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海の底から

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「……ぐす……うぅ……」

ベッドの上で膝を丸めながら、クーは涙を流している。ここ最近、彼女はずっとこの調子だった。

「クーちゃん。元気だしなさいって」

母であるセレナが、そんな彼女に寄り添うと、そっとその背中を撫でた。

「だ、だってぇ。だってぇ……」

「ちゃんとお別れは言えたんでしょ? だったらいつまでも泣いてちゃだめよ」

「で、でもさびしいもん。ほんとはお別れなんてしたくなかったもん」

「仕方ないのよ。あの子にはあの子の事情があるんだから」

「じじょうってなんなの? わたしはずっといっしょにいたかったのに……」

クーは膝に顔を沈めて、涙を押し付けた。すすり泣く彼女に、セレナは背中に回した手を頭へと持っていった。

「そんなにあの子の事が好きだったのね」

「うん。だって初めての友だちだもん」

ずっと一人だったクーを、ある日「あの子」が声を掛けてくれた。それからクーは、一人じゃなくなった。多くはないが、友達と呼べる存在もできた。それもこれも、「あの子」のおかげだった。「あの子」だけは、他の誰とも違う、クーにとって特別な存在だった。

「ずっといっしょだと思ってたのに……」

また涙が溢れだしてきた。何度もぶり返す悲しみの海から、クーはいつまでも浮き上がれずにいた。
そんな彼女に、セレナはただ優しく寄り添っていた。友人と別れる悲しみは、自分も経験したことがある。そこから立ち直るには、結局本人次第なのだ。
その時が来るまで、いくらでも彼女に寄り添おう。それがきっと家族の役割なのだと、セレナは思っていた。

それからさらに三日が経つ頃には、クーも立ち直りはじめた。「あの子」を通してできた友達も、クーを心配して家に来てくれた。やがてクーが泣くこともなくなり、彼女はまた外へと遊びに行くようになった。

この頃は、まだ「あの子」の事を鮮明に覚えていた。

だが、いつからだろう。「あの子」の名前も思い出せなくなったのは。

クーにとって、かけがえのない、大切な思い出だったはずなのに。
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