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セクシーペット♡仔犬ちゃん

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◇◇

俺はお年寄りへの敬意は忘れちゃいけないとは思っている。
身近なところで言えば比較的よく会う(なんて言うたびに『比較的とか言ってほぼ休みの度に会いに行ってんじゃねーか!ほんと好きだな!がはは!!』と親父に茶化される)父方の爺ちゃんに対してもその気持ちは変わらない。

「おいコラジジイ、どういうことだ」

──だけどまあ、これはさすがにないだろと、俺は渡された袋を両手でギリギリと握りつぶしながら爺ちゃんを睨みつけた。
今日は幸作さんと映画を観に行く日で、その前に俺は爺ちゃんに頼んでいた物を受け取りに来ていた。

「言ったじゃろ。コウサクさんとやらの不幸体質をどうにかするためのお守りじゃ!……なんか思ってたんと違う感じになってしまったが」

祈祷師である爺ちゃんは色々な物に祈りを込めて、それらを持っている人に幸福をもたらしたり災いから遠ざけてくれるお守りを作ることが出来る。
だから俺はそんな爺ちゃんに、幸作さんの不幸体質を改善するものを作ってもらうことにした。
お守りなので肌身離さず付けて欲しくて調理の仕事中でも邪魔にならないようにと、悩みに悩んで買ったシルバーのチェーンで出来たアンクレットを一旦爺ちゃんに託して、祈りを込めてもらう手筈になっていた。……なっていたんだけど。

「いやぁ、彼女に着てもらうつもりでぽちったのをうっかり祈祷部屋に置き忘れててのぅ!そっちに祈りのチカラがいってしまったようじゃ」 
「こんなもん祈祷部屋に置き忘れてるんじゃねぇよ!!」

本来祈りを込めておいて欲しかったアンクレットの代わりに渡されたのは、『セクシーペット♡仔犬ちゃん』と書かれたビニール製の袋──コスプレセットだった。
薄茶色のふわふわとしたブラジャーとTバック。同じ素材で出来ているであろう犬耳のカチューシャに、赤い首輪が付いている。コスプレセットとはいったが、俺からしたらただのちょっと性癖強めの下着である。
爺ちゃんはこれを36歳年下の彼女に着せてナニするつもりだったのか──うわやめよう、身内のそういうの考えたくない。

「お前の言っていた通り、不幸体質をどうにかする、つまりその下着には身につけている者をあらゆる不幸から遠ざける祈りが込めてある!……話を聞く限り、コウサクさんとやらの不幸体質は相当なようだから全ては対応しきれないだろうが。今日は急ぎなようだしそれを渡せば良かろう!」
「付き合ってもないのにいきなりこんなもん渡してくる奴やばくないか!?」
「でもヤることはヤっとるんじゃろ?」
「うっ」

それを言われると返す言葉もない。爺ちゃんはこう見えて口が堅いからと、あれこれ事情を説明するんじゃなかった。
え、俺、今日この後のデートでお守りを渡して好きな人とのセックスするだけの関係を終わらせようっていうなかなか切ない決意を胸にここまで来たのに、いざ渡すのはいいかんじのアクセサリーじゃなくてこの『セクシーペット♡仔犬ちゃん』なの?マジで??
ああでも、幸作さんならなんだかんだで受け取ってくれそうな気もする。すごい苦笑いされるだろうけど。

「……分かった。どうにかしてこれ渡してくる。せっかく爺ちゃんが頑張って祈り込めてくれたんだし」
「はっはっは!保志は変なところで素直じゃのう」
「やっぱりこれ変だって思ってるんじゃんか!!」

余談だが、周りがどれだけ俺のことをポチポチ呼んでても幸作さん以外だとこの爺ちゃんも一貫して俺を名前で呼んでくれる。めちゃくちゃなとこもあるけど俺爺ちゃんのそういうとこ好きだよ!

「あっ、そろそろ時間だから俺行くわ。また手伝いに来るね、爺ちゃん!」
「おー、うまくやるんじゃぞー」

握りこぶしに人差し指と中指の間に親指を挟む、下世話極まりないポーズで見送る爺ちゃんをスルーして、俺は急いで外へ出る。

ところで、ショルダーバッグに押し込んだ『セクシーペット♡仔犬ちゃん』はどうやって幸作さんに渡せば良いんだ。

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