のままのラッキーさんだと、死ぬ」
「死」
自分の口からこぼしたリフレインが冗談ではないのだと、ラッキーはその場の雰囲気で感じ取った。
「戦闘能力やっぱり要ります……?」
「オイオイオイオイオイオイ」
ノッペラは驚いた様子でリモンとオリヴィアの方を『見た』。
「アンタらが付き従ってるからコイツ強ェのかと思ってたんだが……」
「私戦闘能力皆無です、ブラックコボルト見ただけで腰抜けてオワリです」
「カァ~~ッ、冒険者ですらねェのか」
こりゃダメだ。
ノッペラはそんな風なジェスチャーをした後に、
「おれ、帰るわ……」
と突然帰宅を宣言し、ギルドハウスを去っていった。
「………え、そんなに?」
リモンとオリヴィアが頷く。
「いくら頭が良かろうと実技がある。ダンジョンの攻略だ」
「ダンジョン……あのダンジョン?」
「然り、そのダンジョン。入って帰るだけだが、死にかけないと助けは入らない」
「今のラッキーさんなら助けが入る前に死にます」
「ふーん……」
ラッキーは思案する。
思案した後。
「じゃあ冒険者にならないという選択肢が」
「ギルドマスターが冒険者でないとなると」
リモンが顎で玄関を指した。
建て付けの悪い扉は上手く閉まっておらず、ノッペラが出ていったときのままだった。
「ああなる。俺たちはいいとして、こらから『最強の剣士』と『最強の魔法使い』を引き入れるのだろう。他のギルドへの建前もあるし、基本的に俺たちにとって不利だ」
「………カァ~~~~ッ」
こりゃダメだ。
ラッキーはそんな風なジェスチャーをしたあと、あからさまに困った顔をしてオリヴィアの方を見た。
「何」
「始まります」
「何が」
「ラッキー・クローバー冒険者試験編」
リモンが
「フゥン」
と息を漏らす。
嘆息だった。
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