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片付いた部屋
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珍しく定時で仕事を終えて帰宅すると、部屋が綺麗に片付いていた。美弥は掃除が苦手で、俺がいくらいっても部屋はいつも雑然としていたのに。
慣れない部屋の雰囲気に、オレはなぜか違和感を覚えた。
スーツから普段着に着替えて珈琲を淹れる。そういえば今朝は珍しく朝食に珈琲が無かったことを思い出した。美弥は重度のカフェイン中毒で、特に朝は『珈琲を飲まないと仕事にならない』とよく言っていたはずなのに。
オレは珈琲の入ったマグを持ってソファに座り、テレビの電源を入れた。あまりテレビを見る習慣がないため、どのチャンネルでどんな番組をやっているかわからず、リモコンで次々とチャンネルを切り替えた。
しかし、バラエティを見ても面白いとは思えず、ドラマは途中から見ても意味が分からない。時間が早いせいかニュースをやっているチャンネルも見つからなかった。地上波なのが悪いのかもしれないと、BSのボタンを押す。
画面に古い映画が映し出された。それは美弥と初めてデートした時に見た映画だった。いや、正確にはデートだと思っていたのはオレだけで、美弥は『知り合いに映画に誘われた』くらいに思っていたかもしれない。
オレは美弥をデートに誘うため、恋愛映画の前売りチケットを購入し、『知り合いからチケットを貰った』と嘘をついた。
正直、映画はハズレだった。今見ても全く面白くない。
それでもなんとかオレは美弥とデートを重ねて告白し、就活を必死に頑張って今の会社に入った。マスコミ志望だった美弥の方は就職に難航したが、Webのニュース配信の会社になんとか入社した。
オレたちは数年後に結婚し、美弥はフリーランスのライターとして務めていた会社のサイトに記事を執筆する仕事をするようになった。
基本的に美弥は家で仕事をする。最近は打合せすら、オンラインのチャットやビデオ会議で済んでしまうため、外に出る機会が少ないとぼやいていた。
……なのになんで美弥は家に居ないんだろう?
ふとオレは今朝の美弥とのやり取りを思い出していた。
「ねぇ私のハナシ聞いてないでしょ?」
「朝の忙しい時になにいってんだよ」
「夜は疲れてるってすぐに寝ちゃうじゃない。もういいわ」
美弥は拗ねたように朝食の片づけを始めたので、オレはそのまま着替えを済ませて出勤した。
まさか、美弥は出て行ったのか?
最後に部屋を片付けていったのか?
整然と片付いた部屋は普段よりも広く感じるし、テレビの音も反響しているように聞こえる。
オレはどうしようもないくらい不安に襲われた。
スマホを取り出して美弥にメッセージを送る。しかし、10分経っても既読はつかなかった。そのまま美弥に電話すると、『おかけになった電話は…』という無機質なアナウンスが聴こえてくる。
立つ鳥跡を濁さずってことか?
俺に何も言わないで出て行ったのか?
だが、何度も話しかける美弥に素っ気ない態度をとり、話を聞かなかったのはオレの方だったことを思いだした。
仕事で忙しかったのは事実だが、実はオレは少しばかり拗ねていた。ここ最近の美弥は、ベッドで誘っても『そんな気分じゃない』とオレを拒絶していたせいだ。
よくよく思いだせば、美弥は気分が悪そうだった。もしかしたら仕事で根を詰め過ぎたのかもしれない。もっと体調を気遣ってやればよかった。
オレは落ち着くために冷めた珈琲を捨て、冷蔵庫からビールを取り出した。
部屋を見回すと、いつものように飲み終わったマグや食べかけのチョコレートがない。読みかけの雑誌や文庫本も放り出されていない。いつもより広い部屋は、何故か寒い気がする。
そのとき、玄関からガチャガチャとした音が聞こえた。
「ただいまぁ」
能天気な声が玄関から響いた。
「ごめん、もう帰ってたんだ。すぐご飯の支度するね」
間違いなく美弥の声だ。オレは慌てて玄関に向かった。
「どこいってたんだよ。携帯つながんなかったぞ」
「マジ? ごめん充電切れてたわ。病院行って買い物してたら遅くなっちゃった」
「病院? どっか具合でも悪いのか?」
靴をシューズラックに仕舞った美弥は、くるりと俺の方を振り返り、
「妊娠6週目だって。話そうと思ってたんだけど、克哉ずっと忙しそうだったから。…産んでもいいかなぁ」
オレは美弥を抱きしめた。そうか、珈琲を飲まなかったのはそのせいか。
「なに当たり前のこと聞いてんだよ」
「赤ちゃんのためにも良くないと思って、お片づけしたの。この部屋って結構広かったんだね」
美弥ははにかんだように微笑んだ。
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