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四話「少女マンガみたい」

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 どこにでも、少女マンガのような子はいるのだと思ったのは、美優と教室で昼食をしているときだった。

「ねぇ、羽鳥さん。良かったら私と友達にならない?」

 そう言ってやってきたのは、艶やかな黒髪を肩より少し上で切り揃えた女子生徒だった。その瞳には私のことはまるっきり映っておらず、美優にぎらぎらと欲望を滲ませていた。
 美優の親がこの学校の理事長って話を聞いていたのだろうと、私なりに推測してみる。美優の顔をちらっと窺えば、美優もそう思っていたらしく、口がへの字に曲がっていた。
 この態度を見て、美優一人で大丈夫だろうと、口を挟むことなく傍観に徹することにした。変に口を出してこじれたら厄介だもんね。

「なんで?」

 その口から出てきたのは、不機嫌な一言。それに対して女子生徒はたじろぐものの、引こうとはしなかった。つりあがった強気な瞳が、負けじと美優を見返していた。

「なんでって、友達になるのに理由はあるのかしら? その子とも友達になったんでしょう? 確か名前は……相澤さん、だったかしら?」

「ぶっ」

 傍観に徹しようと数秒前に勝手に決めていたため、思わぬ言動に口にしていたお母さんの弁当を吹いてしまうところだった。その衝動をどうにか堪え、なんとか口の中にあったものを飲み込む。
 絵に描いたような間抜けな顔をさらしていると、美優がぷっと笑う声が聞こえた。
 美優さんや、今シリアス展開じゃないの?
 じとりと美優を睨むと、美優は咳払いをしてごまかした。

「結芽は趣味が合うし、一緒にいて気が楽なの」

「あら、そうなの。だったら私とも合うかもしれないじゃない。ねぇ、相澤さん」

「は、はあ……」

 私を見る目はまるで、狙った獲物を見据えるライオンのようだった。その勢いに圧倒され、気のない返事をしてしまう。

「ほら、相澤さんもこう言ってるじゃない」

 いや、言ってません。
 ちょっと待って、美優さん。なぜそこで可哀想な目で私を見るの。

「えと、べつに同意してませんけど。だって、あなたどう見ても美優じゃなくて、美優の後ろを見てるし」

 可哀想な目で見られるのが耐えがたく、美優側に回った。
 まさか私が反論すると思っていなかったのか、女子生徒は呆然とした口を開けたあと、歯を食いしばって睨んできた。図星を刺されてすぐに反論できなかったことが、悔しそうだ。美優の方に視線を向けてみれば、親指を立ててグッジョブと口パクしてきた。
 全然グッジョブじゃないよ。これ、美優の問題だから!
 そう口パクで抗議すれば、面倒くさそうにため息をつかれてしまった。
 ぐぬぬ、なんか解せぬ。

「なにこそこそ話してるのよ!!」

 そんな私たちの様子を腹を立てたのか、机をバンと乱暴に叩かれた。その拍子に、水筒のコップに注いでいたお茶がこぼれ、『vampiredoll』の新刊にかかってしまった。
 慌ててマンガを空中に上げ、持っていたハンカチで丁寧に吹く。少量のお茶だったことや、透明のブックカバーをしていたことが幸いしてマンガ自体は濡れずに済んだ。
 しかしマンガの持ち主、美優はというと無表情になっていた。
 美優が怒っている姿は見たことがない。だって今日友達になったばかりだからだ。それでも私にはわかる。美優が物凄く怒っているということを。
 女子生徒にも美優のただならない気配が伝わったのか、ひっと小さな悲鳴を上げていた。すぐに謝ろうと口を開くがもう遅い。

「あんた、名前は?」

「か、加藤朱莉です」

「そう、加藤さん。私ね、このマンガ大好きなの。それずっと待ってた新刊なの。結芽が咄嗟に持ち上げてくれなかったら、びしょびしょになってたところだったわ」

「ご、ごめんなさ」

「謝罪はいらない。物に向かって八つ当たりする人、私大嫌いなの。目の前にもう現れるなとは言わない。なにせ同じクラスだしね。ただ、これから三年間卒業するまで私たちに話しかけないでくれる? うざいから」

 まるで般若のような顔に、思わず私までびくりと肩を揺らしてしまう。

「は、はひぃ」

 加藤さんは今にも泣き出しそうな顔で教室を飛び出していった。

「ふん」

 その後ろ姿を一瞥して、美憂は静かに目を閉じた。そして目を開けると私に笑いかけた。
 まるで先程のことを無かったことにしたいみたいに。

「んでさ、さっきの話の続きなんだけど」

「え、あ、うん」

 いや、違う。無かったことにしたいみたいじゃない。無かったことにしたんだ。
 この時私は誓った。
 美優をなるべく怒らせないようにしようと。
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