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国王からの依頼
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意外な事に、宿場探しはハンナが率先して行った。
研究所から出てきた二人に「ついてこい」とだけ言うと、駅に向かい、鉄道に乗り込む。『小鳥の水辺』という駅で降りると、そこから数分の場所にある、白い外装の宿場へと入った。
「三人で泊まれる部屋はあるか?」
「少々お待ちください…………はい、ございます」
「ではそこを頼む」
「かしこまりました」
受付の女性が部屋を伝え、鍵を手渡す。ハンナは振り返り、二人の前に戻ってきた。
「部屋は確保した。後は好きにしろ」
ぶっきらぼうな言い方だったが、この宿場探しは、彼女なりの気遣いだったのだろう。クーが「ありがとうございます」と礼を伝えると、ハンナは黙ったまま二人から離れていった。
その後、宿を後にすると、空いているカフェで昼食を取った。その時もハンナは離れた所で二人の監視をしており、クーは居心地の悪さを覚えた。
「あ」
パスタを飲み込んだマイが、何か気付いたように口を開く。
「……ん。どうしたの?」
オムライスを飲み込んだクーが訊ねた時には、マイは地図を開き、目を落としていた。
「宿が用意されていないってことは当然、ここまでの足も用意されてないよね」
「あ。そう、かも」
マイの指摘に、クーは離れた位置にいるハンナの方を伺う。声が聞こえていたのか、彼女は不機嫌そうに口を真一文字に結んでいた。どうやらその通りのようだ。
「じゃあ馬車も今のうちに確保しようか」
「馬車……」
クーは王都に来るまでの道のりを思い出す。馬車の揺れには最後まで慣れる事はできなかった。またあれに乗るのかと思うと、少々気乗りしなかった。
「馬車酔いの不安だったら安心して。今日のはダメだったけど、今日の結果を踏まえた上で、クーに合う薬を用意するから」
自信満々のマイに、クーは安心感を覚えて、コクリと頷いた。
次の予定が決まると、マイは目の前のパスタを一気にかきこみ出す。急いでいるようにも見える行動だが、単に彼女の性分だという事を、クーはもうわかっていた。マイのペースに合わせることなく、クーはオムライスを堪能した。先に食べ終わったマイも、クーを急かすことはなく、二人は時に他愛無い雑談もしていた。
やがてクーも食事を終え、二人はカフェを後にした。マイが提案してから、実に三十分ほど経っていた。
「まずはカバジを当たってみようか」
「そうだね」
全く知らない相手よりは、少しでも見知った人間の方がいい。二人は王都に来て、カバジと別れた東門へと向かう。
到着すると、最初に御者が馬車を止める建屋を訪ねた。警備兵にカバジの人相を伝えると、彼から酒場の場所を聞かれたと言っていたので、そこを教えてもらった。『ラフメイカー』という名前の店だった。
店は建屋から十数分の場所にあった。店名が書かれた看板が扉の上方に吊るされており、中から笑い声が微かに聞こえてきた。
未成年のクーは、酒場という場所に来ること自体が初めてだ。サンスにも同じような場所はあるが、どことなく違う世界のような気がして、昼間でも近づくことはなかった。
クーが中に入るのを躊躇う中、マイは全く気にしない様子で扉を開いた。
「マ、マイっ」
「別に悪いことするんじゃないんだから、堂々としてればいいの」
そう言ってマイは、臆することなく酒場の中へと酒場の中へと足を踏み入れた。
店内は広く、昼間にも関わらず薄暗かったが、内装そのものはきれいなものだった。正面にはカウンター。右の壁沿いにはソファが並び、その前にテーブルが置かれている。他には丸いテーブルが至る所にあり、それぞれ四つずつ椅子が並べられていた。
マイの姿を見るや、中にいた客をはじめ、カウンターの向こうにいた店長と思しき壮年の男性も驚いた表情を浮かべていた。たまたま近くで給仕をしていた女性店員がマイに気が付くと、にこやかな表情で近づいてきた。
「どうしたの? 迷子かな?」
「違う。ここに用があるの」
