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目覚め
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「先輩。この杖、どう思います?」
そう言ってハーヴェイが差し出した杖は随分古い物のようで、所々傷が入っていた。
マイの背丈よりに少し長く、両端は球状になったそれは、杖と言うよりは棍ではないかとも思いつつ、まじまじと観察して、少しだけダークを流し込んだ。大きな変化は見られず、マイはつまらなそうな顔を浮かべた。
食堂でハーヴェイの話を聞いていると、彼が出先で気になるものを見つけたと言い、自身の研究室へ来るように誘ってきた。最初は断るつもりだったが、「あの光の勇者にまつわる物らしいです」と言われて、今の研究の助けになるかと思ってその誘いに乗った。
「見たところ、ただのボロ杖にしか見えないけど……」
「でも村長さんによると、かつての光の勇者が放った光を浴びた樹木で作られた、由緒正しき杖だそうで」
「胡散臭い話ね……」
マイが訝しげに杖を観察していると、傷だと思っていた中に、はっきりと月の紋章が彫られた箇所が目に入った。他にも似たような箇所があり、新月から始まり、上弦の月、満月、下弦の月を経て、再び新月と順に刻まれている。クーの右手にも月の紋章が入っていた事を踏まえると、何か関係があるかもしれない。
「ハーヴェイ。詳しく調べたいから、これ貰ってもいい?」
「ええ。もちろん。何かわかったら、教えてくださいね」
にこやかに承諾したハーヴェイに、マイは礼を言って扉へ向かう。彼女が手を伸ばすよりも先に、扉が開かれる。その先には、一人の騎士がいた。
「ああ、マイちゃん」
「ちゃんはやめて。なんなの?」
不機嫌に返すと、騎士は「すみません」と謝罪をし、ここに来た目的を話した。
「アカネさんが?」
「はい。昨日、マイ……さんが一緒にいた少女に異変が起きて」
「クーに異変⁉」
マイは血相を変えると、持っていた杖を放り投げ、騎士の横を抜けて訓練場を目指した。
「ちょ、ちょっと先輩⁉」
それを見たハーヴェイも、急いで彼女の後を追った。これほど必死なマイを、後輩であるハーヴェイは初めて見た。
―――
訓練場に到着すると、端で倒れているアカネを見つけた。
「アカネさん!」
マイはすぐさま駆け寄って彼女の体を起こす。外傷はひどく、もしも自分に治癒の魔法が使えたらと、悔やまずにはいられなかった。
「ああ。マイ……申し訳ございません」
「一体何があったの?」
「そうですね……端的に申しますと、マーニ様が暴走したようで……」
「クーが⁉」
アカネの言葉が受け入れられず、マイはきょろきょろと辺りを見渡した。他にも複数の騎士が地に伏している。
入口の方から、マイを追いかけてきたハーヴェイが、息を切らせながら姿を見せた。
「やっと追いついた……って、これどういう状況ですか?」
「ハーヴェイ。来たばっかのところ悪いけど、医療班の人呼んできて」
「え、あ、はい。わかりました」
ハーヴェイは踵を返し、再び駆け足で来た道を戻っていく。彼の姿が見えなくなったところで、マイは改めてアカネと視線を合わせた。
「怪我しているところ悪いけど、さっ気の話、もう少し詳しく聞かせて」
「ええ。構いません。ですがその前に、針を一ついただけますか?」
アカネの要望に、マイはすぐに答える。アカネの腰にぶら下げられたホルスターから針を一本抜き取り、彼女に手渡す。受け取ったアカネは、迷うことなくへその少し上に針を打った。身体の回復を早めるツボだ。
「…………では、ありのまま、起きた事実を簡潔にお話します」
アカネがマイの手から離れ、座ったまま姿勢を整えて話し始めた。クーがアカネに頼み、戦いの訓練を始めた事。昼食をはさんで、午後から本格的な訓練に励み、その休憩の間に彼女の紋章が光輝き、苦しみだした事。そして光の繭に包まれ、再び姿を見せたクーがこの事態を引き起こした事――。
「本当にクーが……」
にわかには信じられなかった。戦ったこともなければ、臆病すぎる性格の彼女が、アカネを始めとしたミーミル騎士団を、何のためらいもなく攻撃し、圧倒するなんて。