子ども扱いされ、不機嫌な表情を浮かべたマイが答える。
「あ、あの、ここにカバジさんって人、来ませんでしたか?」
マイに代わって、クーが女性に訊ねた。女性が首を傾げると、クーはカバジの特徴を簡潔に伝えた。
「ああ。あの男前なお兄さんね。あの人なら、この上で休んでるわ」
「この上、ですか?」
「ええ。ここ、御者さん向けに宿も兼任しているの。でもあの人お酒入ってるから、今日はもう馬車は引けないわよ」
「は、はい。明日のお願いなので、大丈夫です」
「そう。なら問題なさそうね」
最後に階段と、カバジの泊まっている部屋の場所を伝えると、女性は再び給仕に戻った。クーたちは案内された通り、階段を使って二階へと上がる。
カバジがいるという部屋の前に着くと、クーは控えめにノックをした。返事は返ってこなかった。
「お酒飲んでたって言ってたし、もしかしたら寝てるかもね」
「そっか。それじゃあまた後で来た方がいいかな?」
「ううん。時間がもったいない」
マイは無遠慮に、扉を強く叩く。これもすぐに返事はなかったが、それほど待たずして、扉が開かれた。
「おう。お嬢さんらか」
少し眠そうなカバジが、弱弱しく笑いかけてきた。眠っていた所を起こされたようが、怒っているようには見えなかった。
「カバジ。明日馬車を出してほしいんだけど、他の客が入ってたりする?」
「うん? いや、大丈夫だぜ。どこまでだい?」
「ここなんだけど」
マイが地図を広げ、依頼された試練の洞窟の場所を指差した。
「あー。まあ構わねえけど、こんな場所に何しに行くんだ?」
「ちょっと面倒事を押し付けられてね」
マイがちらりと、遠目にこちらを監視するハンナを見る。その視線を追ったカバジが彼女の姿を見ると、眠そうだった目が大きく開かれた。
「あの姉ちゃん、王国兵じゃねえか。あんたら一体何したんだ?」
「やましいことは何もしてないよ。簡単に言うと、あいつらの尻拭い」
ハンナに聞こえないように小声で答えると、カバジは腑に落ちないながらも、改めてマイの依頼を引き受けた。
「ありがと。じゃあこれ、前金ね」
マイは懐からお金を取り出して、カバジに支払った。
研究所から出てきた二人に「ついてこい」とだけ言うと、駅に向かい、鉄道に乗り込む。『小鳥の水辺』という駅で降りると、そこから数分の場所にある、白い外装の宿場へと入った。
「三人で泊まれる部屋はあるか?」
「少々お待ちください…………はい、ございます」
「ではそこを頼む」
「かしこまりました」
受付の女性が部屋を伝え、鍵を手渡す。ハンナは振り返り、二人の前に戻ってきた。
「部屋は確保した。後は好きにしろ」
ぶっきらぼうな言い方だったが、この宿場探しは、彼女なりの気遣いだったのだろう。クーが「ありがとうございます」と礼を伝えると、ハンナは黙ったまま二人から離れていった。
その後、宿を後にすると、空いているカフェで昼食を取った。その時もハンナは離れた所で二人の監視をしており、クーは居心地の悪さを覚えた。
「あ」
パスタを飲み込んだマイが、何か気付いたように口を開く。
「……ん。どうしたの?」
オムライスを飲み込んだクーが訊ねた時には、マイは地図を開き、目を落としていた。
「宿が用意されていないってことは当然、ここまでの足も用意されてないよね」
「あ。そう、かも」
マイの指摘に、クーは離れた位置にいるハンナの方を伺う。声が聞こえていたのか、彼女は不機嫌そうに口を真一文字に結んでいた。どうやらその通りのようだ。
「じゃあ馬車も今のうちに確保しようか」
「馬車……」
クーは王都に来るまでの道のりを思い出す。馬車の揺れには最後まで慣れる事はできなかった。またあれに乗るのかと思うと、少々気乗りしなかった。
「馬車酔いの不安だったら安心して。今日のはダメだったけど、今日の結果を踏まえた上で、クーに合う薬を用意するから」
自信満々のマイに、クーは安心感を覚えて、コクリと頷いた。
次の予定が決まると、マイは目の前のパスタを一気にかきこみ出す。急いでいるようにも見える行動だが、単に彼女の性分だという事を、クーはもうわかっていた。マイのペースに合わせることなく、クーはオムライスを堪能した。先に食べ終わったマイも、クーを急かすことはなく、二人は時に他愛無い雑談もしていた。