同時に、自分の不甲斐なさに、拳を握る手の力が強くなる。クーに無理をさせずとも、彼女の紋章を調べる手段はいくらでもあったはずだ。彼女を哀れに思うのであれば、力の解明を優先すべきだった。
「それで、クーはどこに?」
「わかりません。私が気絶している間にいなくなってしまって」
「あの魔物、いや魔人なら南へ飛んで行ったようだ」
二人に近づいて来る大きな影。マイが振り返り、アカネも顔を上げると、オスカーが二人を見下ろしていた。おそらく彼も、この事態を聞いて駆けつけたのだろう。
「あの方向にはいくつか無人島がある。おそらくそのどこかに身を潜めているのだろう」
オスカーが話を続けながら、腰を落とす。
「ひどい怪我だな」
そう言いながら、オスカーはアカネの傷に手をかざす。淡い光を放つと、傷がみるみるうちに癒えていく。高位の治癒魔法だ。
「……ありがとうございます」
「騎士として当然のことだ」
オスカーがアカネから手を離すと、その袖を強くつかまれた。その先には、鋭く睨みつけるマイの顔があった。
「オスカー。さっきの言葉、どういう意味?」
「そのままの意味だが、何か疑問があるか?」
「大アリよ! 魔人ってどういうこと⁉」
「それも言葉通りだ。君ほどの人ならば、魔人くらい知っているだろう?」
「そういう意味じゃない! クーは魔人なんかじゃない!」
魔人。それは魔物や月の魔物とも違う、強大な力を持った生物である。その生態は月の魔物と同様、詳しく解明されていない。わかっていることは、人に近しい見た目をしており、強力な魔法を扱うという事くらいだ。
「クーとは昨日、君と一緒にいた少女だな。なるほど。あれは彼女だったか」
自身の失言に、マイはぐっと奥歯を噛み締める。オスカーはあくまで「魔人」と表しただけで、それがクーとは一言も発していない。
「一説によれば、魔人は魔物のダークを何らかの形で取り入れた人間のなれの果てと言う。昨日の彼女がまさしくそうではないか?」
「そんなのはただの与太話! 大体クーは」
そこで一瞬、マイは言葉が詰まった。クーに口止めしたにも関わらず、自分が明かしてしまっていいのか。だがこのままでは、クーは魔人として、目の前の男に殺されてしまうかもしれない。
「……クーは光の勇者なんだから」
マイの小さな声に、オスカーは無表情のままじっと彼女を見つめ、小さく息を吐いた。
「あれが勇者とは、君も随分とおかしなことを言うものだな」
「でも事実よ。クーの右手には、光の勇者である証の紋章がある。昨日のあれも、勇者の力の一つだって、あたしは考えている」
マイはオスカーに、施設で立てた仮説を話した。普段こういった内容は結論に至ってから話すが、今はクーを殺させない為に、少しでもオスカーを引き留めるのに頭がいっぱいになっていた。
だがオスカーはすぐに彼女の前に手を出して、話を遮った。
「報告はありがたいが、彼女は決して光の勇者ではない」
「なんで言い切れるの!」
「シエロセルから発表があった。ルイという町から、光の勇者だという少女が現れたと」
オスカーの言葉に、マイは意味がわからないといった様子で、口を開けたまま呆然とした。
「その少女は右手に紋章を宿しており、光の力で王都近くの魔物を見事に退治したらしい。まさしく、伝承に語られる光の勇者ではないか?」
証拠と言わんばかりに、オスカーは懐から新聞を取り出した。マイはそれを乱暴に奪い取って、内容を確認する。日付は今日となっており、勇者登場を大々的に報じていた。
「……これをどこで?」
発行元はシエロセルの王都だった。そんなものが、遥か遠くのジーニアスまでこれほど早く届くとは思えなかった。
「エンドゥが持ってたんだよ。どこで入手したのかは知らないがな」
「お兄が……」
さらに信じられない言葉に、マイは動揺を隠せなかった。
「マイ………」
アカネが慰めるように、マイの近くに寄り添う。マイの新聞を握る力が強くなり、体が小刻みに震えていた。
「……お兄はどこ」
「彼なら自隊の副隊長に呼ばれていた。昨日も今日も君の転移装置で外出していたから、その件ではないか?」
オスカーの答えに、マイは一度アカネに視線を送った。彼女が黙って頷くと、マイはその場から立ち上がった。
「お兄と話してくる。オスカー。ハーヴェイが医療班を呼んでるから、それまでアカネさんをよろしく」
「……いいだろう」
オスカーの返事を聞くと、マイは急いで駆け出した。一刻も早く、この件について詳しい話を聞きださなくては。クーが本格的に魔人とみなされる前に。
そう言ってハーヴェイが差し出した杖は随分古い物のようで、所々傷が入っていた。
マイの背丈よりに少し長く、両端は球状になったそれは、杖と言うよりは棍ではないかとも思いつつ、まじまじと観察して、少しだけダークを流し込んだ。大きな変化は見られず、マイはつまらなそうな顔を浮かべた。
食堂でハーヴェイの話を聞いていると、彼が出先で気になるものを見つけたと言い、自身の研究室へ来るように誘ってきた。最初は断るつもりだったが、「あの光の勇者にまつわる物らしいです」と言われて、今の研究の助けになるかと思ってその誘いに乗った。
「見たところ、ただのボロ杖にしか見えないけど……」
「でも村長さんによると、かつての光の勇者が放った光を浴びた樹木で作られた、由緒正しき杖だそうで」
「胡散臭い話ね……」
マイが訝しげに杖を観察していると、傷だと思っていた中に、はっきりと月の紋章が彫られた箇所が目に入った。他にも似たような箇所があり、新月から始まり、上弦の月、満月、下弦の月を経て、再び新月と順に刻まれている。クーの右手にも月の紋章が入っていた事を踏まえると、何か関係があるかもしれない。
「ハーヴェイ。詳しく調べたいから、これ貰ってもいい?」
「ええ。もちろん。何かわかったら、教えてくださいね」
にこやかに承諾したハーヴェイに、マイは礼を言って扉へ向かう。彼女が手を伸ばすよりも先に、扉が開かれる。その先には、一人の騎士がいた。
「ああ、マイちゃん」
「ちゃんはやめて。なんなの?」
不機嫌に返すと、騎士は「すみません」と謝罪をし、ここに来た目的を話した。
「アカネさんが?」
「はい。昨日、マイ……さんが一緒にいた少女に異変が起きて」
「クーに異変⁉」
マイは血相を変えると、持っていた杖を放り投げ、騎士の横を抜けて訓練場を目指した。
「ちょ、ちょっと先輩⁉」
それを見たハーヴェイも、急いで彼女の後を追った。これほど必死なマイを、後輩であるハーヴェイは初めて見た。
―――
訓練場に到着すると、端で倒れているアカネを見つけた。
「アカネさん!」
マイはすぐさま駆け寄って彼女の体を起こす。外傷はひどく、もしも自分に治癒の魔法が使えたらと、悔やまずにはいられなかった。
「ああ。マイ……申し訳ございません」
「一体何があったの?」
「そうですね……端的に申しますと、マーニ様が暴走したようで……」
「クーが⁉」
アカネの言葉が受け入れられず、マイはきょろきょろと辺りを見渡した。他にも複数の騎士が地に伏している。
入口の方から、マイを追いかけてきたハーヴェイが、息を切らせながら姿を見せた。
「やっと追いついた……って、これどういう状況ですか?」
「ハーヴェイ。来たばっかのところ悪いけど、医療班の人呼んできて」
「え、あ、はい。わかりました」
ハーヴェイは踵を返し、再び駆け足で来た道を戻っていく。彼の姿が見えなくなったところで、マイは改めてアカネと視線を合わせた。
「怪我しているところ悪いけど、さっ気の話、もう少し詳しく聞かせて」
「ええ。構いません。ですがその前に、針を一ついただけますか?」
アカネの要望に、マイはすぐに答える。アカネの腰にぶら下げられたホルスターから針を一本抜き取り、彼女に手渡す。受け取ったアカネは、迷うことなくへその少し上に針を打った。身体の回復を早めるツボだ。
「…………では、ありのまま、起きた事実を簡潔にお話します」
アカネがマイの手から離れ、座ったまま姿勢を整えて話し始めた。クーがアカネに頼み、戦いの訓練を始めた事。昼食をはさんで、午後から本格的な訓練に励み、その休憩の間に彼女の紋章が光輝き、苦しみだした事。そして光の繭に包まれ、再び姿を見せたクーがこの事態を引き起こした事――。
「本当にクーが……」
にわかには信じられなかった。戦ったこともなければ、臆病すぎる性格の彼女が、アカネを始めとしたミーミル騎士団を、何のためらいもなく攻撃し、圧倒するなんて。
同時に、自分の不甲斐なさに、拳を握る手の力が強くなる。クーに無理をさせずとも、彼女の紋章を調べる手段はいくらでもあったはずだ。彼女を哀れに思うのであれば、力の解明を優先すべきだった。
「それで、クーはどこに?」
「わかりません。私が気絶している間にいなくなってしまって」