やがてクーも食事を終え、二人はカフェを後にした。マイが提案してから、実に三十分ほど経っていた。
「まずはカバジを当たってみようか」
「そうだね」
全く知らない相手よりは、少しでも見知った人間の方がいい。二人は王都に来て、カバジと別れた東門へと向かう。
到着すると、最初に御者が馬車を止める建屋を訪ねた。警備兵にカバジの人相を伝えると、彼から酒場の場所を聞かれたと言っていたので、そこを教えてもらった。『ラフメイカー』という名前の店だった。
店は建屋から十数分の場所にあった。店名が書かれた看板が扉の上方に吊るされており、中から笑い声が微かに聞こえてきた。
未成年のクーは、酒場という場所に来ること自体が初めてだ。サンスにも同じような場所はあるが、どことなく違う世界のような気がして、昼間でも近づくことはなかった。
クーが中に入るのを躊躇う中、マイは全く気にしない様子で扉を開いた。
「マ、マイっ」
「別に悪いことするんじゃないんだから、堂々としてればいいの」
そう言ってマイは、臆することなく酒場の中へと酒場の中へと足を踏み入れた。
店内は広く、昼間にも関わらず薄暗かったが、内装そのものはきれいなものだった。正面にはカウンター。右の壁沿いにはソファが並び、その前にテーブルが置かれている。他には丸いテーブルが至る所にあり、それぞれ四つずつ椅子が並べられていた。
マイの姿を見るや、中にいた客をはじめ、カウンターの向こうにいた店長と思しき壮年の男性も驚いた表情を浮かべていた。たまたま近くで給仕をしていた女性店員がマイに気が付くと、にこやかな表情で近づいてきた。
「どうしたの? 迷子かな?」
「違う。ここに用があるの」
子ども扱いされ、不機嫌な表情を浮かべたマイが答える。
「あ、あの、ここにカバジさんって人、来ませんでしたか?」
マイに代わって、クーが女性に訊ねた。女性が首を傾げると、クーはカバジの特徴を簡潔に伝えた。
「ああ。あの男前なお兄さんね。あの人なら、この上で休んでるわ」
「この上、ですか?」
「ええ。ここ、御者さん向けに宿も兼任しているの。でもあの人お酒入ってるから、今日はもう馬車は引けないわよ」
「は、はい。明日のお願いなので、大丈夫です」
「そう。なら問題なさそうね」
最後に階段と、カバジの泊まっている部屋の場所を伝えると、女性は再び給仕に戻った。クーたちは案内された通り、階段を使って二階へと上がる。
カバジがいるという部屋の前に着くと、クーは控えめにノックをした。返事は返ってこなかった。
「お酒飲んでたって言ってたし、もしかしたら寝てるかもね」
「そっか。それじゃあまた後で来た方がいいかな?」
「ううん。時間がもったいない」
マイは無遠慮に、扉を強く叩く。これもすぐに返事はなかったが、それほど待たずして、扉が開かれた。
「おう。お嬢さんらか」
少し眠そうなカバジが、弱弱しく笑いかけてきた。眠っていた所を起こされたようが、怒っているようには見えなかった。
「カバジ。明日馬車を出してほしいんだけど、他の客が入ってたりする?」
「うん? いや、大丈夫だぜ。どこまでだい?」
「ここなんだけど」
マイが地図を広げ、依頼された試練の洞窟の場所を指差した。
「あー。まあ構わねえけど、こんな場所に何しに行くんだ?」
「ちょっと面倒事を押し付けられてね」
マイがちらりと、遠目にこちらを監視するハンナを見る。その視線を追ったカバジが彼女の姿を見ると、眠そうだった目が大きく開かれた。
「あの姉ちゃん、王国兵じゃねえか。あんたら一体何したんだ?」
「やましいことは何もしてないよ。簡単に言うと、あいつらの尻拭い」
ハンナに聞こえないように小声で答えると、カバジは腑に落ちないながらも、改めてマイの依頼を引き受けた。
「ありがと。じゃあこれ、前金ね」
マイは懐からお金を取り出して、カバジに支払った。
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