「あの魔物、いや魔人なら南へ飛んで行ったようだ」
二人に近づいて来る大きな影。マイが振り返り、アカネも顔を上げると、オスカーが二人を見下ろしていた。おそらく彼も、この事態を聞いて駆けつけたのだろう。
「あの方向にはいくつか無人島がある。おそらくそのどこかに身を潜めているのだろう」
オスカーが話を続けながら、腰を落とす。
「ひどい怪我だな」
そう言いながら、オスカーはアカネの傷に手をかざす。淡い光を放つと、傷がみるみるうちに癒えていく。高位の治癒魔法だ。
「……ありがとうございます」
「騎士として当然のことだ」
オスカーがアカネから手を離すと、その袖を強くつかまれた。その先には、鋭く睨みつけるマイの顔があった。
「オスカー。さっきの言葉、どういう意味?」
「そのままの意味だが、何か疑問があるか?」
「大アリよ! 魔人ってどういうこと⁉」
「それも言葉通りだ。君ほどの人ならば、魔人くらい知っているだろう?」
「そういう意味じゃない! クーは魔人なんかじゃない!」
魔人。それは魔物や月の魔物とも違う、強大な力を持った生物である。その生態は月の魔物と同様、詳しく解明されていない。わかっていることは、人に近しい見た目をしており、強力な魔法を扱うという事くらいだ。
「クーとは昨日、君と一緒にいた少女だな。なるほど。あれは彼女だったか」
自身の失言に、マイはぐっと奥歯を噛み締める。オスカーはあくまで「魔人」と表しただけで、それがクーとは一言も発していない。
「一説によれば、魔人は魔物のダークを何らかの形で取り入れた人間のなれの果てと言う。昨日の彼女がまさしくそうではないか?」
「そんなのはただの与太話! 大体クーは」
そこで一瞬、マイは言葉が詰まった。クーに口止めしたにも関わらず、自分が明かしてしまっていいのか。だがこのままでは、クーは魔人として、目の前の男に殺されてしまうかもしれない。
「……クーは光の勇者なんだから」
マイの小さな声に、オスカーは無表情のままじっと彼女を見つめ、小さく息を吐いた。
「あれが勇者とは、君も随分とおかしなことを言うものだな」
「でも事実よ。クーの右手には、光の勇者である証の紋章がある。昨日のあれも、勇者の力の一つだって、あたしは考えている」
マイはオスカーに、施設で立てた仮説を話した。普段こういった内容は結論に至ってから話すが、今はクーを殺させない為に、少しでもオスカーを引き留めるのに頭がいっぱいになっていた。
だがオスカーはすぐに彼女の前に手を出して、話を遮った。
「報告はありがたいが、彼女は決して光の勇者ではない」
「なんで言い切れるの!」
「シエロセルから発表があった。ルイという町から、光の勇者だという少女が現れたと」
オスカーの言葉に、マイは意味がわからないといった様子で、口を開けたまま呆然とした。
「その少女は右手に紋章を宿しており、光の力で王都近くの魔物を見事に退治したらしい。まさしく、伝承に語られる光の勇者ではないか?」
証拠と言わんばかりに、オスカーは懐から新聞を取り出した。マイはそれを乱暴に奪い取って、内容を確認する。日付は今日となっており、勇者登場を大々的に報じていた。
「……これをどこで?」
発行元はシエロセルの王都だった。そんなものが、遥か遠くのジーニアスまでこれほど早く届くとは思えなかった。
「エンドゥが持ってたんだよ。どこで入手したのかは知らないがな」
「お兄が……」
さらに信じられない言葉に、マイは動揺を隠せなかった。
「マイ………」
アカネが慰めるように、マイの近くに寄り添う。マイの新聞を握る力が強くなり、体が小刻みに震えていた。
「……お兄はどこ」
「彼なら自隊の副隊長に呼ばれていた。昨日も今日も君の転移装置で外出していたから、その件ではないか?」
オスカーの答えに、マイは一度アカネに視線を送った。彼女が黙って頷くと、マイはその場から立ち上がった。
「お兄と話してくる。オスカー。ハーヴェイが医療班を呼んでるから、それまでアカネさんをよろしく」
「……いいだろう」
オスカーの返事を聞くと、マイは急いで駆け出した。一刻も早く、この件について詳しい話を聞きださなくては。クーが本格的に魔人とみなされる前に。
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